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【ブラジル】 ブラジルの幼児教育事情

山口アンナ真美(北海道教育大学 非常勤講師)

2012年11月 2日掲載

要旨:

ブラジルでは2000年代以降、幼児教育が福祉の一環としての役割から、学校教育の基礎を培う大切な発達の時期の教育として位置づけられ、幼児教育改革が本格化した。本稿では、ブラジルの幼児教育の意義と課題を探るため、まず幼児教育全体の事情を紹介する。その後、公立と私立学校の幼児教育の事情について検討する。日本の幼児教育事情と比べると、ブラジルの幼児教育はスタート・ラインに立ったばかりに見えるかもしれないが、幼児教育の重要性を改めて考えるのには良い機会になると思われる。
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1.はじめに

ブラジルは現在、世界第7位の経済大国であり、教育においては、 この経済成長に見合った普及と水準の向上が求められている。1990年の「万人のための教育」世界会議以来、この課題に国を挙げて取り組んでいる。

その中でも、とりわけ幼児教育に関しては、1988年憲法208条においてその普及が国の義務であることがはじめて定められ、2001年に法律第10.172号として公布された「国家教育計画」(Plano Nacional de Educação - PNE)では、 幼児教育の普及と質の向上こそが、その後の教育段階でのさまざまな課題、つまり高い留年率や中退率及び教育の格差などを克服するための一つのカギであると位置づけられた。ブラジルでは2000年代にようやく幼児教育が福祉の一環としての役割から、学校教育の基礎を培うとても大切な発達の時期の教育として位置づけられ、幼児教育改革が本格化したのである。

ブラジルで幼児教育とは1988年憲法においては0歳-6歳の乳幼児を対象にした教育を指し、それは二つのグループに分けられている。すなわち、0歳-3歳が保育所に通い、4歳-6歳が教育的な機関である幼稚園に通う、と定められていた。この状況が変わるのは2006年で、法律11.274号で初等教育の就学年齢が6歳に引き下げられ、幼児教育は同年の憲法修正第53号で0歳-5歳に縮小された。さらに、2009年11月の憲法修正第59号の公布で、4歳児と5歳児が義務教育対象者に含まれるようになった。

ブラジルは広い国土を有し、教育制度は非常に分権的である。各自治体の教育局は、予算、人事や教育内容を決定する権限を有しているため、地域の経済格差が教育に反映し、豊かな南部や南東部地方と貧しい北部地方などの学校間の格差が顕著である。この問題をさらに複雑にするもう一つの要素は、格差社会を反映する公立と私立学校の格差である。

本稿では、ブラジルの幼児教育全体の意義と課題を探るため、まず幼児教育全般の事情を紹介する。その後、公立と私立学校の幼児教育の状況について検討する。

日本の幼児教育の事情と比べると、ブラジルの幼児教育はスタート・ラインに立ったばかりに見えるかもしれないが、幼児教育の重要性を改めて考えるのには良い機会になると思われる。

2.幼児教育全般の事情

2001年に公布された「PNE 2001-2010」において、幼児教育は生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要な時期の教育として理解され、就園率の向上、教育環境の整備、教員の資格向上など、幼児教育の条件整備と普及がいままでないスピードで行われることが目指された。

「PNE 2001-2010」の幼児教育に関して掲げられている主たる目標とその達成度は次の通りである。

PNEの目標 達成度
就園率 2000 2005 2007 2010
5年以内に0〜3歳児の3割、10年後には5割が就園すること 9.4% 13% 17.1% 19%
5年以内に4〜6(5)歳児の6割、10年後には4歳児と5歳児の8割が就園すること 61.2% 72% 77.6%
(4〜5歳)
80%
(4〜5歳)
施設整備:5年以内に全ての保育所と幼稚園が最低基準の整備をすること 2000 2005 2007 2010
電気、水道、飲める水と下水がある 82.2% 79.2% 80.5%  
適切なトイレがある 31.7% 38.1%    
キッチンもしくは、給食がある 83.2% 93.1% 94.6%  
幼児用の公園や「おもちゃ図書館*1」がある 33.7% 36.8% 32.6%  
図書館や読書スペースがある 27.9% 22.3% 27.1%  
教職員 2000 2005 2007 2010
5年以内に全教員が中等教育レベル以上の学歴と教員免許保有者であること 79% 85.2% 85.3%  
10年以内に7割の教員が高等教育機関の学歴と教員免許保有者であること 17.2% 32% 43%  
保育所や幼稚園の教育の在り方 2000 2005 2007 2010
教育計画もしくは適切な教材がある データなし
最低7時間の全日制保育所(1)と幼稚園(2)を増やす (1)61.9%
(2)5.9%
(1)62%
(2)7.7%
(1)60.3%
(2)9.1%
 

出典:Avaliação do Plano Nacional de Educação 2001-2008: Políticas, Programas e Ações do Governo Federal.Brasília,Inep,2009; Censo Escolar da Educação Básica 2011. Brasília, Inep, 2012.

就園率に関しては、4歳児と5歳児の2010年の目標である80%は達成した。しかし地域別、都市と農村別、収入別の就園率を見ると、幼児教育を受ける子どもの数は確かに増加したが、この教育が乳幼児全員に平等に普及するのはまだ遠い現実であることがわかる(表1)。さらに、施設整備に関しても同様な傾向が見られる。表2は2005年の幼稚園の地域別のデータである。

表1

対象年齢 ブラジル
全土
南東 都市 農村 最も低い
所得層
最も高い
所得層
0-3歳児の就園率 2001 10.5% 7.2% 11.3% 11.8% 4.6% 6.6% 25.7%
2008 18.1% 8.4% 22% 20.5% 7.2% 10.7% 37%
4-6歳児の就園率 2001 65.5% 60.1% 68% 69% 50.8% 56.5% 88.8%
2008 79.7% 72.5% 82.9% 82.2% 69.6% 72.7% 93.8%

出典:Campos, Malta Maria & Esposito, Yara Lúcia. Entre os planos e a realidade: desigualdades no acesso ao início da educação básica. CEDES/UNICAMP, February/March 2011.

表2

  ブラジル
全土
北東 南東 中西
農村 都市 農村 都市 農村 都市 農村 都市 農村 都市
電気 90.3% 57% 99.5% 77.8% 99.8% 99.8% 100% 98.5% 100% 85.9% 100%
水道 99.5% 99% 99.8% 98.7% 99.9% 100% 100% 99.9% 100% 99.5% 100%
下水 94.2% 77% 99.4% 86.7% 99.6% 99.7% 99.9% 98.3% 99.9% 93.9% 99.8%
トイレ 37% 0.1% 43.5% 0.2% 43.9% 38.5% 68.9% 14.5% 72.9% 0.8% 61%

出典:Becker, Fernanda da R. Early Childhood Education in Brazil: The obstacles to a successful experience. Revista Latinoamericana de Ciencias Sociales, Niñez y Juventud 5(2):515-537, 2007.

また、幼児教育の質を確保するためには、教員のさらなる資質能力向上も求められている。最後に、FUNDEB -「基礎教育の管理・発展と教員の資質向上基金 、2007年-2020年」の資金調達があるにもかかわらず、国との連携がうまくいかなかったため各自治体の教育局に資金が届かず、予算不足で幼児教育の本格的な普及と質向上に取り組むことができなかったということも指摘しておく。

2000年代には幼児教育の普及と条件の整備が進むと期待されていたが、実際にPNEで掲げられていた目標は高すぎて、達成困難なものであったと言わざるを得ない。しかし、2000年代になってようやく幼児教育が大切な教育段階として位置づけられるようになったことを考慮すると、この最初の10年間は幼児教育の本格的な普及に取り組む準備期間としては貴重だったと言える。今後の改善が多いに期待される。

3.私立保育所・幼稚園に頼る社会

公立の保育所及び幼稚園は市教育局が管理運営しており、憲法によると、0〜3歳児の中で保育所を必要とする子ども全員及び4歳児と5歳児全員に幼稚園教育を無償で提供する義務があると定められている。2000年代に入って、私立の保育所・幼稚園は年々拡大し、その果たす役割も益々重要となっている。

保育所・幼稚園 2000 2005 2007 2011
公立 73.3% 71.6% 76% 72%
私立 5.5% 7.1% 19.4% 28%(保育所:36%、幼稚園:24%)

出典:Avaliação do Plano Nacional de Educação 2001-2008: Políticas, Programas e Ações do Governo Federal.Brasília,Inep,2009; Censo Escolar da Educação Básica 2011. Brasília, Inep, 2012.

私立幼児教育機関の一つ目の役割は、幼児数に十分対応できていない公立の幼児教育機関の不足を補うことである。2011年のサン・パウロ市教育局のデータによると、19万人の0〜3歳児が保育所に通っている。そのうちの約4万人が私立保育所に通っているにもかかわらず、公立の保育所への入園待機乳幼児数はまだ12万7千人いる*2

二つ目の役割は、ニーズに合ったサービスを提供することである。公立の保育所の多くは全日制(7時〜17時)であるが、幼稚園は2部制(7時〜13時、13時〜19時)もしくは3部制(7時〜11時、11時〜15時、15〜17時)である。私立保育所・幼稚園は柔軟であり、保護者のニーズに合わせて預ける時間帯を選択することができる。例えば、サン・パウロ市で人気の私立保育所・幼稚園「モデュルス学校 - Escola Modulus」では、0歳児から6歳児を4時間・6時間・12時間、朝の7時から夜の7時まで預けることができ、一年中無休である。さらにカリキュラムも豊富であり、 基本カリキュラムには英語、コンピューター、音楽、料理教室、演劇(ドラマ)などが含まれており、オプションでバレエ、水泳、柔道や上級編の英語なども園内で学習できる*3

三つ目の重要な役割は高水準の教育の確保である。ブラジルで有名な私立学校の多くは幼児教育から高校までの一貫校であり、各学校は高校を卒業する時点で受ける全国学力検定試験-ENEMの結果によって評価され、順位が毎年公表される。ENEM2010の結果によると、トップ100校のうち、公立学校は約1割にすぎない。さらに、ブラジルのトップの高等教育機関、州立サン・パウロ大学(USP)では約75%の学生が私立学校出身者である*4。OECDによる生徒の学習到達度調査-PISAの2009年の結果でも公立学校と私立学校の差が大きいことが報告されている。私立学校のPISAの平均点は519点であり、レベル3を達成しているのに対し、公立学校の平均点は398点でレベル1である*5。もし私立学校のみの結果をPISAのランクに合わせると、ブラジルは読解力9位、科学的リテラシー20位で数学的リテラシー29位である*6。サン・パウロ州のENEM2010年のトップ校、私立学校のコレジオ・ヴェルチセ Colégio Vértice*7は幼児教育(3歳)から高校までの教育を受けられる一貫校であり、ほぼ90%の卒業生が第一希望の大学に入学できるという人気校である。毎月の授業料が平均5万円〜10万円でとても高額であるにもかかわらず、幼児教育への入学は到着順で決められるので、 入学希望者は妊娠がわかった時点で入学申し込みをするのである*8

公立幼児教育機関の不足や貧弱な教育水準から逃れるため、中流や上流階級の親は子どもを私立の保育所や幼稚園に通わせるのが主流である。このような状況でもっとも被害を受けるのは低所得者層であり、とても悲しい現状だと言わざるを得ない。

4.まとめ

2011年から次の10年間の国家教育計画 -「PNE 2011-2020」-が策定された。幼児教育に関する目標は次の通りである:2016年までに4歳児と5歳児全員が幼稚園に就園すること及び、0〜3歳児の保育所の就園率を2010年の19%から2020年には50%に上げることである。課題として挙げられることは、第一に就園率を公立の保育所と幼稚園で達成すること、第二に私立学校に負けない教育の質の確保である。しかし、このような目標を達成するためには、幼児教育への予算の拡大及び確保が不可欠であり、これを実現できるような制度改革が必要である。

最後に、幼児教育普及の意義は、1)幼児が教育を受ける権利を社会的に保障すること、2)女性の自立のために必要であること、3)無償で質の高い公立学校を普及させるための第一段階であり、平等な社会の構築に不可欠であること、だと考える。ブラジルで経済成長に見合った教育の成長を期待するならば、幼児教育の普及と水準向上を優先政策として位置づけ、本格的に取り組むさらなる制度の改革が必要である。



参考資料

  • Avaliação do Plano Nacional de Educação 2001-2008: Políticas, Programas e Ações do Governo Federal. Brasília, Inep, 2009
  • Becker, Fernanda da R. Early Childhood Education in Brazil: The obstacles to a successful experience. Revista Latinoamericana de Ciencias Sociales, Niñez y Juventud 5(2):515-537, 2007
  • Censo Esolar da Educação Básica 2011. INEP, 2012
  • Campos, Malta Maria & Esposito, Yara Lúcia. Entre os planos e a realidade: desigualdades no acesso ao início da educação básica. CEDES/UNICAMP, February/March 2011
  • Plano Nacional de Educação 2001-2010. Lei No 10.172, de 9 de janeiro de 2001
筆者プロフィール
Yamaguchi_Ana.jpg 山口アンナ真美(北海道教育大学 非常勤講師)

ブラジル、サン・パウロ州で生まれ、学士は州立サン・パウロ大学文学部英語学科で取得。その後、日本へ留学し、神戸大学で教育修士号を取得し、北海道大学で教育学博士号を取得。家族の転勤に伴い、2年間のオランダでの子育ても経験。主な研究テーマはブラジルの教育とパウロ・フレイレの教育概念と教育改革。主な筆書:“Paulo Freire as a Policy Maker: Changing the Face of Public Schooling in the Municipality of São Paulo”日本教育学会機関誌『教育学研究』2000年、「ブラジルの教育事情-経済発展とともに注目すべき教育改革」 ウェブマガジン「留学交流」2012年など。
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