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【日本・米国】日本とアメリカの保育実践-園での食事場面における「食べさせる」という行為に着目してー

要旨:

本稿では、秋田県潟上市にある保育園と、ジョージア大学McPhaul Centerの日米の園での食事場面における保育者の関わり、「食べさせる」という行為に着目して比較検討した上で、日本の保育実践について考察したいと思います。

キーワード:
保育者, 幼児, 食事場面, 日本, アメリカ, 食べる-食べさせる
はじめに

私が、保育実践について「いつか海外との比較研究をしたい」と考えたのは、『Preschool in Three Cultures: Japan, China, and the United States』の書籍と出会ったからでした。そして、「比較研究をするならば、この本の著者であるJoseph J. Tobin教授から直接ご指導を仰ぎたい」と漠然と考えていました。このことを、私の大学院時代の恩師である榊原洋一先生に相談をした際、偶然にもTobin教授と榊原先生がお知り合いであることを知りました。そして私は、榊原先生、秋田大学の先生方に多くのお力添えをいただき、幸運にも、米国ジョージア大学のTobin教授のもとで在外研究をする機会を得ました。

本稿では、秋田県潟上市にある保育園と、ジョージア大学McPhaul Centerの日米の園での食事場面における保育者の関わり、「食べさせる」という行為に着目して比較検討した上で、日本の保育実践について考察したいと思います。

1.園での食事場面へ着目した比較研究

幼稚園や保育所(以下、園とする)といった就学前の子どもたちの学びを考える時、元来遊びについて重きが置かれ、食事に関してはさほど重きが置かれてこなかったと思います。しかし、子どもたちの園での生活を観察していると、遊び場面とは異なる経験や学びを食事場面では展開しており、保育者は遊びを通しての指導とは異なる指導を食事場面で行っているように感じます。

私が、日本とアメリカの園での食事場面に着目して比較研究をしたいと考えた理由は二つあります。一つは、食事場面は遊び場面と異なる学びの場面であると考えたからです。先行研究においても、園での食事場面は、クラス全員がある程度の時間顔を合わせ、会話ができる場面であることや、仲間との関わりが生まれやすい場面であること(e.g.,中澤・鍛冶・石井, 1995;外山, 1998;富岡, 2010)等の、園での食事場面の特異性が示されています。園での食事場面は、一定時間、同じ場所に留まる必要があり、たとえ食事中に子ども同士でいざこざが起きても、あるいは他のことをしたいと考えても、離席することは出来ません。さらに、園での食事場面では、4人から6人くらい、多い場合で8人くらいの子どもが一つのテーブルを囲んでいます。その際、仲の良い友達同士が一つのテーブルを囲んでいるかというと、必ずしもそうではありません。食事場面では、仲の良し悪しにかかわらず、何とかやりくりをして、一定の時間、テーブルを囲んでいる仲間とやり取りをすることが求められます。一方、遊び場面は、一定時間、同じ場所に留まる必要がなく、その時にしている遊びに興味関心等がなくなったり、子ども同士のいざこざが起きたりした時には、その場から離れることが自由にできます。このような食事場面において、遊び場面とは随分異なる経験を子どもたちはしているといえます。

もう一つは、園での食事場面は、子どもに対する保育者の関わりに関する文化差を浮き彫りにしやすい場面であると考えたからです。世界の幼児教育は、就学準備型と生活基盤型の大きく二つに分類することができます。アメリカは小学校就学に向けた準備が主目的となっている就学準備型の教育、日本は乳幼児の発達を総合的に捉え、子どもの生活と体験を豊かにする生活基盤型の教育をしており、2か国で幼児期の教育課程は大きく異なっています。したがって、それぞれの園での遊び場面の様相は随分異なります。しかし、食事場面はどんなに教育課程が異なっていても、複数名の子どもたちが一つのテーブルを囲み、食べるという点において、大きな様相の違いはありません。その一方で、園での食事場面で、何をどのように食べるかといった、食事のルールや人との関わり方については、その国の文化的背景が保育者の子どもへの関わりに反映されることが推察されます。

では、日米の園での食事場面ではどのような違いがみられたのでしょうか。

2.食事場面における保育者の子どもへの関わりの違い

今回の調査では、2019年6月から2020年2月にかけて、日米の園での食事場面の観察およびビデオ撮影を各6回実施しました。その後、アメリカでは、日本の園での食事場面の映像を編集したものを保育者に視聴してもらい、それを見て印象に残った点や驚いた点について、インタビューを行いました。

その結果、日米の食事場面において保育者の子どもへの関わりの違いが顕著になったのは、「食べさせる」という行為でした。日本の園での食事場面では、なかなか食が進まない子どもに対して、保育者が食べさせる行為が頻繁に行われていました。日本では、調査を行った6回すべての食事場面で、保育者から子どもへの「食べさせる」という行為が行われていました。一方、アメリカでは6回すべての食事場面で、保育者から子どもへの「食べさせる」という行為が行われていませんでした。さらに、「このビデオを見て、驚いたところはありますか」という質問に対して、インタビュー調査の対象となったアメリカの保育者3名全員が、「こちらでは、3歳児4歳児に対して、直接食べさせる行為は決してしない、その行為をするのは乳児期の自分自身で食べることができない子どもに対してだけです」と言い、「保育者が食べさせる」という行為に言及していました。

「食べさせる」という行為は、子どもが2~3歳になる頃までは人類一般に見られる行為として知られています。そして、「食べる-食べさせる」という行為は、2歳頃までの乳児期には大人と子どもの間で万国共通で見られる行為です。しかし、3、4歳になって、保育者の援助を受けなくても自分で食べることができるにも関わらず、食べさせてもらうという行為を続けるのは、日本特有のやりとりではないかと思われます。

3.日本の保育実践-「食べさせる」という行為の意味

「食べさせる」という行為は、後年のコミュニケーションを支える社会的な土壌となる(川田、2013)ことが指摘されており、単に栄養摂取を目的としているわけではありません。日本では、残さず食べることが美徳と捉えられる部分があります。しかし、日本の保育者が園での食事場面で子どもに食事を「食べさせる」という行為は、単に残さず食べることを促しているだけでなく、「甘え」を許容する行為でもあると私は推察しています。土居(1973)は、「甘え」を「他の人から心配や助けを招くように行動すること」と定義しています。日本において幼児期に重要な発達課題は、自立ではなく依存を通して孤独と寂しさをいかに乗り越えるか(Caudill & Plath,1966)であり、園での食事場面においても、保育者を呼び、保育者から「食べさせてもらう」という行為は、自分にも注目してほしい、もっと保育者や友達と関わりたいという子どもの「甘え」の表れではないかと私は考えています。

また、保育者にとっては「食べさせる」という行為は、一人ひとりの子どもと関わる大切なひとときとなっているように思います。園で一人の保育者が担当する子どもの数は、保育所における職員配置基準によると、日本では3歳児で子ども20人に対して保育者1人、4歳児で30人に対して保育者1人となっています。今回調査をした日本の園は比較的小規模でしたが、3歳児クラスの子ども15名に対して担任1名であるのに対し、アメリカでは子ども6~7名に対して保育者1名でした。海外と比較すると、日本では保育者と子どもとの直接的な関わりをもつ時間は、保育者1人当たりの担当人数で考えると少ないといえます。しかし、遊びの場面等で個々の子どもに対して関わる時間が少ない分、食事の時間は「食べさせる」という行為を通して、日本では、保育者が個々の子どもと関わる時間を確保しているのではないかと考えます。

林・トビン(2019)は、日本の園での遊びの場面では保育者は頻繁に介入するより見守ることが多いことを見出しています。日本の保育実践では、遊び場面では見守る保育を行うことで、子どもたち同士のやりとりをする機会を十分確保し、食事場面では、「食べさせる」という行為を通して、保育者と子どものやりとりをする機会を十分確保しているのではないかと感じました。日本の保育実践は、保育者と子ども、子ども同士の関わりのバランスが絶妙に絡み合っていると言えるのではないでしょうか。

おわりに

幼児教育において、日本とアメリカでは教育課程も保育者の関わりも異なっていると言われていますが、調査を通じて、2か国間の違いを肌で感じました。本調査では、食事場面において、保育者が子どもに「食べさせる」という行為はアメリカの幼稚園では見られないことが明らかになりました。そして、このような食事場面での「食べさせる」という積極的な保育者の関わりは、日本の保育の特徴である「見守る」保育と、日本人の「甘え」の心理が無関係ではないことを考察しました。

園での食事場面一つにしても、毎日行われることであり、子どもたちは園生活の中で、園での食事を経験し何百回と特定の行動パターンを繰り返しています。しかも園での食事場面だけが、他の園生活と乖離しているわけではありません。園での食事場面という園生活の一側面が他の園生活や社会とつながっており、総体として子どもたちに影響を与えているといえます。

文化的な背景が全く異なる国との比較研究は、自国の幼児教育を捉え直し、自国の枠を少しずつ広げる機会を与え、国を超えて互いを理解し議論を深めることへと私たちを導いてくれるように思います。日本で生活している中で当たり前のこととして捉えていたことを再考すること、それは日本の保育を新たな視点で考える、創造へと誘う扉なのかもしれません。



引用文献
  • Caudill, W., & Plath, D. W. (1966). Who sleeps by whom? Parent-child involvement in urban Japanese families. Psychiatry, 29(4), 344-366.
    https://doi.org/10.1080/00332747.1966.11023478
  • 林安希子・ジョセフ・トビン(2019).幼児教育のエスノグラフィー日本文化・社会のなかで育ちゆく子どもたち. 明石書店
  • 川田学.(2013). 8章 自他関係の発達と離乳食. 根ケ山光一・外山紀子・河原紀子(編).子どもと食-食育を超える. 東京大学出版会, 133-146.
  • 中澤潤・鍛冶礼子・石井恭子.(1995).幼稚園教師の食事場面における援助の分析. 保育学研究, 33, 59-67.
  • 土居健郎.(1973).「甘え」の構造.弘文堂
  • 富岡麻由子. (2010). 子どもの食事場面に関する研究レビュー:関わりの場としての機能に着目して. 有明教育芸術短期大学紀要, 1, 45-55.
  • 外山紀子.(1998).保育園の食事場面における幼児の席とり行動:ヨコに座ると何かいいことあるの?, 発達心理学研究, 9, 209-220.
筆者プロフィール
Tomoko_Seno.jpg瀬尾 知子(秋田大学教育文化学部 准教授)

お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科博士前期課程修了。お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科博士後期課程中退。修士(人文科学)。10年間の中学・高校での教職経験を経て、現在は秋田大学教育文化学部 准教授。専門は幼児教育、保育学。

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