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53. ドーパミンと認知行動制御の脳神経システム

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2010年5月28日掲載

要旨:

今回は主に、現人類であるホモサピエンスに特有とも感じられる「自由意思による行動選択の脳神経回路」について説明する。まず、著者が以前提唱した意識のメカニズムを復習し、そして、有田秀穂の「脳内物質のシステム神経生理学」より図版と文章を引用しながら、自由意思による行動選択の脳神経モデルを提示する。

ヒトが何かの行動を起こすときに、実は脳の前頭葉にある運動前野では0.8秒も前からその運動を行う準備が進められている。ヒトが運動を意図したと感じるのは運動を実際に行う0.25秒前にすぎないので、ヒトが感じるのは既に決定された結果だけであって、意識には自分の行動を後からモニターする以上の働きはなく、ただ結果を眺めているにすぎない。したがって人類の誰一人として本当に自由意思など持ち合わせてはいない、と主張する決定論が近年の哲学者の一部でもてはやされています。私の意見としましては、彼(彼女)らには脳神経の生理学的な作用メカニズムの知識が決定的に欠けているだけで、ヒト以外の動物にも存在するであろう、意識による脳神経の学習への理解が完全に欠落しているだけだと思われます。このことを十分に理解するために私がこの連載の第45回から第47回に提唱した意識のメカニズムをもう一度復習しようと思います。

 

report_04_66_1.jpg上の図に示したように、私たちの内観的意識活動は意識のフィルター機能によって、無意識かつ自動的に処理される情報や第52回で解説した、無意識的で本能的な行動選択から独立して発達してきた神経システムとして存在しています。その活動は下記に示すような前頭前野ワーキングメモリー内での0.5秒以上の持続的な神経発火活動の結果として、精神世界内に感覚として描き出されるのです。この神経活動は決して幻想(イリュージョン)ではなく、実際のニューロンシステムの連続発火という生理学的事実の結果としての精神的体験なのです。

report_04_66_2.jpgこれらの精神活動としての意識には、海馬を包括するエピソード的意識の神経回路と、海馬を包括しない意味理解的な意識の回路があり、特に前者のエピソード的な意識回路がホモサピエンスで特に発達した神経回路で、人類特有の思考と行動を作る基礎になっていると私は考えています。例えば、次の例に示したような、1人の同胞を救うか、5人の同胞を救うかなどの人類的な道徳的思考がどのようにして起こるのか、あるいは感情と理性による判断がなぜ対立するのかなどは、自由意思を全く認めない決定論主義者の理論からは何一つ納得のいく説明が出来ません。

report_04_66_3.jpg上の図のような状況に遭遇すれば、ヒトは決して本能的に行動を決断するのではなく、また遺伝的・経験的に既に決定されている行動パターンを自動的に実行するのではなく、おそらく私なら迷いに迷って立ちすくんだまま何も出来なくなってしまうのではないかと感じます。このような道徳的な高度な判断は大脳皮質内を長い時間掛けて巡回する意識を用いた思考判断回路があってこそ始めて出来る判断であります。では、このような高度な人類的(ヒューマニズム的)判断は脳神経のどのようなメカニズムから生み出されるのでしょうか?今回も有田秀穂先生の「脳内物質のシステム神経生理学」(中外医学社刊)より図版と文章を引用させていただきながら、自由意思による行動選択の脳神経モデルを提示したいと思います。

report_04_66_4.jpgさて、ようやく表題のドーパミン神経系が認知行動制御に果たす役割とその脳神経メカニズムにまで話題を進めることが出来ました。上に示したのは背側線条体である尾状核と被殻が中脳黒質緻密部からのドーパミン投射を受けて、行動選択を良いものと良くないものに評価して行動を制御する神経経路です。この経路には第52回に提示した情動的判断の学習・記憶回路と重複する部分があり、図版で提示した大脳皮質-視床-基底核ループのなかに蓄積した行動パターンを実行する点でもかなり似通っていますが、「脳の励まし役」ドーパミンの放出が、主たる報酬系である腹側被蓋野-側坐核の経路ではなく、黒質網様部-背側線条体の経路を主な経路としている点と、大脳皮質の関与する度合いがより一層多くなっている点が異なっています。すなわち第52回で提示した側坐核を中心とした情動的行動選択回路では、扁桃体による生物学的な優劣の判断が中心となり、ほとんどが意識に上る前に自動的に行われるのに対して、こちらのモデルでは、大脳皮質が線条体背側部に対して直接的に制御を続けている点が特徴的です。ただし、この経路で発せられたドーパミン神経系の報酬信号は、同時に側坐核を通る情動的な行動選択回路をも刺激するので、その結果として「良いことをすると気分が良くなる」等の感情的・精神的な報酬も得られることになります。第52回に説明した側坐核を舞台とした情動的行動選択回路と、今回提示した前頭葉大脳皮質-背側線条体を舞台とした認知的行動選択回路、これら2系統の回路は決して別々のものではなく、その多くの部分を共有しながら、人類ではヒューマニズム的な道徳的判断を含む、より高等な行動選択と判断が可能になってきたのです。

前頭葉大脳皮質と背側線条体を舞台として、「脳の励まし役」ドーパミンがメッセンジャーとなって自由意思による行動選択が起こる脳神経モデルを、先ほどの図版に書き込んだのが次に提示する図版です。

report_04_66_5.jpgこのモデルで示したかったのは、メタ意識のフィルター機能によって自動的に処理することの出来ない高度な判断は、大脳皮質の前頭葉内を何度も回りながら、実際に行動が発現するまでのあいだに0.5秒以上の連続したニューロン回路の興奮として意識のエリアに投射され、意識的な判断として論理的な検閲を受けること、そのことを自由意思と呼ぶ以外に何と呼べるのだろうかという、決定論主義者への強い反論であります。ヒトは側坐核を中心とした本能的な報酬系回路だけで生きているのではなく、背側線条体に大脳皮質が直接関与する「自由意思」による判断の結果を意識的に行使し、その結果を知識として社会的な精神資産として共有し蓄積してきたのです。このことがホモサピエンスと呼ばれるに相応しい人類的な脳神経回路とその社会的な共有現象だと私は確信しているのです。

最後に永雄総一先生が「シリーズ脳科学2・認識と行動の脳科学」(東京大学出版会刊 2008年)のなかに提示しておられる、自由意思による随意運動制御を総括した図版を引用して、この節のまとめに代えたいと思います。

report_04_66_6.jpgこの図でも示されたように、現人類(ホモサピエンス)では、単に側坐核を舞台とした情動反応に依存して生きている他の動物種に比較すると、大脳皮質連合野の発達により、ドーパミンシステムと前頭葉大脳皮質を使った高度な自由意思による運動選択とその調節が、格段の発達を遂げたと言えると思います。そしてこの大脳の発達と理性的な行動選択のメカニズムを正しく理解することが、理性的な判断の出来る人格者を育てるために何が必要かを考えさせる材料となり、子育ての中でも必ず役にたつものだと私は信じています。

本稿の作成には、有田秀穂著「脳内物質のシステム神経生理学」(中外医学社刊 2006年) と「シリーズ脳科学2・認識と行動の脳科学」(東京大学出版会刊 2008年)より多くの図版と文章を引用させていただきました。転載に快諾をいただけきました著者の有田秀穂先生、永雄総一先生、渡邊正孝先生と出版社に感謝と敬意を表します。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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