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【比較から考える日中の教育と子育て】 第10回 2013年度の日本と中国の教育をめぐる出来事

要旨:

本稿では、2013年4月から2014年3月までの1年間に、日本と中国の教育界で起こったさまざまな出来事についてまとめるとともに、日中両国における「教育界における情報化の進展」、「問題行動と道徳教育」、「経済状況の教育への影響」という3つのテーマを設けて比較を行った。

この連載も、2013年5月にスタートしてから一年ほど経った。その間、日本でも中国でも教育をめぐってさまざまな出来事があった。両国ともに現在大きな教育制度改革を進めており、以前大学入試改革の稿(第9回)でも述べたように、それらの改革は今後の日中の教育に少なからぬ影響をおよぼすと思われる。そこで本稿では、2013年4月から2014年3月までの日本と中国の教育界での出来事を、主に教育政策の面から、また幼児教育、初等中等教育を中心に振り返ってみたい。筆者の関心を中心に、主な出来事に絞って紹介する。また、それぞれの出来事、問題については概要のみ紹介してあるので、詳細についてはさらに詳しい解説などをご覧いただきたい。

1 2013年度の日本教育界の概観

まず、2013年度の日本の教育について振り返ってみたい。


<教育改革の方向性>

現在日本政府を中心としてさまざまな教育改革が進められているが、それらの方向性を示すものとして、2013年の6月に「社会を生き抜く力の養成」、「未来への飛躍を実現する人材の育成」、「学びのセーフティネットの構築」、「絆づくりと活力あるコミュニティの形成」を四つの基本的方向性とする第2期「教育振興基本計画」 *1が閣議決定された。また、2013年1月に設置された、首相の私的諮問機関である教育再生実行会議では、2013年度にいくつかの提言が出された *2。2013年2月に出された第一次答申では、いじめ問題について、4月の第二次答申では教育委員会制度改革について、5月の第三次答申では高等教育改革について、10月の第四次答申では高大接続問題と大学入試改革についてそれぞれ主に提言がなされている。また、現在も学制改革などをめぐって議論が続けられている。


<教育行政・制度>

教育委員会制度の形骸化などの問題から、迅速な危機管理対応、教育行政の責任の所在の明確化などを目的として教育委員会制度の見直しが進められ、教育再生実行会議の第二次提言(2013年4月)、中央教育審議会の教育制度分科会の中間報告(10月) *3、答申(12月) *4などで、教育委員会制度改革について提言が行われた。中教審の答申では、「教育行政の責任者として新「教育長」を設置するとともに新「教育長」の指揮監督者としての教育行政の執行機関を(1)現在の教育委員会から首長にする、という案と、(2)従来通り教育委員会のままにして役割を限定する、という案の2案を併記する形となったことも話題を呼んだ。その後教育委員会制度改革のための「地方教育行政法改正案」 *5は、2014年の通常国会に提出され、現在も審議されている。


<教育財政と教員管理>

教員給与と教員定数の見直しについての議論が紛糾した。文部科学省は2014年度の予算概算要求の中で、「教師力・学校力向上7か年戦略」として少人数学級の実現などのために向こう7年間で教職員の数を段階的に増やす案を出したが、それに対して財務省側は逆に教職員の定数削減、給与引き下げの方針を打ち出した。10月には、財政制度等審議会が、歳出削減のために2020年度までに1万4000人の公立小中学校教員の定数削減を求める方針を発表、また来年度からの小中学校の教員の給与を約10万円(1.7%)引き下げる案も提示した。これに文部科学大臣が反発していたが、最終的には、11月に閣議決定された政府予算案では、公立学校教員の定数は初の純減となった。

一方で、6月にOECD「図表で見る教育2013」が出され *6、GDPに占める教育機関への日本の公的支出の割合が30カ国の中で最下位であることが発表された。文部科学大臣が「教育目的税」の導入を示唆するなど、教育への公的支出の増加の必要性は認識されるようになってきたと思われるが、政策としてさらに検討が必要だと思われる。

また、自民党の教育再生実行本部からは、2014年1月に学校の統廃合の推進、教員配置の見直しなどを進める「教育再生推進法案」の骨子が出され *7、今年度の国会に提出される予定である。


<幼児教育・保育>

入所を希望する保育所が満員であるために入所できない、いわゆる「待機児童」の解消が解決すべき喫緊の課題となっているが、2012年に「子ども・子育て新システム」関連の3つの法律が公布され、2013年度には「子ども・子育て会議」が各地に設置され *8、各方面からの意見を取り入れながら新たな保育の仕組みについて調査審議が進められた。また、2013年4月には「待機児童解消加速化プラン」が首相から発表され *9、保育施設の拡充と増加を推進することで2017年度末までに待機児童ゼロを目指す計画が示された。

また、2013年度には幼児教育無償化に向けての検討も活発化した。6月の政府・与党会議(幼児教育無償化に関する連絡会議)では幼稚園児と保育園児の保育料負担の格差解消のため1人目の子どもが小学3年生以下の世帯で、幼稚園に通う2人目の子どもについては半額、3人目の子どもについては無償とする案が提示された *10


<カリキュラム改革>

初等中等教育段階におけるカリキュラム改革の面では、小中学校の学習指導要領の全面改訂に向けて、さまざまな動きがスタートした。まず、道徳の教科化をめぐっては、12月に文部科学省の有識者会議である「道徳教育の充実に関する懇談会」が小中学校の「道徳」を教科に格上げし、現在の副読本を用いた授業から検定教科書の導入を行う案を文部科学大臣に提出した *11。同時に、道徳教育用副読教材「心のノート」が全面改訂され、「私たちの道徳」 *12とタイトルを変えて配布された。また、2014年の1月には、文部科学大臣が記者会見において「日本史」の必修科目化について検討していく方針を示し *13、2013年6月に自民党のプロジェクトチームから提案された新教科「公共」(職業選択や保険、政治参加など、社会生活のうえで必要な幅広いテーマの内容を学習する教科)の設置についても、検討していくとしている。

また、英語教育の強化については重点的政策として取り組まれている。12月に文部科学省が発表した「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」 *14では、2016年度の指導要領改訂などを通じて、小学校の「活動型」外国語活動の開始を現行の5年生から3年生に、5、6年生では英語を正式教科とし、中学校では英語での授業を行い、高校からはより実践的な活動型の教育を重視する、といった計画が示されており、東京五輪開催の2020年度の実施が目指されている。また、2014年2月には文部科学省に「英語教育の在り方に関する有識者会議」 *15が置かれ、小学校の英語教科化などについて引き続き検討が続けられている。

また、現行の学校週5日制についても見直しが行われ、6月に文部科学省の検討チームが、学校設置者の判断で土曜授業を行えるようにする学校教育法施行規則の緩和を求めた中間まとめを公表 *16、11月には、文部科学省が、教育委員会の判断で土曜授業を自由に行えるよう学校教育法施行規則を改正した *17

2013年度には、教科書検定についての見直しも進んだ。11月には、文部科学大臣が教科書検定の基準、採択制度の見直し方針を示した「教科書改革実行プラン」 *18を発表した。また、2014年2月27日には教科書採択基準の明確化を定めた「教科書無償措置法改正案」を閣議決定、4月に国会で可決された *19。その一方で、沖縄県竹富町では、独自に選定した中学公民教科書を使い続けているとして、文部科学省からの是正要求が出された *20


<その他初等中等教育段階の教育に関することがら>

全国学力テストの結果の公表をめぐって、議論が巻き起こった。たとえば、静岡県では、学力テストの成績上位小学校の校長名を公表し *21、また、大阪市もすべての小中学校に対して学力テストの結果の公開を原則義務付けた *22。これに対しては、学校の序列化を促すとして反対も多く、文部科学省も当初は公表させない方向であったが、2014年度の学力テストでは、希望する地方自治体は学校ごとのテスト結果を公表することが可能になった *23

12月には2012年に行われた経済開発協力機構(OECD)のPISA(学習到達度調査)の結果が公表され、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野とも日本はOECDの平均点を上回り、前回調査の順位を上回った *24

民主党政権時代の2010年から導入されている「高校授業料無償化」制度については、11月末に所得制限を設ける法改正が行われ *25、世帯年収が910万円程度未満の生徒のみに対する支援となった。

2 2013年度の中国教育界の概観

次に2013年4月から2014年3月までの中国の教育の状況について概説する。その間、教育のみならず社会的にも注目されたニュースとして、2013年の4月20日、四川省の雅安市芦山で、また7月24日には甘粛省定西で大きな地震が起こった。学校などの施設も地震による大きな被害を受け、地震直後からボランティアや政府などによる支援、復旧作業が進められた。


<教育改革の方向性>

「中国共産党第十八期中央委員会第三回全体会議」後に出された「改革の全面的深化における若干の重要な問題に関する中共中央の決定(以下「決定」)」 *26において、(1)体育・情操教育の強化、(2)教育の公平性・経済困難家庭の子どもへの援助の推進、(3)地域間、都市農村間、学校間、クラス間の格差の解消、(4)職業教育体系の整備と産学融合の推進、(5)入試制度改革、学区制、九年一貫制の推進、(6)省市や学校の経営自主権の拡大、などといった、教育改革の方向性が示された。また、「決定」の中では、夫婦のうち片方がひとりっ子である場合に二人の子どもを認める(これまでは夫婦二人ともひとりっ子である必要があった)という、ひとりっ子政策の緩和の方針も示された。このことは、今後の中国の教育にも様々な面で影響を及ぼすことになると思われる。


<教育行政・教育制度>

中央から下部単位(地方・学校)への権限の移譲が続いた。すなわち、教育部が持つ「行政審批」(審査し許可を下す権利)の、下部の行政単位への移譲であり、それによって、下部の単位の教育行政や学校運営における自主性が増す、ということである。2013年から2014年の間で行政審批の「下放」が行われた事柄は、高等教育関連のものが多いが、「民弁学校(私立学校)」の校長の任命など、初等中等教育にも関係する項目もある。


<教育財政>

2013年12月に教育部、国家統計局、財政部が、全国教育経費執行情況統計公告を出し *27、2012年の国家財政性教育経費が2223.36億元に達し、GDPの4.28%に達したことを発表した。前年の3.93%と比較して0.35ポイントの増加であり、「国家中長期教育改革和発展規画綱要(2010-2020年)」 *28で目標とされた4%をクリアしたことになる。また、支出が増えた一方で、その経費の管理についても重視されるようになった。5月には教育部から通知が出され *29、2013年を「教育経費管理年」として、教育経費の浪費を防ぐよう通知するとともに、貧困地区などへの財政支出の重点化の指示も出している。

また、貧困地区、特に東部地区に比較すると教育水準で遅れをとっている中西部地域への教育財政支出の重点的配分の方針も示された。高等教育については、2月に教育部、国家発展改革委員会、財政部が共同で「中西部高等教育振興計画(2012-2020年)」 *30を発表し、教員のレベルの向上、人材育成など多方面に渡る中西部地域の大学の振興計画が示されたが、義務教育段階についても、5月から6月にかけて教育部の「義務教育のバランスのとれた発展」に関連する全国会議が開かれ *31、教育資源や教育の質について、地域間、学校間での格差を是正する取組みが進められた。


<教員管理>

2012年から中国の教員資格も終身制ではなく定期的に更新(登録)する制度へと移行していく段階にあるが、8月の教育部の通達によって *32、これまで実験的に定期制を実施していた6省市に加え、新たに4つの省でも教員資格定期制を実施することになった。

また、貧困地区に対する教育環境の改善の一環として、9月に財政部と教育部が通達を出し *33、農村部の教育の質の向上を図る目的で、貧困農村地区の教師に対して生活費の補助を出すこととした。


<就学前教育(学前教育)>

12月末に「学前教育三年行動計画」 *34の第一期(2011年から2013年。第二期は2014年から3年間)が終了し、小学校入学3年前時での入園率が67.5%に達した(2009年時点での入園率は50%程度)。就学前教育の充実・発展は中国の教育におけるひとつの課題であり、2010年の「国家中長期教育改革与発展計画綱要(2010-2020)」でも、2020年までに就学1年前での入園率を95%に、就学3年前時での入園率を70%とする目標が示されている。「学前教育三年行動計画」は、2010年の11月に国務院から出された「国務院関於当前発展学前教育的若干意見(国務院による現在の学前教育の発展についての意見)」 *35にもとづいて各地方で県単位で定められたもので、財政投資、教員数、幼稚園の増加などと合わせて、この3年で目覚ましい発展をとげていることになる。


<初等中等教育>

2013年9月1日からは、「中小学生学籍管理弁法」が施行され *36、学籍番号と身分証番号の統一、つまり「一生一号(一生を通じて使用する一つの番号が学生ごとに割り当てられること)」が図られた。2013年末までには、全国の小中学生の学籍データが収集され、電子化された全国的な学籍の管理が可能になった。これによって、転校などによる学籍の二重化などを避け、学生の人数などの把握をより正確にすることができるとともに、引越しなどによる転校の際に、これまでのように、元の居住地と転居先を何度も往復して手続きをしなくてはならない、といった手間もなくなる。

また、試験の成績や進学率に単純にもとづいて学校の評価を決める傾向に対して、教育部は6月に通達 *37を出し、学業成績のみならず、徳や体育などの面も含めた評価を行うように指示、7月には上海など30地区で実験的にこうした評価方式を行うことを決めている。

また、8月中旬には教育部から「小学生の負担を減らすための十か条の規定」(意見募集稿) *38が出された。小学生について、学校におけるさまざまな負担を和らげようとするもので、その内容を見ると、入学試験を無くし居住地の近くの学校に入学できるようにする、重点クラスと非重点クラスの区別を無くしてランダムに子どもをクラス分けするようにする、標準のカリキュラムに合わせて入学時にはゼロから教え、教えるスピードも上げない、1年生から3年生までは書く形式の宿題は出さず、4年生から6年生も1時間以内で終わる量の宿題にする、試験の回数を減らし、1年生から3年生では学校統一の試験は行わない、点数制ではなくレベル制での成績評価を行う、休日祝日には補習授業を行わない、などといった内容が含まれている。

また、6月20日には、宇宙船(神舟十号)と全国各地の中学校高校を結んで宇宙からの授業を行ったことも話題を呼んだ(8万あまりの学校、合計6000万人あまりの学生と先生が授業を受けたとされる)。

3 教育界における情報化の進展

教育の情報化とそれにともなう国際化は、教育における世界的なひとつの流れと言えるが、2013年度は日中ともにこうした動きが加速した感がある。両国ともに、以前から各大学内部での、インターネットを用いた形式での講義およびその受講による単位・学歴の取得といったものはすでに実施されていたが、2013年度に入って学外や海外に向けた講義の発信が進んだ。


<日本>

東京大学が2013年9月にコーセラ(Coursera)を通じてMOOC(Massive open online course)に参加、また2014年の秋からはエデックス(edx)を通じてハーバード大学、MITとともに連携した講義を行うことを決めている。また京都大学も5月にエデックスへの参加を発表、2014年の4月から講義の配信を行う。また、10月11日には、日本版のMOOCである「日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)」が設立され、2014年春から13大学(要確認)講座の配信を行っている。また、大学の設置に関連するところでも、文部科学省の協力者会議 *39がインターネットでの受講のみで卒業可能な大学の校舎面積などの条件の緩和を全国に広げる方針を打ち出した。また、大学の学生募集におけるインターネットによる出願については、日本では近畿大学がネット出願に切り替えたことで受験者数が大幅に増加したことも話題となった。

さらに、初等中等教育段階でも情報通信技術(ICT)を用いた試みが盛んになされるようになった。佐賀県が、2014年の春に県立高校に入学するすべての生徒にタブレット端末を購入させる *40ことに決めたことも大きな話題を呼んだ。また同じ佐賀県の武雄市では、市内の全小学校の児童に学習用のタブレット端末を配布、3年生から6年生を対象に5月中旬からタブレット端末も用いた「反転授業 *41」を行うことを決めた *42。また、東京都荒川区でも2014年度から区内の全小中学生に授業用のタブレット端末を配布することを決定し、2014年度はモデル校での運用方法の検証を行うこととなっている。 また塾や予備校などの教育産業では、早くからインターネットを用いた動画配信による自宅での受講などIT技術のさらなる導入が進んでいる。


<中国>

中国のインターネット調査会社iResearch(艾瑞咨詢)が2014年3月に発表したデータによれば *43、中国のインターネットによるオンライン教育の市場規模は2013年で840億元に達しており、2008年が352億元だったのに比べ、2.4倍程度に膨れ上がって来ている。また主には高等教育における利用が市場全体の半分近くを占めているが、小学校から高校までの段階でのオンライン教育のここ5年での伸びは大きく、2008年には市場全体の4.4%だったものが2013年には7.4%となっている。

高等教育における「慕課(MOOCの中国語名)」への参加については、日本と同様に中国の大学も2013年に次々とMOOCへの参加を決めた。9月に北京大学が中国で初めてエデックスに参加した(4つの講義を開設)が、その後、清華大学、香港大学、香港科技大学がエデックスに、復旦大学(2014年4月から)、上海交通大学、香港中文大学もコーセラに参加した。国内向けのものとしては、6月に教育部が国内向けのオンライン教育資源共有サイト「愛課程網 *44」のコンテンツを変更し、中国の大学の授業をオンラインで公開するようになった。また、インターネットを主体とした教育を行う大学の設置についても、これまでインターネットを用いた遠隔教育によって学歴を授与する大学の設置には政府からの特別の許可(行政審査)が必要だったが、2014年の2月には、国務院からそれを取り消す決定が出され *45、今後はよりそうした大学の設置が容易になった。

また、初等中等教育段階におけるインターネットを利用した新たな授業形式の実践と反転授業導入の試みも、全国各地で行われている。たとえば、華東師範大学は2013年の9月から「慕課中心(MOOCセンター)」のHP上 *46で教材となる動画を配信し、「C20慕課連盟 *47」に参加している多くの小学校、中学校、高校と共同で反転授業を実施している。

民間の教育産業についていえば、2013年には「騰訊」や「阿里巴巴」、「百度」などネット関連の巨大企業が教育産業にも進出した *48。それに対して、「新東方」など既存の対面式中心の塾・予備校がどのような形でオンライン教育で事業を展開させていくかについては今後注目されるところである。

こうしたICTを用いた教育環境の変化は、日中ともに2014年度も引き続き進むと思われる。中国の場合には、国土の広さ、地域間の教育の質の公平化の重要性から考えてみても、こうしたインターネットを用いた教育の利点は大きく、今後さらに発展していく可能性を秘めていると思われる。

4 問題行動と道徳教育

2013年度も、いじめなど子どもの問題行動、教師の不祥事については日中ともに多く報道され、社会的にも注目を集めた。


<日本>

2013年1月に大阪府の高校で教師から体罰を受けた生徒が自殺する事件が起こり、その後も教師の体罰による問題が多く報道され、「体罰の是非」について社会的に議論が巻き起こった一年でもあった。こうした状況に対する文部科学省の対応として、3月に違法な「体罰」と指導上必要な「懲戒」を明確に区別して指導を行うことを徹底させる通達 *49が出されている。また、東京都は、9月12日に、2012年度までに体罰を行った教職員ら203人を処分することを発表した *50

また、いじめや教師の非道徳的行為(児童・生徒に対する性的暴行など)も相変わらず多い。11月に公表された文部科学省の「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の結果 *51では、2012年度のいじめの件数は総計で19万8108件で、調査開始以降過去最多となっている。

その他に、教師の不祥事では、大阪府が積極的に進めている民間出身の校長の採用に関連して、公募民間人校長のひとりが、3ヶ月足らずで依願退職した。また9月にも、公募民間人校長を問題行為で減給、校長職から一時更迭した。11月に発表された、文部科学省の「公立学校教職員の人事行政状況調査」 *52では、昨年度教師の懲戒免職になったのは207人で調査開始以来過去最多であった。

これらの中でも特に、学校におけるいじめの問題は、教育再生実行会議の第一次提言においても、いじめと体罰問題への対策について述べられている。こうした状況に対して、2013年度に行われたいじめ問題に関連した対策としては、6月に国会に提出・可決され、9月から施行された「いじめ防止対策推進法」の制定 *53がある。「いじめ防止対策推進法」では、学校に「いじめ防止基本指針」の策定や「いじめ防止対策委員会」の設置を義務付けるとともに、学校内に相談窓口の設置、いじめが起きた際の調査と報告も義務付けている。また、それに関連して、10月には、文部科学省から「いじめ防止対策推進法」の運用の目安となる「いじめ防止基本方針」 *54が都道府県教委などに通知されている。


<中国>

5月に海南省の小学校校長が小学生6人をホテルに連れ込むなどの事件が起こり、その後短期間に多数の小学生への性的暴行事件が明るみになった。また、日本と同様に学生への体罰の問題も起こっている。また、大学について言えば、4月に復旦大学の学生が寄宿舎で同室の学生に毒を飲ませ、その学生が死亡する事件が起こり、その他にも南京航空航天大学で寄宿舎の同室の学生を刺殺するなどの事件が続き、青少年の道徳意識や規範意識の低下、風紀の乱れとして話題となった。

教育界におけるこれらの「風紀の乱れ」に対し、9月には通達 *55が教育部から出され、教師の徳についての評価を教師評価の中心にすること、評定を行うこと、またその評定プロセスについて見解が示された。また、11月には、「中小学教師違反職業道徳行為処理弁法」 *56が出され、補習授業などに際してお金を受け取る、ハラスメント行為を行う、などの十数項目の「師の徳に反する」行為を明確に示した。

こうした状況もあって、両国とも道徳的な面での教育が強調された一年でもあった(政治的な流れや変化によるものという面も大きいが、ここでは触れない)。特に上記の対応内容を見ても、中国においては「徳」が強調されている印象がある。日本では、すでに述べたように「心のノート」の全面改訂、道徳の教科化など、道徳教育に関連する改革が進められた。また、中国においては、上記のような「風紀の乱れ」に対する対策のほかにも、教育部から通知 *57が出され、小学校から大学まで全面的に「三節(食べ物、水、電気の節約)」教育が進められた *58

5 経済状況の教育への影響

日本においても中国においても、雇用情勢の変化にともなって、キャリア教育の必要性が注目されるようになってすでに久しい。その時々の経済の状況は、両国の教育政策の上でも大きな影響を及ぼしている *59

2013年度についていえば、日本においては、経済状況の好転によって雇用情勢が若干改善した *60。2013年の1月にはキャリア教育を高校の必修科目とすることが検討されるなど、引き続き各方面での、キャリア教育の充実も進められている。

また、中国では、2013年度に卒業(中国の卒業シーズンは6月~7月)する大学生が699万人となり、史上最多となった(前年と比べ19万人増)。中国の大学が学生募集の増加を開始したのは1999年に政府が出した「21世紀に向けての教育振興行動計画」 *61以降であり、十年前の卒業生は212万人であったことから考えれば、4倍近くになる。こうした大学卒業生の増加に伴い、中国でも若者の就職難は社会問題となっている。2014年も引き続き卒業生は増加する見込みで、就職難は続きそうである。

また、経済状況の教育への影響という点では、「子どもの貧困」が今日の両国の教育政策に及ぼす影響も大きい。中国については、すでに述べたように、東部地域と中西部地域の格差、都市部と農村部の経済格差は、そのまま教育資源の格差となって表れており、教育への公的財政支出の面、および農村部における優秀な教員の確保の面で、さまざまな措置がとられている。また、都会に親が出稼ぎに出ることで農村に取り残される、いわゆる「留守児童」に対しては、2013年1月に政府の五部門が合同で通達 *62を出し、教育環境の整備や栄養状況の改善などを進めることとしている。

また、日本においても、社会における経済的な格差の存在が次第に指摘されるようになってきており、貧困家庭の子どもの教育面での援助の必要性が注目されるようになってきた。これに対しては、経済的に困難をかかえる家庭の子どもに対して国や地方自治体が対策と支援を行うように定めた「子どもの貧困対策の推進に関する法律」 *63が6月に可決され、2014年の1月に施行された。

6 まとめ

本稿では、2013年度の日中の教育界での出来事を概説するとともに、3つのテーマ(教育界における情報化、問題行動と道徳教育、経済状況の教育への影響)を設けて紹介した。それらの出来事についての、筆者なりの私見を述べてみたい。

ひとつは、両国ともに、教育において重視されるべき「学力」や「能力」についての考え方が変化していく過渡期にあって、同時にそれをめぐってそれぞれの国内で葛藤や議論があるように思われることである。日本の場合には、大学入試改革についての稿でも見たように、以前の「ゆとり教育」の時代から引き続いて、従来の記述式テストでは測れない学力、あるいは総合的学力やコミュニケーション能力といった社会で生きていく上で重要な能力が教育政策・教育改革上重視されるようになってきている。その一方で、学力テストの結果の公表などに顕著に見られるように、数字(点数)として表れる結果に対する一般的な信頼は根強く、またこの一年のうちで教育にそうした「結果」を求める動きが以前と比べれば少し進んだように思われる。中国の場合にも、これまでの数字として表れる結果を重視した教育(試験重視の教育なので「応試教育」と呼ばれる)から、子どもの負担をいかに減らしていくか、また情操教育や体育なども含めて、全体的な教育を進める、という方向で改革が進んでいるように見える。その一方で、そうした改革に対して、「大丈夫なのだろうか」と中国の将来の教育を不安視する声も少なくなく、特に子どもの負担の緩和をめぐっては、教育の現場レベルで心配の声が大きいように思われる。

また、そうしたそれぞれの国での教育の変化を国際化とそれへの反動、という面からまとめて考えてみることもできるかもしれない。本稿で見てきたように、両国ともに情報環境・インフラが整備されてきた結果、教育のボーダレス化が進み、同時に国際的な競争圧力は高まっている。現在進行中の両国における教育制度改革も、そうした国際的競争への対応という面は少なからずあり、教育の国際的な「標準」に合わせようというそれぞれの国での努力の現れのようにも見える。一方で、いくら情報化・国際化が進んでも、国家や民族、文化が消えてなくなるほどではないので、ひとつにはPISAのように「国家間での」点数比較・競争はこれからも続いて行くであろうし、もうひとつは、国際化の結果、価値観や行動が多様化していく中で、その反動として「道徳」の教育が重視されるようになってきたように思われる。

ただし、教育制度改革の方向性やそれにともなう状況について共通点が見られるとしても、日本と中国はそれぞれの国情や教育の歴史的背景が異なり、少なくとも現状では、それぞれの国の教育において解決すべき問題には違いも多い。たとえば、日本の場合には、少子化問題対策としての、幼児教育や高校の無償化など、家庭の教育支出を抑えると同時に子育てしやすい環境をいかに整えるか、という点が重要な課題である。中国の場合には、間接的には家庭の教育負担をもたらす教育競争(学校間や家庭間など)をいかに緩和し、教育の公平性をいかに実現するか、という点が重要な課題となっているように思われる。

日中両国の教育を考えて行く際に、こうした過渡期にある教育政策・制度の変化を頭に入れておくことは重要なことであろう。また、現在も変化の過程の中にあるのであり、今後も両国の教育制度がどのようになっていくのか、注目していきたいと考えている。


筆者プロフィール
Watanabe_Tadaharu.jpg渡辺 忠温(中国人民大学教育学院博士後)

東京大学教育学研究科修士課程修了。北京師範大学心理学院発展心理研究所博士課程修了。博士(教育学)。
現在は、中国人民大学教育学院で、日本と中国の大学受験の制度、受験生心理などの比較を行なっている。専門は比較教育学、文化心理学、教育心理学、発達心理学など。

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