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震災と子どものPTSD

榊原 洋一 (CRN副所長、お茶の水女子大学大学院教授)

2011年5月23日掲載

要旨:

東日本大震災で被災した子どもたちの生活にも落ち着きが出てきている中、PTSDと呼ばれる心理的な障害に陥っている子どもも少なくない。本稿では、PTSDの特徴や発生頻度、なぜPTSDになるのか、その対処法について紹介し、子どもが心の底から安心し、PTSDに対抗できる心理状態を得るために必要なことは何かについて述べる。
あの未曾有の震災からしばらく時間が経過しました。いまだに行方不明の方々や、避難所で生活されている大勢の方々がおられますが、少しずつ被災した子どもたちの生活にも落ち着きが出てきていると思います。子どもたちの間にインフルエンザなどの感染症が流行っていますが、少なくとも身体的な健康被害の恐れは少なくなりました。

しかし、恐ろしい体験をした子どもたちの中には、いわゆるPTSD(外傷後ストレス症候群)と呼ばれる心理的な障害に陥っているお子さんが少なからずおられます。

PTSDの特徴

PTSDの特徴は、恐ろしい体験の夢を見たり、その時の情景を急に思い出してしまうフラッシュバックや、体験の現場を避けたり(アボイダンス)、イライラしやすく攻撃的になるなどの症状があります。恐ろしい体験の直後にも、イライラしやすく睡眠が十分にとれないなどの症状が見られますが、こうした直後の反応は正常な反応であり、時間とともに消えていきます。PTSDは、恐ろしい体験から1か月以上たっても、上記のような症状が続く場合をいいます。

PTSDの発生頻度

では誰でもPTSDの症状を示すのでしょうか。また、実際の現場で恐ろしい体験をした子どもたちだけがPTSDになるのでしょうか。アメリカの調査では、例えばバスジャックの現場に遭遇した子どもはほぼ100%にPTSDが発症することが分かっています。また、実際に体験しなくてもテレビの映像などからPTSDになる子どももいます。9.11の生々しい映像を見た子どもの5%にPTSDの症状が見られたと報告されています。

なぜPTSDになるのか

私たちが恐ろしい体験をすると、脳の中の扁桃体と呼ばれる部位がまず最初に反応します。山道で蛇とであった時に、とっさに逃げ出す行動は、扁桃体が私たちの理性の判断を待たずに、逃避という行動を起こさせるのです。逃避したあとで、私たちの理性は「安全だ」と確認します。このようなは判断にかかわる部位は前頭葉(前帯状回)にあると推定されていますが、ここはまだ危険に対して警戒状態にある扁桃体の活動を抑えるように作用すると考えられています。

恐ろしい体験による一時的な反応(イライラ、睡眠障害)が、次第に消えていくのも前頭葉が扁桃体の興奮状態を抑えていく過程によるものです。一方PTSDは、前頭葉が扁桃体の興奮状態を十分に抑えることができない状態ということができます。PTSDは恐ろしい体験の程度にもよりますが、なりやすさには個人差があり、その個人差は前頭葉と扁桃体の相互作用の差によるものと考えられています。

PTSDの対処法

PTSDへの対応は、十分に扁桃体の過剰反応を抑えることができない前頭葉の手助けをすることです。子どもにもう安心してもよいことを繰り返し言い聞かせることだけでなく、大人自身が不安を子どもの前で見せないことが大切です。また、震災によって途絶えた毎日の日常生活(ルーティン)をできるだけ早く取り戻すことも重要です。保育園や幼稚園、小学校での当たり前の活動を復活することで、子どもが心から安心を実感できるようになるのです。

PTSDは子どもだけに見られるものではありません。子どもを保護する大人もPTSDから自由ではありません。親にとっても、震災前の日常生活に復帰することが、心の底から安心できる、PTSDに対抗できる心理状態を得るために必須のことなのです。

避難所生活は非日常そのものです。一日も早く、震災前の生活に近い生活を取り戻すことが、子どものPTSDを防止し軽快させる最良の方法だということができます。

長期化する避難所生活で発生する問題や仮設住宅の建設の遅れなど、難しい問題が山積みと耳にしていますが、その中でも、日常生活に近い生活を取り戻すためにできることがあるのではと考えます。私たちもそのためにできることがないかと考え、お手伝いできればと思います。
筆者プロフィール
医学博士。CRN副所長、お茶の水女子大学大学院教授。日本子ども学会副理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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