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71. 結語と謝辞

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2011年6月24日掲載

要旨:

2 年半に及ぶ長期連載「子育ての脳科学」の結びの言葉を述べるとともに、特に多くの示唆をいただいた研究者の方々と参考書籍をご紹介します。
2 年半に及ぶ長期連載「子育ての脳科学」を書き終えて、正直ちょっと肩の荷が下りた気持ちがしています。

連載の当初の目的は「ヒトはなぜ笑うのか」についての脳科学を背景とした正確な説明を行おうと言う企画から始まりました。連載を進める中で「ヒトの乳児はなぜ人見知りをして泣くのか」という疑問が生まれてきました。多くの養育者が強い関心を持っている乳幼児の早期教育がいかに行われるべきか、それには遺伝と養育環境がどのように関連しているのか? このような子育ての方法論について脳科学的データを取り込みながら考察しようというのが、この連載の大きな目的となりました。

ヒトを含む哺乳類一般の脳は、ほとんどの働きを生得的な神経反射として「モジュール」あるいは「プロトスペシャリスト」として持ち合わせていることを解説し、人類だけが到達し得た高度な文化・文明がどのような脳神経機能の結果として生まれ、どのようにして育つのかについて、メタ意識が正しく機能することが重要であることについて考察を進めました。その過程で「意識の発生メカニズム」についての脳科学的推論が行われ、脳神経のネットワークの活動で0.5 秒以上持続した前頭前野外側部を含む神経細胞の活動電位持続から「意識」という精神的な体験が生まれることをモデル化しようと試みました(図1)。

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図1 意識の発生モデル

さらに意識と記憶にはエピソード的な処理回路(第1回路)と意味的な処理回路(第2回路)とが存在し、これらの脳神経のネットワーク回路機能から言語や感情、さらには他者の心や感情を理解する人類特有の高次脳機能が生まれる神経構造をモデル化しました(図2)。

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図2 意識と記憶と感情の回路

それと共に人類の脳神経の特質が社会脳・共生脳にある点を強調し、人類の共有資産としての文化・文明の進歩は、ダーウィンの述べた遺伝子の進化的変化に頼るのではなく、社会的コミュニケーション能力の機能的な発達こそが、外言語と内言語による情報交換と思考能力の発達を促し、知恵(知的資産)の共有と急激な蓄積、交換、発達が現代の科学技術の発達と生活の質的な向上に結びついたと推論し、人類の脳機能の多重構造モデルを提唱しました(図3)。

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図3 脳は小宇宙

これらの3つの図に示された内容が、2年半にわたる連載から得られた最新の「子育ての脳科学モデル」であります。これらのモデルは人類の文化・文明と意識発生について実にうまく説明できる最新の機能仮説でありますが、全ては先人の研究成果を基礎土台として構築された演繹推論モデルで、私個人の力量では何一つ考え出すことは出来なかった仮説だと、社会脳の恩恵を確信し、感謝しています。連載中には多くの先輩研究者からの研究内容や図版の引用をさせていただき、これらの先輩研究者からの激励の言葉が私を2 年半の長きにわたり支えてきて下さったことを心から感謝しています。その中でも特に多くの示唆を与えられた研究者名と参考書籍を以下に挙げますが、ここに挙げなかった他の無数の研究者にも全く同様のあるいはそれ以上の感謝の意を持つことを同時に宣告させていただきます。

オリバー・サックス「手話の世界へ」は、コミュニケーションについての新しい考え方に大いなる啓示を与えてくれました。「妻を帽子とまちがえた男」と他のほとんどの著作が、私の連載の最高のお手本であり目標でありました。

柳澤慧「サイレント・ベビー」は、笑わない子どもたちへの私の危機感に強い支えとなる現実的蓋然性を与えてくれました。

小嶋祥三「脳科学と心の進化」は、ヒトと他の動物の脳神経機能を比較する方法論から、乳幼児の心の発育発達を動物の心の発達と比較するという考察方法に大きな示唆を与えてくれました。また、連載のごく初期に小嶋先生が私信の中で「あえて脳を持ち出す必要のないことにまで脳を持ち出して脳科学と称する書物が世に氾濫していることに危惧を感じている」とのメッセージをお送り下さいました。はたして2年半の私の努力の結果は「あえて脳を持ち出す価値があった」と御評価をいただける内容だったでしょうか?

永江誠司「脳と発達の心理学―脳を育み心を育てる」「教育と脳―多重知能を活かす教育心理学」の2冊は、初学者であった私に子どもの脳神経と心の発育発達を、脳神経科学と発達心理学の融合から深く考えさせるための多くの入り口を示してくれました。これらの2冊は子どもの養育に関わる人達が脳科学を勉強する最適の入門書であるとおもわれます。また永江先生が度々お送り下さった激励のお言葉は、私に何が何でも一定の結果を出すまでは頑張り続ける勇気を与えてくれました。

志水彰「笑い/その異常と正常」は、精神科医の立場から人の笑いを系統的に分析した総説的な書籍で、私に赤ちゃんから大人までの笑いの成長、さらには笑いの社会性の発達を考える基礎となる考え方を示唆してくれました。また連載中に志水彰が下さったメールでの激励は、私がこの仕事をやり終えるための強い力を与えてくれました。

マーヴィン・ミンスキー「心の社会」は、この古い年代に書かれた心理学と脳の計算論とに関する古典としては重要な意味を持つ書籍で、何を知るのかを予め知らなければ何も知ることはできない、という生得的な脳機能の存在を確信させると共に、それが生後の環境の中で変化することを示唆した先駆的研究であり、私にメタ意識を育てることの重要性を気づかせてくれました。

中垣啓「ピアジェに学ぶ認知発達の科学」は、子どもを発達する生命体として科学的な研究対象と考える始祖的なピアジェの著作をわかりやすく整理して解説した名著で、私の連載の方向性が誤らないように良き指針となり、心のふるさと理論と迷いの発達理論を考えつく基礎となりました。

柴田義松「ヴィゴツキー入門」は、難解に思えるヴィゴツキーの著作を総括してそのエッセンスをわかりやすく解説した入門書で、社会脳についての私の思索の良き手引き書となり「人類の脳は多層構造の小宇宙」(図3)という新しい脳神経ネットワークモデルの生みの親となりました。

M.J.T. フィッツジェラルド:ジーン フォラン= カーラン「カラー 臨床神経解剖学―機能的アプローチ」は、神経解剖学についての優れた教科書で、私が連載中に述べた内容をガイドし、記述の正確さを向上させてくれました。

メルヴィン・グッデイル「もうひとつの視覚」。ミラーニューロンが発見され、今では古典的となった視覚の腹側路と背側路の違いは、視覚モジュールを統合する脳神経機能の存在を確信させ、私にヒトの意識について深い考察を進める良きガイド役となりました。

苧阪満里子「ワーキングメモリ―脳のメモ帳」苧阪直行「ワーキングメモリの脳内表現」の2冊の書籍は、意識と思考の中心回路である前頭前野背外側部の働きであるワーキングメモリについてわかりやすい解説を提供する総説書で、注意における前頭葉と頭頂葉の連携の重要性を再認識させ、ヒトの意識がワーキングメモリの脳領域内に描き出される精神的体験であるとのモデルを生む背景となり、エピソード回路が人類特有の高次脳機能に大きな役割を担う事を示唆して、自閉症病因=仮想体験障害仮説の源流となりました。

東京大学出版会刊「シリーズ脳科学」は、この素晴らしいシリーズなくしては私の連載はあり得なかったとさえ言える、あらゆる意味で最も多くの重要な情報を提供してくれたシリーズで、多くの貴重な文章と図版の引用を快諾下さった著者の先生方と出版社には心から感謝を表明します。

乾敏郎「イメージ脳」は、イメージ処理の脳神経の機能が脳全体を使ったネットワークであることを再認識させ、頭頂葉の働きの重要な点を半日で理解させる良き入門書であると共に、アインシュタインの脳の特性やミラーニューロンの働きを理解する基礎となる頭頂葉についての重要な情報を提供してくれました。

明和政子「心が芽ばえるとき コミュニケーションの誕生と進化」「なぜ「まね」をするのか」この2冊の書籍は、類人猿とヒトの赤ちゃんを、コミュニケーションと心の発達を比較検討する手法を通して、連載の中心となる人類的な心を育てる事と模倣学習の関連性を考える重要なヒントを与えてくれました。また明和先生は連載の推進力となる多くの教示を私信の中で送ってくれました。

ベンジャミン・リベット「マインド・タイム」は、ヒトの意識という精神体験は、ワーキングメモリの脳神経回路上で0.5 秒以上連続発火を行った情報が、その情報の開始時点から「私は意識していた」と内観的に認識・自覚される...という科学が不可知であった「意識」という精神活動を脳神経細胞の発火という物理科学現象に還元させる強力なバックボーンを与えてくれた偉大な著作でした。意識と無意識について脳神経の機能面から理解でき、メタ意識のフィルター機能と無意識的な自動的応答による行動選択と意識の関係を解明する重要な心理学モデル(図1)を考案できたのはこの書籍のおかげであります。

岩田誠「臨床医が語る脳とコトバのはなし」におけるヒトの脳の言語処理、特に失読症についての解説は脳の高次機能全般がモジュールの統合機能の結果であることを再確認させてくれました。また臨床医としての患者さんへの優しさの大切さを痛切に感じさせてくれる名著であります。

ジャコモ・リゾラッティ「ミラーニューロン」、マルコ・イアコボーニ「ミラーニューロンの発見」この2冊の書籍はミラーニューロンについて、視覚= 運動バイモーダルニューロンとしての位置づけと、さらに進んで、脳の高次機能を支える模倣学習に関連する機能的な示唆を与えてくれ、私にエピソード記憶と意識の脳神経回路を思いつかせる重要なヒントを与えました。

有田秀穂「脳内物質のシステム神経生理学」。私の連載に最も多数の貴重な図版の引用を許可してくれた著者と出版社には、適切な御礼の言葉が見当たらないくらいお世話になり深く感謝しています。ヒトの精神活動が脳神経伝達物質のネットワークの影響下で自律性を持ってコントロールされていることを明確に示した名著で、私に肉体的・心理的ストレスが精神活動に与える影響の重要性を強く認識させ、ヒトの精神活動は厳密にニューロンの発火に帰納できることを確信させてくれました。側坐核を中心とした行動選択モデルを始め、連載の核となった理論の基礎はほとんどがこの書籍に由来しています。有田先生が私信の中で繰り返し激励して下さらなかったら、私はこの連載を最後まで書き通すことが出来なかったとさえ恩恵を感じています。

山内兄人「ホルモンの人間科学」は、内分泌ホルモンの概観を総説した優れた教科書で、ホルモンの日周リズムや脳神経を介したフィードバックについて考察を進めるための基礎的な情報を提供してくれました。

山元大輔「心と遺伝子」は、表題の通り、人の心の働きが遺伝子から受ける情報とその機能メカニズムを明快に解説し、遺伝子が機能を発現するためには環境からの刺激を必要とすることを学術データを示しながら確認した名著であります。哺乳動物では自分が育てられた環境を遺伝子がタンパク合成調節を通じて脳神経細胞内に記憶するメカニズムが解明され、「子育ては親から子へと環境伝搬する」という私感を科学的に裏付け、激励の私信と共に私を大いに勇気づけてくれました。

藤永保「ことばはどこで育つか」は、養育不全が子どもの心の発達を障害し、さらには人類社会との隔絶が人の脳神経機能を大きく後退させる事実を正確な記録で解明し、人は独りでは生きられないという社会脳・共生脳の重要さに至る道しるべを示す重要な書籍です。「気になる子にどう向き合うか」発達障害という烙印を押すのではなく、共に生き共に育つことの重要性を再確認することが教育的に重要であることを私達に強く感じさせる必読の名著です。

藤田和生編著「感情科学」は、感情を科学的に究明することの重要性と困難さを私達に明示し、感情について科学的考察を行うときに、今何が問題で何が必要で何が解明されつつあるかを理解させてくれます。

高木隆郎編「自閉症」は、自閉症について日本語で書かれた書籍では、最も総括的に記された良書で、専門家でない私が自閉症について誤った思考を展開しないように良き引導を与えてくれました。

ダニエル・C・デネット「ダーウィンの危険な思想」は、人類の知的進化は遺伝子の変化だけでは説明できないことを教示すると共に、偉大な哲学者が真面目に生命の起源を神に期することに賛同する姿は私を安堵させてくれました。

ペーテル・ヤーデンフォシュ「ヒトはいかに知恵者(サピエンス)となったのか」は、人類の文化と文明の進化はダーウィン的な遺伝子の自然淘汰理論では説明できないことを再確認させ、ヴィゴツキーが提唱した外言語と内言語の発達が人類の共有資産としての文化・文明を発達させたことを裏付ける名著です。

開一夫/長谷川寿一編「ソーシャルブレインズ 自己と他者を認知する脳」は、子育ての脳科学の迷宮を1ステージ無事にクリアーした私を、新しく社会脳の迷宮へと招待してくれた偉大な書籍で、次の連載の目標が社会脳と共生脳の解明であることを私に教えてくれました。

シルヴァーノ・アリエティ「分裂病入門」は、統合失調症の病態を解り易く解説した古典的名著で、精神障害への理解を深める良き入門書であります。

ジョセフ・ルドゥ「シナプスが人格をつくる」「エモーショナル・ブレイン」の2冊は、ヒトの精神活動が脳神経とシナプスとミエリンの発達によって成長するという物理化学的な還元主義を明確に打ち出した名著で、脳神経科学の歴史を知る上でも良き教科書であります。私が扁桃体と感情についての脳神経モデルを作成する上で大変重要な参考書となりました。

ウタ・フリス「自閉症の謎を解き明かす」は、臨床家として自閉症を優しい視線で理解する良き解説書で、私に自閉症の発病原因を深く考えさせるヒントを与えてくれました。

ポール・エクマン「顔は口ほどに嘘をつく」は、やや大衆向けの表題と装丁の中に表情コミュニケーションについての重要なエッセンスが詰まった良書で、私に乳幼児期の「笑顔のキャッチボール」としての母子間の笑いの表情コミュニケーション交流が、子どもの社会脳を発達させる為に大変重要な体験であることを気づかせてくれました。

吉川佐紀子「顔と心」は、表情についての多くの学説を集大成した読みやすい入門書で、私に乳児期の表情交流とコミュニケーション発達についての基礎的な学術背景を教示してくれました。

京都大学霊長類研究所「霊長類進化の科学」は、霊長類科学の集大成となる総説書籍で、ヒトと類人猿の高次脳機能を比較検討する上での重要な学術知見を提供してくれます。

ショプラー「幼児期の自閉症」は、自閉症を科学的に解明した良き教科書で、脳神経科学が臨床医学に結びついていることを教えられます。

藤岡宏「自閉症の特性理解と支援」は、自閉症児への生活面での発達支援や対応策について優しい視線から書かれた良書です。

静岡市立静岡病院外科スタッフ・主治医の前田賢人先生:私は連載の執筆のために夕方9時就寝、夜間0時から3時まで勉強と執筆、6時起床でクリニックの外来診療という激務を2008年7月から2009年6月まで続けた結果、おそらくは免疫力低下のために腹腔内膿瘍で緊急入院と緊急手術を受けました。入院期間中も連載を中断することなく勉強と執筆を続けられ、2度の入院と手術で私の健康を完全に回復させて下さったことに最大級の謝意を表します。

このように「子育ての脳科学」は多くの人たちの研究成果と援助が実を結んだ連載でした。この素晴らしい仕事のチャンスを私に与え、常に私の良き指導者であった恩師の小林登先生と、CRN編集部の皆様の協力がなければこの連載は世に現れることはなかったでしょう。よってこの稿は最大の感謝と共に小林登先生とCRN編集部のスタッフ全員に捧げられます。

2年半の長期の連載にお付き合いいただいたCRN読者の皆様、どうもありがとうございました。
筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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