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震災後の子どものPTSD

奥山真紀子(埼玉県立小児医療センター付属大宮小児保健センター保健指導部医長)

2011年3月22日掲載

要旨:

PTSD(Post Traumatic Disorder・心的外傷後ストレス障害)は、非常に強い恐怖体験をした後に起きてくる障害である。こうした障害は、子どもが不安から自分を守るための当たり前の反応であり、大切なのはそれを軽減し、長期化を防ぐための環境作りである。子どもにとって自分の不安などの気持ちを表現するのは主として遊びの場であり、できるだけ早く安心して遊べる場を確保することは大切な支援である。

季刊子ども学「子どもたちの震災復興」について(1996)

はじめに

1995年1月17日は日本中がショックを受けた日であった。現地で被災された方々はもちろんのこと、テレビの前でいらだちと無力感を感じながら座っていた人々にとってさえもショックであった。倒れた高速道路、燃え盛る火の手、一日中流れる興奮した実況中継の声(裏にはヘリの騒音)、それを見ながら術もなく無力感を感じている自分、日本中にとって混乱した長い一日であった。あるアメリカの雑誌は日本人全体が自信を失った日であると書いたほどである。その意味では、日本全体にとって阪神大震災は戦後50年目に起きた新たなトラウマ(心の傷)であったかもしれない。

日本中がそんな状態であったのだから、実際に被害に遭った方々にとってはまさに恐怖の体験であったことは誰にでも容易に推測できる。しかし、後に神戸の街を訪ねたり、さまざまな方々の体験をうかがうと、一人ひとりすべてに考えも及ばないストーリーがあり、改めてこの地震が一人ひとりに与えた恐怖とストレスの大きさが想像以上であったことに気づかされる。子ども達ももちろん例外ではなく、その恐怖体験に巻き込まれた。そして、その恐怖体験が心理的な傷となった子どももいた。その傷を広げずに、早期に手当てしてあげることで少しでも傷が軽くすむようにと願う。そのために我々専門家は、このような恐怖体験が子ども達にどのように影響し、どのような精神的問題を引き起こす危険があるかを把握した上で、的確な支援サービスを提供することを試みる。その災害後の精神的危険の一つに、今回の地震で「心のケア」のキーワードとなったPTSDと言われる精神的な障害がある。ここではそのPTSDについて、これまでの知見と今回の我々の精神保健ネットワークを通した体験を総合して簡単に解説し、その予防と治療に関する考えを述べてみたい。

災害とPTSD

今回の災害の後、「心のケア」が叫ばれた中で、キーワードとなったのがこのPTSDという四文字のアルファベットである。PTSDの説明に入る前に強調しておきたいことは、災害後に起こる可能性のある精神的問題がすべてPTSDというわけではない点である。たとえば、災害によって肉親や愛着していたものを失うこと、つまり喪失体験への適応障害(=病的モーニング)や、極端な環境の変化への適応障害などもある。また、PTSDは災害のみならず、事故・犯罪被害・戦争体験といったあらゆる恐怖体験によって起きる精神的障害の名であり、災害に限られたものではない。

PTSD研究の歴史

PTSDとは、Post Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)の略であり、アメリカ精神医学会で作られた診断基準やWHOの診断基準に含まれる不安障害の一つである。もちろん以前から、極端に強い恐怖体験の後にこのような精神障害が起きることは知られていたが、詳細な研究が行われるようになったのは、ベトナム戦争から帰還した兵士たちに特徴のある症状が出ることがきっかけであったという。つまり、PTSDに対する研究が進んできたのはそれほど古いことではない。まして、子どもたちのPTSDに対する研究は1970年代に入ってから関心が持たれ、少しずつ増えてきた状況である。子どもに関する研究では、災害のほか、事故・戦争・難民・被虐待体験・犯罪被害などによる恐怖体験によるPTSDが研究されてきている(参考文献参照)。これらの研究の多くは積極的に予防的・治療的介入と並行した調査や介入そのものに関する調査である。それらの研究を踏まえて、1993年には、アメリカ赤十字とアメリカ心理学会が協力して、災害後の精神保健ケアに関するマニュアルを作成している。

日本でも、北海道南西沖地震後に奥尻島で子どもたちへの心理的な支援とその研究をされたグループが、家族へのわかりやすいパンフレットを出しておられた。しかし、一般の心理的ケアに対する意識が低かったせいか、今回の地震まで一般的な注目を浴びることが少なく、精神保健が積極的に地震対策に盛り込まれることがなかったのである。

PTSDの症状

PTSDは非常に強い恐怖体験をした後に起きてくる障害であり、その症状は、1)再体験、2)刺激に対する逃避や反応性の低下、3)覚醒レベルの上昇、の三群に分類されている。まず、再体験とは、繰り返してその体験を思い出して非常に不安になったり苦痛を感じたりすること、繰り返してその体験に関わる苦痛な夢を見ること、その恐怖体験を生々しく体験しているような感覚になることなどが挙げられる。これらの症状はその体験を思い出させるようななんらかの刺激に誘発されることが多い。激しいときには、その体験をしたときの自分に戻ってしまい(解離状態)、極端な精神的混乱や生理反応を示すこともあり、フラッシュバックと呼ばれる。たとえばエレベーターの中でレイプされた人が同じエレベーターに乗ると、そのときの記憶が生々しく再現され、そのときの自分に戻ってしまい、激しく発汗し、震え出し、精神的に混乱した状態になることもある。また、戦争による激しい爆撃を体験した難民が、飛行機の音を聞くだけで同様の混乱した状態になることもある。

子どもの場合には、繰り返してその体験をテーマとした遊びをして急に不安になったり興奮したり、内容のはっきりしない悪夢を繰り返して見たりすることもある。今回の震災でも、子どもが怖い夢を見ているという訴えは非常に多かったし、重症例では入院先の病院でたびたび精神的混乱状態になったという報告もあった。

刺激に対する逃避や反応性の低下には、「その体験に関連することを思い出させるようなことを避けようとする」「そのときのことを思い出せなくなる」「ある活動に対する興味ややる気が極端に低下する」「引きこもり、感情の幅が少なくなる」「未来のことが考えられなくなる」などといった症状が含まれる。戦争から逃げてきた難民の方々の写真を見ると、一様に無表情になっているときがある。恐怖から自分を守るために感情や思考といった精神活動を低下させてしまうのである。著明なときには、その体験に関わることだけでなく、すべての精神活動が低下するときもある。子どもの場合には、表情が少なくぼーっとしていることが多くなったり、話をしなくなって引きこもったり、学業に集中できなくなったりすることがある。今回の震災後も、重症例では一日中ぼーっとしている状態が長期にわたって続いたり、自分が生き埋めになった家には近づけないという報告もあった。

覚醒レベルの上昇に含まれる症状としては、寝つきが悪くなったり途中で起きてしまうことが多くなる。いらだちや怒りの爆発、集中困難、周囲に対する極端な警戒などが挙げられる。子どもの場合には、興奮やいらだち、きょろきょろしている、といった行動からわかることが多い。ジャングルの真ん中で暗い中に一人で取り残されたら、興奮して常に辺りを警戒して、落ち着いて眠れない状態になるであろう。この症候群はそのような行動と考えることが可能である。

アメリカの精神医学会による診断基準であるDSM-IVでは、PTSDと診断するには、これらの精神的混乱が一カ月以上続き、明らかな苦痛の原因となっているか、その人の社会的機能の障害になっていることという条件がついている。子どもの場合には明らかに不安が強くてそれまでできていたことができなくなっている場合や、友達との関わりや学習に問題を持つ場合などが挙げられる。

その他、診断基準では明記されていないが、子どもに多い恐怖体験後の症状として、身体症状も挙げられる。今回の震災後も、それまでなかった夜尿や頻尿が出現したという訴えが多かった。その他、腹痛や嘔吐の出現を訴えた子どももいた。また、恐怖体験をした子どもたちは、過度の罪悪感や無力感を持って落ち込んでしまうこともある。そのために、自傷行為が出現することもある。

さらに、今回の経験から子どもの特徴として最も多く挙げることができるのは退行、つまり赤ちゃん返りの現象である。とくに幼児期の子どもたちは分離不安が強くなって母親から離れなくなったり、一人で寝ることができなくなったり、赤ちゃん言葉をしゃべるようになったり、それまでできていたことをしなくなったりといった状態が多くなり、そのために不安を訴えた母親も多かった。重症例では退行も著明で、学齢年齢でも乳幼児のように振る舞った子どももいた。

子どものPTSDの心理的メカニズム

人間が日常、人間らしく社会生活を営むためには自分たちが守られているという安心感が必要である。かつてエリクソンは、乳時期に形成される「基本的信頼」が後の社会心理学的発達の基礎になると述べた。そのようにして築かれた安心感が脅かされるほどの恐怖体験をしたとき、本能的に警戒する反応が強くなって覚醒レベルが上昇したり、強い不安の感情が繰り返し表れたりする。そのような不安から自分を守って元の自分を取り戻そうとするとき、大人は大人なりの防衛の仕方をする。自己の殻にこもって、反応や感情の幅を狭くすることによって対応することもその一つである。子どもの場合には、基本的信頼を確認できる、より赤ん坊に近い時期に返ることによって再び安心感を得ようとするメカニズムが働く。それが退行である。つまり、一般的には退行とは子どもが自分を守るために無意識に選んだ手段であり、その退行を周囲が十分に受け止められれば、再び安心感を得て乗り越えていける可能性も高い。しかし、退行がうまく周囲から受け入れられなかったり、自分でもまったく受け入れられないほど強いものであると、かえって不安を強めたり、無力感を高める結果となることもある。

PTSDの予防と治療

これほどの恐怖体験をすれば、多かれ少なかれ人間は反応を起こすものである。したがって、ある程度の悪夢や興奮は当然であるし、恐怖体験と関係した遊びやちょっとした退行はかえってその子どもが不安から自分を守る行動でもある。つまりPTSDとは、当たり前に起こる反応が、その人あるいはその子どもの日常の機能に問題を生じるほど強くなった状態や長期化した状態と考えることができる。それを踏まえて考えれば、PTSDの予防とは、恐怖体験後に起きる当たり前の反応をできるだけ軽減し、長期化するのを防ぐことであると言える。ここでは、地域や学校などでの予防的な支援について考えてみたい。

まず大切なのは、できるだけ子どもたちが安心するような環境を作り出すことである。子どもはもともと身近な大人たち、特に家族に守られているから安心しているのであり、自分がそれらの人々から守られていると感じることが最も重要である。平常のときであればなんでもないことである。しかし周囲の大人たちも大きな不安を持っている震災直後の非日常の生活の中で子どもの内面まで気づいて対応することができないこともある。そのようなときには、簡単な助言で周囲の大人たちの気づきが得られて子どもがより不安に陥ることを妨げることも多い。また、子どもに安心できる環境を与えるためには、周囲の大人たちの安定も必要である。身近な大人たちの不安や怒りやうつ感情が強すぎたり、周囲の大人たちの不和があったりすると、子どもの不安はより強くなることもある。環境が安定するような支援が大切である。今回の地震後の電話相談でも、子どもの退行などを心配して電話してこられた親が多かったが、それが当たり前に起こる反応であることを説明し、子どもに安心感を与えることが必要であると告げることで解決することも多かった。また、子どもの相談で電話してきても、その背景として親の強い不安やうつ状態が相談の対象となったケースも多い。親の安定に対する援助の必要性が強く感じられた。

また、子どもたちが自分で不安を処理していける「場」を確保することも重要である。子どもにとって自分の不安などの気持ちを表現するのは主として遊びの場である。できるだけ早く安心して遊べる場を確保することは大切な支援である。遊びの中で子どもたちは自分の気持ちを表現し、それが遊びの中で受け入れられることで不安や怒りの気持ちを流し、処理していくのである。しかし、これほどの恐怖体験の後では遊びの中でさえも表現したことで再体験が起きたり自責の念に駆られたり、怒りの気持ちを弱いものにぶつけてしまったりということもある。また、遊びの場だけでなく、大きな子どもたちにとっては仲間と語り合う場も有効に働くことが多い。体験を共有することになるからである。自分と同じことを感じた仲間と出会ったり、自分の恥ずかしい気持ちなども受け入れてくれる仲間と出会うことで安心するのである。今回の地震後の調査でも、幼稚園や学校の再開や遊び場の確保が子どもの安定に重要であったことが明確であった。

子どもたちが不安を目の前にして無力感を感じたり自信を失ったりすることを防ぎ、より生き生きとした人生をつかむためには、達成感を感じることが大切である。作品を制作したり、友達と何かを生み出す体験は力になる。そのような達成感を通して、このような想像を絶する体験をした子どもたちがそれを自信に変えていく日が来ることを願いたいものである。

もちろん、不安が極端に強かったり、子どもを守るはずの家族を失っていたり、このような一般的な予防的な関わりでは処理しきれないこともある。このようなときには、個別にじっかりと関わって子どものことを理解しなければならないことも多い。なかには、小児精神科医や小児臨床心理士などの援助を受けることが適切な場合もある。不安なことがあれば恥ずかしがらずに相談をする雰囲気が作り出されていってほしいと思う。

おわりに

これまでの日本の災害の中で、今回の阪神大震災後ほど「心のケア」が叫ばれたことはなかった。いわゆる「心の時代」の反映であろうか。しかし、災害後に始められた応急的な精神保健システムでは限界もある。今後は、普段からの子どもの精神保健の充実と、今回の体験も生かした災害後の対応策の検討が重要であろう。

また、今回の震災に関しては、初期の段階が過ぎた今、今後の子どもたちにどのような精神的危険があり、どのような支援が必要か改めて考える必要がある。立ち直りの遅い子どもや家族が孤立したり、いつまでも戻らない生活にいらだつ家族の中で、子どものうつ状態が出現したりする危険もある。直接の支援は主として地元でなくてはできない役割であろうが、一緒に考えていくネットワークは持ち続けたいものである。

参考文献
Saylor, C.F. (ed) Children and Disasters. Plenum Press. New York, 1993
Terr, L.C. Psychic Trauma in Children: Observations Following the Chowchilla School bus Kidnapping. Am. J. Psychiatry 138: 14-19, 1981
Nader, K. et al Children's PTSD Reactions One Year after a Sniper Attack at Their School. Am. J. Psychiatry 147:1526-1530, 1990
Green. B. L. et al Children of Disaster in the Second Decade: A 17-year Follow-up of Baffalo Creek Survivors. J. Am. Acad. Child. Adolesc. Psychiatry 33:77-79, 1994
Shannon, M. P. et al Children Exposed to Disaster: I. Epidemilogy of Post-Traumatic Symptoms and Symptom Profiles. J. Am. Acad. Child. Adolesc. Psychiatry 33:80-93, 1994
筆者プロフィール
奥山真紀子(埼玉県立小児医療センター付属大宮小児保健センター保健指導部医長)

1954年東京都生まれ、東京慈恵医科大学卒業。小児科学教室入局。神経学を中心に小児科一般を研修する傍ら、同大学院博士課程修了。睡眠の研究で博士号を取得。86年アメリカ、ボストンのタフツ大学付属ニューイングランドメディカルセンターへ留学。ボストンカレッジにて、小児思春期カウンセリング学修士課程卒業。89年帰国後に現職。

(※季刊子ども学「子どもたちの震災復興」1996より掲載しています。
  現在のプロフィールにつきましては、こちらをご参照ください)
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