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【インド】 インドにおける幼児教育・保育の現状(後編)

要旨:

インドにおける6歳以下の子どもの数は、日本の人口を上回る1億6,000万人にものぼる。世界の子どもの5人に1人がインド人といわれる中、当該年齢の幼児教育・保育(Early Childhood Care and Education、以下、ECCE)の実態についてはほとんど明らかにされていない。インドでは高い乳幼児死亡数と妊産婦死亡数の改善、家庭の所得向上にともなう教育投資の積極化、核家族化や共働き世帯の増加などにより、ECCEに対する需要が増加・多様化している。こうした需要に応えるため、様々な主体によって、多様な形態のECCEプログラムが提供されている。ECCEに関してはこれを統制する法規が存在せず、これらのプログラムはそれぞれ個別に管理されてきたが、子どもの権利保障を目指す政策潮流の中、政府は子どもが適切な水準のECCEを受けられるよう、ECCEの質保証を実現するための法制度整備を進めつつある。

Keywords;
ECCE, Early Childhood Care and Education, アンガンワディ, イングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクール, インド, 初等教育の普遍化, 子どもの権利保障, 小原 優貴, 幼児教育・保育, 教員養成, 質保証
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前編では、インドにおける幼児教育・保育(ECCE)の意義と、様々なECCE施設の概要を紹介してきた。後編では、ECCEの教員養成、法的整備、そして今後の展望について考察する。

3.教員養成と教員の雇用状況

ECCEの教員養成コースについては、その要件や基準を規定する法規が存在せず、様々なアクターが、異なる形態のコースを提供している。いくつかの高等教育機関では、国立教員教育協議会(NCTE)が認定する2年間の保育士訓練(NTT)コースが実施されている。本コース修了者に授与されるディプロマは、民間や、政府系の正規の就学前教育施設の一部で採用条件とされている。またECCEに関する教員養成コースは通信教育機関においても提供されており、インディラ・ガンディー国立オープン大学(IGNOU)は後期中等教育(第12学年、日本の高校3年生に相当)修了者に2年間のディプロマコースを、国立オープン学校協会(NIOS)は前期中等教育(第10学年、日本の高校1年生に相当)修了者に1年間の資格取得コースを提供している。ECCEの教員養成コースは後期中等教育段階の普通学校のカリキュラムに、職業教育コースとしても提供されている。比較的長期におよぶこれらの教員養成コースに対して、アンガンワディがその保育士養成のために提供するコースは、わずか2週間程度で修了できるものとなっている。

アンガンワディやNGO、私立の就学前教育施設に従事する教員の多くは、教員訓練を受けた経験が乏しい無資格教員であり、低い給与*1で雇われている。乳幼児の世話は女性が行うものという社会通念もあって、ECCEの教員の多くは女性である。低賃金で子どもの世話に従事する女性教員は、教員の待遇に関する法規の不在を利用する経営者によって搾取されていると指摘する者もいる。他方、これらの就学前教育施設は教員資格をもたない女性に雇用機会を提供しているという側面もある。


4.ECCEに関する法制度整備と今後の展望

インドでは初等教育の普遍化を実現するため、2010年に「無償義務教育に関する子どもの権利法(Right to Education Act、以下、RTE法)」が施行された。そこでは、6歳から14歳(初等教育段階に相当)の子どもは無償教育を受ける基本権をもち、政府はそれを提供する義務を有することが規定された。RTE法では6歳未満の子どもは「基本権」保有者の対象外とされたが、その第11条には「3歳より上の年齢の子どもの初等教育への準備と、ECCEの提供のため、所管政府はこれらの子どもに無償の就学前教育を提供するのに必要な措置をとることができる」と明記されており、デリーでは、既存の政府系学校すべてに1年間のECCEクラスを設置するよう準備が進められている。

また、子どもの権利保障を目指す政策潮流の中、ECCEに対する政府の放任主義的なスタンスを改善し、ECCEのアクセスの公平性と質を保つため、女性子ども開発省(MWCD)は、2012年、「国家ECCE政策」、「カリキュラムの枠組み」、「ECCEの質の水準」というECCEに関する3つの草案を起草している。そこには、ECCEを統制する最高機関となる「国家ECCE協議会」の設置、ECCEに関する連邦レベルの政策枠組み及びこの政策を実施するための法的枠組みの策定、認可登録制度の構築、設置・運営基準の設定、モニタリング・研究・評価・教員訓練の強化など、政府が計画するECCEの法制度整備の具体的内容が提示されている。また、全ECCEプログラムに共通するカリキュラムの指針、乳幼児の発達にあわせた教授法や教材、教育プログラムの計画方法など、実践に役立つガイドラインも提示されている [MWCD, 2012 a, 2012b, 2012c]。こうしたECCEの法制度整備によってECCEの現場がどのように変化していくのか、今後の展開が注目される。

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*1 就学前教育施設の教員の給与は学校によって差があるが、筆者がデリーの低開発地域に展開する就学前教育施設でおこなった調査では、毎月約1,500~2,000ルピー程度(日本円にしておよそ3,000~4,000円)であった。この金額は正規の初等学校の教員給与の10分の1にすぎない。

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参考・引用文献
Government of India, Ministry of Law and Justice, Legislative Department (2009) The Right of Children to Free and Compulsory Education Act, 2009. http://eoc.du.ac.in/RTE%20-%20notified.pdf

Kaul, V. and Sankara, D. (2009) Education for All, Mid Decade Assessment, Early Childhood Care and Education in India, National University of Educational Planning and Administration. http://www.educationforallinindia.com/early-childhood-care-and-education-in-india-1.pdf

Ministry of Women and Child Development (MWCD) (2006) Early Childhood Education in the Eleventh Five Year Plan (2007-2012)http://wcd.nic.in/wgearlychild.pdf

MWCD (2011) Report of the Working Group on Child Rights for the 12th Five Year Plan http://planningcommission.nic.in/aboutus/committee/wrkgrp12/wcd/wgrep_child.pdf

MWCD (2012a) Early Childhood Education Curriculum Framework (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/curriclum_draft_5[1]%20(1)%20(9).pdf

MWCD (2012b) Draft National Early Childhood Car and Education (ECCE) Policyhttp://wcd.nic.in/schemes/ECCE/National%20ECCE%20Policy%20draft%20(1).pdf

MWCD (2012c) Quality Standards for ECCE (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/Quality_Standards_for_ECCE3%20(7).pdf

National Council of Educational Research and Training (NCERT) (1993) Impact of ECE on Retention in Primary Grades - A Longitudinal Study, New Delhi: NCERT.

National Institute of Public Cooperation and Child Development (NIPCCD) (2006) Select Issues Concerning ECCE India, Background Paper Prepared for the Education for All Global Monitoring Report 2007 Strong Foundations: Early Childhood Care and Education, http://unesdoc.unesco.org/images/0014/001474/147474e.pdf

Save the Children, Child Mortality in India http://www.savethechildren.in/87-news-releases/130-child-mortality-in-india.html

The World Bank (2004) Reaching out to the Child, An Integrated Approach to Child Development, New Delhi: Oxford University Press.
筆者プロフィール
小原 優貴 (日本学術振興会特別研究員(PD)・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)

日本学術振興会特別研究員(PD)として早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に所属(2011年~)。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定退学。専門分野は、比較教育学。主にインドを対象に、教育の私事化・市場化・国際化の動向や、子どもの教育権の保障、学校選択、教育の質保証の実態について研究している。インドでは国立教育計画経営大学にて、リサーチ・インターンとして所属し(2008~2009年)、博士論文のテーマである低授業料の私立学校(Low-fee Private Schools)について現地調査を実施。その研究成果は、比較教育学研究、教育制度学研究、南アジア研究、Compareなど国内外の学術誌に掲載されている。
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