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【オーストラリア】 オーストラリアにおける幼児教育・保育の改革:子ども、ジェンダー、投資対効果

要旨:

オーストラリアの幼児教育・保育(ECEC)では、より多くの関心を向け投資を増やす必要があるとの認識から、政府、地域社会、産業界のあらゆるレベルで大幅な改革が進められている。オーストラリア連邦政府は、他の教育部門と同様の基盤をECECにおいても構築するため、全豪レベルの質の枠組(National Quality Framework)を導入した。これには、カリキュラムの開発、保育者一人あたりの子どもの数の改善、主要保育者の専門能力の開発、より高い高等教育レベルの資格の必須化、保育者に対する給与の引き上げ、家庭への税の還付、社会的弱者に対する経済支援が含まれている。ECECへの投資は大きな経済的利益をもたらし、社会全体に還元されるという投資対効果に関する調査報告が、この改革に重要性を与えている。これはプライスウォーターハウスクーパース、ボストン コンサルティング、アクセス・エコノミクス(Access Economics)によって実施された調査でも実証ずみである。これは、子どもの認知、健康、社会性の発達を支援するだけでなく、良質で手頃な料金のECECがないために女性の就業が妨げられるという重大なジェンダー問題の解決策ともなる。投資の決定に最も重要なのは子どもであり、その投資の成果が、家庭、地域社会、産業界に持続的な利益をもたらすだろう。

Keywords;
COAG, ECEC, EOWA, ウォーレン B.ストゥーク, オーストラリア, オーストラリア連邦政府協議会, カリキュラム, ジェンダー, ダイバーシティ, 保育, 保育園, 合計特殊出生率, 国家的枠組, 女性, 子ども, 幼児教育, 投資対効果に関する調査報告, 改革, 民間部門, 経済, 職場における女性の機会均等局, 資格
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背景

オーストラリア社会は入植後の早い時期から、公的資金による教育の整備を強力に支援してきた。ただしこれは従来は、初等教育、中等教育、職業教育、高等教育に限定されており、就学前の子どもに対する支援はごくわずかであった。このため、幼児教育・保育(ECEC)はこれまで家庭と民間部門の支援によって発展し、その結果、他の教育部門には見られないいびつな状態を多く発生させている。たとえば、政府が作成したカリキュラムや国家的枠組が(つい最近まで)なかったこと、社会的弱者がECECを利用できないこと、ECECを利用する家庭にかかる費用負担が多いこと(特に非就労世帯および移民世帯)、ECEC部門における保育者の資格および保育者一人あたりの子どもの数のばらつきがある。

オーストラリアのECEC部門と他の正規教育にはこれだけの違いがあるものの、Alison Elliotは、オーストラリアにおける0~5歳の幼児向け教育・保育サービスは「手厚い保育と教育プログラムを有し、世界的にも最良の実践モデルである」と述べている。*1


オーストラリアのECECの概要

オーストラリアには約13,899 の幼稚園・保育園・保育所があり、約869,770人の子どもが通っている。認可を受けたこれらの施設が、子ども一人当たり平均で週に17時間のサービスを提供している。*2

オーストラリア国内の幼児教育・保育サービスの46%が民営であり、この他は政府および地方自治体や地域によって運営されている。*3


ECECへの投資対効果に関する調査報告

プライスウォーターハウスクーパース、ボストン コンサルティング グループ、アクセス・エコノミクス(Access Economics)がそれぞれオーストラリアで行った大規模な調査プロジェクトはいずれも、ECECへの投資に対する経済、社会、産業における効果を示している。各社の調査結果は、ノーベル賞を受賞したシカゴ大学の経済学者、ジェームズ・ヘックマン(James Heckman)がECECに関する研究の結論として述べた以下の内容と符合する。
「幼児教育への投資に関する最近の研究にはめざましい成果が出ており、幼少期は早期教育にとって重要な時期であり、外部とのつながりを通してより豊かにできることが示されている...良質な幼児教育への投資は持続的な効果を持つ...子どもたちが成人するまで、あるいは就学年齢に達するまで投資を先送りする余裕はない。なぜなら、その時点で介入するには遅すぎる可能性があるからだ。学習はダイナミックなプロセスであり、幼少期に開始し、成人した後も継続するのが最も効果的である」。*4

プライスウォーターハウスクーパースは、その大規模なECEC研究のなかで次のように述べている。「...統合的な幼児教育・保育制度の確立は、オーストラリアが21世紀において社会的、経済的に発展するための重要課題の一つである」。*5

ボストン コンサルティング グループも同様の調査結果を発表している。「基本的な幼児教育・保育サービスへの投資に充分な見返りが期待できることは、世界中で行われてきたこれまでの試みと長期研究からも明らかである。オーストラリアの平均的な家庭にとって、こうしたサービスは子どもの認知、社会性、情緒の発達に関して不可欠な選択肢であると同時に、親の再就労を可能にしている。さらに他国の例は、より集約的で統合的にサービスを展開する『レシピ』を考えることで、より弱い立場にある子どもの将来の見通しを大きく改善させることを示している」。*6

では、いったいどのような経済的利益があるのだろうか?ニュージーランド教育省に提出された報告書では、「...幼児教育プログラムへの公共投資は、母親の就労、利用者の生涯賃金の増加、特別教育を受ける児童の減少、犯罪の減少、社会福祉の利用の減少によって高い利益がもたらされ、経済への波及効果が期待されるだろう」と指摘されている。*7


オーストラリア政府の改革への取り組み

ECECに対する投資の経済的および社会的利益が確認されるとともに、オーストラリア連邦政府協議会(COAG)*8は2007年、幼児教育の改革政策の必要性を認め、以下の重要課題3点の検討を専門家委員会に要請した。

a. ECECサービスのための質の枠組における統合的で一体化された資格授与、規制、認証評価の制度への展望
b. 質的基準をECECにおいて適用する際の選択肢
c. ECECサービスの質的評価制度の取り組み

この結果、オーストラリア政府は全豪レベルの質の枠組(National Quality Framework: NQF)を導入し、2012年1月施行した。その枠組みの重要目標*9には以下が含まれる。

a. 教育・保育(サービス)を受ける子どもたちの安全、健康、福祉を保証する。
b. 教育・保育を受ける子どもたちの教育および発達上の成果を向上させる。
c. 質の高い教育・保育サービスを提供するにあたっては、継続的な改善を推進する。

改革のうち重要なものは、教育者と子どもの交流の質を高めるために、長時間保育と保育園における保育者一人あたりの子どもの数の改善を正式に行ったことである。0~24か月の子どもについては1:4、25~35か月では1:5、36か月~就学年齢では1:11と定められている。アーリー・チャイルドフッド・オーストラリア(Early Childhood Australia)によると、保育者と子どもの比率改善の効果は、子どもの健康と安全の向上、より効果の高い学習、さらに幼児間の感染リスクの低下という形ですでに現れているという。*10

さらに、25人以上の子どもを預かる保育所は学位を有する保育者が常駐していなければならず、25人未満の保育所の場合は、学位を有する保育者が一定時間以上いなければならないと定めている。全豪レベルの質の枠組(NQF)は現在、ECECに携わる保育者のうち少なくとも半数は学位取得者でなければならないと定めている。このような変革により、ECECの重点は教育に大きくシフトしている。*11

新しく定められた比率と、保育者の資格基準の引き上げにより、保育の質が向上し、幼児の発達にきわめて重要な関係の強化が促されるだろう。

さらに、オーストラリア連邦政府協議会は、2013年までに「1年以内に就学を控えるすべての子どもが、学位を持つ幼児教育の保育者による週15時間、年間40週の良質の幼児教育プログラムを、公共、民間、あるいは地域の幼稚園や保育所において受けられるようになる」と確約している。*12


ECEC部門の保育者資格と給与

ECECにおける重大な課題は、保育者の給与引き上げの必要性である。女性がほとんどを占めるECECの保育者の給与が、小中高など他の教育機関の教職員と比べて不当に低い状態が続くことは、もはや容認できない。初等教育の教師の年収の中央値は45,000~71,000ドルであるのに対して、ECECにおける保育者の年収の中央値は36,000~53,000ドルに留まっている。

オーストラリア公正労働局(Fair Work Australia)は先頃、保育者を含む国内の社会、地域、障がい福祉産業にまつわる問題を検討した。この訴訟で重視されたのは、他の州政府および地方自治体職員との賃金の差である。仲裁付託の数か月後、Guidice判事は次のように述べた。「社会福祉関連産業に携わる職員は、州政府および地方自治体職員と比較して、同一価値の労働に就く男女職員が同一の給与 を得ていない、と判決した。社会福祉関連産業の給与と、それに相当する州政府および地方自治体の職員の給与の格差が生まれる大きな要因は、ジェンダーであると考えられる」。*13この判決は長く存在した格差を認識し、是正への足がかりとなっている。

子どもが置かれる環境がどこであっても、教育の質の重要な指標は従事する保育者の技術と資格にある。*14この事実を踏まえれば、「すべての子どもへの就学前の教育を実現するには、大学における幼児教育の教員養成を『早急かつ大幅に拡大する』必要がある」ことは明らかだ。*15


ECECの費用

オーストラリアでは民間部門が保育事業者として定着しており、施設型の正規のECECサービスの80%を占めることから、こうしたサービスへの直接参入をさらに進めることでECECへの貢献度を高めようとする意向は政府にはないものと予想される。オーストラリア政府はむしろ、連邦、州、地方自治体の各レベルにおいて、家庭や親に対する収入に応じた部分的な財政支援を継続すると思われる。このような資金援助は、税の還付という形での税制、育児手当、有給の育児休暇および出産休暇を促進する法制などによってすでに確立されている。連邦政府は養育費の50%(あらゆる育児手当の受給額の控除後)を支給しており、手当の上限は現在子ども一人当たり7,500ドルである。*16この手当は長時間保育に子どもを預ける場合の年間費用のおよそ3分の1にすぎず、差額はほとんどの家庭にとって大きな負担となっている。これは多くの点で、オーストラリア社会で社会経済的地位が低い層の家庭の子どもたちが、政府による直接支援の受給資格を満たせないかぎりECECを利用できないことの原因となっている。


ジェンダーはECECにどのように影響するか?

良質なECECサービスの提供は、ジェンダーの平等、また働く母親とその子どもたちに対するより質の高い支援の必要性という二つの課題を抱えながら進められている。現在、女性はオーストラリアの大学卒業生の57%、労働人口全体の45%を占め、15歳から65歳の年齢層の女性の就業率は74%である。

オーストラリアの現在の合計特殊出生率(TFR)は2.0であり、イタリア、ドイツ、日本、カナダなど多くのOECD加盟国よりも高く、またOECDの平均値である1.68(2007年のデータ)をはるかに上回る。ニュージーランド(2008年のデータで2.18)とアメリカ(2007年のOECDの推定値では2.12)よりは低く留まっている。オーストラリアの合計特殊出生率は今後20年間、このレベルを維持すると見込まれている。これは、ECECに対する高い需要が続くこと、将来のECECへの投資を求める議論が正当であることを意味している。*17

オーストラリアは今後、企業や公的機関の労働力をますます女性に頼るようになるだろう。オーストラリア証券取引所はこの現実を認識し、上位200社に対しダイバーシティとジェンダーの平等への取り組みを毎年報告するよう求めることを決定した。このように、現在オーストラリアの主要企業の多くにおいては他の様々な取り組みと同様、働く母親を支援する方針がしっかりと定着し実践されており、その中には母親および父親の有給の出産・育児休暇、フレックスタイム制、育児支援が含まれ、企業が共有で施設を直接設け、ECECサービスを提供しているところもある。オーストラリアは、子育て世帯に対し地域社会と政府が強力な支援基盤を確立しているスカンジナビア諸国のモデルを真似てその導入を急速に進めている。職場における女性の機会均等局(EOWA)のHelen Conway局長は、この主張を支持して次のように述べている。「女性の教育にこれだけの資金を投じておきながらそれを活用せず、特定の職業においては、十分なスキルを有する人材も不足している状況は、じつに奇妙に思える」。*18


ECECの持続可能な未来

結論として、オーストラリアで真の変革に対する機運が高まっていることや、手頃な料金の良質なECECを提供することの利益を政府も産業界も認識していることは、最近の改革から明らかである。投資の決定に最も重要なのは子どもであり、その投資の成果が、家庭、地域社会、産業界に持続的な利益をもたらすだろう。



1 Elliott, Alison. "Early Childhood Education: Pathways to quality and equity for all children", Australian Council for Educational Research. 2006. p 54.

2 Early Childhood Australia, "Our Future on the Line - Keeping the Early Childhood Education and Care Reforms on Track", 2011

3 Access Economics - "An economic analysis of the proposed ECEC NQA", July 2009

4 Heckman, James. "Policies to Foster Human Development," working paper 7288, National Bureau of Economic Research, Cambridge, MA. 1999 pp. 22 and 41

5 PwC - "A practical vision for early childhood education and care", March 2011

6 Boston Consulting Group - "National Early Childhood Development Strategy" Report to the ECD Subgroup of the Productivity Agenda Working Group, COAG, 25 September 2008.

7 New Zealand Council for Educational Research - "Outcomes of Early Childhood Education: Literature Review Report" prepared for the Ministry of Education by Linda Mitchell, Cathy Wylie, and Margaret Carr, May 2008.

8 Commonwealth Heads of Government (COAG) Meeting 2007

9 Guide to the National Quality Framework, ACECQA, October 2011

10 Early Childhood Australia, "Our Future on the Line - Keeping the Early Childhood Education and Care Reforms on Track", 2011

11 Ibid

12 Dowling, A and O'Malley, K. ACER, "Pre-school Education in Australia", 2009. Page 1

13 Fair Work Australia, Full Bench Decision, Equal Remuneration, 2700, 19 May 2011

14 Australian Bureau of Statistics 4232.0, 2007

15 Dowling, A and O'Malley, K, ACER, "Pre-school Education in Australia" December 2009

16 Australian Government, Family Assistance Office www.humanservices.gov.au

17 www.treasury.gov.au Intergenerational Report 2010

18 Knowledge@Australian School of Business, 27 September, 2011

筆者プロフィール
ウォーレン B.ストゥーク

ウォーレン B.ストゥークは労使関係と経営学の専門コンサルタントで、シェル・オーストラリア(Shell Australia)の元ジェネラル・マネージャー。現在はオーストラリアで石油およびガスの開発を行っているエクソンモービル(ExxonMobil)のプロジェクト・リーダーシップ・チームのメンバーであり、この他にトヨタ、アルコア(Alcoa)、ビリトン三菱オーストラリア(Billiton Mitsubishi Australia)もストゥークのクライアントである。また、ヴィクトリア州成人コミュニティ継続教育委員会の理事を9年務め、現在はビジネス・プロフェッショナル・ウィメン・インターナショナル(Business Professional Women International)の女性のエンパワメントに関する戦略アドバイザーである。ジェンダーの平等と良質の幼児教育・保育への投資に関する投資対効果の検討の促進を支援しており、産業界および地域社会における広範な経験を活用して子どもの支援に尽力している。
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