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【ドゥーラ TRAINING編 】第1回 ドゥーラが概念として普及するために

はじめに

チャイルド・リサーチ・ネットの創設者であり、2005年にこのドゥーラ研究室を開いてくださった小林登先生が2019年の年の瀬に、逝去されました。
ドゥーラとは、妊娠・出産・産後の女性とその家族に非専門職として寄り添う支援者のことです。生前、小林先生は「ドゥーラのような庶民に根ざした、さらには女性同士の助け合いシステムが消えてしまった事が、社会の優しい心の力を弱くし、子育て不安や少子化などの妊娠・出産・育児に関係するいろいろな問題を起こしている」のではないかとお考えになりました。「ドゥーラのような考えを拡大し、それを制度として取り入れ、妊娠・出産・育児をより良いものにしなければならない」(小林, 2005a)と述べられ、ラファエル先生の言葉を引き合いに「誰でもドゥーラになれる」と強調されました(小林, 2005b)。

今ではWHO(世界保健機関)も、最新の出産ケアガイドラインの中で、出産後も女性と赤ちゃんと家族が健康に生きていくためには、妊産婦を尊重したかかわり(ケアを受ける妊産婦と提供する人の人間関係)が出産中のすべての時期を通して重要であると強調し、ドゥーラサポートについても、「産婦は皆、自分が選んだ出産付き添い者にずっと付き添われるべき」と科学的根拠に基づく推奨をしています(WHO, 2018)。

ドゥーラが概念として普及する

では、世界中でドゥーラサポートを実現させるにはどうしたらよいでしょうか。ドゥーラサポートは、その効果が強力なエビデンスによって実証されている割に、実社会ではまだ普及していません(WHO, 2018)。その主な原因として、①お金の問題、②職業意識の問題、③ドゥーラ導入の具体例の不足が挙げられます。

①については、ドゥーラになりたい人がドゥーラトレーニングを受けるためにお金がかかる、ドゥーラサポートを受けたい女性や家族が自営業のドゥーラを雇うためにお金がかかる、あるいは産院がドゥーラを常駐させるための雇用費用がかかることが普及の壁になります。ドゥーラは"Mothering the Mother"(著者訳:母親の母親のようにふるまう)と言い換えられるように、ドゥーラの役割や仕事内容は典型的な母親業です。性差別など女性の地位や経済力が低い社会ではそのような仕事は高収入を得にくいなどの背景が挙げられます。その結果、熱意のある女性でも受講料が壁となりドゥーラになれなかったり、ドゥーラになっても経済的な理由で続けられなかったりする問題が起こりやすくなります。また、自営業型のドゥーラが主流なので、ケアの受け手の女性が自分でドゥーラの情報を探して自費でサービス料を支払うことが多く、貧困や低学歴などの社会経済的リスクが高く本当にニーズの高い女性やその家族がドゥーラという選択肢を知らず、あるいは支払い能力がないためにそれを利用できないという悪循環の問題があります。

②については、助産師のような既存の専門職のケア哲学とドゥーラの役割が重複しやすいため、ドゥーラは既存の職域を脅かすのではと警戒されやすいこと、産科という医療の領域に非医療職であるドゥーラが入っていくことが難しいことなどが含まれます。

③については、日本ではドゥーラの実践例がまだ少ないため、病院などでドゥーラの導入に関心があっても具体的なノウハウ(成功のコツ)の情報がないために導入を躊躇してしまうケースがあるかもしれません(日本での貴重な例:前田産婦人科の例)。

そこで一つの解決策として、今後ドゥーラ研究室では【ドゥーラを(職業というより)概念として広める】ことをより強調することにします。これは職業ドゥーラを否定するものでは決してありません。職業としてのドゥーラを広めると①②③の壁が高くなりやすいのですが、概念(コンセプト)として「誰でもドゥーラになれる」という前提で追求すれば、これらの壁が低くなると考えられるからです。すなわち、認定制度の必要性がなくなり、お金のやり取りも必須ではなくなり、ドゥーラという言葉や職業意識にしばられずに、「家族」「親戚」「友人」として出産に付き添い、「放っておけない」という自然な気持ちで、出産前後(妊娠中~産後)の母子を自然に手伝う人が増えれば、支援の活動例が増えて、サポートのイメージもしやすくなるでしょう。さらに重要なことは、このように考えることによって「ドゥーラ的な人」がこの社会に増えるということです。

つまり、職業としてドゥーラの成功を追求する場合には、ドゥーラがビジネスとして成功することも目標になるかもしれませんが、概念として追求する場合には、ドゥーラ・サポートが自然に社会に普及・定着することのみが目標となります。そして、いずれはドゥーラという職業の人だけがドゥーラ・サポートを行うのではなく、誰もが自然にドゥーラ的な行いをすることによって、ドゥーラという言葉さえ不要になるような社会になることが最終的な目標になります。小林先生が望んでいたのは、まさにこのような状態ではないかと思うのです。

低コストで良質なドゥーラを養成する方法

最も有効な支援を提供できるドゥーラの養成方法については、研究が未発達なため、十分なエビデンスがまだ存在しません。本研究室では、実践力の高いドゥーラを養成する学習方法として【ロールプレイを中心としたトレーニング方法】の開発を試みます。

【ロールプレイの概要】
  • ロールプレイとは?

    ドゥーラとは「他の女性を支援する経験豊かな女性」という意味で、支援経験の豊富さが特徴です。しかし、ドゥーラになりたい女性にとって、産科という医療現場に入っていくことは壁になります。ロールプレイとは、産科ケアの現場を疑似体験し、当事者(妊産婦、その家族、医療者、ドゥーラなど)の経験を理解し対応方法を学ぶものです。それは、失敗しても実際に妊産婦さんを傷つけることのない、安全な訓練場所です。英語には、"If I were in your shoes..."(もしもあなたの立場だったら~)という表現がありますが、その比喩になぞらえて、「他人の靴の存在を知る」、そして実際に「他人の靴を履いてみる」、それだけでなく「他人の靴を履いて自分で歩いてみる」。その結果、どんな学びや発見が生まれるかは参加者次第です。

  • ロールプレイで使うシナリオ

    シナリオは、研究データとして「かかわりに困難を感じた事例」のデータを収集したものを編集して複数作成しました。各シナリオで扱うドゥーラサポート要素を、最新のコクランレビュー(Bohren et al, 2019)で明らかになった「A: 妊産婦の味方になりたい(アドボカシー)」「B: 適切な情報提供ができるようになりたい(情報提供)」「C: 実際的なスキルを学びたい(実際的支援)」「D: 妊産婦さんや家族の気持ちを楽にしてあげたい(情緒的支援)」という4つの側面に分類しています。ドゥーラの学習目的に合わせてシナリオを選ぶことができる点がこの方法の強みです。

  • ロールプレイの主な手順とコツ
    1. グループをつくる(登場人物の数+観察者)
    2. シナリオを選ぶ
    3. シナリオを理解する(状況を理解する予備知識が必要)
    4. 演じてみる(全員が妊産婦役を経験する)
    5. 演じるたびにふり返る(どんな気持ちになったか?なぜそうしたか?本当はどうしてほしかったか?等、気持ちや理由にフォーカスする。妊産婦本人がファイナルアンサー(真の答え)をもつという前提に基づき、ふり返りの順序は、医療者、家族などその他の支援者、観察者、最後に妊産婦役という順を推奨)

初めて日本でこのトレーニング方法を実施した時、「恥ずかしがりで失敗をおそれがちな日本人が、初対面の人もいるロールプレイに参加してくれるだろうか?」と不安でした。しかし、これまで国内で7回実施した限りでは、毎回、参加者の皆様がとても積極的に参加してくださり、新たな学びが生まれ、時間が足りないと感じるほど盛況で、このトレーニング方法の成功を確信する理由になっています。しかし、事前の説明を十分におこなうこと、十分な時間を確保する必要があるなど、課題もあり、効果的な学習方法の追求はまだ始まったばかりです。

このたび、ドゥーラが職業として定着している米国でドゥーラとして活動されている宇津澤紀子氏より、特別寄稿をいただきました。

特別寄稿:「ドゥーラが概念として普及するために」に寄せて

ボストン在住ドゥーラ 宇津澤紀子氏


  ドゥーラになりたい、と思うきっかけは何でしょうか。お金のため、と思う人はまずいないはずです。「大変な思いをしているお母さんの力になりたい」「自分の妊娠・出産時にドゥーラについてもらって素晴らしかったので、自分も他の人にしてあげたいと思った」「自分のような苦労を他の人にして欲しくなかった」というものがほとんどではないでしょうか。

  妊娠・出産・子育てを経験すると人に頼ることの大切さ、ありがたさが良く分かります。そして、人に頼られることによって得られる幸福感、充実感、自分の存在意義、についても同時に気付くと思います。大変な時期にもらった安心感、感謝、を今度は自分の余裕ができた時にほかの人や社会にお返しする、そういうサイクルが自然にできやすくなってくる気がします。これは子育てを経験した人には世界共通の思いではないでしょうか。私が子どもを産んだ時、こんな経験が、人類の祖先から脈々と続いてきているんだ、と世界中のお母さんたちに感謝し、そして時空を超えて祖先と繋がれた気がしました。出産、子育てで思うことはみな共通。それはアメリカでドゥーラをしていて実証される気がします。日本人の私が他の国のお母さんをサポートする。もちろん食文化など多少の違いはありますが、困っていることはみな同じ。してもらって嬉しいことはみな同じだと感じます。

  ですので、「誰でもドゥーラになれる」「ドゥーラという言葉さえ不要になる」社会を私も願います。ドゥーラの存在が割と新しい日本なら、それがスタートしやすいのかもしれません。アメリカではドゥーラが職業として確立しており、どうやったら高収入を得るドゥーラビジネスができるか学ぶことができるのが売りの認定団体もあるほどです。しかし、やはり一般的には需要と供給がまだ釣り合っていなくて、福澤氏の指摘する主に①の理由、ドゥーラになるにもドゥーラを雇うにも高い費用がかかることが壁になります。自宅出産でさえも、保険適用にならないため自費で払えないからという理由で断念する人がどれほど多いことか。自分の産みたい方法で産めないなら、せめてその出産をサポートする人、産後をサポートする人がいて、少しでもポシティブな出産、子育て経験をして欲しいと思います。そしてそのサポートをする人は、最終的には妊産婦さんが信頼できる人が一番いいのです。いくら専門知識があっても、良いカスタマーレビューがあっても、信頼関係が築けなければ良いサポートはできません。一人でも多くの方が必要とする支援を受けられるように、このロールプレイを通じたトレーニングを楽しみに見守っています。

おわりに

このTRAINING編では、"Doula as a Concept(概念としてのドゥーラ)"を合言葉に、ロールプレイを用いたドゥーラトレーニングの開催報告を通して、小林先生を初めドゥーラの開拓者の方々の思いとドゥーラの皆様をつなぎたいと思っています。このアプローチが、職業ドゥーラを目指す方や既に職業ドゥーラとして活躍している方にとっても有用なリソースとなり、ビジネス以外の大きな価値を社会が再認識することで、すべての人々にプラスになることを願っています。次回からは、これまでに開催したトレーニングの各回のテーマ講師のメッセージや実際のロールプレイシナリオ、会場の様子を報告していきます。


    参考文献
  • Bohren MA, Berger BO, Munthe-Kaas H, Tunçalp Ö. (2019). Perceptions and experiences of labour companionship: a qualitative evidence synthesis. Cochrane Database of Systematic Reviews 2019, Issue 3. Art. No.: CD012449.
  • World Health Organization (2018). WHO recommendations: intrapartum care for a positive childbirth experience. Geneva: World Health Organization; Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.

  • 執筆協力:界外亜由美


    【プロフィール】

    宇津澤紀子(うつざわ・のりこ)
    lab_03_47_01.jpg 米国マッサージセラピスト、ドゥーラ。一般社団法人ドゥーラシップジャパン理事。2007年より米国にて出産ドゥーラのワークショップに参加、活動を始める。2011年より産後ドゥーラとしても活動する。ニューメキシコ州、マサチューセッツ州、テキサス州にてマッサージやドゥーラを通じて妊婦さんや産後のご家族と関わる。3人男児の母。「自分から発信することは苦手ですが、出産や子育てに関することをお探しの方と一緒に考えたりするのは大好きです」。


筆者プロフィール
rieko_kishifukuzawa.JPG 福澤(岸)利江子(ふくざわ・きし・りえこ)

筑波大学医学医療系 助教。助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。

ayumi_kaige2.jpg 界外亜由美(かいげ・あゆみ)

mugichocolate株式会社 代表取締役/クリエイティブディレクター・コピーライター。広告制作会社勤務後、フリーランスのクリエイターを経て起業。クリエイティブ制作事業のほか、「自分らしく、たのしく、親になろう」をコンセプトにした、産前産後の家庭とサポーターをつなぐMotherRing(マザーリング)サービスを企画・運営している。

※肩書は執筆時のものです

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