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【イギリスの子育て・教育レポート】 第23回 中学選び② 入試直前なのに8時就寝の子も!イギリスの中学受験

要旨:

中学選びシリーズ2回目となる今回は、「イギリスの公立校の中学受験」を紹介する。イギリスではグラマースクールと呼ばれる、学力試験で入学者を選抜する公立中の人気が年々、高まっている。学費は無料だが、名門私立校と肩を並べる進学実績を誇るからだ。
地域によって選抜のシステムや試験科目、受験時期は大きく異なる。筆者が住むエリアでは小6の9月、つまり中学入学の1年前に試験が実施される。多くは、試験の約2年前の小4生から本格的に受験勉強を始める。日本と違い、塾よりも家庭教師と一緒に勉強するのが一般的だ。今回、取材したイギリス人ファミリーを例に取ると、勉強時間は日本の中学受験生に比べて、平日も休日も少ない印象だ。勉強のやり方や勉強時間は人によって大きく異なるのはもちろんだが、複数への取材を通して見えたのは、イギリスでは受験勉強だけでなく、小学生として大切な生活リズムや習い事などのスポーツ、余暇や家族の時間も大切にしていることだ。

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この連載では、小学生の息子をもつ母親による「イギリスの子育て・教育」体験レポートをご紹介します。

街がきらびやかになる12月。受験生は街のイルミネーションをよそに、追い込みをがんばっている頃かもしれませんね。

中学選びシリーズ2回目となる今回は、「イギリスの公立校の中学受験」をお届けします。イギリスでは、近年、選抜式の公立中学校(グラマースクール)の人気が高まっており、受験戦争が過熱しています。筆者は先日、子どものグラマースクール受験を経験したイギリス人の友人に話を聞くことができました。筆者が暮らす地域における「中学受験のリアル」を紹介します。

「グラマースクール」は、学費無料の公立進学校。学力試験で入学者を選抜する

前回、ご紹介したように、イギリスの公立中学には、非選抜式(コンプリヘンシブスクール)と選抜式(グラマースクール)の2種類があります。コンプリヘンシブスクールには試験はなく、誰でも入学できますが、グラマースクールは学力試験で入学者を選抜します

「グラマースクール」という名称を直訳すると「文法学校」。かつて大学進学に不可欠だった「ラテン語の文法を教える中学校」を指したことに由来します (1)。グラマースクールの歴史は古く、筆者が住むエリアにも16世紀に創立し、今なお卒業生を輩出し続けている学校があります。

イギリスは地域によって、教育制度が異なります。グラマースクールは現在、イングランド地方と北アイルランド地方にはありますが、ウェールズ地方とスコットランド地方にはありません。2017年現在、イングランド地方には163校のグラマースクールがあり、イングランド地方の全中学生の5.2%にあたる約16.7万人が学んでいます (2)。グラマースクールは、学費は無料ですが、名門私立校と肩を並べる進学実績を誇ります。イギリスの故サッチャー元首相や現職のメイ首相もグラマースクール出身です。

中学入学は11歳だから、グラマースクールの入試を「イレブンプラス」試験と呼ぶ

ハリー・ポッターの本を読んだり、映画を見たりしたことがある方はわかるかもしれません。ハリーは11歳の誕生日にホグワーツ魔法学校から入学許可証を受け取ります。イギリスで11歳は中学に上がる節目の年。だから、グラマースクールの入学試験を「イレブンプラス(eleven-plus)試験」と呼びます。

試験の実施時期や試験科目は地域によって大きく異なります。筆者が住むエリアの場合、試験は中学入学の約1年前、つまり小6の9月に行われます。受験科目は英語、算数、バーバル・リーズニング(Verbal Reasoning)、ノン・バーバル・リーズニング(Non-verbal Reasoning)の4科目で、マークシート式です。「リーズニング」とつく科目は、いわゆる知能検査のような問題「バーバル」のほうは主に語彙や文法などの言語能力を、「ノン・バーバル」のほうは主に図形などの非言語能力を測るテストです。短時間で早く、正確に論理的に類推する力が求められます。試験はイギリスの学習指導要領の範囲を超えて出題されています。筆者が住むエリアの場合、複数のグラマースクールがありますが、試験は共通です。過去問は公表されていませんし、出題傾向は毎年、変わるそうです。理由は家庭教師や塾などで勉強している人が有利にならないようにするためだそう。さらに倍率も正式には発表されていないようです。ただ年々、受験者数が上昇し、倍率は5倍とも10倍とも言われています。

受験の理由は「学費無料なのに高い進学実績」「近所によい非選抜の公立中がない」「周りが受験するから」

なぜ、グラマースクールを受験するのでしょうか。その理由はさまざまです。「学費無料なのに進学実績がよい」ことは大きな理由の1つですが、息子のクラスメイトのように「近所によいコンプリヘンシブスクール(非選抜の公立中)がないから」というのも次に大きな理由です。さらに、受験する子が多い学校だと子ども同士の会話でも話題になり、「みんなが受験するから自分も受けたい」、そんな子もいるようです。

子どもが小3生の後半になると、学校の送り迎え時の保護者同士の話題に「イレブンプラス」が上ってくると友人は言います。受験勉強を始める時期は、早い家庭は小3生から、多くは4年生から、遅くても5年生からはスタートしているそうです。本格的に受験勉強を始めるにあたっては、日本のように塾ではなく、家庭教師(private tutor)を付けることが多いようです。1対1の指導だけでなく、少人数のグループでの指導もあるそうです。

イレブンプラス試験対策で有名な問題集は、オックスフォード大学が出版する「BOND」や「CGP」という教材。書店には対策本がずらりと並んでいます(写真1)。また、「BOND」には、問題を解き放題の定額制オンラインコースもあり、月々6.5ポンド(約1,000円)から利用できます。また、試験対策として、模擬試験もあちこちで開催されています。なんと、公立小学校が模擬試験会場になっている場合もあります。

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写真1:書店に並ぶイレブンプラス試験対策本

私立小に入学するのは、学費無料のグラマースクールに合格させたいから?!

グラマースクールの受験に関して、興味深い点は3つあります(※筆者が住むエリアの場合)。

1つは「私立小におけるイレブンプラス試験対策」です。私立小の中には、グラマースクールの合格者数を入学案内に掲げているところも多く見られます。保護者としては、小学生のうちに少々高い学費を払って少人数クラスでイレブンプラス対策の勉強をさせ、中学以降は学費無料の学校に通ってもらう、そんなシナリオのようです。ちなみに、公立小ではイレブンプラス対策をすることは禁じられています。

2つめは「グラマースクールに対する反対意見」です。人気も高いのですが、一方でグラマースクール自体や受験に対する否定意見も根強いのです。例えば、「子どもの学力や能力を10~11歳で測るのは早すぎる」「早すぎる受験はストレスが大きい」「試験に向けて家庭教師や塾で勉強する子どもが多く、裕福な家庭の子どもが有利になる」「賢い子はどの学校に行っても能力を発揮するからグラマースクールはなくてもいいのでは?」などの声があるようです。

3つめは「低所得家庭への配慮」です。年々、イレブンプラス対策が過熱し、裕福な家庭では保護者が子どもに早い段階から塾や家庭教師を付けて勉強させるので不公平だ、と問題になっています。学校外教育の機会に恵まれた高所得家庭の子だけでなく、低所得家庭の子どもにも平等に入学の機会を与えるという意味で、低所得家庭の子どもに対して合格点数を下げる配慮があります

「勉強だけでなく、生活リズムや習い事、家族の時間も大切にする」のがイギリス流!

では、イギリスの中学受験生はどのように勉強しているのでしょうか?イギリスにおけるイレブンプラス対策について、複数のご家庭に取材しましたが、具体的に把握してもらうために、ある10歳の男の子の入試2か月前(7月)の平日の過ごし方を紹介しましょう。入試2か月前を取り上げたのには、理由があります。イレブンプラスの試験は、夏休み明けの9月の第1土曜日に実施されました。ですので、入試前の学校のある平日にどのように過ごしていたかを知ることで、普段の受験勉強が垣間見えると考えました。

ただ、受験に向かう姿勢や考え方は、個々の家庭によって異なるのはもちろんのこと、ロンドンなどの大都市や小さな地方都市とも異なるでしょう。ここでご紹介する例はあくまでも筆者が住むエリアにおける一例としてご承知おきください。

今回、紹介するのはイギリス人の両親をもち、公立小に通うAくん10歳。下に2歳違いの弟がいます。両親ともにグラマースクール出身で、お父さんは弁護士、お母さんも元弁護士のご家庭です。Aくんは、小学4年生の2月、つまり試験の1年半前から家庭教師を付けて本格的に勉強を始めました。今年9月に受験し、10月の結果では、第一希望には少し手が届かない結果でしたが、それなりの点数が取れました(※)。男の子にとってはよい非選抜の公立中がないエリアのため、クラスメイトの男の子は17人中14人が受験したとのことです。
※10月の時点では点数のみの通知。その結果をもとに希望の学校に申し込むシステム。最終的にどの学校に入学できるかは、2018年3月1日に判明。

表1:入試2か月前のAくんの平日のスケジュール例

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表1を見て、どんな感想をもちましたか?筆者が最も驚いたのは就寝時間。試験前でも夜8時に寝ることです。しかし、これはAくんに限ったことではありません。イギリスでは日本に比べて全体的に子どもの就寝時間が早いのです。例えば、幼児向け番組のチャンネルは6時台にはパジャマを着て歯磨きをするシーンがあり、夜7時には終了します。幼児は7時に寝るのも珍しくないようです。息子の周りの受験生は、遅くても9時ごろまでには寝ることが多かったようです。

また、休日に長時間勉強するのかと思いきや、試験2か月前にも関わらず、勉強は1~2時間程度で、習い事のスポーツや趣味、家族の時間を楽しむスタイルであるのも驚きました。7月は気候がよい季節であるのも理由の1つと友人は話していました。また、受験生のいる家庭でも多くの人が試験直前の夏休みに2週間程度の旅行に出かけていました。もちろん、勉強道具を持っていった人が多かったのですが、勉強時間は1日30分~2時間程度だったようです。

さらに、友人の家庭では寝る前に音読の時間を30分取っていることも興味深かったです。イギリスでは、イレブンプラス対策には「とにかく本をたくさん読め」「古くからある良書を読め」と言われています。それには理由が2つあります。1つはバーバル・リーズニングの科目では、類義語や反意語が出題され、語彙を増やす必要があるからです。単語帳を作って意味を覚えるのではなく、文脈の中で語彙を学ぶとより身につくと考えられています。2つめは英語の読解問題対策です。出題内容に対して、明確に答えが書いていない場合があるので、文章を読むことに慣れ、答えの推測力を上げるためだそうです。

表1のスケジュールはよく練られたものに見えますが、これに至るまでの道のりは決して平たんではなかったようです。Aくんのお母さんである友人は次のように話します。

「受験勉強を始めたころは、時間に余裕があり、頭がすっきりしている朝に勉強したほうがよいのでは?と息子に提案してみました。『朝からは勉強したくない!』と言う息子をなだめながら問題集をやらせたりしたけれど、ダメでした・・・。結局、朝は無理という結論に達しました。また夕方も、初めは私が夕食の準備をする傍ら、息子はリビングのテーブルで勉強していたのですが、『消しゴムがない』、『水が飲みたい』などと何度も中断し、集中力が続かなかったので、結局、夕食の準備をすることはやめ、私もテーブルにつくことにしました。このような1日のスケジュールは、最初からこうだったわけではなく、数々の親子バトルと試行錯誤の結果なのです。」

受験に関してきちんと情報収集をし、計画性をもって受験勉強を進めているご家庭に見えましたが、子どもを勉強に向かわせるのは、日本でもイギリスでも簡単なことではないようです。この話を聞いて「うちも同じだ」と内心、ほっとしたのも事実です。

イギリスのイレブンプラス対策は年々、過熱しているというものの、日本の都心部における中学受験ほど激しくない印象を受けました。また、Aくんは入試直前だけれど、睡眠時間も習い事も家族の時間も、旅行さえも我慢せず、普段通りに過ごしていたのが非常に興味深かったです。このような受験勉強のスタイルが中学修了時に受験するGCSE試験や大学に入学する際も同じなのかという点は今後、注視していきたい点です。

次回は「私立中学の受験」をお届けします。お楽しみに。


<参考文献>
筆者プロフィール
橋村 美穂子(はしむら・みほこ)

大学卒業後、約15年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育総合研究所で幼稚園・保育所・認定こども園の先生向け幼児教育情報誌の編集長を務め、2015(平成27)年6月退職。現在は夫、息子と3人でイギリス中西部の街バーミンガム在住。
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