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所長ブログ

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乳幼児期の遊びは人生を決める

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2017年7月21日掲載
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幼児教育における遊びの大切さは、よく知られています。フレーベルの影響を受けた日本の幼児教育では、遊びを中心とした実践が基本になっています。幼児教育の父であるフレーベルは多分直感的に、遊びの重要性を理解していたのでしょう。

なぜ、遊びは子どもにとってそんなに重要なのでしょう。ある幼児教育の理論家は、「それは、遊びが子どもの本質的な行動様式であるからだ」と説明しています。

私もかつて、ある保育園の園長さんに、なぜ遊びが大切なのですか、と聞いたことがありますが、その園長さんが、そうした質問をすること自体が理解できないという表情をされたことを思い出します。

小児科医である私は、医療においてエビデンスに基づいて判断することに慣れています。ですから、子どもにとって遊びが大切だ、というからには、子どもの発達に遊びが何らかの利得をもたらすエビデンスを知りたくなります。

アメリカの発達心理学者ハーシュ・パセック(Kathryn Hirsh-Pasek)先生は、遊びの中でもガイドされた遊び(guided play)が、子どもの認知発達や言語発達、あるいは社会性の発達を促進すると、多くのエビデンスをもとに主張しています。これまで、遊びが子どもの発達に及ぼす影響については、ハーシュ・パセック先生のような明確な立場の方はあまりいなかったので、密かに注目していました。

最近、早期育児支援の意味について講義をすることを求められたため、乳児期の遊びのもつ意味についての過去の研究を探していたところ、イギリスのスーザン・ウォーカー(Susan Walker)さんが、カリブ海のジャマイカで長年にわたって行ってきている研究論文に行き当たりました。今回はそれをご紹介します。

ジャマイカでは、以前から身長の伸びや体重の増えの悪い子どもの、その後の発達が良くないという調査結果がありました。そうした体の小さい子ども(stunted children)の原因には、低身長のようにホルモン異常のあるものもありますが、多くは乳児期からの低栄養と考えられていました。そこで低栄養状態の子どもの多い低所得家庭の乳児に、粉ミルクを配給するという事業が行われることになりました。低所得家庭で生後9ヶ月から24ヶ月の乳幼児のいる家庭に、1週間に1kgの粉ミルクを2年間無償で配給することになりましたが、家庭訪問をして粉ミルクを届ける保健師が、その時に1時間、親も交えて子どもと遊んでみてはどうか、とウォーカーさんは考えたのです。

対象となる身長が平均より2SD(標準偏差)以上低い子ども(129名)を、「ミルクの配給だけ」、「ミルクの配給と1時間の遊び」、「1時間の遊びだけ」、「なにもしない」、の4つのグループに分けました。また同年齢の身長が低くない乳幼児(84名)も対照として調査対象に加えました。5つのグループの子どもたちのうち、17歳〜18歳まで追跡することができた167人の青年に対し、ウォーカーさんは包括的な発達心理検査を行いました。詳細は省略しますが、知能検査、記憶力検査(ワーキングメモリーの検査)、語彙数、読解力、図形描写力、数学力などについて、5つのグループで比較したのです。

結果は驚くべきものでした。「ミルク配給のみ」、「なにもしない」、のグループの子どもたちは、身長の低くない対照と比べて、すべての検査で得点が統計的に有意に低かったのですが、乳幼児期に1週間に1時間遊んでもらった青年は、知能検査に含まれる3つの小項目(言語類推、言語知能、総合知能)以外は、身長が低くない対照と差がありませんでした。また、「ミルク配給のみ」のグループに比べて、ワーキングメモリーなどの3項目以外は、乳幼児期に遊んでもらった青年の方がスコアが有意に高かったのです。

ウォーカーさんは、さらにこの青年たちが22歳になるまで追跡しました。その結果、乳幼児期に遊んでもらった青年は知能が高く、一般知識が多く、さらに教育歴が高いだけではなく、大きな喧嘩歴、暴力行為が少なく、うつになる率が低かったのです。

この研究で重要な点は、遊んでもらった時期は2年間だけ(1週に1時間、計100時間)であり、遊びは特別なものではなく保健師が普通に遊んであげただけだ、ということです。特殊な英才教育を行ったのではないのです。

さあ、皆さんどう思われますか。私は、乳幼児期の遊びは、その子どもの人生を変えてしまうほど大きな力をもつ、といっていいのではないか、と思いました。


参考文献
  • Susan P Walker, Susan M Chang, Christine A Powell, Sally M Grantham-McGregor. Effects of early childhood psychosocial stimulation and nutritional supplementation on cognition and education in growth-stunted Jamaican children: prospective cohort study. Lancet 2005; 366: 1804-07
  • Susan P. Walker, Susan M. Chang, Marcos Vera-Hernández, Sally Grantham-McGregor. Early Childhood Stimulation Benefits Adult Competence and Reduces Violent Behavior. Pediatrics May 2011, vol. 127 Issue 5
筆者プロフィール
sakakihara.png榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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