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【ドゥーラ CASE編】第8回 開発途上国で求められるドゥーラの役割:ロビン・リム助産師(インドネシア)

ドゥーラは一般的に、欧米などの先進国を中心に発達してきました。つまり、比較的裕福で医療資源が豊富にある地域で、生命救済にとどまらない、より質の高いケアを妊産婦さんに保証する効果や、過剰な医療化を防ぐことを期待されて普及してきました。

しかし、本来、ドゥーラは古くからあらゆる地域に存在してきました(Raphael, 1973)。開発途上国でも、ドゥーラが養成され活動しています。今回は、出産の場で積極的にドゥーラを活用しているインドネシアのバリ島にある無料産院、ブミ・セハット助産院 注1の院長ロビン・リムさんに、途上国におけるドゥーラの役割についてお話を伺いました。

ユニセフと世界保健機構(WHO)による「母乳育児を成功させるための10か条」や「赤ちゃんにやさしい病院(Baby-Friendly Hospital)」という言葉はよく知られていますが(参考HP: http://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_hospital.html)、IMBCO (International MotherBaby Childbirth Organization)という世界中の母子の命を守る活動をしている非営利団体による「母親にやさしい産院」というスローガンと、その実現のための「母親と赤ちゃんへ最適なケアを行うための10か条」については日本ではほとんど知られていないと思います(IMBCO, 2008)。これは世界163か国の組織を対象にした調査結果と世界中の専門家が集まり作られたものです。ブミ・セハット助産院ではこの10か条に沿ったケアをおこなっており、第1条の「すべての女性に敬意を払い、尊厳を重んじて接すること」という考え方は、ロビンさんの社会へのメッセージにも通じています。

Q1.インドネシアの周産期ケアの状況と、ブミ・セハット助産院でおこなっているご活動や運営方法について教えてください。

リム氏:世界では、毎日およそ800人の女性が妊娠・出産に関連した予防可能な原因(産後の大量出血など)で亡くなっており、その99%が開発途上国で起こっています。インドネシアの妊産婦死亡率は、公の統計では出生10万あたり126前後と報告されていますが(注2および図1)、現地の実感値としては300-400ほどです(UNFPA Indonesia)。

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図1:諸外国の妊産婦死亡率 注3


インドネシアの貧困層向けの産院は不衛生な環境で、滅菌器具が不足し、交通手段もなく産院へ来られない妊産婦もいます。過去には、分娩費用を払えない場合に担保として赤ちゃんを産院にとられて人身売買につながるようなことが起こっていましたが、現在でも皆無ではないかもしれません。一方、裕福な女性が出産をする私立の産院では、過剰な医療介入が常態化し帝王切開率が75-90%とかなり高いところもあります。

アメリカで助産師教育を受けた私は、1995年にバリでブミ・セハット助産院を開設し、以来、約8000件の出産を介助してきました。2012-2013年のデータを振り返ると、869件の出産のうち母体死亡は0件、避けられなかった新生児死亡が2件ありました。これ以外に、医療的な処置(帝王切開や吸引・かんし分娩など)が必要になり病院へ搬送したケースが72件でした。国全体のデータに比べると、際立って少ないと言えます。私たちは、IMBCOによる「母親と赤ちゃんへ最適なケアを行うための10か条」(IMBCO, 2008)を取り入れ、科学的根拠にもとづき、母子に優しく、敬意をこめた出産ケアを提供しています。

助産院開設以来、目の前のニーズに対応するうちに多職種がかかわる医療チームへと拡大した結果、現在では出産のケアだけでなく一般医療・代替医療・往診も行い、地域の若者や助産師の育成にも携わっています。さらに、国内外で災害が起これば2004年のスマトラ沖の地震、その後のハイチ、フィリピン、ネパールなどの被災地へもチームを派遣し、緊急支援を提供してきました。

ブミ・セハットでは医療サービスはすべて無料です。過去20年間、これらの活動はすべて人々からの寄付によって運営されてきました。世界各地からブミ・セハットの活動に共感した多くの人々の支援をいただいたおかげです。しかし、年々、現地のニーズに対応しきれなくなっているため、現在の3倍の分娩数に対応できるクリニックを新設しています。経営は、2011年にアメリカのニュースメディアCNNよりいただいた「ヒーロー・オブ・ザ・イヤー賞」の受賞金のすべてを費やし、今年度の予算を切り崩しても、現在なお2500万円の赤字で、常に綱渡り状態です。

Q2.ブミ・セハット助産院では、既に助産師が妊産婦を中心においた優しいケアを実践しているのに、さらにドゥーラを養成し配置しようと思った理由を教えてください。

リム氏:ドゥーラを導入しようと思った理由は、ドゥーラは助産師よりも古代から存在するからです。人類誕生以来、ドゥーラは産婦さんを、まるでわが子のように気にかけ、お世話をしてきました。ドゥーラがいると、助産師も更にリラックスでき、何か医学的な緊急事態が発生した時にもより上手く対処できます。父親も、ドゥーラの存在によって、パートナーを慈しむ方法をあっという間に学びます。さらにお産の場ではオキシトシンというホルモンの作用により、助産師や父親が産婦に最高の愛情を注げるようになります。友人であるニューヨークの産科医エデン・フロムバーグ氏は「ドゥーラを連れてこない限り、ニューヨークで自然なお産は期待できないよ」と言います。ドゥーラの継続的なケアがあれば、帝王切開につながるような多くの医療介入は起こりにくいからです。

ブミ・セハット助産院では、すべての出産に継続的な付き添いを保証しています。ドゥーラのサービスは無償で、全員がボランティアです。未受診妊婦(駆け込み出産)の場合には、あらかじめドゥーラを準備することはできませんが、その場合でも、ここの助産師は全員、ドゥーラとしてのスキルを併せもつようトレーニングされています。妊婦健診を通して助産師と知り合い、お産の時には誰に立ち会ってほしいかを決める妊婦さんもいますし、外国人の妊産婦だと友人のドゥーラを連れてきたりすることもあります。

Q3.どのようにドゥーラを養成していますか?DONA Internationalのような認定パッケージを利用していますか?それとも独自の養成プログラムですか?

リム氏:ブミ・セハット助産院では2012年以来、約340名のドゥーラを養成してきました。世話好きで、愛情にあふれた、母親のような女性が、ドゥーラを志望することが多いです。

当院では、米国の出産ドゥーラトレーナーであるデボラ・パスカリボナロ氏注4と共に「Eat Pray Doula」というドゥーラ養成ワークショップを、バリで年に2回おこなっています(参考HP: http://www.eatpraydoula.com)。3月のワークショップはDONA Internationalの認定につながる養成プログラムです。ただしDONA認定を受けるためには、受講生はその後3件の出産に立ち会うなど、要件を満たす必要があります。11月には上級編を開講しています。

他にも、バリとイタリアで毎年「Loving the Mother」というドゥーラ養成ワークショップをおこなっています。これはDONA認定ではなく、出産付添いの経験を高めるための1週間にわたる徹底的なプログラムです(参考HP: http://www.lovingthemother.com)。

また、今年の5月には、バリで助産師を対象にした上級編のワークショップ「Deepening the Journey」を開催します(参考HP: http://www.deepeningthejourney.com/)。

さらに、インドネシアとフィリピンでは、愛をこめたケアを提供するためのドゥーラ的スキルを助産師に伝える半日セミナーを開催し、毎年13,000名近い若い助産師が受講しています。島々や助産師の学会などに行き、お産の守り手(birthkeeper)であるこの職業は聖職であり、不親切であっては絶対にならない、というメッセージを伝えます。涙も笑いもあふれる中で彼女らはより良い助産師になっていきます。受講者全員に、私の著書「自然な助産師(Bidan Alami [Natural Midwife])」という本を贈っています。

Q4.ドゥーラ、助産師、TBA (Traditional Birth Attendant注5)の役割は、それぞれどのように異なりますか?

リム氏:助産師は愛情にあふれた人々で、順調な妊娠・出産のプロセスでは自然経過を見守りますが、そもそもは緊急時に対処するためのスキルをもつ、医学的なトレーニングを受けた職業です。お産にドゥーラが付き添うと、たとえばお産が長時間にわたっても助産師は休憩をとることができ、しっかり休めるのでリスクの高い状況になった時にも頭がよく働いて上手に対処できます。助産師がベストを尽くせるように、ドゥーラは出産のプロセスをまさに助けているのです。

TBAは今日かなり少なくなっています。スマトラ島北端のアチェ州にはTBAがいますが、彼女らは現地の文化に根差しており、まさにドゥーラのような存在です。TBAがもつスキルは主にドゥーラと同じですが、それ以上に、彼女らの存在自体が母親に安心感をもたらすのです。家族もTBAを必要としています。TBAの存在が特別なスピリチュアルな空間を保ってくれるからです。年配の助産師もそのような存在となることがあります。TBAが到着し陣痛中の産婦さんを診察するだけで、明らかに産婦さんがリラックスするのです。出産とは、人生で一番ハードに頑張らなければいけない場でありながら、同時に、絶対にリラックスすべき場でもあります。「強い母親」が側にいることが必要なのです。ある産婦さんは「たとえ私や赤ちゃんに死が迫ったとしても、このTBAが死のお尻を蹴っ飛ばしてくれる」と感じたそうです。これこそがTBA、助産師、経験豊富なドゥーラなのです。年配のお産の守り手(birthkeeper)は、何かスピリチュアルな光のようなものをまとっていて、それがあると産婦さんは強くなれ、安心感を得られ、リラックスして赤ちゃんを産み出すことができるのです。TBAもドゥーラも助産師も、皆がお産の守り手です。歩調を合わせて共に働けば、母親赤ちゃん家族(私はあえてMotherBabyFamilyとくっつけて呼びます)に最高のサービスが提供できると思います。

Q5.ロビンさんが考える良いドゥーラとは?日本や他国の人々にメッセージをお願いします。

リム氏:良いドゥーラであるために必要な条件は、愛情、親切心、忍耐、そして母子を心から信じることです。誰かが信じてくれれば、その人は輝くことができるのです。

この世界に住む私たちは、母子一人一人を優しくケアすることによって、母なる地球を癒すことができると信じ、希望をもつべきです。一人一人が村の一員で、一つ一つの村が社会をつくり、共に平和な世界を築くのです。私たちは赤ちゃんを優しく歓待し、人を愛し信じる力が無傷で生まれるように、赤ちゃんの人権を守らなければいけません。つまり、妊娠期、出産期、産後、母乳育児の時期には、敬意をこめたケアが必要なのです。

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貧しい人々も無料で医療サービスを受けられ、地域の駆け込み寺的存在となっている


執筆・翻訳協力:濱川明日香・濱川知宏
(一般社団法人アースカンパニー)
執筆協力:界外亜由美


謝辞
  今回の記事作成にあたり、リム氏へのインタビューの機会を可能にし、リム氏との内容確認のための原稿の逆翻訳、追加インタビュー、途上国の状況についての情報提供やディスカッションなど、多岐にわたって執筆を助けてくださった濱川夫妻に心からお礼を申し上げます。


  • 注1:ブミ・セハット助産院については過去にCRNサイト内「マウイのドゥーラ」の連載の中でも紹介されていますのでぜひこちらもご覧ください。
    また、ブミ・セハット助産院の活動についての特別記事が、『助産雑誌』(医学書院)2016年4月号に掲載されていますので、ぜひご一読ください。
  • 注2:国際的に使われている母子保健の指標。妊産婦死亡率の分子は妊産婦の死亡総数(妊娠中あるいは妊娠終了後42日以内に起きた妊娠に関連した原因による死亡の数)、分母は妊婦総数ではなく出生数。また、産科以外で(例:救命センター等で内科患者として)死亡した妊婦などは含まれないなど、過小評価されやすい。さらに、報告システムが整備されていない開発途上国では特にデータの信頼性が低い問題がある。国連は昨年7月に「持続可能な開発目標」を掲げ、世界全体で現在216である妊産婦死亡率を、次の15年間で70未満に下げることを目指している(United Nation, 2015; WHO, 2015)。
  • 注3:Maternal mortality in 1990-2015 WHO, UNICEF, UNFPA, World Bank Group, and United Nations Population Division Maternal Mortality Estimation Inter-Agency Group
    http://www.who.int/gho/maternal_health/countries/en/#K およびTrends in maternal mortality: 1990 to 2015 (Estimates by WHO, UNICEF, UNFPA, World Bank Group and the United Nations Population Division
    http://www.who.int/reproductivehealth/publications/monitoring/maternal-mortality-2015/en/ より著者作成
  • 注4:ドゥーラトレーナー、DONAドゥーラトレーナー、チャイルドバースエデュケーター、IMBCO役員 (参考リンク:http://debrapascalibonaro.com)。今年9月、日本フォレンジック看護学会学術集会での招聘講演のために来日予定。さらに東京で3日間の出産ドゥーラ認定ワークショップを開催予定。
  • 注5:TBA(traditional birth attendant、伝統的産婆・無免許産婆)とは、各国家による正式な助産師制度が整備される以前から、その地域に根差して妊娠・出産を取り扱ってきた産婆を指す。近代化に伴いTBAは年々減少しているが、助産師や産科医などの専門家がいない開発途上国では現在も活動している。TBAはドゥーラと同じく、妊産婦とその家族に継続的に寄り添う非専門職で、妊娠期~産褥期を支援する。主に先進国で活動するドゥーラは分娩介助や健診などの直接的な処置は行わないのに対し、TBAは(その社会の需要に応えるため)その場の唯一のエキスパートとして分娩介助も行うなど、助産師の代替職として活動する点が特徴。

    参考文献
  • Lim, R. (2016). Chapter 3: Bumi Sehat Bali: Birth on the checkered cloth. In: Birth Models That Work Volume II: Birth on the Global Frontier, edited by Betty-Anne Daviss and Robbie Davis-Floyd. Berkeley: University of California Press.
  • Lim, R. Gentle Childbirth in the Age of Climate Change: Bumi Sehat's Disaster Zone Experience and Lessons Learned from Aceh, Haiti, the Philippines, and Nepal.
  • Raphael, D. (1973). Tender gift, breastfeeding. Englewood Cliffs, N.J., Prentice-Hall.
  • UNFPA Indonesia. Maternal mortality ratio. http://indonesia.unfpa.org/issues-and-challenges/maternal-mortality-ratio
  • United Nation. (2015). Sustainable development knowledge platform. http://sustainabledevelopment.un.org/
  • WHO. (2015). Maternal Mortality. http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs348/en/
  • WHO. (2015). Prevention and elimination of disrespect and abuse during childbirth. http://www.who.int/reproductivehealth/topics/maternal_perinatal/statement-childbirth/en/(英語).施設分娩中の軽蔑と虐待の予防と撲滅http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/134588/21/WHO_RHR_14.23_jpn.pdf?ua=1(日本語訳)
  • インターナショナルマザーベイビーチャイルドバースオーガニゼーション(IMBCO). (2008).母親&赤ちゃん&お産の国際イニシアティブ. http://imbco.weebly.com/imbci---the-10-steps.html(英語).母親と赤ちゃんへ最適なケアを行うための10か条.http://imbco.weebly.com/uploads/8/0/2/6/8026178/imbci_japanese.pdf(日本語訳).

  • プロフィール

    lab_03_39_04.jpgロビン・リム (認定専門助産師: Certified Professional Midwife)
    1956年生まれ。両親からフィリピン、中国、ドイツ、アイルランド、ネイティブアメリカの血を引く。North American Registry of MidwivesとIkatan Bidan Indonesiaより助産師免許取得。1992年よりインドネシア在住。2006年にイタリアでAlexander Langer Peace受賞。2011年に米国でCNN Hero of the Year受賞。8児の母、3人の孫がいる。「Birth Models That Work(章)」「Eating for Two: Recipes for Pregnant and Breastfeeding Women」「After the Baby's Birth. A Woman's Way to Wellness: A Complete Guide for Postpartum Women」「Placenta - The Forgotten Chakra」など著書多数。

    濱川明日香 濱川知宏
    2014年2月にダライ・ラマ師より『Unsung Heroes of Compassion(謳われることなき英雄賞)』をそれぞれ受賞したことをきっかけに、同年、一般社団法人アースカンパニーを設立。「この人が創る未来を見てみたい!」と思わせる革新的な社会起業家を、アジア太平洋の途上国から年にひとり選び、資金調達を始めとした包括的な支援をおこなっている。バリ在住。
    詳細プロフィール:http://www.earthcompany.jp/#founders/
    アース・カンパニーHP:http://www.earthcompany.jp/bumisehat
    ご感想やロビンへのメッセージなどの連絡先:


筆者プロフィール

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福澤(岸) 利江子

筑波大学医学医療系 助教。
助産師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。


界外亜由美
ライター・コピーライター。広告制作会社で旅行情報誌や人材採用の広告ディレクター・コピーライターとして活動後、フリーランスとなる。また、ドゥーラと妊産婦さんの出会いの場「Doula CAFE」の運営など、ドゥーラを支援する活動も行っている。
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