CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 研究室 > CRNアジア子ども学研究ネットワーク > 日本発達心理学会 第34回大会 自主シンポジウムレポート: アジア8か国の子どものレジリエンスとウェルビーイングに関連する因子の探究

このエントリーをはてなブックマークに追加

研究室

Laboratory

日本発達心理学会 第34回大会 自主シンポジウムレポート: アジア8か国の子どものレジリエンスとウェルビーイングに関連する因子の探究

中文 English

コロナ禍により子どものメンタルヘルスに問題が生じており、子どものウェルビーイングに大きな影響を与えていることが明らかになっています。そこで、チャイルド・リサーチ・ネット(以下、CRN)は、コロナ禍のような予測不可能な困難の中においても子どものウェルビーイングを実現できるよう、「レジリエンス(困難な状況に適応して回復する力)」に着目し、アジア8か国の研究者、教育者と共に調査を企画・実施しました。

本記事では、2023年3月4日(土)に実施された日本発達心理学会第34回大会「アジア8か国の子どものレジリエンスとウェルビーイングに関連する因子の探究『CRN 子どもの生活に関するアジア8か国調査2021』分析結果からの検討」と題した自主シンポジウムにおいて、本調査結果を報告した模様をレポートします。

企画趣旨
コロナ禍前からの連携関係を発揮し、アジア8か国の研究者と協働で調査
lab_10_46_01.jpg 榊原洋一
チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)所長、お茶の水女子大学名誉教授

チャイルド・リサーチ・ネットは、世界の子どもを取り巻く諸問題を解決するために、学際的、国際的な研究と議論を推進しており、アジア各国の研究者とも協働で調査・研究に取り組んでいます。コロナ禍においても、オンラインで定期的に各国の研究者らと連絡を取り合う過程で、コロナ禍が子どものウェルビーイングにどのような影響を与えているのかが大きな関心事として上がりました。子どもには、様々な逆境に適応し、乗り越える心理的特性であるレジリエンスが自然に身についていることをも多くの研究が証明しています。しかしコロナ禍において、子どもは、自身のストレスだけでなく、保護者のストレスの影響も大きく受けていると考えられます。

そこで、レジリエンスを軸に、子どもの生活が社会のあり方とどう関わっているかを研究するため、日本、中国、台湾、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの8か国で国際共同研究を実施しました。

調査概要
調査名: 子どもの生活に関するアジア8か国調査2021
調査目的: コロナ禍の中においても"ハッピー&レジリエント(Happy and Resilient)"な子どもを育むための環境のあり方を、家庭、園・学校、国・地域社会の3つの環境側面から明らかにする。
調査対象: 5歳(園児)または7歳(小学生)の子どもがいる母親
※今回のシンポジウムでは、5歳児の結果を中心に報告。
参加国: 日本、中国、台湾、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ
有効回答数: 5歳(園児)の母親 1,973名(全8か国)
7歳(小学生)の母親 1,372名(中国、シンガポールを除く6か国)
調査方法: アンケート調査(オンライン/質問紙)
調査時期: 2021年8月~11月
使用したウェルビーイングの尺度: KINDL尺度(Ravens-Sieberer Bullinger開発)
使用したレジリエンスの尺度: PMK-CYRM-R尺度(カナダのResilience Research Centre開発)
※本資料内の分析にあたっては、回収されたローデータをそのまま使用。
回答者(母親)の属性の傾向:

[職業]マレーシアとインドネシアを除く6か国では、仕事をもつ母親が多い。日本の5歳データでは、仕事をもつ母親が8割以上。日本の7歳データでは、仕事をもつ母親が約6割。
[学歴]マレーシアとインドネシアを除く6か国では、高等教育修了者が多い。マレーシアとインドネシア(7歳)では中等教育修了者が多い。日本の5歳データでは7割弱、日本の7歳データでは8割以上の母親が、高等教育を修了。
[世帯年収]フィリピンは中位層、マレーシアは下位層に集中。その他の6か国の分布は分散。インドネシアは「わからない・回答したくない」が多い。日本は5歳も7歳も、約8割の世帯が「中位層」または「上位層」。

質問項目の構成
lab_10_46_02.jpg

詳しい調査結果は、こちらをご覧ください。

シンポジウム内容
[話題提供]
  1. アジア8か国の子どもの日常生活と母親の子育て意識の概観
    持田聖子(CRN研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員)
  2. コロナ禍での子どものウェルビーイングとレジリエンスの育成について
    小川淳子(CRN研究員、ベネッセ教育総合研究所研究員)
  3. デジタルメディア使用時における親の関わりに着目して
    佐藤朝美(愛知淑徳大学人間情報学部 教授)
[指定討論]
  • アジア8か国の子どものレジリエンスとウェルビーイングに関連する因子の探求
    岐部智恵子(お茶の水女子大学教学IR・教育開発・学修支援センター講師)
[会場との質疑応答]
  • 調査の方法、調査の結果、今後の展望について

[話題提供1]
アジア8か国の子どもの日常生活と母親の子育て意識の概観
lab_10_46_01.jpg 持田聖子
CRN研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員

外では遊ばず、屋内遊びとデジタルメディア視聴が増えた日本の子どもたち

私からは、5歳の母親の回答結果を基に、子どもの生活実態と母親の教育観などを、記述統計から概観して報告します。

まず、調査時点を振り返ると、日本・中国・台湾・シンガポールでは多くの子どもが通常通り登園していましたが、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイでは、外出自粛が続き、登園とオンラインのハイブリッド形式、または休園が多い状況でした。そうした中での5歳の1日の中の主な活動の時間を見ると、日本の子どもは、屋外遊びや家庭学習、メディア視聴の時間が他国よりも短く、子どもによっても異なるとは思いますが、降園後から就寝までの可処分時間が短い状況が考えられます(図1)。コロナ禍の前のそれぞれの活動時間を比較すると、屋外遊びは「減った」、屋内遊びとデジタルメディア視聴は「増えた」と多くの国が回答していました。ただ、日本は、屋外遊びについて「変わらない」の回答が4割強あり、元々、他国に比べて短かった可能性があります。

lab_10_46_04.jpg
図1 5歳児の1日の園外での活動時間合計

注:実際は、複数の活動が重なって行われている場合もあると思われるが、各活動に係る時間を単純に足し上げた。

遊び相手について、日本は「園の友達」「親」「きょうだい」が多く、一方で、中国・インドネシア・シンガポール・タイは「近所の友達」と遊ぶ比率が他国より多いのが特徴です。また、コロナ禍では、デジタルメディアの使用時間が各国とも多い状況でしたが、使用用途を見ると、日本は13項目中、5割を超えたのは5項目のみで、使う目的が限定されていることがわかりました。

こうしたアジアの8か国の5歳児の子どもの様々な活動と身体的QOL(Quality of life)との相関を見たところ、「屋外遊び」「屋内遊び」は正の弱い相関がありました。

lab_10_46_05.jpg
図2 子どもの様々な活動と身体的QOLの関係

母親がポジティブに子育てすることが子どものQOLにつながる

次に、日本の母親の子育て意識を見ていきます。日本は、他国に比べて、「自然とたくさんふれあうこと」「数や文字を学ぶこと」「友だちと一緒に遊ぶこと」「芸術的な才能を伸ばすこと(音楽や絵画など)」「伝統や文化を大切にすること」「外国語を学ぶこと」について重視する比率が他国に比べて低い状況でした。

また、日本の母親への配偶者によるサポートは、他国より少ない傾向にあり、日本の母親の子育て満足感も、他国に比べて有意に低いことがわかりました。子育て満足感には、配偶者の育児や妻への情緒的なサポートが関連することが先行研究注1で示されていますが、本調査でも、フィリピン以外の7か国で、父親の家事や母親への情緒的サポートは正の有意な相関が見られています。

そこで、母親の子育て満足度と父親のサポートについて重回帰分析を行ったところ、日本・中国・マレーシア・台湾・インドネシアでは、父親の家事や母親への情緒的サポートが母親の子育て満足度の向上を予測していました。父親の育児頻度は、日本の場合、母親の子育て満足度にマイナスの予測をしていました。

最後に、子どもの家族関係に関するQOLについて、日本・中国・タイにおいて母親の子育て満足度を有意に予測しました。子どものレジリエンスは、台湾・インドネシア・シンガポールにおいて、母親の子育て満足度を有意に予測し、子どもの特性が、保護者の子育て満足度に関連があることがいくつかの国で示されました。

以上の分析結果から、母親が子育てを楽しくポジティブにとらえて満足していることには、子どもの家族関係に関するQOLやレジリエンスと関連があること、その母親の子育て満足度を高めるためには、父親の情緒的なサポートや園のサポートが有効だと考えられるでしょう。

lab_10_46_06.jpg
図3 子どもの家族に関するQOL・レジリエンスと母親の子育て満足度の関係

[話題提供2]
コロナ禍での子どものウェルビーイングとレジリエンスの育成について
lab_10_46_07.jpg 小川淳子
CRN研究員、ベネッセ教育総合研究所研究員

8か国共通で、レジリエンスが高いとウェルビーイングが実現

ウェルビーイングとレジリエンスの関連を明らかにするため、5歳の母親のデータを分析しました。すると、8か国共通で、レジリエンスが高い群ほど、ウェルビーイングが実現できていることがわかりました(図4)。

lab_10_46_08.jpg
図4 子どものウェルビーイングとレジリエンスの関連

そこで、どのような要素が子どものレジリエンス得点に影響を与えているのかを見ていくと、次の5つの要素について、子どものレジリエンス得点が高いことが明らかになりました。

①母親の応答的な養育態度が高い、②母親の子育ての肯定感が高い、③子どものデジタルメディア使用時における母親のサポートの度合いが高い、④園(保育者)のサポートの度合いが高い、⑤遊ぶことができる友達の数が多い

そのうち、レジリエンス育成に特に関連する母親の応答的な養育態度は、「温かく優しい声で話しかける」「スキンシップをとる」「子どもが求めることに応える」「やりたがることに取り組める環境を用意する」でした(図5)。

lab_10_46_09.jpg
図5 母親の養育態度とレジリエンスの育成との関わり

園から母親へのサポートも、子どものレジリエンスに有効

同様に、デジタルメディア使用時の母親のサポートでレジリエンス育成に関連があったのは、子どもが使用・視聴するものを母親が選んだり、時間を決めるよう声をかけたりすることでした。また、難しいことに取り組めるよう支援するなど、子どものデジタルメディアの使用に、前向き、かつやや統制的な関わり方であると言えます。それは、デジタルメディアに限らず、母親の子どもへの関わり方全般にあてはまる可能性があると推測しています。

また、園(保育者)のサポートと子どものレジリエンスの関わりで注目すべき点は、「保育者/先生は子どものことを気にかけてくれている」という子どもへの直接的なサポートだけでなく、「子育てについて相談できる保育者/先生がいる」という母親へのサポートも有効であったことです。

これまでにご紹介した内容は、日本5歳の調査結果の分析による傾向ですが、レジリエンスの育成に関連する項目は、他のアジア諸国でもレジリエンスの育成に関連していることが分かりました(図6)。

lab_10_46_10.jpg
図6 レジリエンスの育成に関連する項目の8か国の状況

本調査が行われたのは、日本では第5波の最中で、アジア各国でも死者数が急激に増加した時期でした。そうした環境下においても、このような結果が得られたことから、いかなる時でも子どもの成長には家庭や園のサポートが重要であるという示唆が得られたと捉えています。


[話題提供3]
デジタルメディア使用時における親の関わりに着目して
lab_10_46_11.jpg 佐藤朝美
愛知淑徳大学人間情報学部 教授

デジタルメディア使用時の関わりが高いと、レジリエンスが高い

小川先生のご報告にもあったとおり、日本5歳の結果では、デジタルメディア使用時の母親のサポート度合いが高いと、レジリエンス得点が高いことを示していました。しかし、レジリエンス得点に関係があった4項目について、日本は他国と比べて低い傾向にありました(図7)。その要因として、日本では、デジタルメディアをよく使用する用途が17項目中5項目と少なく、そもそも注意して関わる頻度が少ないことが考えられます。また、日本の母親は、娯楽・遊びとしてのデジタルメディアの使用に抵抗感が高く、学習のための使用には抵抗感が低いという意識にあるという結果から、はじめから娯楽・遊びとしての使用を控え、他国よりも母親の関わりが低いことも推測されます。

lab_10_46_12.jpg
図7 子どものデジタルメディア使用時の母親の関わり(5歳)

そこで、デジタルメディア使用時の関わりの度合いについて、高群・中群・低群の3つの群に分けて、デジタルメディアの使用状況について分析すると、高群では、様々な用途でデジタルメディアを使用していました。さらに、子どものレジリエンス得点を見ると、17項目中10項目で有意に高いという結果が出ました(図8)。

lab_10_46_13.jpg
図8 デジタルメディア使用時の関わりの度合いと、子どものレジリエンスの関係(5歳)

ほかにも、高群では、育児姿勢について、「何かうまくできたときに一緒に喜ぶ」「興味が広がるような遊びや体験を用意する」など、子どもに積極的に関わり、育児への肯定感も高いことが、分析結果で明らかになりました。

デジタルメディアの使用時に親はどう介入すればよいか

ここで照らし合わせたいのが、近年活発化している「親の介入(Parental Mediation:以下、PM)」研究です。先行研究注2では、具体的な仲介方法には、「準備的仲介」「管理的仲介」「創造的仲介」の3つがあり(図9)、新しいメディアや技術の出現に伴い、親が子どものためにリスクを減らし、効果を上げるよう支援するために、親の関わりを探究し続ける必要性が指摘されています。

lab_10_46_14.jpg
図9 親の介入(Parental Mediation)の具体的な仲介方法

そうしたPM研究と、本調査で見えてきた親の関わりとをまとめると、デジタルメディアは娯楽だけではなく、コンテンツを選ぶこと(準備的仲介)、使用時間などのルールを作り、親が見守ること(管理的仲介)、困難なことについては一緒に調べたり解決したりすること(創造的介入)が重要であることが言えると考えます。そうした関わりを行っていくことが、OECDが示す「学びの羅針盤注3」の枠組みと重なり、デジタルツールを使いこなし、自ら問題解決を行う子どもの育成につながるでしょう。

デジタルメディアは、受動的な動画や遊びだけでなく、ごっこ遊びの延長や創造的な使用、問題解決のための主体的な使用をしていくこと、そのように導く親の関わりが重要であり、親子のポジティブなデジタル・タイムがレジリエンスにつながると考えます。ただし、デジタルメディアに関する知識は個人差があるため、親の情報リテラシーの育成が課題に挙げられるでしょう。


[指定討論]
アジア8か国の子どものレジリエンスとウェルビーイングに関連する因子の探求
lab_10_46_15.jpg 岐部智恵子
お茶の水女子大学教学IR・教育開発・学修支援センター講師

3人からいただいた話題提供について、それぞれキーワードを挙げながら、感じたことと質問をお伝えします。

◎話題提供1 持田研究員
キーワード 8か国調査からの示唆

持田先生からは、8か国の共通性や日本の特徴と、8か国調査の示唆をいただきました。例えば、8か国すべてで、園や学校がソーシャル・サポートとして機能し続け、家庭と園がスクラムを組んで、子どものウェルビーイングを守っていました。一方、日本の特徴に目を向けると、母親の子育て満足度が低く、配偶者/パートナーの子育てや母親へのサポートが少ないことが示されました。しかし、重回帰分析では、配偶者/パートナーの子育てが母親の子育て満足度とマイナスの関係にあることも示されました。

質問:子どものウェルビーイングを保障するために、他国の結果から日本が得られる示唆はありますか。また、今後に活かせる日本独自の要因は何でしょうか。

持田:1日60分以上体を動かすと夜の寝つきがよいという、身体的なQOLにかかわる別の調査結果注4がありますので、園での活動も含めて、屋外で様々な友達とたくさん遊ぶ経験は、日本の子どもにも必要だと考えています。
また、日本では、父親の育児参加が母親の満足感にマイナスに作用していたのは、母親側に、父親の育児への参加を抑制してしまうという「ゲートキーピング注5」が起きているからとも推察されます。日本でも、「共同育児」の概念が紹介され、父親と母親が子どもの育児を共同で平等に行うものという考え方が広まりつつありますが、その研究も推進したいと考えています。

◎話題提供2 小川研究員
キーワード 持続可能性への展望

小川先生の報告から、子どものウェルビーイングを支える要因として、母親や父親、園(保育者)、友達と、子どもを中心としたエコロジカル・モデルがあり、レジリエンス要因には、家族システム論が機能していることが見て取れました。ただ、子どもは守られるだけの弱い存在ではありません。持続可能性への展望として、今後変化が激しくなると予測される社会を生きていく子どもが、レジリエンスを主体的に獲得するために何ができるのか、コロナ禍から学べることがあると改めて感じました。

質問:リスク下における子どものエージェンシー(主体性)はどうすれば育つとお考えですか。コロナ禍の経験から学べることは何でしょうか。

小川:多くの子どもは、コロナ禍の環境に適応しています。子どもにはレジリエンスが自然に身についていて、それをどう顕在化させるかが大切だと考えています。また、別の研究注6では、起床時間や食事など、安定した生活習慣が子どものメンタルヘルスの向上につながっていることが明らかになっています。子どもの生活習慣を整えることが、子どもが安心して自ら行動することにつながると思われます。

◎話題提供3 佐藤教授
キーワード α世代と情報共育

佐藤先生の報告からは、親子のポジティブなデジタルメディアとの関わりが、レジリエンスに寄与するという点が、コロナ禍だけでなく、今後の展望の視座になりました。今回の調査対象の子どもたちは、2010年以降に誕生のα世代と呼ばれています。AIによる機能も当たり前になっているデジタル・ネイティブの子どもを育てる親に情報リテラシーは必須ですが、親が常に最新の情報を得られるわけではなく、子どもと親が共に育つ「共育」の観点が重要だと考えました。

質問:「共育」的観点から親子のマインドセットをどのように育めばよいでしょうか。OECDが提唱する「学びの羅針盤」の形成・獲得のために何をすればよいでしょうか。

佐藤:保護者の情報活用能力を育成するようなコンテンツの研究・提供が活性化することが望まれます。そこには、子どもにどのような働きかけをすればよいかだけでなく、セキュリティやデジタル・シティズンシップ注7についての知識を身につけるとともに、それらを子どもにどう教えれば良いかといったことも含まれます。
また「学びの羅針盤」は、人生100年時代において大人ももつべきものです。大人が「学びの羅針盤」を身につけてこそ、子どもに育めるのではないでしょうか。

lab_10_46_16.jpg
写真1 岐部先生は、キーワードを挙げながら、3人の話題提供のポイントをまとめた

[会場との質疑応答]
◎調査の方法について

質問:調査のサンプルの収集方法について教えてください。また、台湾で、調査方法が質問紙のみだった理由はありますか。

小川:国際比較を行うため、ある程度の統一性を確保できるよう留意し、サンプルは、都市部もしくは都市部周辺の中流層とすることで各国の研究者と合意しました。ただ、コンビニエンスサンプリングであるため、国によってばらつきが生じました。本調査の結果は国を代表する結果とは言い切れず、そのためサンプルの属性を詳細に示しました。また、台湾は保育園を通じて調査を依頼したため、質問紙での回答となっていました。


◎調査結果について

質問:日本について、屋外遊びの時間が約30分とほかの国と比べてかなり少ないのは、どのような要因が考えられますか。コロナ禍だからあまり外で遊ばせたくないといった意識が、ほかの国より強いのでしょうか。

持田:当研究所で行った別の調査注8では、首都圏が対象ではありますが、コロナ禍前から共働き家庭が増加していました。保育園に夕方まで預けているため、平日の屋外遊びの時間が減り、それがコロナ禍と相まっているのではないかと推測しています。


◎今後の展望について

質問:今回の報告をうかがい、日本で子育てをする難しさをますます痛感しました。そうした状況についてお考えがあればお聞かせください。

持田:私も子育ての難しさに共感します。ある調査注9では、保育園への要望が強くなっていることや、祖父母やきょうだい、親戚のサポートが減っていることが明らかになっていて、母親の子育ての環境が厳しい状況が浮かび上がっています。私立の保育園や幼稚園では、園内での習い事やイベントなどを充実させており、母親が限られた血縁者と協力して、それらを選択しながら子育てをしている状況が見えています。やはり、子どもの幸せのためには、保護者への支援が最も大事であり、それを充実させるための研究を続けたいと思っています。

佐藤:私は子どもが質の良いデジタルメディアの体験をすることに関して研究をしていますが、同時に子どもは自然環境と関わることも重要だと感じています。今回の調査結果では、レジリエンスの高い子どもを持つ母親は、その両方を意識していました。しかし、すべてを母親に委ねることや責任を問うことは酷だと考えています。親子や家族が無理なく、デジタルメディアや自然環境に関わることができるよう支援をしていきたいと考えております。そのような環境を整えていくことも課題だと考えています。

小川:母親の子育て意識では、明るい兆しが見えています。ある継続調査注10の「子どものためには、自分ががまんするのはしかたない」と「子育ても大事だが自分の生き方も大切にしたい」のどちらを重視するかの回答で、7年前に比べて2022年は、「自分の生き方も大切にしたい」が増加していました。母親が、自分の思いを素直に外に出し、子育ても自分も大切にする意識をもてるような社会になってきているのであればうれしいですし、母親が子どもと共に成長する子育てについて、これからも皆さんと一緒に探していきたいと思います。



  • 注1:加藤承彦・越智真奈美・可知悠子・須藤茉衣子・大塚美那子・竹原健二(2022). 父親の育児参加が母親、子ども、父親自身に与える影響に関する文献レビュー 日本公衛誌 69(5), 321-337.
  • 注2:Yu. J., DeVore. A., Roque,.R. 2021. Parental Mediation for Young Children's Use of Educational Media: A Case Study with Computational Toys and Kits. In Proceedings of the 2021 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '21). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 475, 1-12.
    https://doi.org/10.1145/3411764.3445427
  • 注3 よりよい社会を実現するために求められる学びの枠組みとして、OECDが策定した「Learning Compass 2030(ラーニングコンパス)」 のこと。"Transformative Competencies"(よりよい未来の創造に向けた変革を起こす力)や"Taking responsibility"(責任ある行動をとる力)などを、子どもたちへの育成を目指す資質・能力として定義し、それらを育む学習過程として、"Anticipation"(見通し)、"Action"(行動)、"Reflection"(振り返り)から成る「AARサイクル」を示し、そのサイクルを回していく原動力として、「自ら考え、主体的に行動する資質・能力」といった意味の「エージェンシー」を位置づけた。
  • 注4:ベネッセ教育総合研究所(2022)子どもの生活リズムと健康・学習習慣に関する調査2022報告書
    https://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=5837
  • 注5 ゲートキーピングには「門番」という意味があり、家事や育児を手伝おうとしたときに、パートナーから「下手にあなたがやるくらいなら、私がやった方がましだから、あっちに行って」と言われるような行動のことを指す。
  • 注6:Laura M. Glynn, Elysia Poggi Davis, Joan L. Luby, Tallie Z. Baram, Curt A. Sandman (2021): A predictable home environment may protect child mental health during the COVID-19 pandemic
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33532520/
  • 注7:情報技術の利用における適切かつ責任ある行動規範のこと。内閣府「Society5.0に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」(2022年6月)では、子どもたちへの育成が喫緊の課題だと指摘された。
  • 注8:ベネッセ教育総合研究所「幼児の生活アンケート(2022)」P.15,17。
    https://berd.benesse.jp/up_images/research/WEB用_第6回幼児の生活アンケート_ダイジェスト版.pdf
  • 注9:ベネッセ教育総合研究所「幼児の生活アンケート(2022)」P.4。
    https://berd.benesse.jp/up_images/research/WEB用_第6回幼児の生活アンケート_ダイジェスト版.pdf
  • 注10:ベネッセ教育総合研究所「幼児の生活アンケート(2022)」P.14。
    https://berd.benesse.jp/up_images/research/WEB用_第6回幼児の生活アンケート_ダイジェスト版.pdf
筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg 榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。

sato_tomomi.jpg 佐藤 朝美(さとう・ともみ)

愛知淑徳大学人間情報学部教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程、情報学環助教、東海学院大学子ども発達学科を経て現職。教育工学、幼児教育、家族内コミュニケーション、学習環境デザインに関わる研究に従事。日本子ども学会(理事)。オンラインコミュニティ「親子de物語」で第5回、「未来の君に贈るビデオレター作成ワークショップ」で第8回、「家族対話を促すファミリー・ポートフォリオ」で第11回キッズデザイン賞を受賞。

chieko_kibe.jpg 岐部 智恵子(きべ・ちえこ)

お茶の水女子大学教学IR・教育開発・学修支援センター 講師。イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士課程修了(M.Sc.)。お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 博士課程修了(Ph.D.) 。日本ポジティブ教育協会理事。
専門と関心:ポジティブ心理学,発達精神病理学,発達心理学,臨床心理学
主な書籍:Teaching Well-Being and Resilience in Primary and Secondary School. In S. Joseph (Ed.), Positive Psychology in Practice, (Chapter 18共著) Wiley 2015, イラスト版 子どものためのポジティブ心理学: 自分らしさを見つけやる気を引き出す51のワーク ポジティブ教育協会(監修) (共著)合同出版 2017.

Seiko_Mochida.jpg" 持田 聖子(もちだ・せいこ)

チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員。生活者としての視点で、人が家族をもち、役割が増えていくなかでの意識・生活の変容と環境による影響について調査・研究を行っている。専門は産業・組織心理学、発達心理学。主な調査は「産前産後の生活とサポートについての調査(2015)」、「幼児期の家庭教育国際調査(2016~2017)」、「幼児教育・保育についての基本調査(2018)」、「幼児・小学生の生活に対する新型コロナウイルス感染症の影響調査-(2020)」等。

Junko_Ogawa.jpg 小川 淳子(おがわ・じゅんこ)

チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)研究員、ベネッセ教育総合研究所研究員。
2013年よりベネッセ教育総合研究所に所属し、CRNを運営。近年はアジア諸国の研究者からなるCRNA(Child Research Network Asia)を組織し、アジア8か国の研究者との国際共同研究を推進している。

このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

研究室カテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP