1.研究背景
何世紀にもわたって,教育改革者達は,「こどもは自身の中に内在する力をあらわすことによって成長するのだから,できるだけこどもの自発的な活動にまかせておくべきである」という原理を認めてきた(スタンディング,2011).
高杉・田中(2004)の研究では,幼児(3~5歳児)が自主的に活動を選択することで,通常保育の時より,幼児の満足度(自己肯定感と自己有能感)が高くなり,よりポジティブな行動が見られ,興味を持続させることができたと報告している.
また,宮崎(2001)は,子どもは自己教育の力という点において,ごく幼少期から,自由に自分の好むものを選択できる状況にあり,一定の形を押し付ける大人がおらず,そのための環境さえ与えられれば,多様な形で自己教育力の姿を現すことができると述べている.
現在の文部科学省の「幼稚園教育要領」(2017)には,幼児の自発的な活動としての遊びは,心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であることならびに幼児の主体的な活動を促し,幼児期にふさわしい生活が展開されるようにすることと記載されている.
さらに,厚生労働省の「保育所保育指針解説」(2018)には,子どもが自発的,意欲的に関われるような環境を構成し,子どもの主体的な活動や子ども相互の関わりを大切にすることと記載されている.
つまり,幼児の教育では,子どもの主体性や自発性,満足感や自己教育力といった側面を重要視する必要があり,幼少期から自由に選択する場面を提供することは非常に重要であると考えられてきた.
自主性や主体性の一つの行動面での表れとして,「選択する」という行動がある.旺文社国語辞典第9版によると,選択とは「いくつかの中から適切なものを選ぶこと」と記載されている.
臨床の場面において,子どもたちがいろいろな遊びを選択している様子を見ていると,月齢が低いほど「適切なもの」を選び出すという行動は経験的に難しいように感じられた.
そこで,筆者は,未満児(1~3歳)が遊びを選択する際の行動にはどのような特徴があるのか,また,その選択の行動特徴は月齢別に違いがあるのかに疑問をもち,下記の研究を実施した.
2.研究目的
本研究は,未満児が玩具を選択するときの様子を観察し,「選択行動の特徴」と「月齢による選択行動の違い」を明らかにすることが目的である.
3.研究の対象者と方法
1)対象児
対象児数:15名対象児の月齢:1歳9ヶ月(21ヶ月)~3歳1ヶ月(37ヶ月)
2)データ収集方法と期間
方法:観察による記述記録期間:2014年8・9月の約2ヶ月間
日数:5日間
時間:9時から11時までの2時間
データ収集の延べ時間:計10時間
観察した行動数:238データ
3)環境
(1)保育形態
自由保育であり,準備された環境の中にある遊びを,対象児が自由に選び行う.また,1歳児から3歳児までを同じクラスで保育する縦割りの環境であった.
(2)物理的環境
本研究のデータ収集にあたっては,子どもが日々過ごすなじみのある保育環境での自然な選択行動を知るため,対象となった園の環境に変更を加えることなく,そのまま採用した.対象となった園の環境は,モンテソーリ教育の環境(表1)であった.ただし,データの統制を図るために,以下の点に留意した.
①発達段階に即した玩具が準備してあること
②パズルのような,遊びの開始と完結が明確にわかる玩具であること
③一人で遊ぶ玩具に限定されていること
④部屋の中で遊ぶ玩具に限定されていること
のり,シール貼り,市松,はさみ切り,彫る,ごますり, ボルトナット,つまようじ刺し,紐結び,物の開閉,玉通し,紙ちぎり,紙を折る,箸移し,スプーン移し,ピンセット移し,スポンジ絞り, 豆移し,色水移し,トンカチ,豆の分類,弁当包み,ボタン落とし, 積木,花の水切り,植物の水遣り,葉を掃く,葉を磨く,机を洗う,机を拭く,窓を洗う,床を掃く,床を拭く,埃を叩く,着衣枠(大きいボタン,ファスナー,マジックテープ),鼻をかむ,手を洗う,模型と名前,物と一致するカード,物と(一致しない)カード,名前とカード,絵本, 水平棒とリング,3原色のリングとペグ,パズル(◯△☐) ,粘土,描画(3原色のクレヨン),イーゼル・絵の具,クッキング |
(3)人的環境
クラス内のスタッフ構成は,経験年数5年以上の保育士3名であった.また,子どもが玩具を選択する場面で,基本的には見守り,具体的な指示や介入は行わない対応を統一した.
4)本研究での「選択」の定義
対象児が玩具棚へ行き,玩具棚の上で玩具の操作を始めたり,玩具棚から玩具を移動させる行動を行ったときに「選択」とみなした.
5)統計処理
今回,「未満児が玩具を選択するときの行動特徴」の分析において,対象児の遊びを選ぶ際の行動を観察した.観察した様子の記述内容を付箋紙に記入し,類似内容ごとにグループ化し,それぞれのカテゴリーに名称をつける,いわゆるKJ法を用いた.
また,「月齢による選択行動の違い」の分析にあたって,「未満児が玩具を選択するときの行動特徴」のうち,類似した行動特徴に基づきグルーピングを行い,対象児の玩具を選択する際の観察による記録内容を計4つに分類した.そして4つの分類に基づいて,1症例ごとに行動パターンの出現した回数を記載し,4つのそれぞれの出現回数を割合(%)で示した.
6)倫理的配慮
本研究対象児の保護者に対して,「観察による記述データ」と月齢を研究のみに使用させていただくことを文書にて説明し同意を得た.また,対象施設に対しても文書にて説明し同意を得た.
4.結果
1)未満児が玩具を選択するときの行動特徴
KJ法の結果,「予め決める」「眺める」「触る」「手あたり次第行う」「玩具を混ぜる」「玩具を持ち出す」の6つのカテゴリーに分類できた.
①予め選択する玩具を決めており,玩具棚から探して1つを手に取る
対象児が玩具棚を眺めることなく,ある特定の玩具を取りに行くために玩具棚に近づき,選択する行動を「①予め選択する玩具を決めており,玩具棚から探して1つ手に取る」(以下,①)と捉えた.また,対象児の中には小声で「のり貼り,のり貼り」と唱えながら玩具を取りに行く姿や,保育士に「今日ははさみ切りをするの」と伝える姿もあった.また,その中には予め選択する玩具を決めていたが,玩具を探すのに時間がかかることもあった.その場合は①とみなした.
②玩具棚を眺めて1つの玩具を手に取る
対象児が,玩具棚に近づき複数の玩具を見てから選択する行動を「②玩具棚を眺めて1つの玩具を手に取る」(以下,②)とみなした.玩具棚を見る時間が短い場合と長い場合があった.対象児の中には,予め玩具を決めていたが,玩具棚に取りに行くと複数の玩具が視界に入り,他の玩具に興味がわき,予め決めていた玩具以外の玩具を選択するといった場合もあった.この場合は選択行動②とみなした.
③玩具棚の玩具をいくつか触ってから1つの玩具を手に取る
対象児が玩具棚の玩具にいくつか触れながら選ぶ行動を「③玩具棚の玩具をいくつか触ってから1つの玩具を手に取る」(以下,③)と捉えた.ここでの「触れる」とは,玩具を詳しく知るために持ち上げる,握る,撫でる,玩具の遊び始めの手順を少し行うなどの行動を指す.対象児の中には,時間をかけて触り,見て,じっくりと選ぶ姿もあった.この場合,「見る」のみではなく「触る」という行動を含めたものを③とみなした.
④玩具棚にある玩具を1つに定めず複数の玩具を操作する
対象児が玩具棚に近づき,目についた玩具を具体的に操作し,完結せずに次の玩具を操作するといった行動,例えば「パズル」を枠から外し,枠にはめることなく「水平棒とリング」のリングを操作するという行動を「④玩具棚にある玩具を1つに定めず複数の玩具を操作する」(以下,④)として捉えた.
⑤玩具棚にある2つ以上の玩具の道具を混ぜて操作する
対象児が玩具棚に近づき,一つ一つ準備してある玩具のセットを2つ以上混ぜる行動,例えば,「玉通し」の玉と「豆移し」の豆を「はさみ切り」で使用する籠の中で混ぜる,「水平棒とリング」のリングと「3原色のリング」のリングを混ぜるなどの行動を「⑤玩具棚にある2つ以上の玩具の道具を混ぜて操作する」(以下,⑤)として捉えた.
⑥玩具棚にある玩具の道具の一部を手に取る
対象児が玩具棚に近づき,セットしてある玩具の一部だけを持って玩具棚を離れてしまう行動,例えば,「窓を拭く」で使用するスクイージー(水切りワイパー)だけを持っていく行動や,「ピンセット移し」のピンセットだけを持っていくなどの行動を「⑥玩具棚にある玩具の道具の一部を手に取る」(以下,⑥)として捉えた.
なお,④,⑤,⑥はそれぞれの単独の行動としても見られた.また,④~⑥を組み合わせた行動も見られた.例えば,玉通しの玉を一つ紐に通し,玉を一つ取り玩具棚から離れ,掃く遊びで使用するちりとりの上に乗せて転がすなどであった.この場合,厳密な分類は困難であった.
2)月齢による選択行動の違い
「未満児が玩具を選択するときの行動特徴」において,1)の①~⑥の選択行動パターンをもとに,対象児の玩具を選択した際の記録内容を,類似した行動特徴の計4つ(①,②,③,④~⑥)に分類した.その後,1症例ごとに行動パターンの出現した回数を記載し,4つのそれぞれの出現頻度を割合(%)で示した.
①予め選択する玩具を決めており,玩具棚から探して1つ手に取る
②玩具棚を眺めて1つの玩具を手に取る
③玩具棚の玩具をいくつか触ってから1つの玩具を手に取る
④玩具棚にある玩具を1つに定めず複数の玩具を操作する
⑤玩具棚にある2つ以上の玩具の道具を混ぜて操作する
⑥玩具棚にある玩具の道具の一部を手に取る
出現頻度をグラフにして近似曲線を表示した結果(図1),グラフより,①は,月齢が上がると共に出現頻度の割合が高くなる傾向が認められた.②は,月齢が低い時期から出現頻度の割合が高かった.また,②の行動パターンを呈する際,月齢が低いほど短時間で選択をしていたが,月齢が高くなるにつれて選択に時間がかかることも観察された.③は月齢が上がると共に出現頻度の割合が減少していった.
一方,④⑤⑥も月齢の上昇と共に出現頻度の割合が減少し,28ヶ月からはこの行動パターンが認められなくなった.全体的には,およそ25ヶ月あたりで行動パターン①が③,④⑤⑥より出現頻度が逆転し,③,④⑤⑥の出現頻度は減少していくことが分かった.更に,①の行動パターンはおよそ30ヶ月あたりで②の行動パターンの出現頻度と逆転し,主な選択行動となっていることが明らかとなった.
5.考察
本研究では,未満児が玩具を選択するときの様子を観察し,選択行動の特徴と月齢によるその違いを明らかにした.その結果を以下のように分けて考察する.
1)選択行動パターンの解釈と月齢
選択行動パターンとその発達の様相から,質的に異なる2グループに分けることができた.それは,明確に「選び出す」ことのできる①と②,そして「選択行動の移行期」とみなすことのできる③と④⑤⑥であった.(1)①と②の行動パターン
①は月齢と共に出現頻度の割合が高くなり,30ヶ月以降になるとどの選択の行動パターンよりも出現頻度の割合が高くなることが明らかとなった.これは,月齢が進むにつれて,自分の意志と遊びが一致し,正しい「選択」ができるようになったことが理由であると考えられる.
そのため,①の行動パターンの出現は,意志の発達に伴った結果と考えた.意志とは自分が必要とするもの・望むものを決定したり,それらの実現を概念化するという複雑な過程のこと(レザック,2011)であり,この意志決定という能力を司る部位は前頭葉の外側前頭野に位置(安彦,2012)している.前頭葉のシナプス密度は生後3年間に急激に増加して,3,4歳ころピークに達する(安彦,2012).つまり,本研究対象者はちょうど,前頭葉のシナプスが急激に増加している時期であり,前頭葉の発達に沿って自分が希望する玩具を決めて選び出せる①の行動パターンの出現頻度も高くなったのではないかと考える.
②は21ヶ月から出現頻度の割合が高かったが,少しずつ減少し,30ヶ月で①と逆転していた.②の選択行動パターンについて,低い月齢では直観的に選択する傾向にあったのに対して,月齢が高くなるにつれて,じっくり見て考えて選ぶようになっている傾向があり,同じ②の行動パターンであっても月齢によって質的に異なることがわかった.
そのため,②の選択行動パターンも①の発達と同様に前頭葉の発達に沿って変化していくものではないかと推察される.
(2)③と④⑤⑥の行動パターン
「モンテソーリの発見」(スタンディング,2011)の中でモンテソーリは以下のように述べている.「1歳か2歳の幼いこどもを注意深く見守っていると,こどもは物全体としてのなりわいに関心を示すだけでなく,物の特性,たとえば粗さ,滑らかさ,固さ,柔らかさ,色,味,材質,重さ,柔軟性などといったことに興味をもつ」.つまり,③や④⑤⑥のような行動パターンは子どもの発達過程において自然に出現する玩具の扱い方であると考えられる.
D・ローゼンブラットは「乳幼児の遊びそのプロセス」(高橋,1984)の中で,生後9ヶ月,12ヶ月,15ヶ月,18ヶ月,および24ヶ月の乳児・幼児に対して,対物行動を10分間観察し,オモチャの扱いの質を区分した.その中で「探索的扱い」というカテゴリーがあった.この例として「表面を握ったり,ひっくり返したり,いじくったり,一部を操作したりする」扱いがあった.今回の結果の③で観察された,触れたり操作をして選択をする行動は「探索的扱い」に類似していた.
また,同書籍に「オモチャの特性に関係なく,同一の方法で扱う未熟な反応」と定義されている「無差別的扱い」がある.今回の結果である④⑤⑥で観察された,玩具の本来の目的とは異なった扱い方は「無差別的扱い」に類似していた.
更に,同書籍で「物に対して何をしているか定かではない反応は,9ヶ月で50%以上を占めるが,順次減少し,24カ月児では2~3%の低率になる.探索的行動も9ヶ月児で42%,24カ月児までほぼ等しい勾配で,直線的に減少する」とある.この結果は,本研究の「③,④⑤⑥の出現頻度は減少していく」という結果と類似していた.
2)選択行動パターンの変遷
今回の6つの選択行動パターンは,ブルーナの3つの表象手段(森岡,2015)によって解釈すると,①は象徴的表象による選択,②は映像的表象による選択,③は行為的表象による選択として捉えることができる.②~⑥は目の前にある対象物しか扱えない時期だが,①になると目に見えない対象をことばと心象で操作できるようになる.
また,④⑤⑥はピアジェの発達段階(森岡,2015)で解釈すると,感覚的運動期の第5期に相当し,探索的な行動として捉えられた.④⑤⑥のような探索的行動の時期から,①のような選択ができるようになるためには,発達に伴い,25ヶ月から28ヶ月の間に③から②へと経過していく移行期が存在するのではないかと推察された.
さらに,リュトケンハウスら(速水,1995)は「目標志向行動を成立させるためには彼らに「知識」と「制御」が必要である.知識や制御は2歳以下の子どもでは十分有効に機能しない,1歳半以下の子どもは結果志向というより活動志向といえる.2歳の終わり頃に間違いを修正する能力が急成長すると考えられる」述べている.
以上のことから,「無差別的扱い」や「探索的扱い」をやり終えると,次の段階に進むことができること,幼児の選択行動には「知識」と「制御」の育ちも影響しており,行動のすべてが子どもの成長にとって意味のあるものであることが示唆された.
今回の研究はある1ヶ所の保育園でのデータ収集となったため,限局したデータであった.今後は他園での幼児など,対象児を増やして検証していく必要がある.
6.謝辞
本研究にご協力いただいたお子さま,そしてご理解をいただけた保護者の方々,およびデータ収集をさせていただいた施設の方々に深く御礼申し上げます.また,データ収集及び原稿作成に多大なるご協力を賜りました九州保健福祉大学保健科学部作業療法学科の江口喜久雄先生に御礼申し上げます.
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引用文献:
- E.Mスタンディング著(復刻版2011).「モンテソーリの発見」.エンデルレ書店.
- 速水敏彦ほか著(1995).「動機づけの発達心理学」.有斐閣ブックス.
- 厚生労働省(2018):「保育所保育指針解説」
http://www.ans.co.jp/u/okinawa/cgi-bin/img_News/151-1.pdf(PDF) - 宮崎美城(2001).「モンテソーリ教育法にみられる自己教育力についてⅡ-活動の選択における個性―」.横浜女子短期大学研究紀要.16号.pp15‐25.
- 文部科学省(2017):「幼稚園教育要領」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/04/24/1384661_3_2.pdf(PDF) - 森岡周著(2015).「発達を学ぶ 人間発達学レクチャー」.協同医書出版社.
- Muriel D. Lezak(2005).「レザック神経心理学的検査集成」.創造出版.
- 高杉美稚子,田中敏明(2004).「主選択保育(ドリカムタイム)を通して自己決定が及ぼす幼児の満足度(自己肯定感と自己有能感)についての考察」.日本保育学会大会発表論文集.57号.pp458‐459.
- 安彦忠彦著(2012).「子どもの発達と脳科学 カリキュラム開発のために」.勁草書房.
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参考文献:
- 高橋たまき著(1984).「乳幼児の遊び:その発達プロセス」.新曜社.