女性の高い就労率と高い出生率とが比例する社会
はじめに、政策や社会背景についてスウェーデンと日本とを比較してみましょう。やや古いデータですが、2003年の家族関係社会支出の対GDP比は、スウェーデンが3.54%、そのうち保育・就学前教育は1.74%です。日本はそれぞれ、0.75%、0.33%ですから、実に約5倍もの開きがある状況です。実際に就学前学校を視察すると、その保育環境には5倍以上の差があると感じます。
スウェーデンの合計特殊出生率は2012年が1.91で、2010年の1.98からやや低下していますが、2012年の日本は1.41ですから、十分に高い状況と言えます。
スウェーデンは、女性の高い就労率と高い出生率とが比例しています。しかし、ウーマンリブの影響により女性の社会進出が進んだ1970年代には、少子化が進みました。その状況に危機感をもった政府は、女性が働くことと育児を両立させる政策を打ち出しました。男女がともに仕事と子育ての両方にかかわる仕組みを整備し、持続的にワークライフバランスを保てる社会の実現が図られてきたのです。
例えば、育児休暇制度を見てみましょう。世界で初めて両親が取得できる育児休暇制度を導入した1974年には、取得可能な休暇日数は180日間でした。以後、改革が進められ、2002年には480日に延長されています。この日数はあくまでも労働日ですから、日本式に土・日曜日も含めて数えると、672日になります。これは国が定める最低日数であり、さらに日数をプラスする企業はたくさん存在します。
子どもが8歳を迎えるまでいつでも育児休暇を取得できます。日本と根本的に違うのは権利とは100%行使するもの、そのためにはパートタイム勤務と組み合わせて何年にもわたって取得したり、生後から連続で取得したりと、家庭の状況に合わせて多様な組み合わせが可能です。
さらに大事なことは男性による育児休暇の取得です。1995年にはいわゆる「パパ月 *1」が30日導入されました。現在は60日ですが、男女平等化を一層進めるため、2016年には90日に延長されることが決まっています。統計局が発表していないため、あくまでも推計ですが、男性の育児休暇取得率は90%に上ります。ただし、これは2008年の数字であり、今はもっと増えていると考えられます。
就学前学校を充足し、1990年代に待機児童問題を解消
スウェーデンのECEC施設には、就学前学校(FÖRSKOLA)、教育的保育(PEDAGOGISK OMSORG)、オープン保育室(ÖPPENFÖRSKOLA)の3つがあります。それぞれについて概説しましょう。
◎就学前学校
1975年に「就学前学校法」が成立しました。従来のダーグヘム(昼間の家の意味、親の就労・就学により入園。全日制。日本の保育園に近い)とレークスクーラ(主に6歳を対象に就学前の1年通う。どの家庭でも利用でき、就学前に保護者以外の大人や環境が異なる子ども同士が交流する。半日制。日本の幼稚園に近い)が就学前学校という名称に統合されました。しかし、完全な幼保一元化ではなく、全日制就学前学校と半日制就学前学校が並立しました。1998年に就学前学校クラスが制度化され、全日制と半日制にいた6歳は就学前学校クラスに移動し、半日制は消滅し、就学前学校に一本化されました。
従来、1クラスの人数は3歳未満クラスで12人、3~6歳クラスで15人でしたが、1990年代の不況により自治体間で格差が生じていました。現在、ストックホルムでは小さい子ども1クラス15人前後、大きい子ども20人前後で、保育者は各クラス3人です。日本と比較すると羨ましい少人数ですが、スウェーデンでは就学前学校の質を高めるにはクラスの人数を少なくすることだという考えから、政府は特別補助金を支給し、保育者を増やし、1クラスの人数を削減しました。
1998年、関連法が社会サービス法から学校法に移行し、就学前学校は生涯学習の一番基礎と位置付けられました。スウェーデンは福祉国家なので保育料も無料と思っている人もいますが現時点では有料です。2002年に保育料の上限額が決定し、第1子の最高額は1260Kr(日本円約18,900円)と定められました。日本の保育料の最高額は10万を超えます。その後2003年には4,5歳を対象に週15時間が無料となり、2010年には3歳もその対象となりました。このように就学前教育のユニバーサル化が進んでいます。
人口が約88万人である首都ストックホルムには1,044か所の就学前学校があり、街の至るところで子どもたちが元気に活動している姿を目にします。
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(左)G就学前学校―毎週火曜日は急勾配の近くの森へ 拾った枝でたき火をしソーセージをグリル (右)U就学前学校―アトリエで保育者とお話しながら制作する2歳さん |
◎教育的保育
いわゆる保育ママによる保育のことです。従来は家庭保育室(Familijedaghem)と呼ばれていましたが、就学前教育の関連法が社会サービス法から学校法に移行した結果、2009年7月に家庭保育室から教育的保育に名称が変わりました。1人の保育ママが、自分の子どもを含めて6人まで保育できます。6人と聞くとびっくりされる方もいるかと思いますが、スウェーデンでは0歳保育はなく、一番小さくても1歳からです。また日本では保育ママの対象は3歳未満ですが、スウェーデンでは6歳も受け入れています。また保育ママに6歳以下の子どもがいても保育ママになれる *2ため、自分の子どもと一緒に他の子どもを育てる人もいます。
保育ママは、もともと就学前学校の不足を補う役割を担ってきました。スウェーデンの1970~80年代の待機児童問題は深刻で、当時、子どもの半分が保育ママによる保育を受けました。1990年代以降は就学前学校が充足したため、保育ママによる保育を受ける子どもの数は急激に減少しましたが、現在でも保育ママによる少人数保育は人気があります。
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(左)保育ママMさん:視察時、真ん中の男の子(5歳)は私の名前を聞いて「聞いたことのない名前だね」と。この日欠席の同じ歳の友達が忍者好きで彼も影響され、日本に興味をもつ。 (右)窓際にたくさんの教材。Mさんの台所かと思ったらここは保育室の子どもたちの部屋とのこと。半地下も子どもたちの部屋で、リビングも開放されており、日本の小規模保育所よりもずっと広い。 |
◎オープン保育室
日本の地域子育て支援センターのようなもので、育休中の保護者と子ども、あるいは前述した教育的保育を受けている子どもが保育ママと一緒に無料で利用できます。大きなホール、ままごとの部屋、アトリエ、キッチンなど豊かな環境で、いろいろな玩具があり、家庭では難しいダイナミックな遊びもできます。就学前学校教員資格者が常駐しています。ソーシャルワーカーや看護師が定期的に巡回し、保護者の育児や生活などの個別相談にも応じます。
オープン保育室は、団地やニュータウンが各地に作られ、若い保護者が育児についての不安を訴えるようになった1970年代初期に設置され、国の補助金によって開設が奨励されるようになった1972年から急速に広がりました。
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公立―移民や難民が多い地域。2人の保育者。手前は大きなテーブルがあり、子どもに離乳食を食べさせたり、施設で用意してある飲み物やスイーツを食べながら親同士で歓談したりできる。奥の部屋では手遊びをした後、パラバルーンで遊ぶ。 |

スウェーデン教会のオープン保育室―育児休暇中のパパ 右のパパの赤ちゃんは外のベビーカーで昼寝中
(育児休暇を左のパパは1年取ることができるが、右のパパはアメリカ系の企業で半年しか取れないと不満そう)
2011年の年齢別の就学前学校・家庭保育室の利用率を見ると、0歳は0%、1歳は50.5%となっています。1歳の就園率が低いことには、長期の育児休暇と保護者が子育てを楽しむという考えが強いことのほかに、母乳主義であることも関係しています。2歳は92.5%(保33.6%、以下括弧内は日本の数値、2008年)、3歳は96.3%(幼稚園・保育園ともに39.9%)、4歳97.6%(幼54.6%、保41.3%)、5歳97.5%(幼57.0%、保40.8%)となっています。この数字からも就学率とスウェーデンの女性の就労率の高さが明らかです。
子どもの権利条約に基づき、子どもの権利を最大限に尊重
続いて、ECECの保育内容を見てみましょう。
日本の幼稚園教育要領や保育所保育指針にあたるナショナルカリキュラム「レーラ・プラン」には、「子どもは学ぶ意欲にあふれ、積極的で好奇心が強い。子どもは文化と知識の創造者であり、固有の権利を有する一人の人間である」と明記されています。スウェーデンは世界で最初に子どもの権利条約に批准した国であり、その精神が反映されています。
レーラ・プランは2010年に改訂され、「フォローアップ・評価・発展」という項目が追加され、就学前学校の「保育チーム」(注)の責任が明記されました。
(注:就学前学校では、大学卒の就学前学校教員と高校で資格を取得した保育補助員が一緒に子どもを保育すること)
レーラ・プランでは、保育チームは一人ひとりの子どもの成長と学びについてドキュメンテーションを作成し、継続的・系統的にフォローアップして分析する責任があると定められ、詳細な評価・検討項目が列記されています。ドキュメンテーションの作成は、教員が担当しますが、その負担はかなり大きく、離職率が高まっているため、改訂レーラ・プランでは、ドキュメンテーションにかかる負担はやや軽減されています。
スウェーデンのECECは、制度も保育内容も日本のECECとは大きな違いがありますが、参考になる部分もあると思います。日本の保育の質の向上のために、私の今日の発表が少しでも役立てば幸いです。
- *1 父親が取得すべき育児休暇日数のこと。2015年現在、両親が取得できる育児休暇日数480日は、父親に240日、母親に240日と、半分ずつ割り当てられている。このうち、180日は父親から母親に、もしくは母親から父親に譲ることができるが、60日は譲ることができない。父親が自ら取得すべき60日を「パパ月」、母親が自ら取得すべき60日を「ママ月」と通称する。
- *2 日本では、保育ママになるには「自宅に未就学児がいないこと」という条件が設けられている場合があります。
※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の講演録です。
編集協力:(有)ペンダコ