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【ドゥーラ TRAINING編 】第3回 海外のドゥーラ実践

はじめに

2019年7月初めに実施した2回目のドゥーラトレーニング・セミナーに、出産ドゥーラの木村章鼓氏をゲスト講師にお迎えしました。木村氏は現在、フランスのパリを拠点に活動されています。ドゥーラの資格を取得したのはスコットランドのエディンバラで、その後、パートナーの転勤に合わせてロシアやアメリカなど様々な国で暮らし、多くの女性の出産に寄り添ってきました。各国でのコミュニティづくりにも積極的に取り組んできた豊かな経験をもとに、今回は、海外でのドゥーラの実践についてお話しいただきました。第一部の講演の後、第二部では、ロールプレイによるドゥーラトレーニングを行いました。なお、木村氏のご活動についてはCASE編第4回もご覧ください。

イベントの概要
日時2019年7月2日(土)
場所筑波大学東京キャンパス
参加者ドゥーラ、助産師、その他、計50名程度。

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講演の概要
ドゥーラになったきっかけと、これまでのこと
【木村氏】:まず私がドゥーラになったのは、17年前の娘の妊娠がきっかけでした。自分が経験した素敵なお産をみんなと共有し、共感し合えたらいいなという思いが始まりでした(詳しくは、CASE編第4回参照)。ドゥーラになる契機や思いは人それぞれだと思いますが、私は「こんなに楽しいこと、おもしろいことは、みんなで一緒に楽しもうよ」という気持ちでスタートしました。まもなく、夫の転勤でスコットランドに行き、エディンバラ大学で医療人類学を学びました。同時に、自分の頭でっかちな、先走りしやすい気持ちを抑えるためには、まずは勉強が先だろうと考え、ドゥーラの資格を取りました。それからは、実際にお産に付き添うことを通して、大学院で得た知識と自分の妊娠・出産の実体験を基に、心でお相手と向き合えていることを実感しています。

過去20年程、私は夫の仕事の関係で 、4、5年毎に世界中を移動しながら暮らしています。引っ越し前後の1年間は、様々な手続き等で精一杯になりますが、余裕のあるときは、ピアサポートを目的に交流の場を提供しています。滞在する国々で、細々と活動をしているうちに、だんだんと「章鼓さんちっておもしろいね。毎月サロンをしているんだって?」、「いろいろな本も借りられるみたいだし、今度聞きに行ってみようかな」と、地元の方との輪が広がっていきます。どこの国に行っても、最初は活動の種まきの時期があり、2年目位から「章鼓さん、こういう相談があるんだけど」と言ってくださる人が増えていきます。ただ、4年目になるとそろそろ次の国のことを考えなければなりません。ですが、引っ越しをしながら、常に女性たちの相談にオンラインで乗り、その件数はすでに数千件にもなります。これまで15カ国の文化をもつ妊産婦さんに実際に仕え、世界各地の女性と感動を共有させていただいた者として、ドゥーラ・スピリットは誰よりも深く熱いと認識しています。
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様々な国で出産に付き添った経験を語る木村氏
世界のお産はさまざま。どの国の女性も、女神だと思って仕える
【木村氏】:エディンバラ滞在の後、ロシアに引っ越しました。世界には、出産に関する様々な言い伝えのようなものがあります。例えばロシアでは、海の中で出産することについて、赤ちゃんとへその緒がまず海水に触れることが大切だとお話しされたお母さんがいらっしゃいました。科学的根拠はあるのかなと思うこともありますが、彼女にとってはそれがとても大事なことなのです。生まれてきた赤ちゃんを産湯につからせる時に、お湯に金貨を入れてその子の金運が高まるように願ったり、羊膜にしっかりと守られて生まれた子どもはゴールデンチャイルドと呼ばれたり、医療人類学的に見てもおもしろい、もっと学びたいと思える視点がたくさんありました。
ロシアの後はアメリカのヒューストンに移りました。そこでは、女性のお産に対する希望が、よりコントラストのあるものでした。自分の身一つで産みたいという女性と、最先端の医療技術を総動員したお産を希望する女性とにハッキリ分かれている印象をもちました。
今住んでいるフランスでは、お産の8割が無痛分娩になっています。私自身は、もっといろいろな選択肢があるといいなと思っていますが、薬の介入が多いお産をごく普通のことだと思っている国では、様々な選択肢を知っていただいたり、別の方法を薦めたりするのは、とても難しいと感じることも多くあります。
ドゥーラの資格を取ったイギリスでは、エストニア人姉妹のお産に付き添わせて頂いたことがあります。最初にお姉さんが自宅で水中出産をされたのですが、そのお産を「とても素晴らしかった」と言ってくださって、2歳違いの妹さんも「章鼓と一緒に水中出産をしたい」とリクエストしてくださったのです。興味深かったのは、出産ドゥーラの候補が3人いた中で、私を選んでくださった理由でした。「どうして私にしたの?」と聞くと、「章鼓は、すり足でまったく足音がしなかったから」と答えたのです。驚きました。確かに、私は細心の注意を払ってとても静かに歩いていました。ご自宅の階段が木製のらせん階段だったので、軋まないように注意していたのですが、無意識のうちに能のすり足のように、すーっと横滑りで歩くようにしていたことを思い出したのでした。こんなことで妊婦さんに選ばれることもあるのだなと思いました。
アメリカのテネシー州には、「The Farm」というコミューン*1があり、そこで、助産師のアイナ・メイ・ガスキン氏が活動されています。彼女は「出産中、もし産婦さんが女神に見えなければ、産婦さんが悪いのではなく、彼女を取り囲んでいる産科医療がどこかおかしいのではないだろうか」と仰っています。私は妊婦さんから、「章鼓さんと話をしていると、自分が女神になったような気持ちになります」と仰っていただける時、こう思います。「お月様が鏡のように太陽を映すように、私も出産の付き添いを通してお相手のことを映しているだけ」と。お相手のエネルギーを感じて反射しているだけで、みなさんが本来もっている輝きが出産中に現れて、産後にぱっと花開くのでしょうね。その輝きを、医療が一律に不必要な介入によって曇らせてはならないと思います。今の女性たちをみていて思うことは、欲を言えば、さらに自分の心の根っこへと近づくには、妊娠する前から、各自が家庭で本能的な感覚を研ぎ澄ませておくのが望ましいと思います。なぜなら、命の大切さへのまなざしは、やはり家庭から育っていくものだからです。いろんなご家庭と出会い、それぞれの価値観と出会うと、そこには、一朝一夕には生まれ得ない、とても深い各家庭の価値観の熟成があると感じます。パソコンの前に座っているだけで必要な情報にアクセスでき、それで満足しがちな便利すぎる、今のような世の中では、妊娠してから急に自分の体をいたわることは難しいと思います。例えば、母体の下半身の冷えについては、欧米文化の中では意識を向けるきっかけはほぼ皆無です。妊娠前、妊娠中、産中産後、と継ぎ目なくつながっていく経験の中で、冷えを予防する衣食住の知恵を積極的に日々の生活に取り入れるなど、少しずつご自分の中の軸を整えることに意識を向けていけば、妊娠・出産・子育ては自然な流れでスムーズに実践できるようになるのではないでしょうか。人として、自分がどう目の前の命と向き合うか。ドゥーラの仕事は、まさに人育てだと思っています。
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ドゥーラ、助産師、セラピストなど、妊娠・出産のケアにかかわる女性たちの笑顔

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一般社団法人ドゥーラシップジャパンの仲間たちと木村氏

実際に行われたロールプレイのシナリオ

シーンカテゴリー
時期:出産中~出産直後
ドゥーラサポート要素:情緒的、情報提供

登場人物のリストと人数
①産後の女性、助産師【2名】
②産後の女性、助産師、ドゥーラ【3名】

状況の説明
初産婦。産後8時間。陣痛が増強し破水したが血性羊水*2が続いたため、夜中に緊急帝王切開になった。生まれた赤ちゃんは状態が良くなかったため、NICUのある別の医療機関へ緊急搬送した。術後の褥婦(産後の女性)は赤ちゃんを心配し、不安を訴えている場面。

初めの一言(この一言からロールプレイをスタートします)
産後の女性「赤ちゃんは大丈夫でしょうか」
(助産師が術後のケアのためにお部屋を訪れた時に涙を流している)

実際の体験(この産婦にかかわった助産師の思い)
生まれた赤ちゃんを新生児科のある医療機関へ緊急搬送し、その後の状況がしばらくわからない中で、帝王切開直後の術後のケアをしていました。この褥婦さんとスタッフの関係は良好で、お手紙をいただいたり、退院後も院内で会うたびに話しかけられることもあったのですが、お産の振り返りは十分だったのだろうか、赤ちゃんと離れている間の精神的なケアへのフォローは適切だったのかと、今も自問します。また、その後の赤ちゃんの成長発達なども気になっています。ケア中やそれ以外にも、本人の発言や感情表出をしやすくなるように時間を作れたらよかったのではとも考えます。

この体験にロールプレイで寄り添いました。

ロールプレイ:参加者のコメント
産後ドゥーラは、お母さんの気持ちに 寄り添い、家事や育児をお手伝いすることによって、出産後のご家族の生活をスムーズにスタートできるようにサポートします。日本では、欧米のように出産ドゥーラとして活動されている方は極端に少なく、出産ドゥーラの役割を助産師が兼ねている状態です。ただ出産が立て込むと、助産師だけではお母さんやご家族のケアまで手が回らないことも多いと聞きます。産後ドゥーラと して活動する中で、私自身が出産時もお母さんに寄り添える出産ドゥーラでもあれば、よりお母さんとご家族に寄り添ったサポートができると感じ、この講座に参加しました。
ロールプレイではこの事例に取り組みました。私は助産師の資格もなく、分娩室での経験は自分の2人の出産だけ。しかも安産でしたので、このケースはとても難しく感じました。でも同じグループに助産師さんがいて、その方の対応が的確でお母さんの不安にきちんと答えており、とても参考になりました。「私の赤ちゃんはどこに行ったんですか? 大丈夫なんでしょうか?」という不安でいっぱいの母親役の質問に対し、助産師役は「赤ちゃんは少し心配なところがあったけど、今別の病院のNICUに搬送したので大丈夫よ。赤ちゃんが落ち着いたら会いに行きましょうね」と、とても冷静かつ優しく声をかけていて、大変参考になりました。このような難しい出産をされたお母さんに産後ドゥーラとしてサポートに伺う場合、出産時の状況がよくわからないことも多く、お母さんの気持ちに寄り添うことが難しいと感じることがあります。でもこのようにケーススタディをたくさん行っていれば、そのようなことも改善されると感じました。またロールプレイをして感じたのは、それぞれの役割を演じることでテキストを読むよりも自分のこととして体感できるので、状況や産婦さんの気持ちについて理解が深まるということでした。
コロナ禍の中、日々サポートに伺っていると、妊産婦さんの状況はとても過酷だと感じています。里帰り出産や立ち会い出産、上の子やパパとの産後の面会もほとんど出来ない状況です。そんな中でも 出産時や入院中にオンラインでご家族とお話する機会を作るお手伝いなども、日本に出産ドゥーラがいればできるのではないかと思っています。日本ではまだまだ知られていないドゥーラですが、職業としてもっと認知され、お母さんと赤ちゃんを取り巻く色々な場所で活躍できる日が来ることを願っています。
有福香織(産後ドゥーラ《経験8年》)
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レボゾ*3やバースボールを使った産通緩和テクニックの演習も盛り上がりました

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フォトグラファーの児島由季子氏による、ドゥーラとして出産に立ち会う経験についてのミニ講演

講師/木村章鼓氏のコメント
会場の熱気に一番驚きました。体験型の研修会であったために、ロールプレイ実習ではどなたも真剣に取り組んでいらっしゃる様子に感激しました。1to1の継続ケアを提供しにくい現状の周産期医療の葛藤がかなり前から指摘されているなか、満を持したかのように、これほど多くの方々が集まり、ドゥーラケアの担い手となることに関心を寄せて下さっているのが嬉しく、母子に優しいお産への将来に希望を感じました。参加者は今後のケアに役立つ知識をたくさんもち帰って頂けたと思います。
まとめ

出産ケアを提供する際には、科学的根拠に裏付けられた有益で害のないケアであることと、目の前の一人ひとりの妊産婦さんの価値観や文化を尊重した個別の対応の、バランスがとても重要になります。今回は、世界中の様々な国で出産に付き添ってこられた木村氏より、長年のドゥーラ経験と文化人類学の視点をもとにお話しいただく中で、近年国際的なキーワードとなっている「妊産婦を尊重するケア(Respectful Maternity Care)」とは木村氏の言葉で「女神と思って接する」と例えられるかもしれないと思いました。新型コロナウイルスの流行のため、思うように出産付き添いが行えない中でも、ロールプレイ演習を利用し、出産ケア経験の豊かな助産師とドゥーラがともに学び研鑽を続けることの意義と可能性も実感しました。


  • *1 1970年代に発足した、自然な生活を営む共同生活の集団。アメリカ・テネシー州にある12平方キロメールの敷地に約200人が居住している。
  • *2 羊水は正常では透明だが、血液が混じった赤色の羊水が見られた場合には、子宮内で胎盤が剥がれかけている(常位胎盤早期剥離)可能性があるなど、母児の生命の安全を守るために緊急対応を要することが多い。
  • *3 レボゾとは本来、メキシコなど中央アメリカで、衣服、赤ちゃんのおくるみ、スカーフなどとして、古くから日常的に使われてきた大判の鮮やかな布。近年、妊産婦の産痛緩和やリラックスのために用いるテクニックが欧米など世界各地で普及し、ドゥーラのためのワークショップなどが開催されている。参考図書:ミリアム・デ・ケイザー他.(2019).広がるレボゾテクニック ワークブック.(一般社団法人ドゥーラシップジャパン翻訳・発行).

【ゲスト講師プロフィール】

lab_03_49_08.jpg 木村章鼓(LOVEドゥーラAkiko)
フランス在住。出産ドゥーラ。エディンバラ大学大学院 医療人類学(Medical Anthropology) 修士。エディンバラにてバースティーチャー養成コース受講。SBTA(Scottish Birth Teachers Association)にてバースエデュケーター資格取得。アデラ・ストックトン氏によるドゥーラ養成講座の全課程修了。メロディー式クリスタルヒーリング法1級&2級修了。共訳書に「自己変容をもたらすホールネスの実践―マインドフルネスと思いやりに満ちた統合療法」。約65カ国を訪問し、世界のお産に興味を持つ2児の母。医療専門誌『ペリネイタルケア』(メディカ出版)にて長期連載。
木村章鼓氏のドゥーラ活動についての詳細は、以下をぜひご覧ください。 https://linktr.ee/LOVEdoulaAkiko


執筆協力:髙橋優子・界外亜由美
写真撮影:児島由季子


謝辞
本イベントはJSPS科研費 16K12135の助成を受けて実施しました。

筆者プロフィール
rieko_kishifukuzawa.JPG 福澤(岸)利江子(ふくざわ・きし・りえこ)

筑波大学医学医療系 助教。助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。

ayumi_kaige2.jpg 界外亜由美(かいげ・あゆみ)

mugichocolate株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター・コピーライター。広告制作会社勤務後、フリーランスのクリエイターを経て起業。クリエイティブ制作事業のほか、「自分らしく、たのしく、親になろう」をコンセプトにした、産前産後の家庭とサポーターをつなぐMotherRing(マザーリング)サービスを企画・運営している。

※肩書は執筆時のものです

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