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研究室

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子どもの食育と自尊感情

要旨:

学校教育の中では、栽培から調理活動といった食育の実践が、子どもの食行動や食知識にどのような影響を与えるかといった、食育と子どもの食の関連からの検討が多かったように思います。学校教育の中での栽培から調理を含めた食育は、大人や友達といった多くの他者とのやり取りを通して実践されます。本稿では、学校教育における、多くの人とのかかわりを通した栽培、収穫、調理、製品化、販売といった第6次産業を含めた食育の実践は、子どもの自尊感情を高めるのか、調査した結果を紹介します。そして子どもの食育に関して自尊感情との関連から考えます。

Keywords:総合的な学習の時間、自尊感情、児童期、第6次産業、栽培活動、食育

食育基本法が制定されて10年が経過し、現在では、保育施設や学校、地域社会の中で食育が盛んに推進されています。そして、保育施設や学校の中での食育は、単に栄養指導だけでなく、栽培活動や調理などの様々な体験を通して行われています。先行研究では、栽培活動が子どもの植物の生物学的理解を高めること*1*2や食への関心を高めること*2が明らかになっており、栽培活動は食に関する知識を広げることが示されています。また、栽培から調理活動までを行うことで、子どもの偏食や野菜嫌いの解消に効果があることが明らかになっており*3、栽培から調理までを含めた食育は、食行動の変容に効果があることが示されています。このように保育施設や学校の中での食育の実践が、子どもの食知識や食行動に良い影響を与えることが明らかにされてきました。しかしそれにとどまらず、保育施設や学校の中での栽培活動を通した食育は、友達同士で協力しながら作物栽培を行ったり、農作業に携わる地域の方をゲストティーチャーに招いたり、地域の方々をはじめ、多くの人とのかかわりを通して行われています。学校教育における食育を通して子どもたちは、一つのことをやり遂げる満足感を得たり、身近な大人や友達との作物を介した交流から自分が周りの大人や友達に頼りにされたり愛されたりしていることを実感しているように思います。このような周囲の人に認められたり、愛されたりしていることを実感する体験が、「自分についてそれなりの能力と良い面をもった大切な存在とする感覚」、すなわち自尊感情の育ちにつながることを園田*4は指摘しています。このことを考えると、学校教育の中で多くの他者とかかわりながら行われる食育の実践は、子どもの自尊感情の育ちにつながり、自尊感情を高めることが推測できます。本稿では、学校教育の中で行われた食育の実践例より、子どもの自尊感情がどのように変容するのかを小学校6年生の実践について検証します。

小学校における食育の実践

私たちは平成27年度文部科学省の委託をうけスーパー食育スクール事業"「耕‐TAGAYASU」~食とふるさと、ひとと食~"を取り組みのテーマに、秋田県秋田市にある飯島南小学校(児童数;446名,以下A校)と上新城小学校(児童数;17名,以下B校)の2校が協力して食育の実践をしました。

A校では、これまで学校園を活用し、生活科や総合的な学習の時間に栽培活動を行ってきました。しかし、住宅に囲まれた校舎で学ぶ子どもたちは、農作業経験が乏しく、食べ物がどのようにして食卓に届くのか実感を伴った理解をしている子どもが少ないという問題がありました。一方B校は、山や川、水田などの自然に恵まれた環境と小規模校の特徴を生かして、全校児童による稲作作業やヤマメの放流を行ってきており、子どもたちは農業や食に関する経験が蓄積されつつありましたが、小規模校のため多くの人々とかかわる経験が乏しいという問題がありました。また、現在、日本の子どもたちの自尊感情が低いということが問題となっていますが、A校B校ともに、自尊感情が十分に育まれていないということが実際に学校の課題としてあげられています。そこで、私たちは、両校が協力して、多くの人とかかわりながら食育を実践することで、両校の児童が、自分に自信をもち、自分はかけがえのない存在であるといった感覚をもつこと、すなわち自尊感情の高まりが見られるのではないか、ものや人への感謝の心や社会参画意識が高まることが期待できるのではないかと考え、食育を基軸として、学校全体で取り組みました。

実際には、小学校1年生では学校農園での「さつまいも」の栽培、2年生からは地域の農場を活用した「さつまいも」栽培、3年生の「枝豆」栽培、4年生の「人参」の栽培、5年生、6年生の「かぼちゃ」栽培、学校田で「米」の栽培を行いました。農業体験や栽培活動は主に生活科・総合的な学習の時間において、外部指導者(JA)から指導をうけたり、保護者や地域の方々から農作業ボランティアを募り、「ふるさと先生」として農作業体験に協力をしていただいたりしました。また、食べ物やお世話になっている人への尊敬や感謝の気持ちに関しては主に道徳の時間で扱い、収穫祭を地域の方々やふるさと先生を招いて行うなどの活動は主に児童会活動で行う等、教科横断的に食育に取り組みました。

食育の実践は、学校の教育活動全体を通して取り組みましたが、本稿では、第6次産業までを取り入れた食育の実践をおこなった小学校6年生の取り組みとその成果について紹介したいと思います。

第6次産業を取り入れた食育の実践

私たちは、小学校6年生の児童83名(A校;78名,B校;5名)を対象に、1年間にわたり栽培、収穫、調理、販売といった食に関する一連の行為を実践しました。具体的には、5月に田植えを行い、6月に学校の近くにある地域の方の農場を借りて、かぼちゃの苗植えを行いました(写真1)。そして、7月にはかぼちゃの皿敷き、除草を行いました。そして栽培、収穫の作業をさらに発展させ、児童の思いを広げた活動が展開できるように、夏休みには家庭の協力を得ながら、かぼちゃを使った料理体験をすることとかぼちゃの製品を調べる「調べ学習」を設定しました。夏休み明けに、友達同士で取り組みを紹介しあうことで、かぼちゃを使った料理、製品に興味が高まり「収穫したかぼちゃを使って製品を作りたい」という思いを児童がもつようになりました。9月にはかぼちゃの収穫(写真2)、10月には稲刈りを行いました。11月にはお世話になった地域の方を招いて収穫祭を行い、収穫した米を用いて赤飯を炊き、振る舞いました。かぼちゃの収穫後、主に総合的な学習の時間を利用して、収穫したかぼちゃを使ったお菓子の製品化と販売を行いました(写真3)。かぼちゃを使ったお菓子の製品化、販売に関しては、クッキー、マドレーヌ、パイ、パウンドケーキの4つのコースを設定し、各コースに分かれて、活動を行いました。そして、12月に近隣の総合病院前とA校の体育館前で、かぼちゃの加工品(クッキー、マドレーヌ、パイ、パウンドケーキ)の販売を行いました。

栽培から収穫までは、地域の農家の方々やJAの方やふるさと先生が、収穫したかぼちゃを使ったお菓子を製品化して販売する第6次産業の体験には主に、地域の企業、お菓子店の専門家の方がかかわり、地域の方々と連携をして食育の実践に取り組みました。

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写真1
 
写真2
 
写真3

食育の実践と子どもの自尊感情の関連

私たちは、食育の実践を行うことで、子どもの自尊感情が高まるのかを明らかにするために、食育を実践していない平成26年度の6年生85名(A校;82名,B校;3名,以下、食育実践なし群)と食育を実践した平成27年度の6年生83名(A校;78名,B校;5名,以下、食育実践あり群)に自尊感情に関する質問紙調査をしました。また、食育を実践した平成27年度の6年生83名に対して、食育を実践する前と食育を実践した後で自尊感情に関する質問紙調査をしました。自尊感情に関する質問紙調査は、自尊感情測定尺度(東京都版)*5を参考にして10項目を使用しました(表1)。

表1 自尊感情に関する質問項目
 質問項目
1私は今の自分に満足している
2私は自分のことが好きである
3自分はだめな人間だと思うことがある(逆転項目)
4自分には良いところがある
5人の意見を素直に聞くことができる
6私には自分を理解してくれる人がいる
7人に迷惑がかからないよう、いったん決めたことは最後まで責任を持って取り組む
8自分のことを見守ってくれている周りの人に感謝している
9自分には自分のことを必要としてくれる人がいる
10私は自分のことは自分で決めたいと思う
※質問項目3については、逆転項目のため4点からの差分を加算しています。

そして、自尊感情測定尺度(東京都版)を参考にして、自尊感情に関する全10項目をさらに、「自己評価・自己受容」に関する4項目(質問項目1~4)、「関係の中での自己」に関する5項目(質問項目5~9)、「自己主張・自己決定」に関する1項目(質問項目10)の3つに分類し、それぞれの合計得点を算出し、それぞれ「自己評価・自己受容得点(16点満点)」「関係の中での自己得点(20点満点)」「自己主張・自己決定得点(4点満点)としました(表2)。さらに全10項目の合計を「自尊感情得点(40点満点)」としました。そして、それぞれの項目ごとに、食育実践なし群と食育実践あり群、食育の実践前後での得点の比較を統計的(t検定)に検討しました。

私たちは、はじめに、「食育実践なし群」と「食育実践あり群」ごとに項目ごとの平均得点を算出し(表2)、自尊感情得点に差がみられるのかを統計的(t検定)に検討しました。その結果、「自己評価・自己受容得点」(t(168)=2.83,p<.01)と「自尊感情得点」(t(168)=1.85,p=.06)に統計的に有意な差が認められました。

表2 食育実践あり群と食育実践なし群の項目ごとの自尊感情得点
 各項目食育
実践なし群
食育
実践あり群
1
自己評価・自己受容得点(16点満点)
10.0
11.3
2
関係の中での自己得点(20点満点)
15.9
16.4
3
自己主張・自己決定得点(4点満点)
3.4
3.6
自尊感情得点(40点満点)
29.3
31.3
※数値は食育実践あり群と食育実践なし群の項目ごとの得点の平均値を示しています。

次に、食育実践前後で項目ごとの平均得点を算出し(表3)、自尊感情得点に差がみられるのかを統計的(t検定)に検討しました。その結果、「自己評価・自己受容得点」(t(82)=4.06,p<.01)と「自尊感情得点」(t(82)=2.94,p<.01)に統計的に有意な差が認められました。

したがって、これらの結果から、自分に自信をもち、自分自身を受け入れる気持ちを表す、自己評価・自己受容の感覚、自尊感情が食育実践後に高まったことがわかりました。

表3 食育実践前後の項目ごとの自尊感情得点
 各項目食育
実践前
食育
実践後
1
自己評価・自己受容得点(16点満点)
9.8
11.3
2
関係の中での自己得点(20点満点)
15.8
16.4
3
自己主張・自己決定得点(4点満点)
3.5
3.6
自尊感情得点(40点満点)
29.1
31.3
※数値は食育実践前後の項目ごとの得点の平均値を示しています。

また、食育の実践実施後に児童に対して「これまでの食に関するたくさんの活動をとおして、わかったことや感じたことを書きましょう」という振り返りシートを渡し、記述してもらいました。児童の記述の一部を以下に紹介します。

  • 私はこの学習を通して、人と協力することの大切さを学びました。植えるところからみんなでいっしょにやってきて、ここまでくることができました。これもみんなで協力してきたからだと思います。それと私は、ふるさと先生、くまがいさん、ジンさん、ジローさんに感謝の気持ちでいっぱいです。ここまで支えてくれた人たちなので本当に感謝しています。
  • たくさんの人の力をかりながらカボチャのお菓子を製品化することができました。そのためにふるさと先生からカボチャの育て方を学ぶことができました。6次産業という言葉をもとに製品化を友だちと協力してきました。前よりは食について詳しくなれたかなと思います。
  • カボチャを育てて製品化するまでの間にたくさんの人にお世話になりました。良い製品を作るにはたくさんの人と協力するからできるんだと思います。製品を作る中で、一番大事なのは、お客さんのことを考えて作るということだなと思いました。
  • 農作業をしたり、製品にしたりするには一人だけではできないということが分かりました。なぜかというと、カボチャを育てるにもたくさんの数があるし、製品にするにも一人でパッケージや商品名を考えるよりも何人かで考えた方が良い商品が出来上がると思うからです。なので、この活動を通して、協力するということはとっても大事なことだということを学ぶことができました。
  • 本当にみんなでかぼちゃの製品を売るところまできて、驚きました。かぼちゃを育てたり製品化するのはとても難しく大変だとわかりました。私たちの商品を買ってくれるか心配だったが、お客さんが買ってくれてとてもうれしかったです。また、買ってくれたお客さんたちもうれしそうでよかったと思いました。
  • 6次産業を学び、そして製品化にたずさわって製品化作りは大変だとわかりました。お客さんが製品を買って、喜んでいるところを見ると嬉しいと感じました。

両校の児童の振り返りシートの多くには、人と協力することの大切さや、自分にかかわってくれた人への感謝の気持ちが述べられています。また、カボチャ栽培から製品化、販売にまでかかわり、食へかかわることの大変さを実感しながらもやり遂げることができた充実感が述べられています。そして、児童自らが試行錯誤しながら考えた製品をお客さんが買ってくれたことへの満足感が述べられています。

子どもの自尊感情を高める上で、自分自身が満足できる体験をすること、他者から認められる体験をすることが大切です*6。子ども自らが土を耕し作物を栽培し、製品化に向けて自らの意見を出し、販売するといった能動的な活動を通して自らの自尊感情を育んだのではないでしょうか。そして、本稿で紹介した学校教育における食育の実践は、地域の方々やそれぞれの専門家の協力を得て、学校、家庭、地域が連携して行ったものです。それぞれ異なる立場の大人や友達同士のかかわりの中で、色々な機会に、色々な人に支援をうけたり、褒められたり、協力する活動を通して、子どもたちは、自分自身で心と体を耕していたのではないでしょうか。

食育の実践と子どもの自尊感情

本研究の結果は、学校教育において多くの人とかかわりながら自らが課題をもち、仲間と共に課題を解決する活動を取り入れることで児童の自尊感情を高めることができることを示しており、今回の実践例のように、食育を切り口として実践することも有効であると考えます。



引用文献
  • *1 外山紀子(2009).作物栽培の実践と植物に関する幼児の生物学的理解.教育心理学研究,57,491-502.
  • *2 お茶の水女子大学附属小学校(2015).平成26年度 スーパー食育スクール事業実施報告書,お茶の水女子大学附属小学校.
  • *3 柳田多寿・大森玲子(2007).児童の食生活実態調査と食育の実践.宇都宮大学教育学部教育総合実践センター紀要,30,351-360.
  • *4 園田雅代(2007).今の子どもたちは自分に誇りをもっているか―国際比較調査からみる日本の子どもの自尊感情.児童心理,61,2-11.
  • *5 東京都教職員研修センター (2011).自信 やる気 確かな自我を育てるために【基礎編】,東京都教職員研修センター研修部教育開発課.
  • *6 中間玲子(2007).自尊感情の心理学.児童心理,61,12-23.

  • 付記
    この調査は平成27年度文部科学省委託スーパー食育スクール事業をうけて行われたものです。なお、この記事の一部は、第13回子ども学会議学術集会にて発表しました。

筆者プロフィール
Tomoko_Seno.jpg瀬尾 知子(秋田大学教育文化学部こども発達・特別支援講座講師)

お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(生活科学)。現在、秋田大学教育文化学部こども発達・特別支援講座 講師。専門は発達心理学、保育学。




菊地和子 (秋田市教育委員会学校教育課 指導主事 主席主査/栄養教諭 管理栄養士:平成21年度から現職)

安士知孝(秋田市立飯島南小学校 校長:平成27年度から現職)

佐藤好久(秋田市立上新城小学校 校長:平成27年度から現職)

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