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1. 我感ず、故に我学ぶ

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)
片岡 宏隆 (ベネッセ教育開発研究センター)

2008年10月10日掲載

要旨:

第1回として、MBE誌のvol.1のNo.1 pp.3-10で発表されたM.H. Immordino-YangとA. Damasioの “We Feel, Therefore We Learn: The Relevance of Affective and Social Neuroscience to Education” という論文を紹介する。脳を理解する時、情動の重要性をしばしば見逃している。脳進化からみれば知性・理性より先に情動は進化しており、それなりに重要なのである。Immordino-Yangらの論文でも脳進化の視点が強調されている。今回はまずこれについての考え方を分かりやすく述べる。また、認知機能が情動と深い関係にある事が多くの研究によって明らかになったので、Immordino-Yangらは “emotional thought” と “emotional rudder” という考えを提唱している。これについても紹介する。

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第1回としてご紹介するのは、MBE誌のvol.1のNo.1 pp.3-10で発表されたM.H. Immordino-YangとA. Damasioの "We Feel, Therefore We Learn: The Relevance of Affective and Social Neuroscience to Education" という論文である。Mary Helen Immordino-Yang は南カリフォルニア大学教育学部の研究者であり、ポルトガル出身のAntonio Damasioは同大学の脳と創造研究所の脳科学者である。


わが国では「脳科学」"Brain Science" という言葉がよく使われるが、欧米では表題にある「神経科学」 "Neuroscience" の方が一般的である。"Affective Neuroscience"、 "Social Neuroscience" という言葉をみると、 "Neuroscience" は "Brain Science" より広い科学にみえる。だからこそ "affective" を使って「感情神経学」、"social" を使って「社会神経科学」としたのであろう。また、「神経科学」の方が「脳科学」より機能的な感じが強いかもしれない。尚、表題はデカルトの「我思う、故に我あり」 "cogito ergo sum" を捩ったものと思われる。

われわれは脳を理解する時、知性・理性を中心に脳機能をtop-downで考える事が多く、情動の重要性をしばしば見逃している。しかし、脳進化からみれば逆であって、知性・理性より先に情動は進化しており、それなりに重要なのである。この論文でも脳進化の視点が強調されているので、解りやすい様に割り切った私なりの考え方をまず述べさせて頂く事にする。

脳は、脊椎動物になって出来たと考えられている。最初は魚類とか爬虫類の様な動物で、水中生活をしていたに違いない。従って、初めに出来た脳は、生存を目的として体を動かすプログラムだけの脳であったであろう。それは、「生存運動脳」と呼べる。そして、カモノハシやコアラの祖先の様な原始哺乳動物になって、本能・情動の心のプログラムを持った古い皮質が生存脳をカバーして、生存の為、体の動きを強化したと考えられる。それは、「本能・情動脳」と呼べよう。続いて、犬や馬の様な高等哺乳動物になると、環境に適応し、同種ばかりでなく異種の動物との関係の中で生きる為に、知性や理性の心のプログラムを持った新しい皮質が本能・情動脳をカバーしたのである。その結果、それまでに進化してきた脳の心と体のプログラムの働きを巧く良く働かせるわれわれの脳の原型、「知性・理性脳」が出来たと説明出来る。現在のわれわれの脳はその最も進化したもので、前頭葉を中心に新しい皮質が極限にまで発達し、文化・文明までをもつ事が出来る脳になったと言えよう。この様に、脳進化から見れば情動の重要性は明らかであるが、われわれの脳の中の他の脳機能と細胞のレベル、生理・生化学のレベルでどう関係しているか、その詳細は多くの点で不明である。

また、教育を考える時、第一に子ども達の認知機能が決定的な役割を果たす事は周知の通りである。認知機能とは、学習、注意、記憶、判断や意思決定、そして社会性を含めた脳の心の力であるが、それが情動と深い関係にある事が多くの研究によって明らかになったというのである。

著者らはそこで "emotional thought" と "emotional rudder" という考えを提唱している。 "emotional thought" は、認知そのものが情動のプロセスの中にあって、社会的、あるいは非社会的な関係の中での学習、記憶、意思決定、創造性などのプラットフォームになるという考えであり、"emotional rudder" は、判断と行動の方向を決めるプロセスの中に情動が深く関係するという考えである。日本語ではそれぞれ、「情動思考」「情動舵取り(判断)」とでも訳せよう。「情動舵取り」は、技術に熟練するとか、学校で学んだ知識を実社会に移すとかの思考過程で、「情動思考」の中で出てくるものと考える様である。情動は "emotional thought" に身体に関わる脳機能を含めたものであり、認知は "emotional thought" に合理的な思考とか、高い理性である論理、道徳、創造性などの脳機能を加えたものとしている。

こういった考えを支持する科学的根拠は、脳障害の患者の示した症状の経過を細かく分析した結果が柱となっている。人間を人間として特徴づける前頭前野皮質の特殊な部位(腹側正中部)が障害された患者の経過を見ると、まず社会行動に変化が現れ、自分のやった事の記憶がなくなり、他人の気持ちも理解出来なくなり、失敗から学ぶ事や、更には自分を有利にする判断も出来ないという症状が明らかになった。そして、この患者の情動も次第に乱れてきたのである。

本論文でも指摘している様に、詳細は今後の研究になろう。私流に言えば、情動のプログラムと知性・理性のプログラムとは前頭前野を介して深い関係にあり、それぞれの持つ多様なプログラムのどれとどれがどの様につながっているか、そのつながりはニューロンのレベルでどうなっているかといった事などが、今後次第に明らかになるものと思う。

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