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【ニュージーランド】ニュージーランド幼児教育のナショナルカリキュラム(Te Whāriki)の実際と課題

村田 佳奈子

2013年12月13日掲載
English

ニュージーランドの幼児教育には多種多様なサービスが存在する。教師が主体となって行うものの中には、公立幼稚園(Kindergartens)、私立保育園やプリスクール(Education and care centres)、家庭託児所(Home-based education and care services)があり、保護者主体のサービスにプレイセンター(Playcentres)、コハンガ・レオ(Kōhanga Reo)、プレイグループ(Playgroups)などが存在する(表1参照)。こうした多種多様なECE(Early Childhood Education)サービス全てにおいて、1996年に導入されたナショナルカリキュラムであるテファリキ(Te Whāriki)が採用されている *1。ニュージーランドの幼児教育の特徴的な点として世界から注目を浴びているのは、何といってもこの独自のナショナルカリキュラムであるテファリキであろう。このカリキュラムで特筆すべきは、従来型のカリキュラムである「子どもが何かできるようになる」ことを目指すカリキュラムではなく、4つの原則と5つの要素を柱にした、理念的なカリキュラムであることである。テファリキとは、ニュージーランドの先住民の言葉であるマオリ語で「敷物」を意味する言葉である。多様なサービス、教育方針、文化的背景の基盤になりうるカリキュラムを象徴するこの言葉は、多様な背景を持つ子どもたちの「誰もが乗ることのできる敷物」を象徴している。現在、日本でもテファリキは注目を浴びているようだが、このカリキュラムの制定から現在に至るまでの経緯はあまり知られていないのではないだろうか。本稿では、このテファリキ制定に至る経緯、テファリキの内容紹介、そして現在提起されている課題を紹介したい。

表1.ニュージーランドの幼児教育サービス




私立保育園やプリスクール Education and Care Centres 名称としてデイケア、プリスクールが一般的である(日本でいう保育園に相当するような施設が多い)。また、モンテッソーリ、シュタイナーなどの教育哲学を取り入れた施設も該当する。施設全体で半数の教師は幼児教育の資格が必要である。利用者料金負担がある。
公立幼稚園 Kindergartens コミュニティーベースと呼ばれる公立幼稚園のこと。利用できる時間枠が私立保育園やプリスクールよりも限定されることが多い。教師には幼児教育の資格が求められる。利用者負担は寄付金という形で求められることが多いが、近年の時間延長により負担額が生じる場合も増えている。私立保育園やプリスクールに比べれば負担額は少ない。
家庭託児所
Home-based education and care services
家庭で少数の子どもに幼児教育を行う形態のサービス。教員資格のあるコーディネーターによる安全性や教育状況の確認といった支援をうけながら実施される。利用者料金負担がある。





プレイセンター
Playcentres
保護者たちが教師のような役割を当番制で担い、子どもたちのために園を運営していく。保護者が日々の教育を行うため、子どもの教育に関するセミナーを受けるなど、担う責任や役割が大きい。教師主導型のサービスに比べ利用者負担額は少ない。
コハンガレオ
Kōhanga Reo
マオリの文化や言語を次世代に伝えるためのサービスである。専用施設があり、マオリ語で行われる。利用者負担として食費、教育費、寄附金が求められる場合がある。
プレイグループ Playgroups 最大1日4時間まで、子どもたちが保護者とともに通うことのできる教育の場(日本に置き換えれば児童館などの子ども向けプログラムに近い)。コミュニティホールや教会のような場所で行われることが多い。
コフンガフンガ
Kōhungahunga
マオリの文化や言語を次世代に伝えるためのプレイグループ。そのプレイグループによりマオリ語、英語など、運営は様々である。
南太平洋諸島の幼児教育グループ
Pacific Island Early Childhood Groups
南太平洋諸島(サモア、トンガ、クック諸島、ツバル、フィジーなど)の文化や言語を次世代に伝えるためのプレイグループ。そのプレイグループにより使用される言語は様々である。


通信制学校
Correspondence School
幼児教育の施設から離れた場所に住む家族や、病気や障害があり、通常の施設に通うことができない子どもたちが利用できる。教師は保護者に対して、子どもの活動や遊びに関する助言する。また本、パズル、知育教材なども貸し出ししている。
特別な支援が必要な子どもの教育
Special Education
特別な支援が必要な子どもが就学前に専門家から教育を受けることができる施設。詳細は問い合わせベースとなる。
  • Ministry of Educationの情報を参考に作成
  • なお子どもたちは数ある幼児教育サービスのうち1つを選択しなければならないわけではなく、組み合わせることが可能である。
  • 負担額については、同じ分類に属するものであっても各施設で大きく異なる。3歳児以上は、所得制限なく週20時間の補助を受けることができる。その他に、所得に応じて税金からの控除も存在する。
  • マークをつけたサービスは独自施設を持つ。それ以外のサービスは独自の施設を持たずに提供される。
テファリキの制定に至るまで

1990年代以前のニュージーランドの幼児教育の状況は、公立幼稚園に入ることができれば教師の質の良いサービスをほぼ無料で受けることができる一方で、その他の多様なサービスは、利用者負担額に対する補助もなければ、質の確保も出来ていない状況であったようである*2。公立幼稚園は3歳の誕生日を迎えた子どもから順次入ることができるが、多くの園で行われていたのが、午前中は4歳児のセッション、午後は3歳児のセッションという、短時間で入れ替え制の教育スタイルであった*3。また、公立幼稚園はスクールターム*4に則って運営されているため、長期休暇もある。こうした公立幼稚園の制度は、夫婦共働きの家庭では利用が難しいことが分かるだろう。このような背景の中、女性の社会進出もあいまって、サービスを選択する権利、平等な補助、幼児教育の質の確保といった気運が高まった。更には、ニュージーランドの先住民族であるマオリの幼児教育への参加率向上*5、南太平洋諸国からの移民の幼児教育参加率向上、増え続ける移民の子どもの教育もまた大きな課題として注目を浴びていた。加えて教育省と厚生省の2つの省が管轄していたサービスが1986年に教育省に統合されたこともあり、多様なサービス、多様な価値観を包括しうるカリキュラムが必要とされたのである。テファリキは、こうした時代的要請をうけ、1990年から作成が開始された。このような背景はあったものの、ナショナルカリキュラムができることには、多様なサービスの独立性や多様性を奪うのではないかという各幼児教育施設の懸念もあったようである。当時執筆の中心となったMargaret Carrをはじめとした執筆者たちは、全てのサービスから多用な意見を取り入れようとした。この試みが可能になったのは、コハンガレオトラスト*6や、マオリのイマージョン教育*7のカリキュラムを書き上げたTamati Reedy*8などの協力によるとされる。こうして6年もの歳月をかけ、トップダウンでおりてきたというよりはボトムアップで出来上がったカリキュラムがテファリキである。テファリキ作成の背景については、主にMay (2002)を参考にしたが、他にも多くの論文が執筆されており、テファリキ自体にもニュージーランドの幼児教育がおかれている社会的背景に関する記述がある(Ministry of Education,1996,p.17-18)。

テファリキの先駆的な内容

テファリキは、冒頭で触れたように理念的なカリキュラムである。ここではカリキュラムの定義も、一般的に日本で考えられているものよりは広義の意味を持つだろう。「子どもたちが心・身体・精神ともに健康であること。所属しているという安心感をもてること。社会にとって価値のある貢献をする存在だという知識をもてること。そして有能で自信のある学習者、コミュニケーターとして育つこと。 」というビジョンをどのように実現したらよいかを定義しているのがテファリキであるという文章で始まる。

テファリキは、制定された1996年当時、マオリの重要課題であったエンパワメント*9を中心的概念に据えられた。子どもたちのエンパワメントはマオリの最重要課題であるとともに、全ての子どもにとって身につけるべき重要な内容であるとして、最終的にできたのがキーワードとなる4原則と5要素である。4つの原則とは、エンパワメント(Empowerment)、全体的発達(Holistic Development)、家族とコミュニティ(Family and Community)、関係性(Relationships)であり、5つの要素とは、心身の健康(Well-being)、所属感(Belonging)、貢献(Contribution)、コミュニケーション(Communication)、探究(Exploration)である。詳しくは、表2および表3を参考にされたい。テファリキは、子どもたちを、こうした原則と要素を編むように、社会文化的背景に則して育てていくという内容となっている。何歳で何ができるようになるといった目標、行わなければならない教育内容は、一切ない。一方で、教えてはならないという内容も含んでいない。モンテッソーリ教育、シュタイナー教育、プレイセンターといった教育哲学も尊重している。実際に、それらの教育機関ではテファリキをカリキュラムとしながらも、独自の哲学に基づいた教育が行われている。また、特別なニーズのある子どももまたテファリキの対象である。まさに「誰もが」対象なのである。なお、テファリキは、バイカルチュラルカリキュラムでもある。マオリ語で対訳のカリキュラムが執筆されており、またコハンガレオをはじめとした、マオリを対象とした教育カリキュラムも含まれている。

表2.テファリキの4原則
エンパワメント Empowerment 幼児教育カリキュラムは、子どもに学び成長する力を与えるものである。
全体的発達 Holistic Development 幼児教育カリキュラムは、子どもが学び成長している全体的なあり方を反映するものである。
家族とコミュニティ Family and Community 家族やコミュニティといった、より広い世界が、幼児教育カリキュラムにとって不可欠である。
関係性 Relationship 子どもたちは、人々、場所、物との双方向の関係性を通じて学ぶ。

表3.テファリキの5要素
心身の健康
Well-being
子どもの健康及び幸福感が守られ、育まれること 。
所属感 Belonging 子どもたちやその家族が所属感を感じることができること。
貢献
Contribution
学習の機会が平等であり、そして子どもたち一人一人の貢献が価値あるものとして認められること。
コミュニケーション Communication 自身の文化、他の文化の言語やシンボルが促され守られること。
探究 Exploration 子どもは、環境の中で能動的な探究を通じて学ぶ。
評価方法

理念的なテファリキに基づく幼児教育では、教師は子どもたちをどのように評価するべきなのだろうか。テファリキ導入当初は教師の間にも相当の戸惑いがあったようである。1996年以降は、評価方法についての研究に助成が続いた(May, 2002, p.10)。これらの研究の結果、考案されたものがラーニングストーリーである(Carr, 2001)。2007年の調査でも94%以上のECE施設が導入している(Mitchell, 2008, p.10)この手法は、従来型の「誰が何をできるようになった」といった目標達成型の評価ではなく、テファリキが取り上げるような理念を意識しながら、子どものあるがままの状態を描写していくような手法である。この手法はナラティブに近く、時間もかかるが、ラーニングストーリーは教師だけでなく親が子どもの成長に関与するに際しても重要なものとされている。現在、子どもたちの記録は文章だけでなく、状況が分かる写真も使われることが多い。幼児教育施設では、教師がデジタルカメラをもって子どもの様子を撮影している姿がよく見られる。なお、ラーニングストーリーの導入は、教師主導型の施設(私立保育園やプリスクール、公立幼稚園)で多いようで、マオリの幼児教育コハンガレオなどでは使用率は下がるようである。

図1. ラーニングストーリーの参考例
lab_01_49_01.jpg

*私立保育園通園時(当時2歳)の実例を和訳

現在的な課題

一般的にはテファリキのことを知っている人々は、その民主的な出自、理念の崇高さ、テファリキこそニュージーランドの理念そのものという言い方で賛辞することが多い。国際的にもOECDをはじめ、テファリキは先駆的だと受け止められることが多いようである。また、現在の教師にとっても独自の教育環境を「編み上げて」いく裁量の大きさから、概ね肯定的に受け入れられているようである。制定から17年がたち、現在働いている教師の多くが学校でテファリキを習い教師になっている。この間、幼児教育の教師が不足していたという事情もあり、幼児教育の教師は移民を積極的に受け入れる職業の1つでもあった。それゆえ幼児教育の教師は移民の割合が非常に高く、自身や同僚が移民であることの多い教師自身にとっても、テファリキの内容は魅力を感じるもののようである。

一方で、ニュージーランド国内の専門家からは、教師のテファリキの理解が多様すぎる、ラーニングストーリーの書き方に個人差がありすぎる、といった点が指摘されている。また、このカリキュラムでは成果を問われないため、教師の言い訳にテファリキが使われる危険性についても指摘されている。具体性に欠けるカリキュラムである限り、施設によるばらつき、教師の実力に左右される部分が大きいことは容易に推察できる。更に、近年高まってきている批判は、多額の税金が使われているにもかかわらず、一体子どもたちが何を学んでいるのか分からないといった批判である(Blaiklock, 2013)。幼児教育は、多額の税金を使いながら説明責任に欠けるというのである。近年、ECEにかけている助成金は急速に増え、5年前の2倍にまで膨れ上がっており、こうした批判の声は高まる傾向にある。ニュージーランドは世界の一部であり、変化の激しい世界に対応できる人材を育てるべきだという考えも強まっているようである。そもそもテファリキが教育の結果を測るためではなく、実際に目の前に存在している多様な文化的な背景、教育哲学、子どもたちに対する幼児教育を網羅しようとした出自を考えれば、応えるのが難しい側面ともいえるだろう。

このような背景の中、幼児教育に関するタスクフォースグループが、2011年6月に政府に対して、財政面から幼児教育の品質にいたるまでの多くの提言をしている*10。このタスクフォースグループは、2010年にECEを評価する政府や教育省とは独立した組織として教育省の大臣 が立ち上げたものである。さらに2012年、教育省もPathway to the Futureとして今後10年を見通した幼児教育の方針を発表した*11。内容は補助制度の見直し、カリキュラムの効率的な運用、教師の質の確保など多岐に渡る。このように立て続けに案が出される中、幼児教育はより成果を重視する方向に変わる可能性もあると言われている。制定当初先駆的であり、今なお国際的には先駆的なカリキュラムは、国内では国際競争力、説明責任といった現代的な課題にも直面している。テファリキがこのまま発展を遂げ未来につながっていくのか、あるいはより教育の結果が見えるような形で子どもたちを効果的に育てる方向に傾いていくのか、注視されている。


  • *1 テファリキをどの程度教育に取り入れるかは教育施設により異なっている。教育施設の裁量の余地が非常に大きい。
  • *2 公立幼稚園の質に比べると、その他施設の質の確保が困難であるという状況は、特に地方で見られる。オークランドのような都市部では競争原理も働くためか、充実した教育内容の私立保育園やプリスクールが多く存在する。
  • *3 近年、3歳児と4歳児を午前午後で区切り入れ替えて教育する伝統的なタイプから、3、4歳児を区別せず1日見る(例えば午前9時から午後3時まで)タイプに変更する公立幼稚園が増えている。
  • *4 ニュージーランドの学校は4ターム制で運営されている。各タームは10週間で、タームが終わる毎に2週間の休みを挟む。12月中旬から1月末までは夏季休暇である。
  • *5 マオリ系住民は人口の15%を占める。先住民というと独特の半ば隔離された生活を営んでいる印象を持たれるかもしれないが、都市化の影響もあり多くは他の住民と同じように生計を立てて現代的な家屋に住んでいる。ニュージーランド政府は、一時は存続の危機に瀕したマオリ語や独自の文化を継承していけるよう支援している。ニュージーランド政府の公にマオリを尊重する政策の根拠はワイタンギ条約にある。(ワイタンギ条約について:http://www.newzealand.com/jp/feature/treaty-of-waitangi/)とはいえ、マオリ系住民を全体としてみると、就学率の低さ、所得の低さ、失業率の高さ、社会保障に依存する率の高さ等々、今なおその社会的地位は平等と言える状況にはなっていない。
  • *6 コハンガレオを統括している団体。http://www.kohanga.ac.nz/index.php?option=com_content&view=frontpage&Itemid=1
  • *7 イマージョン教育とは一般的には、目標とする言語を習得させるためにその言語に浸らせることを言う。この場合はマオリ語の習得を目標としたイマージョン教育のことである。
  • *8 ECEカリキュラムに「Te Whāriki」という名称を提言した人物でもある。
  • *9 一般的にエンパワメントは、社会的な弱者の能力を引き出し、ひいては社会的地位の上昇につなげていくことを意味する。この概念をニュージーランドの幼児教育段階に応用する際、子ども自身が自分のことを有能な学習者なのだと肯定的に捉えることができるようにすることとしたようである。
  • *10 タスクフォースグループの論文はウェブ上にも公開されている。 http://www.taskforce.ece.govt.nz/
  • *11 教育省の発表したPathway to the Futureもウェブ上で公開されている。 http://www.minedu.govt.nz/NZEducation/EducationPolicies/EarlyChildhood/
    ECEStrategicPlan/PathwaysToTheFutureEnglishPlanAndTranslations.aspx

参考文献

  • Blaiklock, K. (2013). What are children learning in early childhood education in New Zealand?. Vol 38.2, Australasian Journal of Early Childhood .
  • Carr, M. (2001). Assessment in Early Childhood Settings-Learning Stories. London: Paul Chapman Publishing.
  • May, H. (2002). Early Childhood Care and Education in Aotearoa-New Zealand: An overview of history, policy and curriculum. Vol 37 (No. 001) McGill Journal of Education.
  • Ministry of Education (1996), Te Whāriki: He Whāriki Matauranga mō ng ā mokopuna o Aotearoa, Early childhood curriculum. Wellington: Learning Media.
  • Mitchell, L. (2008). Assessment practices and aspects of curriculum in early childhood education. Wellington: New Zealand Council for Educational Research
  • Te One, S. (2013). Te Whāriki: Historical accounts and contemporary influences 1990-2012. Nuttall,J. Weaving Te Whāriki 2Nd Edition. Wellington: NZCER Press.
筆者プロフィール
村田 佳奈子

お茶の水女子大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(教育学)。資格・試験関連事業に従事。退社後、2012年4月~ニュージーランド(オークランド)在住。
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