CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 研究室 > 東アジアの子育て・教育事情 > 【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】
第3回-①「おもちゃの使い合い」

このエントリーをはてなブックマークに追加

研究室

Laboratory

【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】
第3回-①「おもちゃの使い合い」

山本 登志哉(日本:心理学)
姜 英敏 (中国:教育学)

2015年4月 3日掲載
中文

◎【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】もくじ


「公園デビュー」という言葉が以前話題になりました。出産後、家で子育てをしていたお母さんが、子どもを連れて近所の公園に遊びに行きはじめることです。そこは他の子どもたちも遊びに来ていて、子どもも見知らぬ子どもたちの間に入って遊び始める「デビュー」をしますし、子どもを連れたお母さんたちの社交の場にもなっていて、お母さんはその社交の場にデビューすることになります。公園デビューという言葉は、そのお母さんのデビューを指して使われるようです。

当然そこには「人間関係」が作られていきますから、その場の人間関係の「しきたり」を理解することが必要になりますし、お互いの常識が違うときには、それを調整しあって場のしきたりを作っていく必要もあります。そのようなしきたりをうまく読み取れるか、あるいはぶつかり合いが生じた時にうまく調整できるかどうかは、そのお母さんがうまく「公園デビュー」を果たして、お母さん社会の中で生きていけるかどうかに関わる場面になります。

子どもはそんなお母さんたちのやりとりの中で、自分たちのやりとりを作り上げていくことになります。

さて今回はそんな子どもを連れたお母さんの社交の場での話を題材にしてみました。次のような出来事が起こったと仮定して、まずは皆さんのご意見をお聞かせください。(なお、自由記述については次回以降、内容を紹介させていただくことがあります。もしお望みでない方は、記入時にその旨をお書き下さい。またご回答についての著作権はCRNに移転するもの *1とさせていただきますので、ご了解のほど、よろしくお願いいたします。)

いかがでしたか?こんな事例は皆さんの周りではよくあることでしょうか?それともあまりないでしょうか。

いつものように日中の大学生(どちらも教育系)の意見を聞いてみました。人数はそれぞれ北京30名(男子8名、女子22名、うち海外出生者3名(男子2名、女子1名))、東京51名(男子3名、女子47名、うち中国留学生1名(女子))です。結果は次のようになりました。ご自分の選択と照らし合わせてみてください。

問い1 あなたが想像してみて、周囲にAさんのようなやりかた(他の子にも使わせてあげるが、なくならないよう玩具に名前を書いておく)をする人はどのくらいいると思いますか?

lab_08_18_01.jpg

Aさんは他の子にも使えるように多めにおもちゃを持って行き、また貸してあげたりしていたのですが、おもちゃが返ってこないことなどがあって、名前を書いておいたという話です。そういう人がどれほどいると思うかについて、日中の大学生の回答ではとても大きな違いが見られました。

日本では「たくさんいる」「ある程度いる」で8割ほどになっていて、特に珍しくもない、普通の出来事と感じられていることが分かります。

ところが中国のほうでは逆に「ほとんどいない」と「あまりいない」で8割近くになり、Aさんのようなやりかたをする人は珍しいと大部分の人に感じられていて、正反対と言っていい結果です。

ではCさんについてはどうでしょう?

問い2 あなたが想像してみて、周囲にCさんのような意見を言う人はどのくらいいると思いますか?

lab_08_18_02.jpg

Cさんはおもちゃに名前を書いてきたAさんに文句をつけています。その理由は自分のものと人のものとなんでそんなに区別しなければいけないのか、というものでした。

結果を見ると、日中共に「あまりいない」と「ほとんどいない」が多数派ですが、そのレベルはやはり大きく違います。日本では「沢山いる」という人は皆無で、「ある程度いる」と答えた人も1割にすぎません。そして過半数が「ほとんどいない」という印象をもっているのです。Cさんのような人はとても珍しいと感じられていることが分かります。

ところが中国では「たくさんいる」という人も出てきますし、「ある程度いる」まで含めれば4割近くなり、逆に日本では過半数をしめた「ほとんどいない」という答えは2割程度しかありません。平均すれば、「多い」とは言えないけれど、「まあありうることだ」くらいの感じ方になっていることが分かります。

ちなみに同じように自分には抵抗感のあるできごとについても、「まあありうるよね」と感じられる場合と、「うっそ~!信じられない!」となる場合とでは、そのインパクトは全く変わります。いわゆるカルチャーショックが起こるのは、主に後者のほうですね。ですから、この事例は、日中間のカルチャーショックを生む例の一つとも言えるでしょう。

さて、次はAさんCさんのやり方や意見について、学生さん自身がどの程度賛成できるかということについてです。

問い3 あなたご自身が親の立場で考えたとき、AさんやCさんのやりかたや意見についてどう思いますか?またそれは何故でしょう?

lab_08_18_03.jpg

ここでも統計的な差の検定をするまでもなく違いは明らかでしょう。日本の回答者はAに賛成する人が8割を超え、その大部分はAにのみ賛成です。Cにのみ賛成する人は1人しかいません。両方おかしいという人も1割ほどいらっしゃいます。

中国の方はそれに対してAに賛成とAC両方に納得がほぼ拮抗しており、そこにCにのみ賛成の5人が加わって、日本に比べて明らかにCに(も)賛成する人が多くなり、6割ほどに達しています。

この事例は、実際に北京であったできごとを基に作られたものですが、こんなところにも子育てをめぐる親御さんの人間関係に対する考え方、感じ方の日中での違いがかなりはっきりと見出されるようですね。

ではなぜ日中の学生さんはそういう選択肢を選んだのでしょうか。次回は自由記述に書かれた内容の紹介を含めて、少しこの事例のもつ意味を考えてみたいと思います。そこでこれをご覧の皆さんも、一体この違いは何を意味していると思うか、ご意見を募集しますので、どうぞふるってご参加ください。

読者参加コーナー問い5の自由記述へ戻る

*1. CRN掲載のほか、書籍への掲載など、自由に利用することができます。

筆者プロフィール

Yamamoto_Toshiya.jpg

山本 登志哉(日本:心理学)

教育学博士。子どもとお金研究会代表。日本質的心理学会元理事・編集委員。法と心理学会元常任理事・編集委員長。1959年青森県生まれ。呉服屋の丁稚を経て京都大学文学部・同大学院で心理学専攻。奈良女子大学在職時に文部省長期在外研究員として北京師範大学に滞在。コミュニケーションのズレに関心。近著に「ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち」(高木光太郎と共編:東大出版会)


Jiang_Yingmin.jpg

姜英敏 Jiang Yingmin(中国:教育学)

教育学博士。北京師範大学国際比較教育研究所副研究員、副教授。1988年~1992年に北京師範大学教育学部を卒業。1992~1994年、遼寧省朝鮮族師範学校の教師を経て、北京師範大学国際と比較教育研究所で修士号、博士号を取得し、当所の講師として務め、現在は副教授として研究・教育に携わっている。在学期間中、1997年~1999年日本鳴門教育大学に留学。また2003年~2005年はポスドクとして、日本の筑波大学に留学し、研究活動を行い、さらに中央大学や早稲田大学、青山学院大学の教員と積極的に日中の学生間の交流授業を進めてきた。日本と韓国、中国を行き来して、実際の授業を観察した道徳教育の国際共同比較研究。

このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

遊び

メディア

特別支援

研究室カテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP