学会に出て感じたことは、医療文化人類学者D. Raphael女史が1970年代に指摘した、小さい子ども達の育児、特に母乳哺育の成功には、母親達への連続的な「エモーショナル・サポート」が重要であるという考え方が、わが国でも一般化され、関係する医療関係者は勿論のこと、行政の関係者にも理解されるようになったということであった。
学会長の梅田先生は、病院の中で「サロン・ド・おっぱい」と称して、出産3日目の母親達に母乳哺育の重要性を話し、質疑応答の場を設けて母乳育児を成功させていると話された。また京都の島岡昌幸先生も「おっぱい村」と称して、母子がただ集まって専門家と一緒に話し合う機会を作っているという。
これは、「サロン・ド・おっぱい」も「おっぱい村」も、ダナ・ラファエル(D. Raphael)女史のいうエモーショナル・サポートの場で、専門家ばかりでなく、母親達が互いにドゥーラ役(妊娠、出産、育児をサポートする人、CRNのドゥーラ研究室参照)を果たしていると考えられるのである。母乳育児をしている母親達に対して行われる乳房マッサージの技術も、確かに乳房の張りをとるとか、痛みをとる役割を果たすことには間違いないが、それを実施する人、例えば助産師と母親との間のやりとりの効果の方が高いと私は考えている。母親達の子育ての苦しみや愚痴に耳を傾け、優しく答えてあげることが重要で、母親達は、それにより不安が取り除かれ、子育てにつまずかなくてすむようになるのである。特に、母乳に関係するホルモンの分泌が良くなることにより、母乳の出も良くなるのである。
豊かな社会では、優しい心、思いやりの心、共感の心など、人間関係を結びつける心の力が弱まった事が、現代社会における多くの問題の基盤にあると私は考えている。母乳哺育で育児する「母乳育児」によって、まず母と子の絆を確立することが、後の人生で出会う全ての人間関係の出発点と言えよう。今、母乳哺育の重要性を再認識して、次世代育成を確かなものにしない限り、私達の未来はないのではなかろうか。
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