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【日本】 幼児教育における「遊び」

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「教育」と「遊び」を並べて考えるのは、一般的には違和感があることかもしれませんが、幼児教育学や発達心理学では普通の考え方です。遊びを通した学びという場合、幼児教育では、遊びの要素を取り入れた学習活動とか、遊び感覚のある学習活動といったものを指しているわけではありません。「遊び」そのものが「学び」を含むものだと考えています。こうした考え方、幼児教育における子ども観、遊び観について、ここでは説明していきたいと思います。

はじめに~保育者養成大学の学生の意見から思うこと

私は保育者を養成する大学で教員をしています。授業の最後にその授業で考えたことや疑問を書いてもらうのですが、大学に入ってすぐの学生さんたちは、遊びや保育について、自分が経験したことを基準に様々な考え方を率直に書いてくれます。そんな中には、

「遊んでばっかりいて、あまり何もやってくれない幼稚園(保育園)は・・・」
「子どもを遊ばせているだけで、先生は何もしていないように見える」

といった、ことばを耳にしたり目にしたりすることがあります。遊び=無駄な時間、意味のないことをしている時間という印象がもたれているのでしょう。しかし幼児教育の考え方では、少なくとも乳幼児期の子どもにとっての「遊び」は、余暇としての遊びとは少し違います。夢中になって没頭する真剣なもので、練習が必要なこともありますし、多くの遊びの中でいろいろ考えて工夫したり試したりする姿が見られます。後者のような遊びは、前者の時間を過ごすための活動ではなく、その中にこそ子どもたちが育つために必要な経験がたくさん含まれていると考えられます。

では、次のような考え方はどうでしょうか。

「自分の子どもはたくさん遊ばせてくれるところに入れたいです。」

遊びが大切というのなら、たくさん遊びの時間があればよいと考えてよいのでしょうか。最初に紹介した「遊ばせているだけ」と言われないような充実した遊びを経験しているなら、たくさん経験できるのは悪くなさそうです。ではどういう遊びがたくさん経験できていると良いのか、「乳幼児の遊び」の豊かさとはどういうものかということも考えたほうがよさそうです。

そして、「子どもを楽しく遊ばせてあげられるような先生になりたいです。」「いろんな遊びを教えてあげられるような先生になりたいです」という人もいます。もちろん遊びのネタをたくさん持っていることは保育者として大事なのですが、子どもたちがどのように遊びに出会うかということも大切です。出会い方によって、その活動への興味関心は変わってくるでしょう。どんな気持ちの時に、どのように触れたのか、誰といたのか、様々な要素があります。子ども一人一人、本当にやりたいと思うタイミングは同じではないでしょう。小学校以上の学校で何かを教えるように遊びを教えてしまうと、途端にその遊びのきらきらした魅力が消えてしまい、おもしろかったはずのものが子どもにとっての「遊びではなくなる」ことも少なくありません。

保育・幼児教育カリキュラムのガイドライン

こうした乳幼児期の子どもの興味関心のもち方や、発達の幅の広さ、多様さに応じていくために、保育者が参考にしている小学校の学習指導要領にあたるガイドラインがあります。幼稚園には文科省から「幼稚園教育要領」、保育所等には厚生労働省から「保育所保育指針」、幼保連携型認定こども園には内閣府から「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」が告示されています。現在のものは平成29(2017)年3月に3つ同時に示され、1年間の周知期間を経て平成30(2018)年4月から運用されています。これによって、幼稚園は3歳以上、保育所・こども園は0歳からの子どもの教育・保育について、の水準を全国的に確保することを目的に、そのカリキュラムの基準を大綱的(大きな枠組みを示し、細かなことは、各地域や子どもの実情に合わせていく)に定めています。各園の工夫や特徴もあっていいし、地域ごとの実情もあるだろうけれど、「これだけはみんなで大事にしていきましょう」という申し合わせであり、告示ですから法律として拘束力のあるものです。

この3つの要領・指針の3歳以上の子どもの保育の内容やねらいは、ほぼ同じものです。制度上は3つに分かれていますが、子どもたちに必要なもの、乳幼児期に大切なものは共通していて、広い意味での幼児期の教育を子どもがどこにいても受けられるようにするべきだと考えられているからです。同様に0歳から3歳未満については、保育所とこども園で、同じ理念・ガイドラインに基づく保育・教育が目指されています。つまり、どの就学前施設に通っていても、目指すべき内容や子ども観、カリキュラムの考え方は共通しているのです。

遊びにおける環境設定の重要性

では、これら3つの要領・指針において、遊びはどのように位置づけられているでしょうか。

まず子ども一人一人が、安定した他者との関わりの中で安心して過ごせることが重要です。安心して過ごしているから、新しいことに挑戦したり、興味をもったり、少しくらいうまくいかなくてもまたやってみようと思ったりできるのです。生まれてすぐの赤ちゃんから、少し身体が動かせるようになると、その力を使って自分の身体の動かし方をあれこれ実験し始めます。手が少し思うように動かせるようになると、周りにあるものを触って確かめたり、つかんだものを何かにぶつけて音が出せることに気がついたりします。棚の中のものを全部引っ張り出すような、大人にとっては困ることもあるこうした探索行動からも遊びが生まれ、気づいたり学んだりする機会が生まれます。

このように子どもの主体的で自発的な活動である遊びは、学びの機会でいっぱいです。とはいえ遊びが成り立つには安心感や安定感の他に、夢中になって没頭して遊びたくなるような環境が周りにあることが必要です。環境の中には、遊具や様々なおもちゃだけではなく、使い方が一様でない、可塑性・応用性の高い素材があると子どもたちが工夫したり考えたりする機会が多くなり、工夫できるからこそ夢中になって取り組みやすいようです。様々な構成や組み合わせが工夫できる積み木やブロックのようなもの、様々な種類の紙やペン、クレヨン等の素材、廃材や自然物など遊びに必要なものをつくる製作活動に活用できる素材や、布、ごっこ遊びに使える日用品や服などを園では用意しています。園の周囲の自然環境の中にもたくさん可塑性・応用性の高い素材があるかもしれません。

ただ、自由に遊ぶとはいっても、園の環境にないもの、子どもたちが使えるようになっていないものは経験できません。子どもたちが自分から選ぶことができるものの種類や内容が豊かであるかどうかは、大人がどう環境を整えるかにかかっています。3つの要領・指針にも保育は「環境を通して」行うものであると書かれてあることとつながります。

子どもたちの心が動き、遊ぶための空間と時間が十分にあることも環境条件の一つです。細切れの時間が多い生活のなかでは、どうしても子どもたちも時間をつぶすかのような遊び方をすることが多くなります。大人たちや他の子どもも環境条件です。大好きな保育者が紹介してくれるものは、魅力的でやってみたくなるでしょうし、少し年長の子どもたちがしている遊びは、つい挑戦してみたくなるものです。友達が提案したことだから、少し自信がないときでも、やってみたいと心が動きます。周囲のモノや他の人たちと関わるその活動そのものを楽しむのが遊びであり、他に何か目的があるわけではありません。けれども、そうした営みの中に成長や発達に関わる重要な体験が含まれています。ですから3つの要領・指針では、「遊びを通して」の指導を中心にして「環境を通して」行うのが乳幼児期の教育・保育の基本だとしています。

一人一人の発達の様子が大きく異なるのも乳幼児期の特徴です。みんなで一緒に同じ活動をしているように見えても、一人一人の子どもをよく観察すると、それぞれの子どもたちはその子なりの楽しみ方をしていることに気がつきます。みんなで一緒にやって楽しい遊びは、子どもたちがそれぞれ工夫する余地のある自由度が高いものです。

遊びは真剣なものでもあります。没頭して遊んでいる子どもたちの目は真剣です。笑いながらするのも遊びですが、やりたいと心から思っていることに向かって真剣に集中するのも遊びです。仲間とやりたいことに向かって話し合いながらするのも遊びです。仲間と一緒にする遊びでは、自分がこうしたいという思いがあっても、友達とのかかわりでやりたいことが叶わないこともあります。友達と取り組むから楽しい時もありますが、挫折感や葛藤を味わうこともあります。自分のやりたいことと異なる仲間の気持ちを尊重しながら、自分の思いを伝えながら、解決策を探していく時、社会性や道徳性、言葉の力が発達していく機会が生まれます。同時に、ものごとに取り組む姿勢や学びに向かう力、粘り強さや工夫する力、「社会情動的スキル(非認知能力)」といわれるスキルも発達していきます。

遊びへの保育者の関わり方

このように子どもの様々な能力は、遊びを通して総合的に発達を遂げていきます。それでは、自主的自発的に子どもたちが取り組む遊びを、保育者はどのように支え発展させていくのでしょうか。保育者は、子どもたち一人一人と、遊び集団としてのダイナミックスをよく観察し、発達と遊びの流れを見通して子どもたちが必要とするであろう素材を予測して用意します。時には、集団として一緒に取り組む活動の中で新しく紹介したいスキルや、経験したことが無い活動を含めた活動を紹介します。いつか子どもたちが遊びの中に取り込んでいくことを期待しながら、種をまくように子どもたちの遊びの素を増やしておくのです。

保育者は、時には遊びのパートナーとして、あるいは遊びのモデルとして共に遊ぶこともあれば、助言をすることもあります。子どものアイディアや取り組んでいる様子に合わせて質問し、取り組んでいることがさらに深まったり広がったりするようなかかわりが求められます。正しい答えを教えること、早く結果を出すことよりも、その遊びを持続して楽しみ、考えを巡らしたり試したりしていくプロセスを大切にします。

このような乳幼児教育の「遊び」についての考え方は、幼稚園、保育所、こども園等はもとより、家庭や小学校でも役にたちます。幼稚園教育要領解説のことばを借りれば、3つの要領・指針の第1章は、「幼稚園,家庭,地域の関係者で幅広く共有し活用できる『学びの地図』としての役割を果たすことができるように」つくられています。保護者と保育者、また保育者と小学校の教員が、一緒に子どもの遊びの記録を見ながら子ども観・遊び観を共有するような場がたくさん生まれれば、子どもたちが子どもとして生きる今この時が、もっと豊かに広がるように思います。


    参考文献:
  • Leavers, F. (Ed.). 2005. Well-being and involvement in care settings. A process oriented Self-evaluation instrument. https://www.kindergezein.be/img/sics-ziko-manual.pdf
  • 秋田喜代美・芦田宏・鈴木正敏・門田理世・野口隆子・箕輪潤子・淀川裕美・小田豊(2010)『子どもの経験から振り返る保育プロセス』幼児教育映像制作委員会事務局
  • 厚生労働省(2018)保育所保育指針解説 フレーベル館
  • 文部科学省(2018)幼稚園教育要領解説 フレーベル館
  • 内閣府(2018)幼保連携型認定こども園教育・保育要領解説 フレーベル館
  • 淀川裕美・秋田喜代美(2016)『代表的な保育の質評価スケールの紹介と整理』 イラム, S., キングストン, D., & メルウィッシュ, E. 著 秋田喜代美・淀川裕美訳 (2016) 「保育プロセスの質」評価スケール:乳幼児期の「ともに考え、深めつづけること」と「情緒的な安定・安心」を捉えるために, pp.84-100. 明石書店
筆者プロフィール
Chiharu_Uchida.jpg 内田 千春(うちだ・ちはる)

Ph.D.(教育学 オハイオ州立大学)。東洋大学大学院ライフデザイン学研究科、ライフデザイン学部生活支援学科子ども支援学専攻 教授。国立教育政策研究所 幼児教育センター・フェロー。専門は乳幼児教育学、発達心理学、保育学、多文化教育 など。
主な著書:「幼児教育における社会情動的スキル」 子ども学, (5) 8 – 29, 2017年。「今、幼児教育の担い手に求められるもの : 転換期に考える保育者の専門性と養成教育」日本教師教育学会年報, (25) 48 - 55, 2016年。「多文化保育・教育論」分担執筆第4章「多文化保育教育における保育者・教師の専門性と役割」(みらい)、「協同の学びをつくる -幼児教育から大学まで-」(共著)(三恵社)など。
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