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【ベトナム】 ベトナムにおける幼児教育の動向-「教育の社会化」と格差問題への対応

浜野 隆 (お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 准教授)

2010年5月28日掲載

要旨:

ベトナムには幼児教育を担う施設として幼稚園、保育所、幼児学校があるが、いずれも教育訓練省(MOET)の管轄下にあり、幼児教育行政は一元化されている。3歳未満は幼児教育施設に通う割合が低く、祖父母か近隣組織の手で保育されている。3歳以上は就学率も高く、5歳児は9割以上が幼児教育施設に就学している。ベトナムでは現在、「教育の社会化」が進行しつつあり、非公立の幼児教育施設が増えている。それは教育格差を拡大する可能性もある。ベトナム経済は急速に発展しつつあるものの、格差問題は依然として残っている。近年は、格差緩和の方針も打ち出されている。教育の社会化のなかで格差拡大をいかに防止するかが今後の課題である。

Keywords;
ベトナム, 住民参加, 幼児教育, 教育, 民営化, 浜野 隆
English
1.ベトナムの幼児教育制度

ベトナムは、2005年に新しい教育法を制定し、教育制度の基本的な枠組みを規定した。それによれば、ベトナムにおける幼児教育は、「生後3ヶ月から6歳までの乳幼児」を対象にするとされている。そして、幼児教育の目的は「乳幼児の身体的、情緒的、知的発達、審美眼の発達を促し、人格の基本を形成し、小学校に入学するための準備を行うこと」とされ、小学校への準備教育であるという目的規定が明確にされている。幼児教育に求められる内容としては、「乳幼児の心身の発達を促し、保育、ケア、教育の調和を図り、均整のとれた健康で活発な身体を育て、祖先や父母、教師、目上の人を尊敬・敬愛し、礼儀正しくする心を育て、兄弟姉妹や友人を敬い、正直かつ勇敢で、自然体で、美しいものを愛し、知識の理解を好み、学校に行きたくなるようにさせる」ことがあげられている。そして、教育・保育の方法としては、「乳幼児の全面的発達を促すため、遊びの活動を組織化すること、また、模範を示し、集団指導を行い、励ますこと」などがあげられている。


2.三種類の幼児教育施設と一元化された幼児教育行政

ベトナムでは、幼児教育を実施する機関として、次の3つがある:①保育所(生後3ヶ月から3歳までの乳幼児を保育する)。②幼稚園(3歳から6歳までの幼児を教育する)、③幼児学校(保育所と幼稚園の両方を併せ持ち、3ヶ月から6歳までの乳幼児を対象とする)。保育所と幼稚園は年齢によって区分されており、基本的に保育所は3歳未満の乳幼児を対象とし、幼稚園は3歳以上を対象とする。日本の児童福祉法で保育所の規定にある「保育に欠ける」かどうかは関係なく、ベトナムでは対象となる子どもの年齢によって保育所と幼稚園が区別されている。特徴的なのは、保育所と幼稚園双方の機能を合わせ持つ「幼児学校」の存在である。幼児学校は3ヶ月から6歳までの乳幼児が対象とされているが、すべての幼児学校が3ヶ月から6歳までの保育を実施しているわけではなく、その対象年齢は学校によって異なる。ベトナムでは、これら3種類の幼児教育施設はすべて教育訓練省(MOET)によって監督されており、その意味では、幼児教育に関する行政は一元化されているといってよい。ベトナムにおいては、幼児教育が普及していない段階で行政の幼児教育行政の一元化の話が進んだため、さほどの混乱もなく一元行政体制は確立している。


3.幼児教育の普及状況と現状

ベトナムの幼児教育の普及率は、近隣の東南アジア諸国に比べて高い。ベトナムは幼児教育のみならず初等教育においてもベトナムは非常に高い就学率を達成しており、識字率も、同程度の経済水準の国に比べ著しく高い。これは、ベトナム人が一般的に教育熱心であること、教育や学校を重視する文化的伝統があることなどが背景にあるものと思われる。

2004年の教育訓練省のデータによれば、年齢別の幼児教育就学(在籍)率をみると、3歳未満が16.0%、3歳・4歳児が62.6%、5歳では92.0%、6歳(小学校1年生)の就学率が93.4%である。このように、5歳児に限っていえば就学率は小学校一年生とほぼ同じであり、ほぼ全員が何らかの幼児教育施設に通っている。これは、ベトナムにおいては5歳という年齢が小学校への準備年齢と捉えられており、多くの親が子どもに幼児教育を受けさせるようになるためである。

一方、3歳未満では就園率が低い。ベトナムは女性の就業率は高く、幼い子どもを母親以外の手で保育する仕組みが不可欠であるが、どうしているのだろうか。まず、一般的にベトナムでは3世代以上の同居が広く見られ、祖父母が幼い子どもの面倒を見ることができる。また、それが困難な場合でも、「ファミリー・グループ」による保育が可能である。「ファミリー・グループ」とは、近隣の家族が協力し合って保育する仕組みであり、上述のような制度化された幼児教育施設とは別に組織化された個人経営託児所である。「ファミリー・グループ」の設置に特に資格は必要ないが、子育ての経験のある比較的年配の女性によって始められることが多いようである。幼児学校の指導を受けることが必須とされている地域もある。地域によっては、「ファミリー・グループ」に行政から補助金が出ている場合もある。

幼児教育施設で働く教員はほぼ全員が女性で、国が定めている資格要件 は高卒に加え2年間の養成教育を受けることである。保育所も幼稚園も幼児学校も資格要件は同じである。このように国は資格要件を定めてはいるものの、現実には無資格で働いている教員も存在する。待遇等の問題により有資格者を確保できない場合は、無資格者の雇用も事実上容認されている。かつては無資格教員も多く見られたが、近年は保育所では7割以上、幼稚園では9割以上が有資格者となっている。保育内容は2003年から改訂されており、3歳未満は健康や基本的生活の指導、遊びが中心であり、3~5歳は遊びを通じた学習、身近な人や環境(自分自身や家族、幼稚園や村)を題材にしたテーマ学習などが行なわれている。子ども中心主義教育の導入が目下の課題である。教員養成校ではその理念は教えられているものの、実際の教育現場では教師主導で「授業」が行なわれていることが多い。


4.教育の「社会化」政策

近年、ベトナムにおいては「教育の社会化」政策がすすめられている。これは、社会全体で教育を支えるという意味で、教育の諸負担を中央政府以外の様々な主体にも負わせることを含んでいる。「教育の社会化」は2005年教育法にも明記されている。条文によれば「教育の社会化」とは、「教育の発展・学習社会の形成は国家的かつ全国民的事業である。国は教育事業の発展に重要な役割を果たし、学校の形態と教育の方式を多様化させ、公民の動員や組織化、および個人が教育活動の発展に参加することを奨励する。あらゆる組織、家庭、公民は、教育活動に配慮し、教育目標を達成するために学校と連携し、健全かつ安全な教育環境を作る責任を有する」としている。教育の社会化の具体的な形態としては、①教育財源の多様化、②学校設置形態の多様化(非公立化)、③住民組織・企業等の民間団体非政府アクター による教育活動奨励事業の推進と住民参加、などがある。

幼児教育もこの「教育の社会化」政策の影響を強く受けている。幼児教育施設も、公立以外の設置形態が政府によって奨励され、住民組織や企業による幼児教育施設の設置が進められている。非公立の幼児教育施設も在籍児が増加しており、最新のデータ(2006-2007年度)によると、保育所在籍児の75.0%、幼稚園児の53.7%が非公立に在籍している(1999-2000年度の非公立在籍率は、保育所65.6%、幼稚園51.1%)。また、上述の「ファミリー・グループ」の設立は、住民による自発的な保育組織化という側面もあるが、「教育の社会化」運動の影響も大きいといわれている。「ファミリー・グループ」の設置や運営にあたっては、「女性同盟」(Women's Union)という住民組織が主要な役割を果たしていることが多い。

「子育て・教育を社会全体で担う」という意識はベトナム人に深く浸透している。筆者は、日本で子育てを経験したベトナム人から、「日本ではなぜ子育てにおいて隣近所で協力し合わないのか」と質問されたことがある。前述のように、ベトナムではファミリー・グループなど、近隣による子育て支援もあるし、また、近年では教育の社会化政策の中、子育てや教育は社会全体で支えるという意識が定着している。また、「教育の社会化」政策が登場する前は、農村における地域共同体での子育てが普通であった。子育てや幼児教育が「私事化」した日本に比べ、ベトナムでは、地域住民が協働して子どもの教育を支えていくという意識が強い。私に質問をしたベトナム人は、日本での子育ての経験から、「買い物ひとつ行くにも、隣近所に子どもを預けられない」日本の状況を「奇異に感じる」と感想をもらしていた。


5.格差拡大の可能性と格差是正の方策

「教育の社会化」には光と影があることも見逃してはならない。「社会全体で子育て」というと聞こえはいいが、実際には活動への積極さや住民意識には大きな地域差が存在する。地域住民の教育参加が推進されるということは、地域住民の「質」が教育格差に直結することを意味する。「教育の社会化」を進めていったときに、「教育意識が高く、経済的な負担能力も高い地域」と「そうでない地域」との間で教育格差が拡大していく可能性は否定できない。もともとベトナムは、地理的にも民族的にも多様な国家であり、その初期条件から考えても地域間の教育格差は非常に大きい。また、非公立の教育施設設置が進むことで、都市部では高額な保育料を徴収し、コンピュータや外国語などを教育する私立幼稚園が増えてきている。一方、山岳地帯や農村部では幼児教育施設がそもそも存在しない(仮に存在したとしても通学が不可能)という地域も多い。

ベトナム政府も、格差緩和に向けて一定の対策を講じようとしている。例えば、2002年に発表された幼児教育政策においては、「社会経済的に困難を抱えた地域や山岳地域・離島などに高い優先順位をおき、それらの地域では保育料は徴収しない」、「公立の幼児教育施設を主に困難を抱えた地域に集中的に設置し、都市部や経済的に発展した地域においては非公立の設置や公立の非公立化を図ること」、「困難を抱えた地域では公立を基本とし、教員も政府雇用とする」など、貧困地域優遇策を採ることによって格差の是正を図ろうとしている。今後、ベトナムの幼児教育は、「教育の社会化」と「格差の是正」をいかに有効に進めていくか課題となるものと思われる。
筆者プロフィール
浜野 隆 (お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 准教授)

経歴:1967年生まれ。名古屋大学教育学部卒業。東京工業大学、武蔵野女子大学(現、武蔵野大学)、広島大学を経て、2004年より現職。専門は国際教育開発、教育社会学。

著書・論文:
浜野隆『国際協力論入門-地域と世界の共生―』角川書店。
浜野隆「ベトナムの初等教育政策と財政的基盤」潮木守一(編著)『ベトナムにおける初等教育の普遍化政策』明石書店。
内田伸子・浜野隆・後藤憲子『幼児のリテラシー習得に及ぼす社会文化的要因の影響―日韓中越蒙国際比較研究』お茶の水女子大学グローバルCOE(格差センシティブな人間発達科学の創成)。

URL:http://researchers.ao.ocha.ac.jp/4222451594.html

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