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タイ国マヒドン大学における幼児教育国際会議 International Conference on Moving Closer to an Ideal Kindergarten Programに参加して

要旨:

2009年10月6日に、タイ国マヒドン大学の国立子ども家族発達研究所で、幼児教育に関する国際会議が開催された。タイにおける幼児教育熱の高まりのなか、筆者は、"The Relationship between Japanese View of Children and Kindergarten Programs in Asian Context"と題して、他のアジア諸国が就学前から教え込みを入れているのに対し、日本では子ども中心主義の考え方に基づき、自由遊びを中心としたトータルな発達を促すという考え方で一貫した教育が行われている、という内容の講演を行った。
2009年10月6日に、タイ国マヒドン大学(Mahidol university)の国立子ども家族発達研究所(National Institute for Child and Family Development)で、幼児教育に関する国際会議(International Conference on Moving Closer to an Ideal Kindergarten Program)が開催された。この研究所は敷地内に隣接する附属幼稚園を持ち、研究所長が附属幼稚園長も兼任し、緊密な研究連携をしている。国際会議当日は、バンコク市やその他の地域の、保育に携わる現場の先生たちや、幼稚園経営者、幼児教育関係者を中心に100名あまりが参加して、会場はほぼ満席となり、タイにおける幼児教育への関心の強さが伺えた。私自身は、昨年度の国際シンポジウム("The International Conference on Violence and Prevention: School and Family Contexts")で、世界のいじめについて基調講演に招かれたことや小1プロブレムにおける幼小連携の調査に若干携わっていることなどの関係もあり、専門の文化社会心理学から若干離れたテーマではあったが、今回再び招かれることとなった。今回は日本からもう1名の招待枠があり、幼児の認知発達が専門で、幼児教育に詳しい榊原知美氏(東京学芸大国際教育センター講師)も招かれた。

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マヒドン大学を知らない方も多いと思うので簡単に紹介する。この大学は、タイでもっとも伝統のある、医科学系を中心とした総合大学で、世界の大学ランキング100位に入らんとする勢いを持っている。17の学部、7つの研究所、3つのセンターに加え、音楽学校を含む6つのカレッジを持つ。タイではチュラロンコン大学と双璧をなすような存在で、1888年に国王のチュラロンコン(ラマ5世)が建てた病院と医学学校に端を発し、1943年に大学となり、1969年に国王が、その父であるH. R. H. Prince Mahidol(「タイの近代医学と公衆衛生の父」として知られる)にちなんでMahidol universityと改名して現在に至る。

他のアジアの国々と同様、タイでも公立の幼稚園や保育所と、私立の幼稚園や保育所との格差が大きく、私立の幼稚園を中心に、情報教育や英語教育など、さまざまなカリキュラム上の特色を出して入園者を惹きつけるための競争が激化している。その中で、英語などをカリキュラムに基づいて教える「教え込み」の問題もクローズアップされている。マヒドン大学の子ども家族発達研究所附属幼稚園では、こうした教え込みをできるだけしないようにしているというが、日本的な自由遊びに比べると、プログラムを組んで意図的に様々な能力を伸ばそうという発想が基本的である。

幼児教育の過熱現象は、基本的には都市を中心とした富裕層の保護者が支えているので、必ずしもタイ国全体の子育て事情を反映しているとは言えないだろう。しかし、それでもアジアの家庭教育国際比較調査(1994年文部省、2005年国立女性教育会館が基本的に同じ質問項目で実施)の一貫としてタイ全土でおこなわれたサンプリング調査(江藤, 2007)では、「子どもに勉強を教える」という項目が1994年の28%に対して2005年では53%とほぼ倍に増えていた。また、0-3歳と年齢が低いうちから「勉強を教える」のも26%と、韓国の33%に次いでアジアでは2位であった。子どもに望む学歴も、総合大学学士以上のレベルを望む親が94年の38%から、2005年の52%へと増加している。また「子どもの成長に関する満足度」も69%から82%へと上昇していたことから江藤(2007)は、タイでは幼児教育が加熱しているとともに、子どもも親への期待に応えていると考察している。一方江藤(2007)は、近年の激しい情勢変化などの影響か、タイでは農村部を主に母親の感じる「子育ての楽しさ」が激減傾向にあるという。たとえば2005年の調査では、その10年前は90%以上の親たちが、「子育ては楽しいといつも感じる」か「時々感じる」と答えていたのに、43%もの親が「子育ては楽しいものだとは思わない」か「まったく思わない」と答えており、2位の日本の9%を大きく引き離しているというデータをあげている。

こうした背景を見ると、今回の国際会議の参加者(聴衆)は、都市部の富裕層の保護者を相手とする教育が加熱している幼稚園の保育者や経営者が多かったと考えられる。

国際会議の内容は、研究所のホームページ(http://www.cf.mahidol.ac.th/index_eng.php)でも紹介されているが、概要を紹介する。まず当日は、所長のDr. Sairudee Vorakitphokatorn(サイルディー・ウォーラキポカトーン)が、"All we really need to know we learned in kindergarten"と題して講演を行ったあと、マヒドン大学神経行動生物学センターのKotchabhakdi教授が就学前児の脳の発達について講演を行い、脳の神経発達と知性や社会性・道徳性の発達との関連についての最新の知見を紹介した。続いてフランス人で自らもタイ中部の島で保育所を運営するNathalie Grattard氏が、保育所において、幼児の心身の健康を促す保育者の関わりなどについて、実践例も含めて発表した。


report_02_93_3.jpg続く榊原氏は、"Japanese Early Childhood Education and Its Support for Young Children's Mathematical Development"と題して、日本では児童や幼児の算数的能力が国際的に見て高いにもかかわらず、幼稚園の先生は保育活動で算数教育をおこなっていないし、算数教育のことを意識すらしていない場合がほとんどであること、しかし実際には数え歌や園の出欠席児数を調べるなどのかたちで幼児の算数的な思考を促す機会が様々な場面に巧まずして織り込まれていて、こうした無意図的な織り込みの多さに比例して幼児の算数的能力が高くなることを示した。この発表は、事後アンケートの結果でも、きわめて高い評価を得ていた。


report_02_93_4.jpg日本では教え込みをせずに子どもの知的発達を効果的に促している、という内容を承けて、私は、"The Relationship between Japanese View of Children and Kindergarten Programs in Asian Context"と題して、日本の幼児教育が日本に伝統的な子ども観に基づいて、アジアでは特殊な特徴を持っていることを中心に話をした。他のアジア諸国が就学前から教え込みを入れているのに対し、日本では子ども中心主義の考え方に基づき、自由遊びを中心としたトータルな発達を促すという考え方で一貫している。こうした姿勢は、他の東アジア諸国の人々から見ると、「遊んでばかりで何も教えていない」と映るようであるが、実際には自発的な遊びを通じて小学校以降の学習にもつながるような、さまざまな能力の基礎を培うことが意図されている。また、2,3歳頃の平行遊びの段階を越えて、4,5歳頃から他の子どもとイメージを言葉で共有して、ルールを作って遊ぶなどの集団遊び能力の基礎が形成されてくるが、こうした集団遊びは社会性の発達にとって重要であるので、集団遊びにも力を入れるべきことを話した。遊びは相互の持つステータスや偏見を、生身の人間としての交流を通じて、解消し、相互理解を深めることにつながるので、集団の凝集性や相互信頼を高めるのにも役立つ。このことは、昨今重要視されている「コミュニケーション能力」を養成する上でも、非常に役立つ。このことは小学校以上でも言えることであり、同じクラスの子どもどうしの場合でも、通常の学級活動とは異なる活動を通じて、お互いの新たな面に気づくことができる。

また、遊びは自発的な活動であるため、おのずと探求心が深まり、創意工夫や知的発達が促されやすい。脳科学の知見からも、自発性の高い活動ほど、シナプス連合が促進される傾向があることが示されている。


report_02_93_5.jpg以上の話に加え、実際に日本の幼稚園の様子を見せないと伝わらないため、全国のいくつかの調査で回ったりした幼稚園での設定活動や自由遊びのビデオや、子どもの遊びなどの園生活における衝突や葛藤などの欲求不満状態を先生がどのように解決するか、ということが見て取れる東京学芸大学附属幼稚園のビデオ(文部科学省特選)などを見せたが、参加者の暖かいまなざしから、国や文化は違っても、子どもが好きであるという点に相違はないことが感じられた。またタイでは自由遊びといっても、日本のように先生の目配りが届いたものというより、怪我だけはさせないように気をつける放任的自由遊びの傾向があるかもしれないため、活動量が多く活発な日本の自由遊びの様子が新鮮だったと思う。

そのほかにも、タイでおこなわれている読書教育、なかでもイギリス発祥の"Book Start Program in Thailand"の効果に関する研究報告などもあり、9時から始まった会議が終わったのは予定を1時間近くすぎた5時頃であった。


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<参考文献>
江藤双恵 (2007) タイの子育てと子ども政策の展開-都市と農村の比較 国立女性教育会館研究ジャーナル 11, 33-45.

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