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60. 感情と無意識の葛藤の脳科学;知情意と脳の3重構造

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2010年10月22日掲載

要旨:

人類の脳では非意識的な情動的判断回路を意識的な理性的認知判断回路が統御する方向で高次な知性が機能している。この情動と知性は全く別のものではなく、相補的な関係で養育期間中に融和して成長する。感情とは情動と知性を融和させる働きを持つ高次脳機能で情動を理解して統御するために発達したと考えられる。感情は常に迷いながら社会的文化的背景を学習して子どもの心の中で成長する。初期の感情が未発達な段階では、親たちは子どもが十分に迷いながら自分で答えを見つけるまで、焦らず急かさずにゆっくり一緒に考えてあげることが、子どもの情緒を豊かに発達させるために必要だと思われる。

私たちは日常生活の場面でもしばしば自分自身の心の中で意見が対立する状況に直面することがあります。理性的にはAを選ぶのだけど、気持ち的に感情面ではBを選びたいなどと、多くの場面で理性と感情の対立として自覚される葛藤の体験は誰しも持っていることでしょう。フロイトはこのような自己葛藤のメカニズムを幼児経験を元に抑圧された無意識が意識的な自我と対立し、無意識が常に日常の場面で抑圧を撥ね除けようとして心の葛藤を生み出すのだと考え、精神分析療法への道を拓きました。フロイトに続くユングは意識的自我と無意識とは常に対立するのではなく、相互作用を通じて心の調和を生み出しているのだと考えて、分析心理学と対話による心理療法への道を拓きました。今回は1世紀以上の論争となっている意識と無意識、理性と感情の相互作用について、脳機能的な考察を行おうと思います。

 

人の心を知・情・意の3機能に分類して、人間には知性だけでなく、情緒と、意志がある。人間は知性をいかに働かせたところで自分自身の心を知ることはできない。この世の中には、知性で解析しきれないもの、知的な認識の対象でないもの、無条件、絶対的にその存在を肯定せざるを得ないものがある。それが心(霊魂)であり、世界(宇宙)であり、神(根源的存在)である。このように知的理性の限界を認識し、知情意を併せ持つ全人こそが、人間の本来の姿である。すなわち知情意のすべてを統御し調和させるのが人間の理性であり、理性に統御された全人こそが人間であると考えたのはドイツの哲学者のカントでした。カントにおいては感情は理性に統御されるべき対象であり、意志はすべての感情から独立したものでなければならないと考えられました。フロイトはユダヤ家庭に生まれ育ちましたが、自らを無神論者であると宣言し、カントの「知性が解析しきれないもの」を「神」や「霊魂」ではなく「無意識の心」と規定しました。この無意識の理論はこれまでの全ての哲学と人間学を覆す偉業であったと私は考えています。しかしフロイトによってカント哲学の全てが否定されたわけではなく、「理性に統御された全人」こそは「無意識の心」と統合されることで現代の脳科学で再評価できる思想であると思われます。今回はこの知情意の心の3機能について、私の考える脳神経モデルを提出しようと思います。

 

知情意の3つの心の機能のうち、もっとも自然に理解しやすいのは知性あるいは理性だろうと思います。それは私たちがこうして文章を書いたり読んだりするときに自分には知性あるいは理性があると実感できるからです。それに対して感情や意志は少し掴み所が希薄に感じられます。その理由は感情や意志はこれから解説するように「無意識」を含んだ心の機能だからです。感情には自分の理性では理解しきれない部分が残るけれど、意志こそは100%自分自身の理性判断に統御されているとカント並みに厳格な人格構造を主張する人もいることでしょうが、フロイト以後の精神医学の考えかたも、また現代の脳機能から考えても、意志は多分に無意識の部分の影響下にあることは事実であると思われます。

 

知情意の意味を辞書で調べてみると、「理性」=筋道を立てて考え、正しく判断する能力。本能・感情・欲望を抑え自分を律する先天的性質・能力。「感情」=物事に触れて生じる心の状態。喜怒哀楽・快不快など。「意志」=考え、こころざし。物事を進んでしようとする心の働き。目的を実現しようとするための活動のもととなる能力。したいことが多くあるとき、その動機・目的・手段・結果を考えて、その中の一つを特に選び出す心の働き。(日本語大辞典1989年講談社刊より)とあります。辞書で見る限り、理性と意志はかなり近い働きで、感情はその下層に存在する抑圧対象としての存在と、受け止められています。脳科学と心理学では「感情」という語の下層類義語に「情動」が有ります。同じ辞書で見ると「情動」=心理学で、その影響が身体に現れるほど強い、怒り・恐れ・悲しみ・喜び・などの一時的な感情。エモーション。と情動とは身体的な自律神経反応を伴う喜怒哀楽等の心の動きと解釈できます。

 

感情と情動の違いを解釈するには「悲しいから泣くのか?泣くから悲しいのか?」という古典的な感情の起源論に言及する必要があります。私たちが山道を歩いていて突然目の前に大きな熊が現れたら、私たちの心と体にどんな変化が起こるでしょうか?最初はドキッとして体が硬直します。これは第50回で解説したノルアドレナリン神経系の働きです。次に視覚が対象物を熊であることを認識し意識して、同じ頃に自律神経反射で全身、特に顔や手のひらに汗がにじみ出します。心臓は早鐘のようにドキドキ激しく打ち続け、身の毛がよだち強い恐怖心が生まれます。顔面は硬直して瞳孔が開き恐怖の表情が隠しきれずに出現します。この一連の体と心の反応全体を恐怖という言葉で表現していますが、情動とはこの一連の反応が自然な神経系の反応として出現する課程を指すと私は解釈しています。そして感情とはこの一連の反応に続いて出現する熊=怖いという言語理解的な情緒意識を指す言葉だと解釈しています。ですから、感情は実体のない想像の中だけの場面で純粋に言語的に体験できますが、情動はより実体に近い局面で自立神経的な身体反応を伴って体験される点が、感情と情動の違いだと私は解釈しています。さらに幅を持たせて考えれば、情動は無意識に生じてくる喜怒哀楽等の自律神経反射を伴う体と心の働きで、感情とは情動を言語的・理性的に理解した意識的な心の働きまたは精神的体験と規定できます。情動は感情に先駆けて自然に生じる体と心の反応ですが、情動と感情とは連続的な関係で、ここまでは情動でここからが感情だと区別することは難しいと思われます。この情動反応の脳内での中枢の一つが側頭葉内側の奥に存在する扁桃体です。扁桃体は生物学的な快不快の判断と記憶を行う部位で、ジョセフ・ルドゥー著「エモーショナル・ブレイン―情動の脳科学」の中に恐怖の条件付け実験を通してその機能が詳細に解説されています。扁桃体は顔表情の認識に関しても重要な働きを担当していて、恐怖を感じているときには左の扁桃体が強く活動することが知られています。先に挙げた「悲しいから泣くのか?泣くから悲しいのか?」に対する回答の一つは、実験的に眉をひそめる顔面筋肉の動きを作らせると恐怖や悲しみなどネガティブな感情をより多く体験することから、表情と感情が相互に作用しあう、表情の感情フィードバック仮説が支持されています。

 

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ここまでの解説を組み合わせて私が考える人間の脳での知情意の3重構造は次の通りです。ヒトの脳では最初に入力信号に対して生物学的な快不快・好き嫌いを判断して記憶と照合する扁桃体を中心とした無意識の情動反応が働き、自律神経系の身体反応や顔面表情からのフィードバックと結合して感情が自覚される。感情は次の行動への強い動機となるが、ここで理性が働き始め、今まさに実行しようとしている行動の目的・手段・結果を考えて意志を決定する。すなわち情動回路を理性回路が上位からコントロール(統御)しているという人間の大脳機能の意志決定モデルです。これは第52回に解説した側坐核を中心とした情動コントロール回路と、第53回に解説した前頭葉大脳皮質による認知行動制御の脳神経システムの関係を整理したもので、フロイト流に言えば、第52回の情動コントロール回路が無意識の世界、第53回の認知行動制御の脳神経システムが意識的自我に相当すると考えられます。次に示したのは極めて大雑把でありますが、知情意と呼ばれる心の機能を脳断面でイメージした図版です。

 

report_04_72_2.jpg さらに、第53回で使用した自由意志による行動選択モデルの図版と意識とメタ意識の図版も、理性が情動を統御する構図と、その理性自体がメタ意識という無意識の検閲機構を備えているという複雑な脳システムを理解するには良いモデルだと思われます。

 

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report_04_72_4.jpgこのような人類の脳の高次機能を支えている感情と知性のシステムも、純粋に生物学的な働きを持つニューロンとシナプスから出来ていますが、その働き方は世界中の人類に共通なのではなく、生まれ育った環境と文化的な影響を強く受けています。たとえば老人の死に対する感情の持ち方は文化の影響を強く受けています。死を深く悲しむ文化圏で育つと悲しみを感じますが、祝福する文化圏で育つと逆に喜びを感じます。脳の構造は同じでも抱く感情は本人が育った文化圏の影響を受けて規定されるのです。

 

感情は情動的判断回路の働きを意識的に自覚して、論理的判断回路で行動発現前に意思として行動を社会的基準と記憶等に照合して正しくコントロールするために高等な知性を持つ動物が脳内に作り出した新しいシステムだと考えられます。ですから感情こそが人類的な知性と動物的な情動を融和させる心理的なバランス機構だと私は考えています。感情は身体変化や表情からのフィードバックを受けてエピソード記憶と意味記憶の両方の回路内で意識される現象で、社会的文化的背景から学習形成されるものだと考えられます。第16回の「モナリザの微笑」で書いたように、赤ちゃんではしばしば泣き笑い表情が現れるのは、自分が作る感情が社会的文化的背景と一致しているかどうかを迷いながら学習しているのだと私には思えます。この意味で「神経は常に迷っている」と表現することもできると思います。赤ちゃんでは神経線維のミエリン化が未熟で迷っている時間が自然と長くなります。人見知りの始まる時期に知らない他人の顔を見ると赤ちゃんは泣き笑いの表情を浮かべてジッと固まったように動かなくなりますが、この迷っている時間こそが大切な学習過程で、ゆっくりと迷いながら社会的な学習を重ねさせてあげることが必要です。せっかちな親たちは固まって迷っている赤ちゃんを揺すったり声を掛けたりして考えることを妨害しますが、それは赤ちゃんの脳神経発達にとってプラスにはなりません。赤ちゃんが自分で答えを見つけるまで、ほんの数十秒か1~2分程度、親たちもジッと一緒に考えてあげればそれで良いのです。

 

感情の脳機能については次回さらに詳しく考えようと思います。




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筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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