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【イギリス】 イギリスの家庭的保育‐質保証のあり方に注目して‐

要旨:

イギリスの旧労働党政権(1997-2010)は、著しく不足していた保育サービスを拡充する方策の一つとして、家庭的保育(チャイルドマインディング)を積極的に活用した。本稿では、日英両国における家庭的保育者の要件を比較しながら、イギリスの家庭的保育の実際と、その質保証に向けて推し進められた政策を紹介する。

Keywords;
Ofsted, イギリス, チャイルドマインダー, 保育の質, 保育政策, 労働党政権, 家庭的保育, 質保証
English
はじめに

いま日本では、保育所への入所を待つ待機児童の解消が急がれています。その方策の一つとして注目されているのが、家庭的保育(いわゆる「保育ママ」)です。平成20年の法改正で児童福祉法に位置づき、昨年発表された「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」(平成22年6月)では、「小規模保育サービス」に組み込まれました。新システムが始動すれば、指定事業者を通じて、主に3歳未満児の需要に応えるとのことです。新システムは、「多様な事業者の参入による基盤整備」を謳っていますから、その進展に伴って保育者に求められる資格要件も多様化することが予想されます。そのような事情のもとで、家庭的保育の「質」の保証はどのように行われることになるのでしょうか。制度案要綱には詳しい記載がありません。

その点に関して、イギリスに学ぶところは多いように思います。イギリスでは、旧労働党政権(1997-2010)が、親の選択権の尊重を前面に押し出しながら、保育サービスを充実させる方策として家庭的保育を積極的に活用しました。それと並行して、家庭的保育の質を保証する仕組みを整備したからです。


家庭的保育の日英比較

イギリスの家庭的保育は、チャイルドマインディング(childminding)といい、その担い手はチャイルドマインダー(以下マインダーと表記)と呼ばれます。日本とは違って、チャイルドマインディングには、少数の例外を除いて、自治体による委託や費用の公費負担の仕組みはありません。その点は3歳未満児の施設型保育も同じで、旧労働党政権以前の歴代政府は、公費負担を伴う保育サービスの利用を、危機的状況下の子どもに限ってきました。そのため、女性の社会進出が進んだ1970年代なかば以降の保育サービス不足は深刻でした。親は、空きのある保育施設やマインダーを自分で探し、全額自己負担で子どもを託すほかありませんでした。高くついただけでなく、多様な事業者が混在していて保育の質にバラつきが著しく、「安全・安心」からは程遠い状態だったのです。

チャイルドマインディングは、全くの私的契約に基づく保育サービスです。保育時間(1時間単位)、保育料、食事提供の有無、他の機関やお稽古ごとへの送迎など、全てが当事者間の直接交渉で決まります。融通がきくことから、使い勝手の良いサービスとして、古くから広く利用されてきました。1948年にはマインダー登録制が敷かれています。しかし、遵守されたとは言い難く、その実態はよくつかめませんでした。不適切な扱いや事故による犠牲も少なくなかったといいます。画期となったのが「1989年児童法」です。その規定によって自治体の指導・監督権限が強化されました。けれども取り組みは自治体によってまちまちでした。

現代のマインダーは、1日2時間以上、自分の住まいで子どもを預かる登録制の自営業者です。少し古い数字になりますが、2007年の統計[1]では、約7万人が従事し、30万人(定員数)の保育を担っています。労働党が政権の座についてからは登録義務の徹底が図られ、最近の通達には、親しい友人間であっても、未登録者による謝礼を伴う保育は違法とあるほどです。

マインダー登録[2]には審査費用がかかりますし、登録後は登録維持費を毎年政府に納めなくてはなりません。その額はどちらも35ポンド(2010年現在)、日本円にして5,000円程度です。しかし、昔も今も、保育に関する職業資格は必要ありません。審査は決して簡易なものではありませんが、申請者とその同居人に犯罪歴等の不適当な過去がなく、保育に提供される住居が登録要件を満たしていれば、申請が却下されることはほとんどないようです。研修義務は12時間だけですし、登録後にマインダーとして働きながら受けてもいいのです。

家庭的保育者の要件のうちで日英の違いがもっとも際立つのが、保育者自身が抱える乳幼児の扱いでしょう。日本では「6歳未満児のいないこと」が求められているのですが、イギリスでは学齢未満(5歳未満)児がいても全く差し支えありません。預かることのできる人数の中に含めばいいのです。2006‐2008年に行った聞き取り調査では、子どもが小さいうちは自分で面倒を見たい、適当な預け先(特に費用面で)がない、だからマインダーになったという声が圧倒的でした。それこそがマインダーの本流とみる保育研究者や行政官もいて、話を聞いた中には自分も子育て中はマインダーをしていたという人が複数いました。

1人の保育者が預かることのできる人数も大きく違います。日本では3人までで、事業対象となる年齢は主に3歳未満です。イギリスは、というと、5歳未満児は3人以下(うち1歳未満は1人だけ)にとどめなくてはなりませんが、それに加えて5歳以上8歳未満児は3人まで、8歳以上なら保育に支障のない限り、何人でも預かっていいのです。マインダーが学童保育要員でもあることが分かります。


マインダーの仕事ぶり

マインダーに家庭的保育の考え方や実際を聞いてみますと、日本で見聞きしたのとはかなり違う印象でした。

聞き取り調査の過程で、5歳の娘と3歳の息子を育てながら、12人の受託契約を結んでいるというマインダーに出会いました。預かる頻度と時間帯がまちまちなので、一覧表を作成し、家にいる子どもが規定数を超えていないか、絶えずチェックするといいます。学校の長期休暇中は、8歳未満児6人に加えて、8歳以上児が何人か家にいることもあるのだとか。友達を家に呼べるようにと、上限いっぱいまで預からない日を設けるなど、娘への配慮も怠ってはいませんでした。

特別支援児を育てるマインダーは、わが子に願っても得られなかった保育サービスの提供を志しました。親の望むように、子どもたちと一緒に食卓を整えて食事をとり、近所の公園や商店街へは毎日のように出かけ、プールや習い事にも連れて行っていました。5歳児と2歳児を育てながら夫婦でマインダーをしていたカップルは、1歳児を4人、午前7時半から午後6時まで預かっていました。受託児は家族と思い、わが子と同じに扱うよう心がけ、病気のときもひどくなければ定時まで預かり、服を汚せば洗濯機を回すと話していました。

話を聞いたマインダーの保育料は最低が1時間3.5ポンド、最高は8ポンドでした。


質保証に向けた政府の取り組み

では、旧労働党政権は、チャイルドマインディングの質の保証に向けてどう取り組んだのでしょう。政策をたどってみますと、まず、1998年に「チャイルドケア戦略」を発表し、包括的な保育拡充策を示しました。同じ年に認証マインダー制を導入して、一定の要件を満たしたマインダーを教育提供者として位置付けました。認証マインダーを施設型保育事業者と全く同等に扱い、「就学前教育補助金」を受けられるようにしたのです。合わせてマインダーの全国組織(NCMA)と協働して「質の認証制度」を創出し、自治体ごとのマインダー・ネットワークを育成しました。自治体には、保育需要の査定と、需要を満たす以上のサービスの確保を要求しました。自治体を介して補助金を支給してマインディングの安定供給にも努めました。

2000年には初めて「8歳未満のデイ・ケアとチャイルドマインディングに関する国基準」を定め、それまで学校査察を業務としてきた「教育水準局」(以下、Ofsted)の監督下にマインダーを置きました。登録から不適格者排除に至るまで、必要とされる審査の全てをOfstedに委ねたのです。こうしてマインダーは、学校教育機関や施設型保育事業者と同じ基準で、最低でも3年に1度はOfstedの査察を受けることになりました。このことは、マインダーの自尊感情を大いに高めたにちがいありません。査察の結果は他の査察対象と同じく、ただし個人名は明かさず記録番号で、ウェブ上に公開されます。

並行して、「子ども情報サービス」(現在は家族情報サービス)窓口の開設を自治体に義務付け、地域に存在する保育サービスの情報提供を徹底させました。マインダーを探す親が、窓口で連絡先リストを入手すると同時に、リストに載っているマインダーのOfsted査察の結果を契約時の判断材料として活用できるようにしたのです。親の安心感は、飛躍的に高まったはずです。利用可能な保育サービスの広報は、印刷物を通しても行われました。立派なカラー冊子が関連機関に山と積まれているのを見て、その制作費用はいかほどかと思いましたが、親の保育選択の権利と責任の全うには、このくらい徹底した情報公開と広報が必要と判断してのことだったのでしょう。

孤立しかねないマインダーの支援体制も整えました。政府は2004年以降、地区ごとのチルドレンズ・センター(包括的な保育サービス施設)設置を推進しており、そこにマインダーが受託児を連れて集まる場を設けています。経験豊かな支援員を置いて、遊びのモデルを示したり、仕事上の相談にのったり、おもちゃを貸し出したりしています。マインダー同士の仲間作りの場となっているのはいうまでもありません。

マインダーの社会的な地位上昇の仕組みも整えました。2006年に乳幼児専門職位(Early Years Professional Status) という学校教員免許と肩を並べる高度な保育職資格を導入し、公費補助による養成を開始しました[3]。無資格から出発して、現任教育を通じて最上位の保育職資格に到達するキャリア階梯を完成させたのです。


おわりに

こうしてみると旧労働党政権は、質保証の網を幾重にも張り巡らせながら、チャイルドマインディングの質の向上に務めたことが分かります。しかし、年間2万数千のマインダー査察に要する費用ひとつとっても、Ofsted職員の人件費をはじめ、査察結果の公開や周知のための経費など、政府の負担は膨大です。多様な事業者による保育の質保証の費用は決して安くないことをイギリスの例は教えてくれます。

[1] British Market Research Bureau (2007): Childcare and Early Years Providers Survey 2007, Research Report No.DCSF-RR047.
[2] Ofsted (2010): Guide to Registration on the Childcare Register.
[3] CWDC (2008): Introduction and information guide: Early Years Professional Status.

参考文献
椨 瑞希子 イギリスの「家庭的保育」(チャイルドマインディング)調査(4)
―保育職資格の再構築を通してみた旧労働党政権の保育拡充策― 聖徳大学研究紀要第21号2010年
筆者プロフィール
椨 瑞希子/タブ・ミキコ (聖徳大学大学院教職研究科 教授)

卒業論文でモンテッソーリを取り上げて以来、文献を頼りに、マクミラン姉妹、S. アイザックスら保育の発展に尽くした女性たちの 仕事を掘り起こしている。また、縁あってアメリカの保育参観の機会に恵まれたことから、日米保育者の働き方の異同に関心をもち、最近はビデオ・カンファレンスや聞き取りによる研究にも取り組んでいる。
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