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【脳と教育】第1回 セルフコントロールにおける視床下部―下垂体―副腎系と交感神経系の役割

榊原 洋一 (CRN副所長、お茶の水女子大学大学院教授)

2011年11月11日掲載

要旨:

Mischelは5歳の子どもたちに、遅延報酬課題と呼ばれる心理的な実験を行うとともに、その子どもたちの10年後の社会適応能力との関連を調査し、情動コントロールがうまくできた(お菓子を食べずに我慢した、あるいは長い時間我慢した)子どもは、青年期になった後も社会適応度が高いことを見出している。近年の脳科学的な研究によって、情動コントロールにおいてコーチゾルやノルアドレナリンが関係していることは明らかになっているが、今回紹介するJared A. Lissonbeeらによる研究は、実際の子どものセルフコントロールと、これらのホルモンや神経伝達物質が関係していることを、コーチドル、ノルアドレナリンの測定値を統計的に検討することによって証明したものである。
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今回は、Mind, Brain, and Education 誌第4号に掲載されている論文"Hypothalamic-Pituitary-Adrenal and Sympathetic Nervous System Activity and Children's Behavioral Regulation"( Jared A. Lissonbee et al.. 4:171-181, 2010)を紹介しながら、情動をコントロールする能力(セルフコントロール)について所感を加えて以下述べる。

情動をコントロールする能力(セルフコントロール)が、人間として社会の中で成功するために重要であることはよく知られている。子どもの情動コントロール能力と社会に適応する能力との関係を調べたMischelの研究は有名である。

Mischelは5歳の子どもたちに、遅延報酬課題と呼ばれる心理的な実験を行うとともに、その子どもたちの10年後の社会適応能力との関連を調査した。遅延報酬課題(Delayed gratification task)とは次のようなものだ。

まず4~5歳くらいの子どもの前に、子どもたちが大好きなお菓子を一個置く。子どもたちには、もし食べたかったらすぐに食べてもいいが、一定の時間食べないで我慢したら、もう一個あげる、と告げる。時間経過が分かる時計のある部屋にお菓子と子どもだけを残して、研究者は部屋を出て、子どもの様子を外からテレビカメラで観察する。

多数の子どもたちでこの遅延報酬課題をおこなったMischelは、子どもたちが2群に分かれることを見出した。決められた時間の間、我慢して食べずにいる子どもたちと、我慢できずに食べてしまう子どもたちの2群である。さらにテレビカメラで観察した子どもたちの行動を分析すると、お菓子を見つめる子どもは結局食べてしまうこと、我慢した子どもはお菓子から目をそらすだけでなく、歌を歌ったり、一人で話をしたりして、お菓子を食べたいという情動を抑えようとする方略をとる、ということが分かったのである。Mischelはここでこの研究を終わらせず、実験に参加した子どもたちが青年になったときに追跡調査をし、子どもたちがどの程度うまく社会に適応しているかを再調査したのである。そして、情動コントロールがうまくできた(お菓子を食べずに我慢した、あるいは長い時間我慢した)子どもは社会適応度が高いことを見出したのである。

近年の脳科学的な研究によって、前帯状回などの前頭葉や扁桃体が、セルフコントロールにかかわることが明らかになっている。最近、唾液中の微量のコーチゾルやアルファアミラーゼ(血液中のノルアドレナリンと相関がある)の測定が可能になり、採血をしなくても、血中コーチゾルやノルアドレナリン濃度を測定することが可能になった。こうした方法を使うことによって、非侵襲的な実験()が可能になり、その結果、前帯状回の機能と考えられている情動の抑制にはノルアドレナリンやコーチゾルが深く関与していることを示す実験結果が複数の研究者によって明らかになっている。Dettlingらは、コーチゾルが高い子どもでは、自己抑制能力が低いことを、またGunnerらはコーチゾルが高いと攻撃性が増し、そのために自己抑制能力が低くなることを報告した。Donzellaらは、唾液中のアルファアミラーゼが高いと、情動の抑制がよいことを報告している。

多くの研究者によってコーチゾルとアルファアミラーゼと自己抑制能力の関係に関する研究がおこなわれており、その結論の一致はみられないが、これまでの実験結果をまとめると次のようになる。

ストレスに対するコーチゾルとノルアドレナリンの中程度の上昇は、情動抑制に必要な認知プロセスを向上させる。また低いコーチゾルと高いノルアドレナリンは、攻撃性の増加につながり、高いコーチゾルと高いノルアドレナリンは、うつなどの個人内的な精神疾患と関連している。つまり、自己抑制能力にはコーチゾルとノルアドレナリンの濃度の高低の組み合わせも関係する。

本研究は、情動コントロールにおいてコーチゾルやノルアドレナリンが関係していることは明らかになっているものの、実際の子どもの情動コントロールとの関連について様々な結果がでている現状を打開することを目的に行われた。

実験内容の概略は、次のようになる。健康な186名の4歳児が対象に選ばれた。親と幼稚園教師に、子どもの情動コントロールの程度を事前に質問紙で聞き、のちの分析に使用した。情動コントロールを必要とする数種類の課題を子どもたちにやってもらい、課題前、課題直後、課題終了後の3回子どもたちから唾液を収取し、唾液中のコーチゾル、アルファアミラーゼ(ノルアドレナリンの指標)の変化を測定した。課題は、手に持ったおもちゃのクマをうまく穴のついた入れ物に落とす課題、画用紙上の2点を結ぶ線を最初は自由に、2回目にはできるだけゆっくり描いてもらう課題(運動抑制試験)、組合せパズルをやったあとにご褒美を渡し、2分間待つように告げる課題(遅延報酬課題)で成りたっている。

親と教師による子どもの行動特性に関する質問紙調査、課題遂行前後の唾液中コーチゾル、アルファアミラーゼの変化の間の関連を、統計学的に解析した結果、次のような結論を引き出している。

課題遂行中のコーチゾル増加量が大きい子どもは、運動抑制試験の成績が悪い。逆にアルファアミラーゼ増加量が大きい子どもは、遅延報酬課題の成績が良い(待つことができた)。またコーチゾルが低値の子どもは、教室での自己抑制能力が低い(教師による評定)。

ノルアドレナリンは神経細胞同士の情報伝達に直接かかわり、またコーチゾルは神経細胞に存在する受容体を介して、神経細胞の機能を調節する。本論文は、実際の子どものセルフコントロールと、これらのホルモンや神経伝達物質が関係していることを証明したものである。得られた結果は、上述のように比較的単純なものだが、これまで理論的にしか理解されていなかった両者の関係を、実際の子どもの行動観察と、非侵襲的なコーチゾル、ノルアドレナリンの測定値を統計的に検討した貴重な論文であるということができる。


※痛みや危険をともなわない実験
筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg 榊原 洋一 (CRN副所長(2013年4月より所長)、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN副所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会副理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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