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「優しさ」を科学する

小林 登 (CRN名誉所長、東京大学名誉教授)

2013年7月12日掲載

本文は、今年3月12日に初めて行われた日本ドゥーラ協会の第1期「産後ドゥーラ」認定式の後、私が行った特別公演を整理して論文にまとめたものである。人間のいとなみに「優しさ」はいろいろな効果を発揮するが、それを科学的に追求した先輩たちの業績をまとめ、その裏にある歴史的発展も明らかにしたいと考えている。

1、「ドゥーラ」という考えとの出会い

「ドゥーラ」という考えを学んだのは、Dana Raphael氏の"The Tender Gift: Breastfeeding "という著作であった。この本は、1970年代後半に「国際小児科学会(International Pediatric Association)」の理事会でパリに行った帰りのこと、1960年代に3年程留学して研究に従事した子ども病院のあったロンドンに立ち寄り、本屋で偶然見つけたものである。帰りの飛行機の中で夢中で読んで、内容のすばらしさに感激し、早速その本を翻訳して「母乳哺育 : 自然の贈物」(文化出版局)として出版した。しかし、表紙の赤ちゃんの泣き顔の絵がマンガ風であったためか、残念ながらあまり多くの人に読まれなかった。

Raphael氏の"The Tender Gift: Breastfeeding "は、母乳哺育について、フィリピンの山の中やアフリカの砂漠のような伝統的な文化が残っている社会や、先進社会の代表であるアメリカのニューヨーク近郊の社会を調査して書かれており、現時点で、育児・保育・幼児教育のあり方を考えるのに良い本であることは間違いない。

Raphael氏が強調しているのは、女性が果たさなければならない妊娠・分娩(出産)・育児(母乳哺育を含めたあり方)という「生命のバトンタッチ」の全てのプロセスに「優しい勇気づけ(continuous emotional support)」が重要であるということである。人間の歴史の中で、女性は経験からそのことを学び、女性によるお産の助け合いのシステムをつくっていた。そのシステムの中には、必ず中心となる女性がいた。その女性たちは自らお産のあり方を学んで技術を磨き、助け合ってきたのである。それが、医療技術の進歩した先進社会においては、医療が制度化され、お産は医師中心になり、人間的なものが失われてしまったように思う。Raphael氏は、伝統的な文化が残っている社会においては、現在でも女性によるお産の助け合いのシステムが生きていることを指摘し、そこでお産を支援する女性のことを「ドゥーラ」と名づけた。

私はこの本を読んで、早速、「ドゥーラ」「ドゥーラ効果」「優しい勇気づけの意義」等のキーワードで「ドゥーラ」という考え方を「周産期医学」などいくつかの雑誌で発表したが、当時、産科関係者からの反応は殆どなかった。しかし、30数年の年月を経て、昨年、日本ドゥーラ協会が発足し、私の思いがやっと実現したのである。

2、「優しさ」と子どもの体重増加の関係

人間のいとなみに対する「優しさ」の意義について私が考え始めたのは、J.Z.Young氏の"An Introduction to the Study of Man(武見太郎監訳「比較人間論--人間研究序説」広川書店1976)"に引用されていたイギリスの女性栄養学者Widdowson氏の研究を読んでからであった。それは、第二次世界大戦後、戦争に敗れたドイツ国内のイギリスの占領地域で、彼女が体験した孤児院の出来事を論文にして、1951年のLancet誌に発表したものであった。

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図1 養育者の性格と孤児の体重増加曲線

図1は、この論文において、ドイツのイギリスの占領地にあった2つの孤児院AとBについて、子どもたちの体重の増加を曲線にしたものである。年齢、食事の量や孤児院の施設に著しい違いはないにもかかわらず、孤児院Aの子どもたちの方が、孤児院Bの子どもたちに比べて体重増加が明らかに良い。Widdowson氏が不思議に思って調べてみると、孤児院Aの子どもたちを世話していたのは子ども好きの優しい保母であり、孤児院Bの子どもたちを世話していたのは、ガミガミと厳しい保母であることがわかった(カトリック系の孤児院であるため、保母たちはシスターであった)。世話している女性の性格の違い、すなわち、子どもたちに対する「優しさ」が体重増加に関係していることが明らかになったのである。

しかし、孤児院Aほどではないが、孤児院Bの子どもたちの中にも8人、他の子どもたちよりも体重増加の良い子がいた。調べてみると、体重増加の良いその8人の子どもたちは厳しい保母のお気に入りの子どもたちであった。お気に入りの子どもたちに対しては、厳しい保母でも、当然のことながら優しくなったのであろう。したがって、孤児院Bの8人の子どもが示した体重増加の良さも、同じように、世話する女性の優しさの影響であると考えられる。

つづいて、思わぬことから、「優しさ」と体重増加の関係をより明白に示す研究("well documented study")をすることになった。孤児院Aの子どもたちを世話していた子ども好きの優しい保母が仕事を辞めることになったのである。それを機に、孤児院Bにいた厳しい保母に、体重増加の良い8人の子どもと一緒に孤児院Aに移ってもらい、元から孤児院Aにいた子どもたちと共に世話をしてもらった。さらに、食事の量は子どもたちの要求をほぼ満たすように増やした。孤児院Bに残された体重増加の悪い子どもたちは、これまで孤児院Aにいた子ども好きの保母と同じような性格の保母を探してきて、世話をさせた。しかも、食事の量は増やさず、これまでと同じにしたのである。

それから半年ほど、体重増加の動きを細かく調べてみると、次のことがわかったという。まず、孤児院Aで優しい保母のもとで良い体重増加を示していた子どもたちは、厳しい保母に変わると、食事量が増えているにも関わらず体重の増加率は変わらず、以前と同じだった。優しさの欠けたことの影響を、増えた食事量が補ったと思われる。しかし、厳しい保母のお気に入りの8人については、孤児院Aに移った後、食事の量が増えたため体重が著明に増加した。そして、孤児院Bに残され、新しい優しい保母に世話をされるようになった子どもたちは、食事の量は変わらないにも関わらず、体重増加が著しく良くなり、52週目には孤児院Aにもともといた子どもたちより体重増加が良くなってしまったのである。図1の体重曲線を見ると、「優しさ」が如何に体重増加にとって重要であるか、良く理解することができる。

3、欧米での研究成果-エモーショナル・サポートの必要性

私は、日本にいたため、戦後間もない1951年に発表されたこの論文を目にすることがなかった。しかし欧米では、特に1970年代にJ.Z.Young氏の本に引用されて以来多くの人の目につき、関連する多くの研究者が現れた。その第一が、南米のF. Monkeberg氏であろう。重症栄養失調児の治療として、母親代わりに優しいボランティアをつけて世話させることにより、図2のとおり体重増加も良く、感染症の頻度も下がり、入院期間も短くなることを示したのである。F. Monkeberg氏のこの1989年の発表は、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを渡った別荘地で開かれた小さな国際会議で、直接うかがうことができた。当時のことは、今もなつかしく思い出す。「優しさ」によって、8倍も体重増加が良くなるという発表を聞いて、驚いたものである。

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図2 重症栄養失調児の治療による体重増加に対する情緒環境の影響

つづいて、1980年代に入って、クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学の小児科教授Kennell氏が、Raphael氏が述べた、お産に対して周囲の「優しさ」が及ぼす効果について、医学的な研究をして1991年に発表した。図3のように、「優しさ」は分娩時間を短くするばかりでなく、オキシトシン*1の利用率、産褥熱の発生率、新生児の異常や感染症の発症率も低下させることを示している。

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図3 お産とエモーショナルサポート

4、まとめ-子ども生態学(Child Ecology)の視点から

1951年に発表されたWiddowson氏の研究は、子どもの育ち(成長・発達)には、栄養だけでなく、子どもの世話をする人の性格なども関係することを科学的に示したものであった。F. Monkeberg氏の栄養失調児の研究は、「優しさ」が体の機能のプログラムを活性化し、生命力、免疫力を上げることを示していると言える。

私なりに言えば、「子ども生態学 (Child Ecology)」もこのことに関係している。何の教育も受けていない胎児や新生児の行動を見ると、子どもは心と体の基本的なプログラムを持って生まれてくるということがわかるが、そのプログラムを動かすのは情報である。情報には様々なものがあるが、「知性(論理)の情報」と「感性(感情)の情報」に分けることができる。子どもには、「知性の情報」も必要であるが、「感性の情報」が心のプログラムを、ひいては体のプログラムを働かせる力の強さを決めることを考えれば、「感性の情報」が子どもの生活において必要であることは言うまでもない。「子ども生態学」の視点から言えば、子どもを世話する人の性格は、子どもの生活環境の情報を決定する重要な要素であるということになる。

さらに、世話をする者の「優しさ」の情報は、体重のような体の成長ばかりでなく、子どもの心や運動機能の発達にも影響することがわかってきている。その後の研究によると、成長ホルモンの分泌に関係する体のプログラムは、「優しさ」によってコントロールされていることも証明されている。Kennel教授は、1970年代始めに母子相互作用を研究し、1980年代に入って、更にドゥーラの研究まで行っているが、Widdowson氏の研究の理念を受け継いでいる点で感銘をうけた。彼自身はイギリス人だということを耳にしたが、確認する機会はなかった。ことによると、ロンドンのUniversity Collegeで医学を勉強した小児科医だったかもしれないと考えたりした。

 「優しさ」は、人間が文化・社会生活を営んでいく上で重要であるが、子どもの成長・発達に関係する点で、子どもに直接的な関わりを持つ。「子ども学」を考える我々にとって、このことは大変重要であり、今後さらに、科学的に追求することが望まれる。


*1 オキシトシンは子宮収縮の作用があり、分娩時に陣痛促進剤として用いる。
筆者プロフィール
kobayashi.jpg小林 登 (CRN名誉所長、東京大学名誉教授)

医学博士。CRN名誉所長、東京大学名誉教授。国立小児病院名誉院長。
日本医師会最高優秀功労賞(1984年11月)、毎日出版文化賞(1985年10月)、国際小児科学会賞(1986年7月)、勲二等瑞宝章(2001年秋)、武見記念賞(2003年12月)などを受賞。  

主な著作は、小児医学専門書以外には『ヒューマンサイエンス』(中山書店)、『子どもは未来である』(メディサイエンス社)、『育つ育てるふれあいの子育て』(風濤社)、『風韻怎思―子どものいのちを見つめて』(小学館)、『子ども学のまなざし』(明石書店)その他多数。
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