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【日本・中国】親子の生活環境およびQOLへのコロナ禍の影響 ―2020年における日中比較調査―

要旨:

本稿では、筆者の所属研究機構が実施した「COVID-19の感染拡大に伴う妊娠・育児環境の変化に関する調査―日中比較」の一部結果に基づき、コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛が日本と中国の幼児家庭の生活環境および親子の精神健康に及ぼした影響ついて報告します。

キーワード:
コロナ、幼児家庭、育児環境、QOL、日中比較
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1.はじめに

新型コロナウイルス感染症(以下コロナと略す)の感染拡大により、幼児を取り巻く家庭内・家庭外の環境が大きく変化し、幼児および育児中の親の心身に大きな影響を及ぼしていると思われる。本研究では、コロナ感染拡大に伴い、外出自粛期間とその後の「新しい生活様式」において、幼児期の子どもをもつ家庭の生活状況、親子の精神状態、生活の質(QOL)の変化等について調査し、子育て世帯における生活の実態とニーズを把握することを目的としている。また、子どもやその保護者を対象とした、コロナの影響に関する調査は国内でもすでにいくつか実施されているが、国際比較調査はまだ少ない。本研究は日本と中国の社会文化的要因を考慮し、日本と中国の幼児がいる家庭の生活環境および親子の精神的健康へのコロナ禍の影響を比較することを目的とした。

2.調査概要

コロナ感染拡大による自粛期間(日本は2020年4-5月、中国は2020年1-2月)および現在(調査実施時点)における親子の生活、困り事と悩み、母子のQOLなどに関する質問紙調査票の日本語版と中国語版を作成した。日本では、大阪府茨木市に在住の妊産婦を対象に2017年から実施している「いばらきコホート調査」の母親の協力を得て、2020年9-10月にかけてwebアンケートを依頼した。0~2歳児(末子)をもつ母親計77名が本調査(「コロナ関連調査(育児中の方用)」)に同意したうえで、アンケートに回答した。中国では、2020年11月に中国・上海市にある幼稚園の協力を得て、幼稚園児をもつ保護者にwebアンケートを依頼し、計560名の園児(3~6歳)の母親が回答した。

3.結果と考察

自粛期間中の困り事と悩み

本調査の結果によると、母親の自粛期間中の困り事と悩み(複数選択問題)に関して、日本での回答は、多かった順に「親戚や友人と会えなかった」(91.03%)、「普段の外出ができなかった」(75.64%)、「子どもが外で遊べなかった」(57.69%)であった。中国では、上位の3つは「普段の外出ができなかった」(64.46%)、「子どもの電子機器のスクリーン使用時間が多かった」(58.75%)、「子どもが外で遊べなかった」(46.79%)であった(表1)。

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つまり、外出と外遊びができなかったことは両国ともに悩み事としてあげられたが、日本ではより多くの母親が、人間関係に支障をきたしたと感じていた。中国の母親は、より長時間のデジタル機器の使用による子どもへの悪影響を心配していた。それは、今回日本での調査対象児は0~2歳児が多く、中国での調査は3~6歳児が多かったことに関連すると考えられる。子どもが0~2歳の頃は、とりわけ親族や友人からのサポートを必要とする時期である。普段なら母親が、子どもの祖父母などの親族や近くの"ママ友"と交流する中で、物理的サポートだけでなく情緒的サポートも得られると考えられる。しかし、自粛期間中は周りの人間と会うことができず、サポートも得られにくくなったため、日本では9割の母親がそれを困り事と感じたと推測される。中国では、子どもが小さい時期は祖父母と同居する家庭が多いことから、自粛期間中でも親族との交流ができたため、「親戚や友人と会えなかった」を選んだ人(3割)は、日本より少なかったのかもしれない。一方、中国では自粛期間中にオンライン授業の実施や知育アプリの利用がより盛んになり、今回の調査対象児である3~6歳児の利用も普段より多くなったことから、中国の母親はより長時間のデジタル機器使用に不安を感じたと考えられる。

コロナの影響による子どもの行動の変化

「コロナの影響で、普段と比べて、お子さんの行動に変化はありましたか」という質問について、日本では約13%、中国では約15%の母親が「変化あり」("少し違う"+"結構違う"の合計)と回答した。2つの国の間に統計的な有意差はなかった。そして、子どもの変化を感じたと答えた方に対して、感じた具体的な変化(複数選択)をたずねたところ、日本では、ポジティブな面として、子どもが普段より「のんびり」している(19.23%)、「元気」である(16.67%)、「よく笑う」(14.10%)といった回答が多くみられ、ネガティブな面として、「つまらない」(15.38%)、「イライラ」している(12.82%)、「不満」そうにしている(7.69%)との回答が多かった。中国では、ポジティブな側面において、子どもは普段より「元気」である(8.93%)、「のんびり」している(8.93%)、「活力」にあふれている(8.21%)、ネガティブな側面においては、「つまらない」(11.79%)、「イライラ」している(3.93%)、「敏感」になっている(2.50%)といった回答が多かった(表2)。

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どちらの国の子どもも、自宅にいる時間が増えたことで、以前よりのんびりと元気に過ごすことができたと感じられた一方、つまらない気持ちやストレスフルな状態も見られた。

コロナの影響による母親自身の子どもに対する行動の変化

母親自身の子どもに対する行動の変化については、日本では約23%の母親が、中国では約18%の母親が「変化」している("少し違う"+"結構違う"の合計)と感じていた。日中における差異が統計上は認められず、日本でも中国でも2割ほどの母親が自分の行動上の変化を自覚していると考えられる。日本の母親が最も感じた自身の子どもに対する行動の変化の内容は、「遊ぶ」時間の増加(25.64%)、「スキンシップ」が増えた(19.23%)および「怒る」ことが多くなった(16.67%)であった。中国では、「遊ぶ」時間の増加(14.64%)、「話し合う」時間の増加(12.14%)と「子どもの話を聞く」時間の増加(9.82%)であった(表3)。

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つまり、両国ともに自粛期間中においては、母親の子どもとのかかわりが増えたと考えられる。増えた子どもとのかかわりの内容を見ると、ポジティブな行動(例えば、一緒に遊ぶ、子どもの話を聞く、話し合う等)もあれば、ネガティブな情動も増加した(例えば、叱る、怒る、どなる等)。ネガティブな情動について、それは子どもと一緒にいる時間が増えたから怒らなければならない場面も増えたということかもしれないが、母親自身のQOLが低下し、ストレスフルな状態にいることも関連していると考えられる。

自粛前後の親子のQOL変化

また、調査協力者(母親)に現在(調査実施時点である2020年9-10月。自粛期間終了後)の母子QOLと、自粛期間中の母子QOLをそれぞれ評価してもらった結果、日中ともに自粛期間中の親子のQOLが有意に低かったことが判明した(表4)。

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日本と中国は、社会文化的背景およびコロナ感染拡大に対する対策は違うものの、自粛期間中に親子の生活の質が著しく低下したことについては同様の傾向がみられた。また、重回帰分析の結果から、自粛期間中における家庭の経済状況の変化や家族間のトラブルの増加など、物理的な環境変化は子どものQOLに直接的な影響を与えないことがわかった。しかし、母親のQOLはダイレクトに子どものQOLに影響を及ぼすことが双方の国において実証された。それは文化が異なっても共通なものと考えられる。

4.まとめ

日本でも中国でも、母親の心身の健康が子どもの心身の健康の鍵になると言えるだろう。コロナ禍といったストレスフルな状況下でも、母親が良好な心身状態を保てば、子どもはそれほど大きな影響を受けないかもしれない。母親のウェル・ビーイングを改善すれば、母子のかかわりの質も良くなり、子どものQOLの向上にもつながるのではないだろうか。

注.本稿は著者が日本発達心理学会第32回大会で発表した内容に基づいて執筆したものである

筆者プロフィール
孫 怡(ソン・イ)

Ph.D、立命館アジア・日本研究機構 助教。
お茶の水女子大学で心理学博士号を取得、現在立命館大学に勤務。
2014年から、中国都市部における祖父母との共同育児に着目し、祖父母による育児参加に関する研究に着手し、「祖父母育児参加による幼児のパーソナリティ発達及び親子のQOLへの影響―日中比較縦断研究」を行っている。2017年から、大阪府茨木市で実施している「いばらきコホート研究」に携わり、妊娠から出産、就学前までの親子の精神状態および乳幼児の発達について長期縦断調査を実施中。

※肩書は執筆時のものです

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