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世界の幼児教育のトレンドを考える

北村 友人(東京大学大学院教育学研究科 准教授)

2014年1月10日掲載

近年、幼児教育に関する議論が、さまざまな国で活発に行われている。しかしながら、多くの国で、政策的・制度的・実践的な諸側面における幼児教育充実への取り組みが未だ不十分であることも否めない。こうしたなか、幼児教育の機会が十分に提供されているかという「アクセス」に関する問題への関心とともに、幼児教育における「質」の問題に対する関心が急速に高まっている。そこで、平成24年度に上智大学が文部科学省の委託調査として行った研究の成果にもとづきながら、世界の幼児教育のトレンドについて考えてみたい。

なお、これは文部科学省の平成24年度「幼児教育の改善・充実調査研究」の委託調査として行われた研究であり、『諸外国(アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・スウェーデン・ニュージーランド・韓国)における幼児教育施設の教育内容・評価の現状や動向に関する調査および幼児教育の質保障に関する国際比較研究』(平成25年3月、上智大学)という報告書に成果がまとめられた。本稿は、同報告書に所収の拙稿「国際比較を通した幼児教育の質に関する考察」に大幅な加筆修正を行ったものである。

この調査は、諸外国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、ニュージーランド、韓国の計7か国)において、幼児教育の質的な改善・充実という観点から、教育内容および評価がどのように行われているのかを明らかにすることを目的として実施した。とくに、この研究では各国の幼児教育施設レベルで訪問調査を実施し、具体的な状況を精査してきた。それら各国の現状や動向を国際比較することによって、「より豊かな幼児教育を実現するためのヒント」を探りたい。

ちなみに、『OECD保育白書』(OECD, 2006)が指摘するように、世界各国の幼児教育は、大きく2つの類型に分けることができる。すなわち、(1)就学準備や「学校へのレディネス(readiness for school)」を重視するタイプの幼児教育と、(2)幼児期を想定する「ソーシャル・ペダゴジー(social pedagogy)」の伝統に則り、生涯学習の基盤として幼児期を位置づけ、ケア・養育・教育に対してホリスティック(包括的)なアプローチをとる幼児教育である。今回の調査対象国のなかでは、アメリカ、イギリス、フランスが前者のタイプを採用し、ドイツとスウェーデンが後者のアプローチを推進してきたと言われている。 また、ニュージーランドはやや就学準備型のアプローチであり、韓国はホリスティックなアプローチをとっていると言えるだろう。

アメリカ
いわゆる「自助の伝統」のもとに、教育の地方分権化が確立しているアメリカでは、州レベルあるいは地方学区レベルにおいて多様な基準を設定し、「ユニバーサル・サービス」としての幼児教育サービスを提供している。そのため、教育内容に関しても、全米で統一されたスタンダードは構築されておらず、州レベルでのスタンダードとしての「コア・カリキュラム・スタンダード」の開発が進んでいる。アメリカにおける幼児教育の内容的な特徴として、社会経済的な格差や移民に関する問題などを背景として、学校教育のなかでの学習の基礎となる能力を育み、学校レディネスを高めようという意図も明確にみられる。

アメリカでは、幼児教育のみならず教育セクター全体を通して、1980年代から一貫して学力重視の政策が推進されてきた。そのなかで、2009年から各州で共有する初等・中等教育の参照基準の策定が、州の連合体によって行われている。そこでは、伝統的な教科・科目別の知識・技能だけではなく、21世紀型スキル(21st Century Competencies)と呼ばれる分野横断的な考える力の育成が目指されている。そして、その前提として、幼児教育において基礎・基本を定着させることが重要であると考えられている。

イギリス
基本的に地方分権化をベースとするアメリカとは異なり、イギリスでは1999年から幼児教育のナショナル・カリキュラムが導入され、2008年には0歳~5歳を対象とする「乳幼児基礎段階(EYFS :Early Years Foundation Stage)」が設定された。2012年に改訂されたEYFSの特徴としては、2歳児における「成長チェック(progress check)」の導入と、5歳児における評価項目の変更(乳幼児期の学習目標の精選とグレードの簡素化)が挙げられる。なお、これらの評価は形成的評価であり、日常的な子どもの観察や子ども・保護者との話し合いを通した継続評価(ongoing assessment)の形で行われる。このEYFSでは乳幼児期学習目標(ELG:Early Learning Goals)が明示されており、5歳児(進学時)を対象に「EYFSプロファイル」を作成して、個々の子どもの学習目標の到達度合いを評価し、記録している。

フランス
基本的に3歳から通う保育学校 を「最初の学校」として位置づけているフランスでは、保護の役割も果たしつつ、学校教育としての幼児教育が重視され、保育学校と小学校の教育的連続性が求められてきた。そのため、保育学校は初等教育に含まれ、小学校と一貫した教育プログラム(学習指導要領)にもとづいた教育を行っている。この学習指導要領では、子どもたちが習得すべき能力(コンピテンシー)を定めている。それらは、(1)横断的な能力、(2)言語の習得に結びついた能力、(3)教科の能力、の3つの類型に分けられる。

イギリスと同様にフランスでも、幼児教育における評価の重要性が明確に意識されている。たとえば、「2008年初等学校プログラム(学習指導要領)」のなかで保育学校における「習得能力一覧」 が定められており、この基準にもとづき、年長組を対象とした評価を行っている(保育学校学習指導要領については、次のURLの論考を参照のこと。http://www.mukogawa-u.ac.jp/~edugrad/609takashiootsu_kazuohashimoto_naokofuruhata.pdf)。こうした評価は、子ども別の「成績記録簿」に記録され、定期的に保護者に伝えられる。また、保育学校の期間を通じてどのような能力(コンピテンシー)を習得したかが「保育学校修了時の記録簿」に記載され、保護者とともに小学校1年時の担当教員にも伝えられている。

ドイツ
基本的に「学習」に力点を置いてきた米英仏の3か国とは異なり、ドイツでは思想的ならびに政治的な諸理由から「生活基盤型」の幼児教育が長年にわたって行われてきた。しかしながら、2000年代に入ってからのいわゆる「PISAショック」を背景として、就学前教育の重要性が広く認識されるようになった。そして、生活重視・ホリスティック型の考え方と学習レディネスを重視する考え方との間でせめぎ合いが起こり、学習面に一定の配慮をした新しい幼児教育カリキュラムが導入されたりしている。(ただし、ドイツの教育システムは地方分権化が徹底しており、幼児教育の考え方についても州ごとの異なりが大きい。)

ドイツでは、一人ひとりの子どもに記録ファイルが配られ、子どもの状況や子どもの書いた絵などを記録して、ファイリングしている。このファイルには、子どもの状況に関するチェックシートがあり、さまざまな行動(どのレベルの言葉を話すことができるなど)に関して到達度合をチェックするようになっている。また、4歳児を対象とした「学習レディネス状況調査」も実施されており、基本的運動等の能力、音声の理解、話し言葉のレベル、初歩の書き言葉などについて調査している。

スウェーデン
「世界で最も発展したシステムのひとつ」とも称されるスウェーデンの保育制度は、ケア・養育・教育をホリスティックにカバーするとともに、充実した社会保障制度にもとづき財政面でも充実し、保育の質においても優れたレベルにあると考えられている。そのようなスウェーデンであるが、1990年代以降、経済危機や政治情勢の変化、公共部門の規制緩和、経済市場の自由化などが起こり、教育分野においてはPISAの順位が下降したりするなかで、福祉国家から知識国家への転換を図ることの重要性が議論されるようになった。

そうしたなか、2011年に「Skola 2011」をスローガンとする新しい学校法が制定され、就学前学校カリキュラムも改訂された。具体的には、就学前学校を「学校」とみなし、言語、数学、自然科学、科学技術などの発達目標が明確化され、就学前学校での活動の質も評価されることになった。こうした生活基盤型から就学準備型へと幼児教育のアプローチが転換をみせるなかで、幼児教育の「学校化(schoolification)」が進んでいるという懸念も指摘されている。

ニュージーランド
さて、欧州から目を転じてニュージーランドの様子をみると、1980年代半ばに当時の労働党政権が社会的公正(social equity)を背景とした経済成長によって国家の発展を目指すことが基本方針として定められ、保育分野にもこの考え方が適用された。その結果、1980年代後半には、それまで国の教育部の管轄であった「幼稚園」や「プレイセンター」と、社会福祉部が管轄していた「保育所」や「家庭内保育所」が、教育部の管轄下で一元化された。1996年には、0~6歳児を対象とするナショナル・カリキュラムである「テファーリキ(Te Whāriki)」が作成され、マオリ族とヨーロッパ系民族との二文化主義の考え方にもとづき、コミュニティへの所属意識や社会貢献への姿勢などを育むことを強調している。

また、ニュージーランドでは政府からの補助金を受けた幼児教育施設に対して、その成果を示すことを明確に求めている。そのため、外部評価を行う機関として教育機関評価局(ERO :Education Review Office)が設立され、施設資源や補助金の適正使用などに加え、提供される教育の質に関しても厳しくチェックを行っている。EROでは、各幼児教育施設が行った自己評価を踏まえつつ、EROの評価員による実地評価などを実施し、最終的な評価結果をホームページで公表することで、保護者が施設選択をする際の判断材料を提供している。

韓国
日本の隣国である韓国における幼児教育は、日本と同様に幼保一元化を目指した改革を進めているが、日本よりも積極的な取り組みがみられる。とくに近年は、2009年に発表された「幼児教育先進化推進計画」にもとづき、幼児教育の質を向上させるためのさまざまな施策が導入されている。そうしたなか、公立の保育施設(幼稚園とオリニジップ(子どもの家という意味。日本で言う保育園に近い))における5歳児無償化政策は、2012年に満5歳児を対象として実施され、2013年には満3~4歳児に適用する方向で計画されている(なお、私立幼稚園に関しては保育費用の約半分を公的に負担)。また、幼保一元化を進めるうえで、保育施設の違いにかかわらず良質な教育と保育を提供するために、教育・保育課程の共通課程としての「ヌリ課程(就学前義務教育課程)」が2012年から導入されている。このヌリ課程では、知識概念中心の構造的な小学校教育とは差別化され、幼児の自由選択と遊び中心の統合が強調されている。

また、韓国の特徴として、幼児教育の質を向上させるために、幼稚園教員に関する「教員能力評価(Teacher Competence Evaluation)」が導入され、教員自身の自己評価も含めた教員の能力評価が行われている(OECD, 2012)。

こうして今回の調査対象である7か国の幼児教育の内容を概観すると、各国の社会的・文化的・政治的・経済的な文脈のなかで、生活基盤型のアプローチと就学準備型のアプローチとの間でいかなるバランスをとるべきかと模索している様子がみえてくる。国際的な潮流という意味では、就学準備型の比重が高まっている傾向がみられるが、その一方で韓国の「ヌリ課程」導入のように生活基盤型にこだわった改革も行われている。また、移民の増加や経済のグローバル化と格差の拡大など、社会的な構造の転換が幼児教育の内容的な面に対して影響を及ぼしていることも見過ごすことはできない。 また、それぞれの国で行われている評価(幼児に対する評価、スタッフに対する評価、施設に対する評価など)を概観すると、すべての国で評価の重要性が意識されていることがわかる。それと同時に、多くの国での幼児教育改革が就学準備や「学校へのレディネス」を高めることに力点が置かれつつある状況を反映して、評価の面でもより「学習の成果」を明らかにしようとする傾向がみられる。

今回の調査結果を概観すると、それぞれの国で幼児教育の質を向上させるために、政策的・制度的・実践的な諸側面において積極的な改革を積み重ねてきていることがわかる。そうしたなか、幼児教育の重点が、ケア・養育・教育に対するホリスティックなアプローチから、就学準備や「学校へのレディネス」を重視する方向へと移行している傾向がみてとれる。そのため、評価に関しても、より「学習の成果」を明らかにすることが求められ、より「客観的」と考えられる基準や指標が導入されるようになっている。

また、ここで概観したように幼児教育の改革が進んでいる一方、各国の状況を子細に検証すると、それぞれの国で課題が山積していることにも気づく。今回の調査対象国の多くで就学準備型の幼児教育プログラムを導入しつつも、一方で「子どもらしい時期を取り上げる」ことにつながってしまうという懸念も多くの関係者が抱いており、ホリスティックな幼児教育プログラムの意義や重要性もまた広く認識されていることを改めて強調しておきたい。

さらに、日本の幼児教育が直面している課題を考えると、行政面の取り組みからもさまざまな示唆を得ることができるだろう。今回の調査対象国における幼児教育のシステムは多様であり、行政的には保育と早期教育を一つの行政機関(省庁)で行う「一元型」の仕組みを導入している国と、それらを異なる行政機関(省庁)が管轄する「二元型」または「分離型」の仕組みを採用している国とがある。また、幼児教育のモニタリング・評価を地方行政に移管している「地方分権型」の国もあるが、こうした国では全国レベルでの幼児教育の現状比較を行うことや、標準化された幼児教育サービスを国内のすべての地域で提供することに、困難を伴うこともある。そうしたなか、今回の調査対象国の多くにみられるように、また日本でもその試みが積み重ねられているように、幼児教育の質を向上させていくうえで、国レベルでの一元的な行政システムの導入には、一定の有効性があると考えられる。

本稿には、「世界の幼児教育のトレンドを考える」という大上段に構えたタイトルを付けてしまったが、実際の調査対象国は7か国であり、「世界」の潮流を捉えると言うには少な過ぎるのかもしれない。しかし、この7か国のそれぞれと何らかの面で類似するような取り組みを、世界各地でみることができる。そうした意味で、大げさなタイトルを付けたことに対して、ご理解いただければ幸いである。

何よりも、ここで取り上げた国々が、それぞれの社会的文脈を踏まえながら幼児教育の質を向上させるために積極的な改革・改善を進めている様子には、大きな刺激を受けるとともにさまざまなことを考えさせられた。これらの国の取り組みを参考にしつつ、日本においてもこれまで積み上げてきた幼児教育の豊かな蓄積を存分に生かして、より質の高い幼児教育を実現するための政策的・制度的・実践的な取り組みがさらに進んでいくことを期待したい。


参考文献
  • OECD (2006). Starting Strong II: Early Childhood Education and Care. Paris: OECD.
  • OECD (2012). Starting Strong III: A Quality Toolbox for Early Childhood Education and Care. Paris: OECD.
筆者プロフィール
lab_06_27_1.jpg 北村 友人(東京大学大学院教育学研究科 准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。 慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。国連教育科学文化機関(ユネスコ)、名古屋大学、上智大学を経て、現在、東京大学大学院教育学研究科 准教授。
共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)、「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)、「激動するアジアの大学改革」(上智大学出版、2012年)等。
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