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幼児教育に関する国際的な視点(第4回ECEC研究会講演録④)

北村 友人(東京大学准教授)

2015年5月 8日掲載
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幼児教育は教育・経済・社会の3側面から考える必要がある

近年、幼児教育をめぐる状況は世界的に大きく変化してきています。欧米諸国をはじめとする先進国はもとより、発展途上国と呼ばれる国々でも教育と経済発展との関連性が近年になって注目され始め、幼児教育を充実させることの重要性が広く受け入れられるようになっているのです。
幼児に対する教育やケアが人権に関することであるという認識は、世界共通です。それを踏まえたうえで、主に3つの側面から幼児教育を考えていくと、全体像をつかみやすくなります。

1つ目は、「教育的側面」です。幼児期の教育は、その後の就学や学習に大きな影響を及ぼすことがさまざまな調査で明らかになっています。例えば、2012年に発表された経済協力開発機構(OECD)による調査結果からは、就学前教育の期間を1年間延ばしたり、就学前教育を受ける子どもの割合を増やしたりすることで、15歳児の学習到達度にプラスの影響を及ぼすことが明らかになっています。

2つ目は「経済的側面」で、幼児期の教育は年齢が上がってからの教育より経済効率性が高いことが分かってきています。その一例として、ノーベル経済学賞を受賞したJ・ヘックマンらが「困難な状況にある子どもへの投資効率」というテーマで行った研究が挙げられます。これは、就学前教育、学校教育、職業訓練を比較し、就学前教育が最も経済的投資効率が高いことを証明した研究です。また、先ほどご紹介したOECDの調査では、低所得家庭出身の子どもに向けた就学準備プログラムにおいて、より質の高いプログラムを実施する方が投資効率が高くなることも明らかにされました。

3つ目は、「社会的側面」です。幼児教育のみならず初等教育や中等教育を普及させ、格差を是正していく中で、社会経済的な階層間格差が縮まることが期待されています。これと関連して、世界的に乳幼児死亡率が高い、アフリカのサハラ砂漠以南の地域(以下、サハラ以南アフリカ)の事例をご紹介しましょう。同地域では、2008年の1年間に命を落とした5歳未満の子どもの数が440万人にも上りますが、もしすべての母親が初等教育を受けていれば約420万人に、中等教育まで受けていれば約240万人に減らすことができただろうということが、研究で明らかになっています。

幼児教育の「質」をいかに評価するかは国際的な課題

幼児教育に関する研究や理論が国際的に積み上げられ、関心が高まる中で、2010年9月に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の主催による世界幼児教育会議がモスクワで開催されました。私は日本政府代表の1人として出席し、参加国130か国以上の代表の方々と議論しました。会議では「幼児教育の普及と質向上がいかに重要であるか」が改めて強調され、そこで大きな論点となったのが「幼児教育の質をどのように評価するか」という問題でした。

教育の質とひと口にいっても、教育学的な質もあれば、教師やその他従事者の質、教育プログラムの質、環境や設備の質もあるというように、実に多様です。また、子どもたちの成長に目を向けた場合にも、記憶などの認知的な側面と同時に、非認知的・情動的な側面をどのように評価するかは難しいところです。
質を評価する際には、定性的なアプローチと定量的なアプローチの両方が求められます。定性と定量のバランスをとりながら、指標として目に見える形をつくることが必要との意見がまとまり、「子ども開発指数」という指標をユネスコが作成することで国際的な合意に達しました。

子ども開発指数は、国際NGOであるSave The Childrenが発表しています。これは、「5歳未満の乳幼児死亡率」「5歳未満の低体重児の割合」「初等教育の非就学率」「15歳以下の人口」という4つのデータを掛け合わせて数値化し、子どもの置かれた状況を見取るというもので、既に国際的な比較も行われています。国別の順位を見ると、上位を先進国が、下位をサハラ以南アフリカや南アジアの国々が占めています。シンプルで分かりやすい評価基準ですが、4つの指標をデータ化するだけでは包括的な評価といえず、幼児をめぐる状況の改善につながりにくいという課題がありました。

そこで、ユネスコは2014年に「包括的な幼児期の発達に関する指標」のフレームワークを打ち出しました。これは、「子どもの発達の成果」(子どもの生存と年齢に応じた発達・学力の能力)、「家庭・家族」(適切な資源を有し、認知的な刺激や感情的な支援に溢れた家庭環境における子どもの経験)、「プログラム・サービス」(保健医療や栄養摂取に関して、質の高いプログラムやサービスへのアクセスを子どもや家族が有していること)、「政策・法律」(子どもや家族に対する支援の政策やプログラムを通して、子どもの権利が守られ、維持されていること)という4つの領域について、健康、教育、保護者のサポート、栄養、社会保護、貧困という指標を組み合わせ、国や地域ごとの幼児教育を評価しようとするものです。
例えば、「子どもの発達の成果」なら乳幼児死亡率や低体重児の割合、「プログラム・サービス」なら予防接種を受けている子どもの割合、「家庭・家族」なら両親が有給による産休や育休を取得できるか、「政策・法律」では子どもの出生証明書が発行されるかというように、幼児期の発達を多様な側面から評価することを目指しています。

認知的・非認知的な能力の両側面を包括的に見取ることが大切

幼児教育の内容に関してOECDの比較調査結果などを見ると、先進諸国における幼児教育の類型は大きく分けて2つあることがわかります。1つは、就学準備を重視するタイプの幼児教育である「就学準備型」。もう1つは、生涯教育の基盤として幼児教育を位置づける「生活基盤型」です。

アメリカやイギリス、フランスなどでは、基本的に就学準備型の幼児教育を重視しています。またドイツやスウェーデンなどは、以前は生活基盤型の教育を重視してきましたが、近年はPISAの影響を受け、就学準備型への転換が進んでいます。特にドイツは2000年代の「PISAショック」から、子どもの学力低下は幼児期の教育に原因があるとして、就学準備型へと大きく舵を切りました。
一方、日本や韓国では生活基盤型の幼児教育が行われていますし、ニュージーランドのように就学準備型にも生活基盤型にも当てはまらない国もあります。ただ、先進国全体で見ると、生活基盤型から就学準備型に転換した国、あるいは転換しようとしている国が目立ちます。この背景には、移民の増加や経済のグローバル化、格差拡大など、社会的な構造転換の影響があると考えられます。

就学準備型の幼児教育を行う国が増えているため、幼児教育の評価軸は子どもの学習の定着度合いに偏りがちです。しかし、情動的・非認知的側面からも子どもを見取らなければ、幼児教育の評価軸としては不完全だと、私は考えています。また、就学準備型に傾きすぎることで、いわゆる"子どもらしい時期"を子どもから取り上げることになってしまうのではないかという懸念も感じています。
その他、教育をめぐる行政構造についても、国として一元化するべきか、地域ごとの自主性や多様性を尊重すべきかが、多くの国で論点になっています。一般的には、質向上の観点からは中央集権型が優位といわれますが、地方の独自性がプラスに働く面も多々ありますから、一概には言えません。

子どもにとって豊かな教育やケアとはどのようなものか、それをいかに実現するか。この問題を解決するためには、さまざまな要因について考えなければなりません。だからこそ、保育者、保護者、研究者といった子どもにかかわるすべての人が力を合わせ、じっくり検討していく必要があると、私は考えています。

※この原稿は、第4回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育~遊びの中に学びを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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北村 友人(きたむら ゆうと)
東京大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、国際教育開発論。カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。国連教育科学文化機関(ユネスコ)、名古屋大学、上智大学を経て、現職。共編書に、「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)、「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)、「激動するアジアの大学改革」(上智大学出版、2012年)、「Emerging International Dimensions in East Asian Higher Education] (Springer、2014年)など。

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