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【ニュージーランド】 ニュージーランドの保育・幼児教育:遊びを通しての学びをどのように評価し見える形で示していくのか(第4回ECEC研究会講演録⑤)

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ボトムアップで作成された幼児教育のナショナル・カリキュラム

ニュージーランドでは1986年の幼保一体化を機に、幼児教育の質の向上にそれまで以上に力を入れるようになりました。そして、保育者の声を広く集めながら、いわばボトムアップで幼児教育のナショナル・カリキュラムが作成されていき、96年に公布されました。付けられた名称は、「テ・ファリキ」。ニュージーランドの先住民族マオリの母語であるマオリ語で「敷物」を意味します。
ニュージーランドには欧州系とマオリ系の2つの文化が共存していますから、「テ・ファリキ」も英語とマオリ語の2言語で書かれています。

理想の子ども観を掲げ、幼児教育の多様なあり方を尊重

「テ・ファリキ」の内容を見ていきましょう。
冒頭には「子どもは有能で自信に満ちた学び手である」という宣言が置かれ、「私たちの見方が、私たちの子どもへの働きかけ方に影響を及ぼす」「私たちの見方が、子どもたちの『自分は自信に満ち有能である』という感覚に影響を及ぼす」という2つの文が続きます。
保育者をはじめ、子どもにかかわるあらゆる大人の子ども観はその実践に表れますし、そのまなざしは子どもに伝わります。だからこそ、「子どもは有能で自信に満ちた学び手である」と冒頭で謳い、そうした子ども観を抱いて子どもに接してほしいと訴えているのです。これは、「児童は、人として尊ばれる」と冒頭に掲げる日本の「児童憲章」と共通する精神だと、私は考えています。

また、「テ・ファリキ」では、幼児教育が4つの原則(principle)と5つの要素(strands)に大別して説明されています。principleとは、言い換えれば「学びを社会文化的にとらえる際の視点」のことで、「エンパワメント」「ホリスティックな発達」「家族とコミュニティ」「関係性」の4つ、strandsとは要素、言い換えれば「幼児教育の中で展開される学びと育ちの領域」のことで、「ウェル・ビーイング(心身の健康)」「帰属感」「貢献」「コミュニケーション」「探求」の5つから成ります。

「テ・ファリキ」が実現しようとする幼児教育の構造を可視化した図もあります(写真左奥)。これを見ると、3色計13本の線が縦横に交差していることが分かります。

2色計9本の線は4つの原則と5つの要素とを、つまりナショナル・カリキュラムが幼児教育に必要だと認める原理と要素とを示します。そして、もう1色の4本の線は幼児教育施設それぞれの自主性を表します。つまり、国の方針と幼児教育施設独自の創意とが縦糸となり横糸となり、いわば1つの織物が作られることを理想とするわけです。
国が幼児教育の舵取りを行うけれども、それにただ従うように求めるのではなく、多様な幼児教育が行われることを歓迎する。そうしたメッセージが込められています。

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自然を取り入れた遊びを重視することは日本の幼児教育と共通

ニュージーランドの幼児教育施設には、幼稚園や保育所、プレイセンターなどいくつもの種類があり、保育者主導と保護者主導、あるいは欧州系とマオリ系というように、様々な教育環境を整えています。
どの幼児教育施設でも、泥や砂、草花、昆虫といった自然を取り入れた遊びを重視します。これは、日本の幼児教育と似ているところです。ほとんどの園庭には砂場があり、そこで子どもが水を流しながら砂遊びをする姿がよく見られます。また、遠隔居住地の子どもや障がいなどで通園が難しい子どものための通信保育もあります。このように、子どもや保護者の求めに応じて多様な幼児教育サービスを保障することも、「テ・ファリキ」の精神の1つです。

「学びの構え」

「テ・ファリキ」の作成と並行して、それに基づく幼児教育の成果をどう測るか、つまり評価方法の研究も進められ、2004年から2009年の間に、"ケイ・ツア・オ・テ・パエ"(Kei Tua o te Pae:地平を越えて)という学びの評価事例集が刊行されています。

子どもは友だちや保育者との関係の中で、物事に対する意欲や態度などを総合的に身につけますから、幼児期の学びには、知識やスキルだけでなく、情緒が密接にかかわっています。したがって、幼児期の学びの評価は「できる」「できない」といった二項対立的な方法ではなく、もっと包括的になされなければなりません。そのための手立てとして、「ラーニング・ストーリー」という手法が考案されました。これは、子どもが友だちや保育者との関係性の中で何にどのように興味をもち、それをいかに伸ばしていったかといった、「心の習性」、「学習の型」を保育者が見取り、記述する手法です。

このような子どもたちの「心の習性」、「学習の型」はdispositionsと呼ばれ、日本語では「学びの構え」という訳語が定着しつつあります。日本の幼稚園教育要領が生きる力の基礎と位置づける「心情」「意欲」「態度」に似た概念であると、私は考えています。

また、評価手法である「ラーニング・ストーリー」は、「ストーリー」と名づけられているように、親しみやすい語り口調によってなされます。

津守真先生の著書『保育者の地平』の中に、「一日、保育の現場に出ることは、一冊の本を読むようなものだ。理解しながら読むこともできるし、わけの分からぬまま読みとばすこともある。」という一文があります。物語を読み、次の展開への期待にワクワクしながらページを繰るという楽しさと、子どもの気持ちを読み取り理解しながら関わっていくことの喜びや、成長を見取る楽しさとが似ているという指摘です。そして時には、待ったなしの時間経過の中で分からないまま展開することもあるのも保育であるわけですが。

「ラーニング・ストーリー」は、文字化されて記された学びの物語、成長の物語ですから、実際に読み、楽しむことができます。保育者はこれによって、保育者同士のほか、保護者や家族、地域の人とも対話し、子どもの成長について理解の地平を広げられるでしょう。もちろん、子どもも「ラーニング・ ストーリー」を読み、楽しむ一員ですから、「ラーニング・ストーリー」は子どもにも分かるように平易な言葉で書かれます。

また、先ほどご紹介したように、保育者の子ども観はその実践に影響すると、「テ・ファリキ」は指摘しています。別の言い方をすれば、幼児教育の理念とは幼児教育実践として表われるものであるということです。幼児教育実践が子どもに反映することは言うまでもありません。

したがって、子どもの「学びの構え」は保育者の実践の鏡であり、その記述である「ラーニング・ストーリー」は、幼児教育実践の内容とその後ろにある理念、子ども観をも表しているのです。保育者はこれを読むことで、自身の実践に対する省察も得られるでしょう。

「ラーニング・ストーリー」は日本の幼児教育への示唆に富む

「ラーニング・ストーリー」を作ることは、子どもの「学びの構え」の言語化、可視化です。ニュージーランドの保育者はこれを日々行っていますから、子どもの内面で起きている変化に気づきやすくなるのはもちろん、その気づきを他者が分かるように伝えられるようにもなります。これは、自らの子ども観と実践とを言葉で表現できるようになることでもあります。また、「ラーニング・ストーリー」によって、子どもや保護者と保育者とのつながりも強められるでしょう。日本の幼児教育を考える上でも、示唆に富む評価手法だと思います。

しかし、ただ形を真似るだけでは仕方がありません。ニュージーランドの保育者は、自身の子ども観を実践にいかに反映させるか、子どもの成長をどのように捉えるかを絶えず考えています。こうした保育者の真摯な姿勢こそが「ラーニング・ストーリー」を支える理念であり、「テ・ファリキ」の宣言する精神を理解してこそ、「ラーニング・ストーリー」の長所を十分に発揮させられると、私は考えています。

※この原稿は、第4回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育~遊びの中に学びを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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上垣内 伸子(かみがいち のぶこ)
十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科教授。専門は保育学、発達臨床学。保育者養成と、保育という臨床的な場での個々の子どもの発達と心的世界の理解やそれに対する援助のあり方が研究テーマ。OMEP(世界幼児教育・保育機構)日本委員会副会長を務め諸外国の保育者との交流を楽しんでいる。お茶の水女子大学大学院(児童学専攻)修了。子どもの城小児保健部心理相談員、お茶の水女子大学家政学部児童学科助手を経て現職。著書に「自由保育とは何か-形にとらわれない心の保育」(フレーベル館)「保育者論」(同文書院)「世界に学ぼう子育て支援」(フレーベル館)など。

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