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【インド】 インドにおける幼児教育・保育の現状(前編)

小原 優貴(日本学術振興会特別研究員(PD)・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)

2012年6月 8日掲載

要旨:

インドにおける6歳以下の子どもの数は、日本の人口を上回る1億6,000万人にものぼる。世界の子どもの5人に1人がインド人といわれる中、当該年齢の幼児教育・保育(Early Childhood Care and Education、以下、ECCE)の実態についてはほとんど明らかにされていない。インドでは高い乳幼児死亡数と妊産婦死亡数の改善、家庭の所得向上にともなう教育投資の積極化、核家族化や共働き世帯の増加などにより、ECCEに対する需要が増加・多様化している。こうした需要に応えるため、様々な主体によって、多様な形態のECCEプログラムが提供されている。ECCEに関してはこれを統制する法規が存在せず、これらのプログラムはそれぞれ個別に管理されてきたが、子どもの権利保障を目指す政策潮流の中、政府は子どもが適切な水準のECCEを受けられるよう、ECCEの質保証を実現するための法制度整備を進めつつある。

Keywords;
ECCE, Early Childhood Care and Education, アンガンワディ, イングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクール, インド, 初等教育の普遍化, 子どもの権利保障, 小原 優貴, 幼児教育・保育, 教員養成, 質保証
English
1.ECCEの意義

lab_01_36_1.jpgインドにおけるECCEは、今日以下の理由により注目されている。まず第1に、5歳未満で死亡する子どもの数が世界で最も多く(2008年時点で183万人)[Save the Children]、また3歳未満の子どもの約46%が低体重の状態にある [Kaul & Sankara, 2009]。 インドにおいて、ECCEプログラムが提供する保健・栄養サービスは、乳幼児の身体的発達を促進すると期待されている。第2に、ECCEは子どもの知的・社会的発達を促し、初等教育段階のドロップアウトの減少や質の向上にも貢献すると考えられている。そして第3に、乳幼児を預けられるECCEセンターの設置は、女性の労働参加のみならず、母親に代わり妹や弟の子守りをする貧困層の子ども(とりわけ女子)の教育参加をも促進する効果をもつと期待されている。


2.ECCEの提供主体とプログラム

ECCEに対する需要の多様化に応えるため、インドでは様々な主体によってECCEプログラムが提供されている。以下では、政府、NGO、民間の教育機関によって提供されるECCEプログラムについて概観する。

(1)政府

インドにおけるECCEの提供において主要な役割を担っているのは、女性子ども開発省(Ministry of Women and Child Development、以下MWCD)である。MWCDは1975年より、農村地域やインドの少数民族、スラムや低開発地域の子どもを対象に、アンガンワディ(Anganwadi、ヒンディー語で「中庭の施設」の意)と称する地域のECCEセンターで、保健・栄養・教育を含む子どもの統合的発達サービス(Integrated Child Development Services、以下ICDS)を無償で提供してきた。ICDSの教育プログラムの受益者は2011年現在では約3,800万人にものぼる。これに加えて、アンガンワディの保健・栄養プログラムの受益者は約7,800万人とされる[MWCD, 2011]。その規模はインドではもちろん、世界最大となっている。

ECCEが初等教育の普遍化に貢献するという実証的研究の成果*1をふまえ、政府は初等教育の普遍化プロジェクトの予算を利用して、アンガンワディを初等学校の近くに再配置したり、授業開始のタイミングを初等学校に合わせるなど、就学前教育と初等教育との連続性を意識した取り組みを実践している。またアンガンワディでは母親の健康状態や識字率の低さが乳幼児の発達に支障をきたすことがないよう、妊婦や授乳中の母親1,840万人を対象に、乳幼児保育や栄養補給に関する教育も行っている [MWCD, 2011]。

アンガンワディが提供するICDSは、健康・栄養状態が思わしくない乳幼児の発育を広範囲にわたって支援している点で評価される一方、その主たる対象が3~6歳の幼児となっており、より支援を必要とする3歳未満の乳幼児に十分なサービスが届いていないこと、また教育的要素が十分機能していないことが指摘されている [The World Bank, 2004]。

(2)NGO

今日インドでは、個人や宗教組織、民間企業などがNGOを設置・運営しており、これらのNGOは、社会的弱者に対する支援活動の一環としてECCEプログラムを提供している。政府は約300万~2,000万人の子どもがNGOのECCEプログラムに参加していると推計している [Kaul & Sankara, 2009]。NGOの中には政府のサービスが行き届かない地域にECCEプログラムを展開するなどして政府を補完する役割を担うものもある一方、起業家精神をもち、政府が提供するECCEの質の向上に取り組むNGOなどもみられる。インド12州で9万人の子どもを対象に初等学校進学のための準備教育を提供するPrathamというNGOは、ECCEに関する研究・調査を実施するほか、アンガンワディの教員訓練を支援しており、ECCEに関する専門家集団として活躍している。

(3)民間の教育機関

lab_01_36_2.gifインドでは家庭の所得向上にともなう教育投資の積極化を背景に、あらゆる教育段階で私立学校の拡大が確認されている。政府は約1,000万人の子どもが民間組織が提供するECCEプログラムに参加していると推計しているが、これらのプログラムを管理・統制していないため、実際の数は明らかではない[Kaul & Sankara, 2009]。ECCEを提供する民間組織の中には、エリート層やミドル・クラスの子どもを対象に、後期中等教育までの一貫教育を提供する私立学校もあれば、貧困層の子どもを対象にECCEのみ、あるいは初等教育までの一貫教育を低授業料で提供する私立学校などもある。さらにEuro Kids(280市で780校)やKidzee(210市で550校)などのように、ECCEプログラムをフランチャイズ形式で提供している私立学校グループもある。これら2つのグループについては、インドのみならず海外にも展開している(南アジアや東南アジア、中東など)。

保護者の間では、英語を教授言語とする私立学校(イングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクールと称される)の方が、インドの土着の言語を教授言語とする学校よりも質の高い教育を提供しているという認識が浸透しており、貧困層でも一定の授業料を支払える層の子どもの中には、ECCE段階からイングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクールに通学する者がいることが確認されている。

ECCEは初中等教育とは異なり、プログラムを統制する規則や基準が存在しておらず、提供主体によってカリキュラム、教員の保有資格、教育の質が大きく異なる。民間の教育組織が提供するECCEプログラムは、その多くが政府の統制・指導を受けていない非正規のプログラムとなっているが、ECCEに対する保護者の関心の高まりを背景に増加傾向にある。

後編では、ECCEの教員養成、法的整備、そして今後の展望について考察する。





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*1 インドのECCEに関する先行研究では、就学前教育を受けた子どもの方が、受けていない子どもよりも初等教育段階で教育を継続する確率が高いこと[NCERT, 1993]、また進学準備状況を判断する際の基準となる書く力や音の認識、対象の組合せ、分類などをおこなう力が優れていることが指摘されている [NIPCCD, 2006]。

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参考・引用文献
Government of India, Ministry of Law and Justice, Legislative Department (2009) The Right of Children to Free and Compulsory Education Act, 2009. http://eoc.du.ac.in/RTE%20-%20notified.pdf

Kaul, V. and Sankara, D. (2009) Education for All, Mid Decade Assessment, Early Childhood Care and Education in India, National University of Educational Planning and Administration. http://www.educationforallinindia.com/early-childhood-care-and-education-in-india-1.pdf

Ministry of Women and Child Development (MWCD) (2006) Early Childhood Education in the Eleventh Five Year Plan (2007-2012) http://wcd.nic.in/wgearlychild.pdf

MWCD (2011) Report of the Working Group on Child Rights for the 12th Five Year Plan http://planningcommission.nic.in/aboutus/committee/wrkgrp12/wcd/wgrep_child.pdf

MWCD (2012a) Early Childhood Education Curriculum Framework (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/curriclum_draft_5[1]%20(1)%20(9).pdf

MWCD (2012b) Draft National Early Childhood Car and Education (ECCE) Policy http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/National%20ECCE%20Policy%20draft%20(1).pdf

MWCD (2012c) Quality Standards for ECCE (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/Quality_Standards_for_ECCE3%20(7).pdf

National Council of Educational Research and Training (NCERT) (1993) Impact of ECE on Retention in Primary Grades - A Longitudinal Study, New Delhi: NCERT.

National Institute of Public Cooperation and Child Development (NIPCCD) (2006) Select Issues Concerning ECCE India, Background Paper Prepared for the Education for All Global Monitoring Report 2007 Strong Foundations: Early Childhood Care and Education, http://unesdoc.unesco.org/images/0014/001474/147474e.pdf

Save the Children, Child Mortality in India http://www.savethechildren.in/87-news-releases/130-child-mortality-in-india.html

The World Bank (2004) Reaching out to the Child, An Integrated Approach to Child Development, New Delhi: Oxford University Press.
筆者プロフィール
小原 優貴 (日本学術振興会特別研究員(PD)・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)

日本学術振興会特別研究員(PD)として早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に所属(2011年~)。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定退学。専門分野は、比較教育学。主にインドを対象に、教育の私事化・市場化・国際化の動向や、子どもの教育権の保障、学校選択、教育の質保証の実態について研究している。インドでは国立教育計画経営大学にて、リサーチ・インターンとして所属し(2008~2009年)、博士論文のテーマである低授業料の私立学校(Low-fee Private Schools)について現地調査を実施。その研究成果は、比較教育学研究、教育制度学研究、南アジア研究、Compareなど国内外の学術誌に掲載されている。
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