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研究室

【ドゥーラ CASE編】第9回 開発途上国で求められるドゥーラの役割:ロビン・リム助産師(考察回)

福澤(岸)利江子 (筑波大学医学医療系 助教)

2016年4月 8日掲載

前回は、途上国におけるドゥーラの役割について、インドネシアのバリ島にあるブミ・セハット助産院で出産ドゥーラを積極的に取り入れているロビン・リムさんにお話を伺いました。今回は前回のインタビューをもとに、母親と赤ちゃんに敬意のこもったケアを提供する必要性についての近年の国際的な動向や、そこで求められるドゥーラの役割について、先進国と途上国を比較しつつ考察します。

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「保健医療は人権である」という信念をもつロビン・リムさん

考察:

妊産婦への尊厳あるケアへの国際的な注目

妊産婦と赤ちゃんへの尊厳あるケアを「人権」として保証するべき、という考え方が近年国際的に広まっています。昨年はWHOからも声明が出されました(WHO, 2015)。優しさや気遣いに象徴されるドゥーラサポートは、支援者の「マナー」や「人柄」の範疇でとらえられがちです。しかし、日本にドゥーラサポートを一番初めに紹介した小林登(CRN名誉所長、小児科医)は「日常生活の中に優しさがなくなった時には、社会、ひいては国家が大きな問題を引き起こすように思う」と、その甚大性を強調しています(小林,2015)。世界全体で見るとドゥーラの多くは、先進国で比較的富裕層を対象として活動しています。しかし、貧困層にこそドゥーラが必要、ドゥーラサポートは人権である、という考えに基づく福祉型ドゥーラも世界各地に存在し、国際的に注目されています。若年マイノリティ女性のためのコミュニティベース・ドゥーラ・モデル(参考記事:https://www.blog.crn.or.jp/lab/03/15.html)、刑務所にいる女性のためのドゥーラサービスプログラム、そして今回の開発途上国のボランティア・ドゥーラもそれにあたります。ロビンさんの「なぜならドゥーラは助産師よりも古代(ancient)から存在しているから」という言葉はシンプルでした。

先の10か条の第3条では「陣痛中および出産時における継続的支援の利点を母親に伝え、本人が自ら選んだ付き添い者から継続的支援を受ける権利を肯定すること」と、まさにドゥーラサポートが推奨されています。ブミ・セハットの助産師は全員がドゥーラのスキルをもつようトレーニングされており、さらに出産にずっと付き添うための専属ドゥーラを無償で配置しています。すべての出産に継続的な付き添いを保証し、本人が付き添い者を選べるという、一見贅沢にも思える権利が、先進国よりもずっと資源の乏しい途上国の産院でも当たり前に守られていることに驚かされます。ドゥーラサポートは決して「贅沢」ではなく、出産に必要な最低限のサービスだと認識されているのです。

医療者のパフォーマンスを最適化する存在

前々回の記事では、日本で病院勤務の助産師がなんとか自分でドゥーラ役を担おうとするけれど現実は業務が忙しく十分にできないことが多い、というジレンマの中で働いていることをお伝えしました。途上国ではそんなジレンマを感じる余裕さえないのかもしれません。助産師は助産をする職業なのだ、というロビンさんの職業観も垣間見えます。

ロビンさんは、ドゥーラがいることにより助産師が本来の仕事、つまり出産の介助と母子の救命をより上手くできる利点を強調します。途上国では、きれいな水、感染症予防のための衛生材料、適切な教育を受けた医療者の数が圧倒的に不足しています。社会の医療制度や福祉制度も脆弱な上、貧しい人々は産院に通うために必要な交通手段がない、医療費や分娩費用が払えない、栄養状態が悪くて妊娠・出産の合併症を併発しやすい、健康な妊娠・出産・育児に必要な知識をもたない、などの複合的なリスクを抱えています。地域の駆け込み寺のようなブミ・セハット助産院では、このようなあらゆるリスクレベルの妊産婦を受け入れていますが、母児の死亡が少ないだけでなく、産後出血予防のための子宮収縮剤の使用は42%、500cc以上の大量出血は8%、会陰が無傷あるいはI度裂傷(軽度)が77%と、母体と赤ちゃんの体に負担の少ないいわゆる安産が多いことは注目すべき点です(Lim, 2016)注1。これはブミ・セハットの助産師がとても高いレベルの助産判断・技術力を持ち、それが発揮されている証拠であり、ロビンさんの言葉から推察すると、それぞれのbirthkeeperが異なる強みを生かしている、つまりドゥーラが助産師を支えているからこその結果かもしれません。先の10か条の第5条は「科学的根拠に基づいた効果的なケアを実践すること」です。ドゥーラサポートの効果が科学的に裏打ちされており、副作用がないことは良く知られています。ブミ・セハット助産院の活動は、科学的な知識に基づくケアと、自然で優しい妊娠・出産が両立できることを実証する好例といえます。

まとめ

今回はブミ・セハット助産院の活動の紹介を通して、ドゥーラが妊産婦とその家族を直接支えるだけでなく、医療者をも支えることで間接的にも、科学的知識に基づいた「母親と赤ちゃんに優しい周産期ケア」の実現に貢献する可能性について述べました。現代社会でドゥーラが必要になった理由の1つに、近代化に伴い地域や家庭内での女性同士の助け合いの力が弱くなったから、というものがあります。私は初め、地域の人々のつながりが強いはずの開発途上国でもドゥーラが必要なんて、と意外に思いました。しかし今回のインタビューを通して、妊娠中や産後ではなく、特に母子の命が危険にさらされる分娩期は特別な時期だと再確認できました。出産で緊急事態が起きた場合には医療者が十分に力を発揮する必要があり、そのためにもドゥーラが必要とされるのです。また、途上国でも、出産の過剰な医療化の問題は無縁ではないようです。日本でも、産科医療者は今後さらに不足する可能性は高く、一方で出産の医療化は続いています。近い将来、同様の理由でドゥーラが必要になるかもしれません。先進国と途上国では、程度の差こそあれ、産科医療の状況も、女性のニーズも、それを助けたいと懸命に行動するドゥーラや他のbirthkeeper(お産の守り手)たちの思いも、同じなのだと思いました。

執筆・翻訳協力:濱川明日香・濱川知宏
(一般社団法人アースカンパニー)
執筆協力:界外亜由美


謝辞
  今回の記事作成にあたり、リム氏へのインタビューの機会を可能にし、リム氏との内容確認のための原稿の逆翻訳、追加インタビュー、途上国の状況についての情報提供やディスカッションなど、多岐にわたって執筆を助けてくださった濱川夫妻に心からお礼を申し上げます。


  • 注1:ブミ・セハット助産院を含む海外の多くの助産院では、帝王切開や器械分娩が必要になる場合は病院へ搬送するが、些細な医療処置(会陰切開や縫合など)、薬剤投与(子宮収縮剤など)は産科医だけでなく助産師がおこなうことが多い。それらの医療介入をおこなわない日本の助産師とは制度が異なる。 また、文中の各指標は、比較対照となる公的データがとても少ない。以下は参考情報:
    • 「産後出血予防のための子宮収縮剤の使用は42%」:子宮収縮剤の予防的投与は先進国でも多いが、途上国では特に、産後出血予防のためのオキシトシン注射がルティーンで全例にされている医療施設が大半といわれる。2012年のWHOによる勧告でも「1. The use of uterotonics for the prevention of PPH during the third stage of labour is recommended for all births. (Strong recommendation, moderate-quality evidence) 」「2. Oxytocin (10 IU, IV/IM) is the recommended uterotonic drug for the prevention of PPH. (Strong recommendation, moderate-quality evidence)」と、全例での予防的投与が強く進められている(http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/75411/1/9789241548502_eng.pdfの5頁)。このような積極的使用(active management)については1990年代に推奨され、実際に普及していったん定着したが、最近では反証も増え、科学的な立証については決着がついていないトピックである。いずれにしても、ブミ・セハットでは使用率が半数以下というのはかなり少ない。(ここでの論点は予防的に全例に使うべきかどうかということについてであり、大量出血が起こった産婦の治療には当然使用する。)
    • 「500cc以上の大量出血は8%」:日本の「ママの声」調査(福澤)では、母子手帳の分娩の欄に出血量「多量」と書かれていた母親は17%であった。しかし、「多量」と母子手帳に記載する判断基準は産院により異なる現状がある(一般的に、500ccあるいは1000cc以上が大量出血の基準とされることが多い)。また、出血量について選択式でなく実際の数字で母子手帳に記載されていた35名については平均値が587cc (s.d. 673, R: 0-3600)であった。いずれにしても、ブミ・セハットのデータは分娩時出血量がかなり少ないと考えられる。https://sites.google.com/site/mamanokoe/preliminaryreports/delivery
    • 「会陰が無傷あるいはI度裂傷(軽度)が77%」:診察した人でないとわからない情報であるため、先進国でもほとんど得られない統計値である。上記「ママの声」調査では、経腟分娩のうち、会陰切開率(II度以上)が日本で41.5%、米国で25%であった。会陰部の縫合をした人は日本で87.2%、米国で61%(縫合は、通常、II度以上でおこなう)であった。ブミ・セハットのデータは、日米よりも会陰の傷がずっと少ないと考えられる。https://sites.google.com/site/mamanokoe/preliminaryreports/labor2

      参考文献
    • Lim, R. (2016). Chapter 3: Bumi Sehat Bali: Birth on the checkered cloth. In: Birth Models That Work Volume II: Birth on the Global Frontier, edited by Betty-Anne Daviss and Robbie Davis-Floyd. Berkeley: University of California Press.
    • Lim, R. Gentle Childbirth in the Age of Climate Change: Bumi Sehat's Disaster Zone Experience and Lessons Learned from Aceh, Haiti, the Philippines, and Nepal.
    • WHO. (2015). Maternal Mortality. http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs348/en/
    • WHO. (2015). Prevention and elimination of disrespect and abuse during childbirth. http://www.who.int/reproductivehealth/topics/maternal_perinatal/statement-childbirth/en/(英語).施設分娩中の軽蔑と虐待の予防と撲滅http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/134588/21/WHO_RHR_14.23_jpn.pdf?ua=1(日本語訳)
    • インターナショナルマザーベイビーチャイルドバースオーガニゼーション(IMBCO). (2008).母親&赤ちゃん&お産の国際イニシアティブ. http://imbco.weebly.com/imbci---the-10-steps.html(英語).母親と赤ちゃんへ最適なケアを行うための10か条.http://imbco.weebly.com/uploads/8/0/2/6/8026178/imbci_japanese.pdf(日本語訳).
    • 小林登.(2015).20世紀後半の小児科学を考える:Koby's Note.東京医学社.

    • プロフィール

      lab_03_39_04.jpgロビン・リム (認定専門助産師: Certified Professional Midwife)
      1956年生まれ。両親からフィリピン、中国、ドイツ、アイルランド、ネイティブアメリカの血を引く。North American Registry of MidwivesとIkatan Bidan Indonesiaより助産師免許取得。1992年よりインドネシア在住。2006年にイタリアでAlexander Langer Peace受賞。2011年に米国でCNN Hero of the Year受賞。8児の母、3人の孫がいる。「Birth Models That Work(章)」「Eating for Two: Recipes for Pregnant and Breastfeeding Women」「After the Baby's Birth. A Woman's Way to Wellness: A Complete Guide for Postpartum Women」「Placenta - The Forgotten Chakra」など著書多数。

      濱川明日香 濱川知宏
      2014年2月にダライ・ラマ師より『Unsung Heroes of Compassion(謳われることなき英雄賞)』をそれぞれ受賞したことをきっかけに、同年、一般社団法人アースカンパニーを設立。「この人が創る未来を見てみたい!」と思わせる革新的な社会起業家を、アジア太平洋の途上国から年にひとり選び、資金調達を始めとした包括的な支援をおこなっている。バリ在住。
      詳細プロフィール:http://www.earthcompany.jp/#founders/
      アース・カンパニーHP:http://www.earthcompany.jp/bumisehat
      ご感想やロビンへのメッセージなどの連絡先:


筆者プロフィール

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福澤(岸) 利江子

筑波大学医学医療系 助教。
助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。


界外亜由美
ライター・コピーライター。広告制作会社で旅行情報誌や人材採用の広告ディレクター・コピーライターとして活動後、フリーランスとなる。また、ドゥーラと妊産婦さんの出会いの場「Doula CAFE」の運営など、ドゥーラを支援する活動も行っている。
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