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【3月】食育は母乳哺育で始めよう

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2011年3月 4日掲載
1930年代の子どもの時代を思い出すと、わが家の食事は、親子5人揃って食卓のまわりに座って「いただきます」と言って食事が始まった。仏教に熱心だった父は、仏壇にお参りし、短いお経を上げてから食卓に着いた。そして、折にふれ、お米や野菜を作ってくれたお百姓さん、魚を取ってくれた漁師さんに感謝するようにと言われたものだった。食事にも教育があったと言える。

しかし、第二次世界大戦が始まると共に、私は海軍の学校に入り、家族も銚子の海岸に疎開、そこは危ないと栃木の山に移ると共に、家族一体の食卓は消えてしまった。戦後の荒廃から復興し、豊かな社会が実現しても、食事というとテレビを見ながらとなって、昔のような食事に戻ることはなかった。わが家の食事の現実をみても、こんな次第であるから、わが国の食生活一般は大きく乱れてしまったのであろう。それが、豊かな社会になるにつれて、肥満や瘠せ、メタボリック・シンドローム、糖尿病などの問題の多発にも関係しよう。

このままでは国もあやういと、平成17年(2005年)に「食育基本法」が成立し、毎月19日は「食育の日」、毎年6月は「食育月間」として、食育推進活動を進め、正しい食生活のあり方の充実と定着を計るようになった。

この様になるまでは、「食育」という言葉を多くの人は知らなかったであろう。19世紀末に陸軍軍医(漢方医)石塚左玄が、「体育・智育・才育は即ち食育なり」と述べたのが、食育という言葉の始まりと言われている。東京大学が設立された頃の話であるから、食生活は貧しい時代で、まだまだ科学的な意味づけは充分でなかったと想像される。

食育という言葉が使い始められてから、子どもの食生活の問題が大きく取り上げられたのは2つある。第1は、子どもをターゲットにした高カロリーで栄養価の乏しい食品コマーシャルの問題であり、第2は合成保存料・着色料の問題であろう。前者は、子ども肥満とかメタボリック・シンドロームと関係し、後者は注意欠陥・多動性障害(ADHD)などと関係すると考えられている。それを受けて、多くの国では、広告や食品添加を止めたりしはじめているという。

食育の問題は、こうみると科学・技術の進歩と表裏の関係のようである。すなわち、物質的に豊かな社会の陰の部分と言えるのではなかろうか。それで、「自然に帰れ」という動きが強くなっているのは当然のことと思うのだ。食物も化学肥料ではなく、有機肥料を使って作るとか。

そうなると赤ちゃんの栄養も、当然人工栄養のミルクよりは母乳ということになる。私が現役の1970年代中頃、ランセットというイギリスの伝統的な医学雑誌に、母乳哺育食育の原点であるという内容の論文が出た。母乳を赤ちゃんが飲み始めると、たんぱく濃度はあまり変化しないが、脂肪分とpHが上がるという。したがって、酸味が下がると共にクリーミーな味になることになる。

すなわち、母乳では風味(フレーバー)が変わることを意味し、赤ちゃんに食事の始めと終わりを教えているというのである。人工のミルクではそうはいかない。同じ味なのでどんどんと飲み、赤ちゃんはおなか一杯になるまで続ける。それが、後の肥満症に関係するのであろう。母乳で育てることは、子どもの人生の出発点における食育にもつながると考えられるのである。

考えてみれば、母乳で育てることは、食文化の伝承にもよいかもしれない。キムチ文化の中では辛子成分が、カレー文化の中ではカレー成分が、味噌・醤油文化では「みそやしょうゆ」の成分が、母乳中に微量出て、大切な味を赤ちゃんに教えているかもしれないからである。

人間は、動物の中で特別の存在とはいえ、何より自然との共存は重要なことだ。子ども達の健康な心の発達と身体の成長に必要な食育は、食生活の出発点を母乳哺育で始めよう。
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