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【データで語る日本の教育と子ども】 第4回 子どもたちの読書に関する日本の課題―読書の効果と関連づけて

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読書ばなれの改善

日本では、2000年代に子どもたちの学力低下が社会問題になりました。2003年に実施されたPISAでは読解力の順位が大きく低下し、40の国と地域が参加するなかで14位という成績でした。OECDの平均とほぼ同じ結果です。このとき、「日本の子どもたちは学力が高い」という信念が、大きく揺らぎました。読解力が低下したということもあり、子どもたちの読書ばなれが大きな問題になっていきました。

たしかに、そのころ本をまったく読まない子どもたちが少なくない割合で存在していました。読書調査(全国学校図書館協議会・毎日新聞社「学校読書調査」)の結果を見ると、1990年代の不読率(1か月に1冊も本を読まなかった比率)は小学生では約15%ですが、中学生は約50%、高校生は約60%です。中学生と高校生は、半数が本を読んでいませんでした。しかし、この状況を改善しようと、2001年に「子どもの読書活動の推進に関する法律」が制定され、行政には基本計画の策定が義務づけられます。また、学校で「朝読書」運動と呼ばれる取り組みが行われるようになります。朝の読書が知識を増やしたり、物事に対する関心を高めたりするだけでなく、心を落ち着かせて、学習活動を安定させる効果をもつということが経験的にも明らかになっていきました。

こうして、朝の一定時間を読書にあてる学校がどんどんと増えていきました。現在では、小・中学校の8割、高校の5割が「朝読書」に取り組んでいます(朝の読書推進協議会、2019年6月調査)。努力の甲斐もあって、2010年以降の不読率は、小学生で約5%、中学生で約15%、高校生で約50%まで下がりました。高校生はまだまだ不十分という見方もありますが、日本の子どもたちの読書ばなれは改善の傾向にあります。

読書は成績を上げるのか?

このような傾向は、国際学力調査(PISA)の結果からも明らかです。OECDがまとめたレポートによると、2000年調査のときの「楽しみで本を読む」高校生(高1生)の比率(日本) は45%で、調査参加国のなかで唯一半数を割り込んでいました。下から2番目のベルギーが58%、OECDの平均が68%だったので、日本がいかに低いかが分かります。日本の高校生は、世界的に見てもっとも読書をしない生徒でした。

しかし、2009年調査の結果では11ポイント増加して、56%になります。参加国・地域には比率が低下したところが多いのですが、日本の伸び幅は最大でした。それでも、OECD平均は63%ですから、これよりもかなり低く、65の国・地域のなかで下から7番目という結果です。最下位を抜け出し、プラスに推移しているのはいい傾向ですが、まだまだ不十分という印象は残ります。

さらにこのレポートでは、興味深い結果が示されています。楽しみで本を読むことは、読解力の成績と関連しているというのです。とくに読書に費やす時間よりも、楽しみで本を読んでいるかが成績に影響していると書かれています。レポートではよくわからないので、詳細な報告書を参照してみると、「楽しみで本を読む」か「読まない」かで読解力の平均スコアに50ポイント程度の差がありました。成績の平均が500点になるように調整されているスコアにおける50ポイント差なので、読書がかなり大きな効果をもっていることがうかがえます。

読書の効果に関する実験

とはいえ、読書をすれば成績があがると言えるのかどうかは微妙なところです。これは勝手なイメージなのかもしれませんが、読書をしたから賢くなったのではなく、賢いから読書をしているのではないかと感じます。1時点の調査で明らかにした「読書の実態」と「成績」では、相関はわかっても因果はわかりません。

そこで、私がかかわるベネッセ教育総合研究所では、実験的な環境を仮定して、読書が学力の向上にどれくらい効果があるのかを調べることにしてみました。そのプロセスは、およそ次のようなものです。

実験のプロセス
  1. ベネッセコーポレーションが提供する教材において、2時点の学力テストを受けている小学5年生42,696名を抽出。2016年8月時点のテスト結果の取得と、1年4か月後の2017年12月時点のテストの結果までを追跡。テストは、国語、算数、理科、社会の4教科。成績は、平均値が50、標準偏差が10になるように標準化を行う。(図1)
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  3. その実験期間に教材のなかで提供している電子書籍のサービスの利用状況を調べ、テストの成績と紐づけを行う。電子書籍サービスの利用者の分布は、図2の通り。
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  5. 実験期間の間に読んだ本の冊数ごとに、成績がどう変化したのかを検証する。

ベネッセコーポレーションは、子どもが利用する国内で最大の電子書籍サービス(まなびライブラリー)を提供しています。今回の検証は、その環境下で、電子書籍をどれくらい読んでいるかが成績の変化にどのような影響を及ぼしたのかを確かめるものです。

実験の結果

それでは、実験の結果はどのようなものだったのでしょうか。
図3は読書の冊数を「無し」「少ない」「多い」の3群に分け、2時点の成績変化を見たものです。「無し」のグループは、事前テストよりも平均で0.7ポイント、成績を下げてしまいました。一方で、「多い」グループは1.9ポイント成績を上げていて、その差は2.6ポイント広がっています。読書量が多いほど成績がプラスに変化しているという結果です。

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図4は、もともとの成績(1回目の学力テストの結果)を上位群と下位群にわけ、どちらが読書の効果が大きいのかを確かめたものです。これを見ると、成績上位群は読書「無し」と「多い」の間で1.5ポイントしか差が生じていませんが、成績下位群は4.7ポイントの差が生まれています。もともとの成績が低い子どもたちの方が、読書をした効果が高いという結果でした。

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読書の直接的な効果について

このように、読書をしたかどうかで成績の変化に差が出るのはなぜなのでしょうか。以下は、私の個人的な仮説です。

読書の効果で真っ先に思い浮かぶのは、その内容が学習にプラスの影響を及ぼしたという直接効果です。たしかに、読書は私たちの知識や知恵を広げてくれます。そこで学んだことが、テストの結果に反映されたと考えるのはおかしなことではありません。しかし、私はその可能性は低く、あったとしても微弱なものなのではないかと考えています。それは、読書の内容とテストの内容が対応しているものではないからです。

電子書籍サービスは、およそ1000冊の中から、自分の好きな本を選ぶことができます。読む本は、子どもによってバラバラです。一方で、学力テストは、その学年で学ぶ教科書の内容で構成されています。書籍は必ずしも、その内容に一致するものではありません。むしろ「読み物」や「小説」といったジャンルの書籍が多く含まれています。

また、今回の分析では、10冊以上の読書をした子どもを「多い」グループとして切り分けましたが、1年以上にわたる追跡のなかで10冊程度の読書で成績が上がるほど、子どもたちが求められている学習内容は易しいものではないでしょう。もちろん、この実験は、提供された電子書籍サービス以外の読書をコントロールできていません。文部科学省が行った調査(「子供の読書活動の推進等に関する調査」2019年)では、電子書籍を読んでいる子どもは紙の書籍も読む傾向が強いことが明らかにされています。ですから、これらの子どもがもっとたくさん本を読んでいる可能性は高いのですが、それを考慮しても、読書で教科の学習内容を学んだ結果、成績が上がったと考えるのは無理があるように思います。

読書の間接的な効果について

それではなぜ、読書によってテストの成績が上がったのでしょうか。
それは、読書をすることで生活が落ち着き、学習をする環境が整ったからだと考えます。読書は間接効果で、生活習慣や学習規律のようなものと関連していると推察します。ですから、もともと生活習慣や学習規律が確立している傾向をもつ成績上位群には読書の効果があまり表れず、それらが十分ではない成績下位群に強く効果が表れたのではないでしょうか。

傍証をもう一つ。4教科のなかでもっとも読書の効果が表れたのは、じつは「算数」でした。なぜ算数に関連が強く出るのかを見るために、問題ごとに分析をしたところ、文章題のような応用問題よりも、計算のような基礎問題のほうが、成績が伸びていることがわかりました。私たちは当初、成績が上がった結果について、読書により読解力が高まり、文章題をしっかり読めるようになったからだと考えました。しかし、そうではなく、基礎的な問題を確実に解けるようになったから成績が伸びていたのです。成績下位群の子どもたちは、読書によって落ち着いて学習する環境が整い、それまで十分にできていなかった基礎的な問題を確実に解けるようになったのでしょう。しかも、基礎問題はしっかり学習していれば、成果が出やすい問題です。それが、成績変化となって顕著に表れたのではないか。以上が、私の仮説です。

ここで、この仮説があながち間違いではないことを感じさせる先行研究を紹介します。それは、静岡大学の研究チームが全国・学力学習状況調査(全国学テ)を用いて読書活動の効果を分析した結果(2009年)です。この研究では、読書活動がテストの結果におよぼす直接効果はそれほど大きくなく、学年や教科によっては間接効果の方が大きいことが明らかにされています。つまり、読書活動が学習活動に影響を与え、それが成績に反映されるという間接的な関係性です。こうした間接効果の存在は、読書の重要性に新たな視点を与えてくれます。

いずれにしても、成績に効果をもたらすメカニズを明らかにするには、もう少し学習行動にかかわる変数(学習時間や学習の仕方の変化など)が必要です。今後も継続して検討していきたいと考えています。

読書の豊かな世界を子どもたちに

今まで、読書が成績にどのような効果をもつかということを述べてきました。しかし、読書は成績を上げるため(だけ)に行うものではありません。学校では学べないようなことを学べたり、他者の生き方に感情を揺さぶられたり、読書そのものに人生や生活を豊かにする効用があるはずです。保護者や教員などの大人はどうしても、読書に分かりやすい効果を求めがちですが、これまでに述べてきたような間接効果や、測定すること自体が困難な内的世界に与える影響があることも、きちんと認識しておきたいものです。

また、今回分析の対象にした電子書籍には、さまざまな面で子どもたちの読書体験を豊かにする可能性が秘められていると感じました。先に引用した「子供の読書活動の推進等に関する調査研究」(文部科学省)では、電子書籍を利用している子どもがすでに2割程度いました。そのことにも驚きましたが、利用している子どもたちは、いつでもどこからでも読める便利さや、書店や図書館に行かなくても読める便利さを実感しています。子どもに対する課金の問題や、著作権保護といったコンテンツ制作者が守られる仕組みづくりをしなければなりませんが、いつでもどこでも好きな本を読める環境ができれば、読書の機会はもっと広がるものと思います。

さらに、電子書籍は読書行動の履歴が残るので、自分の傾向を分析して、次に読む本を決めるといったことができるようになるかもしれません。よりたくさんの本の中から、自分の読みたい本を選ぶこともできます。すでに書籍販売サイトでは、購入した本と類似の本をリコメンドする機能が備わっていますが、ゆくゆくは成長と関心にあった本を個々の子どもに推薦するようなことも可能になるでしょう。紙の本のよさも享受しながら、機器の利便性を活用し、子どもたちに多様な読書機会を作っていきたいものです。

筆者プロフィール
Haruo_Kimura.jpg 木村 治生(きむら・はるお)

CRN主席研究員、ベネッセ教育総合研究所主席研究員。
ベネッセコーポレーション入社後、子ども(乳幼児~大学生)、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。東京大学客員准教授(2007年、2014~16年)、追手門学院大学客員研究員(2018年~)、横浜創英大学非常勤講師(2018年~)、文部科学省「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」委員(2013年)、「中高生を中心とした生活習慣マネジメント・サポート事業」における選定委員会委員(2017年)、光り輝く「教育立県ちば」を実現する有識者会議委員(2014年)、富山県学力向上対策検討会議アドバイザー(2014年)、草加市子ども教育連携推進委員会専門部会委員(2014年~)など。専門は社会調査、教育社会学。
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