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45. 神経細胞から意識の生じるプロセス

要旨:

ヒトの意識が脳内でどのように生み出されているのか。ベンジャミン・リベットの著した「マインド・タイム」はヒトの内観的意識を脳神経細胞と結びつける有力な手がかりを提示している。今回では、筆者がこの書籍を参考に、ヒトの意識を解明する大胆で冒険的な神経モデルを提出した。つまり、意識は記憶と密接に関連した回路内を、抑制フィードバックから逃れた情報を表象するニューロン活動のパターンが0.5秒以上連続発火することで「精神的な体験」として前頭葉でモニターされている。このモデルは、どのようにして神経細胞から意識が生じるのか、また、心を持たない神経細胞からどのようにして心が生じるかという2つの疑問に対する筆者の見解も示されている。
ヒトの意識について脳神経生理学的に解明しようという発想は科学者たちからは「時期尚早な試みだ」と批判されることは避けられません。私たちはヒトの意識が脳内でどのように描き出されているのかを知るために十分なデータを持ち合わせていないからです。そのなかでベンジャミン・リベットの著した「マインド・タイム」(下條信輔訳 岩波書店刊 2005年)はヒトの内観的意識を脳神経細胞と結びつける有力な手がかりを我々に提示しているように思います。今回はこの書籍を参考に私が描いた、ヒトの意識を解明する大胆で冒険的な神経モデルを提出してみようと思います。

上記の書籍で述べられている、ベンジャミン・リベットが1958年から1978年までの期間、脳神経外科医のバート・フェインスタインの協力を得て行った、ヒトの脳外科手術中に、皮膚知覚の上行路である内側毛帯を延髄・中脳レベルで電気刺激して被検者に内観的な意識感覚が生じるまでの時間を計測する実験は、我々に大変貴重なデータを残してくれています。この実験で明らかになった重要なポイントは(1)ヒトが皮膚知覚を意識上に感じる、つまり皮膚を刺激されたと自覚するには、0.5秒間以上の連続した電気刺激が必要であること、0.5秒間に満たない電気刺激では何も感じない、つまり意識上には皮膚知覚が全く現れないこと。(2)そしてさらに興味深いのは、0.5秒間の刺激の後にヒトに内観的な意識感覚が生じた場合では、被検者はその刺激の開始時刻を正確に0.5秒間さかのぼって報告している点です。0.3秒間の電気刺激では何も感じない被検者が、0.5秒間の電気刺激では皮膚知覚を意識して、しかもその場合にはちゃんと0.5秒間さかのぼって刺激開始時刻を特定しているというのです。リベットの言葉を借りるなら、ある感覚事象について私たちの意識を伴う経験は、その事象を私たちが事実上自覚する0.5秒後に感じられるのではなく、その事象が実際発生したときに起こっているように感じられるのです。

この現象を理解する鍵は、私たちの感覚が意識的なものばかりでないことを認めることです。意識感覚が生じるまでの0.5秒間は空白の時間ではなく、脳神経細胞は発火を繰り返しながら私たちの意識の水面下で既に活動を始めているのです。そして発火の連続時間が0.5秒を超えた刺激は情報として意識体験され、0.5秒に満たない場合は意識の神経回路からは無視されるのだと考えなければ、この0.5秒の時間の逆行現象を説明することは出来ません。リベットはこの現象を無意識の脳の活動から意識的な精神機能が生み出されるために必要な脳の活動への移行を説明するタイム-オン理論と名付けて提唱しています。

このタイム-オン理論の優れている点は、ヒトの脳が意識のフィルター機能を持つことを上手に説明している点にあると思います。目を覚ましていれば1秒間に何千回も脳に到達するという感覚入力の全てが意識されていたら、私たちは感覚情報の洪水の中で身動き一つ取れなくなってしまうことでしょう。膨大な情報の中から、ニューロンが0.5秒間以上の連続発火を行えた刺激のみを選び出して、それを有用な情報として意識上に姿を現させる意識のフィルター機能のおかげで、私たちの脳は破綻することもなく日常生活を普通に送ることが出来るのです。つまり、意識とは無意識の精神活動の中で有用で必要な情報だけに与えられる0.5秒間の連続した神経細胞活動の結果、意識モニター領域で観察される脳内現象であると規定できると思われます。

ここで、意識のフィルター機能について理解を深めるために第34回「脳細胞の基本的な仕組み」で提示したニューロン(神経細胞)についてもう一度復習しておきましょう。

report_04_58_1.jpg第34回で解説したとおり、神経細胞に起こるプラス方向への一過性の電位変化は約1ms(千分の一秒)の時間経過と約100mVの振幅を持った電位変化として観察され、神経細胞の脱分極あるいは興奮・発火等の名称で表現されています。ニューロンの多くは直接的あるいは間接的にオートレセプターと呼ばれる興奮・発火をコントロールする反回路を備えています。0.5秒という時間は1個のニューロンの脱分極が500回も続いて起こる時間の長さを意味しますので、この長い時間の間に脳内では意識するべき情報と、無意識に自動処理する情報と、抑制して意識化させない情報とを反回路の抑制で選別しているのだと考えられます。つまり、意識は脳内の純粋な電気的な現象に還元できると私は考えているのです。

report_04_58_2.jpgさて、そうすると今度は意識モニターが脳内のどこにあってどのように自分自身の状況を映し出しているのかに興味が湧いてきます。このことに関連して前頭葉のワーキングメモリ回路が自己モニター機能を分担しているという説が有力だと思われます。私が考える意識のメカニズムは、(1)1秒間に数千回も脳に向かって送り込まれてくる刺激情報には、脳からの抑制フィードバックが働いているので、そのほとんどは0.5秒以内に自動処理されるか抑制されて意識上に姿を現す事はない、つまり意識のフィルター機能で選別される。(2)ワーキングメモリの回路上で0.5秒以上連続発火を行った情報だけが、その情報の開始時点から意識されていたと内観的に認識・自覚される。(3)ワーキングメモリ上での連続発火はその反響・ループ回路で情報を保持しながら、やはりここでも不要な情報は抑制フィードバックにより0.5秒以内に消滅させられて意識上には姿を現さない。(4)このような神経細胞の連続発火の結果がヒトに内観的な意識を生み出すメカニズムであろうと現時点では暫定的に考えるのが妥当である。というものであります。

では、意識は何のために存在するのでしょうか?このことの答えは、(1)意識した事象はほとんど自動的に短期記憶に貯蔵される。(2)意識した事象の多くは自動的な応答行動ではなく高等な判断を必要とする場合である。との2点から考えて、意識の回路は重要な現象を記憶にとどめる事と、高等な判断が必要な場合に、過去の記憶や知識と照合して行動を選択する事が、生存にとってより有利であったために、私たちの脳神経が進化の過程で獲得してきた機能なのだと思われます。そして意識体験が視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚・体性感覚の全ての情報を統合した精神体験として私たちの意識モニター上に姿を現すことを考えると、これらを効率よく統合する場所がどこかに有るはずだと想定できます。私はこのような広範囲の統合は脳全体の機能に依存するもので特定の脳部位が意識発生に必要かつ十分で有るとは言い難いと考えています。脳機能の個々の計算処理は脳の各部分で行われているとしても、意識という精神現象は特定部位ではなく、前頭葉・頭頂葉・側頭葉の脳のほぼ全域を使って生み出されるのだと考えています。そのなかでも特に海馬の働きは個々の現象を統合して時系列で表現する上で、また意識内容が自動的に記憶されるメカニズムを説明する上で内観的な意識において重要な働きを担っているのではないかと思われます。その一方で両側の海馬に障害が起こっても意識現象自体は失われず、エピソード記憶を作成して記録することが出来なくなることと、認知症が高度に進行した患者さんでは内観的意識も虚ろになる現象から、前頭葉が意識にとってかなり重要であるとともに、海馬を通らない意識回路も存在すると考えなければなりません。以上をまとめて暫定的ですが、私の考えている意識と記憶の脳神経回路(案)を図に示します。

 
report_04_58_3.jpg意識は図のように記憶と密接に関連した回路内を、抑制フィードバックから逃れた情報を表象するニューロン活動のパターンが0.5秒以上連続発火することで「精神的な体験」として前頭葉でモニターされているのではないか。このモデルが、どのようにして神経細胞から意識が生じるのか、また、心を持たない神経細胞からどのようにして心が生じるかという2つの疑問に対する現在の私の見解になります。私たちの意識や心の仕組みと、神経細胞の働きの関係が少しずつ見えてきているように私には感じられるのです。意識のメカニズムについては次回さらに詳しく考えてみようと思います。
筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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