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【日本】幼稚園における幼児の保育環境へのアプローチの変化から見いだされる遊び心をもった関わり

要旨:

幼稚園生活においては、子どもたちが遊び心をもって人や物と関わり、楽しさを生み出す姿が見られる。本稿は、幼稚園において子どもたちが即興的に生み出す遊び心をもった関わりについて、保育室の環境へいかにアプローチしているかという点に着目して検討した。その結果、子どもたちが物の用途を知りつつも、その用途によらない遊び心をもった関わりを環境へのアプローチを変化させることで即興的に生み出していたことが明らかとなった。

キーワード:

子ども,遊び心,保育室環境,身体,即興
1. 遊び心

近年、人と人との直接的な関わりが希薄になっている状況に対して「遊び心」の重要性が指摘されている。遊び心とはどのような心のありようを指すのだろうか。新明解国語辞典第六版によると「仕事や生活の中に、実用的な目的を離れて、それ自体を楽しむ要素を取り込もうとする精神的なゆとり」とある。つまり、楽しむことに向かう心の柔軟なありようだと言える。この「遊び心」は、"無駄なこと"を排除し、より効率よく業務をこなすことに重きが置かれる価値観のもとでは、むしろ不要なものとされると考えられる。遊び心は、実用性の観点からみると不可欠なものとは言えないが、その一方で、子どもたちの日常生活をみると人や物との関わりにおいて、遊び心をもって関わり、楽しさを生み出す姿が少なくない。たとえば、加用(2016)は、「どうでもいいような結果しか招かないことに多大な労力を払う...(略)...、大きな努力を払ったのにたいした結果しか得られない...(略)...、どうでもいいようなことに熱中したり大喜びしたりするなど...(略)...、そういった意味での落差の大きさが目立つ」子どもの行動を取り上げ、分類を試みている。子どもたちは、実用性の観点からは無意味なこととして捉えられる関わりを数多く生み出しているが、それは別の観点からみると、実用性の点からは捉えきれない豊かな関わりを生み出しているとも言える。

2. 我が国の保育室環境の特徴

遊び心は、生活の中で自然と生み出されていくものである。そこで、保育現場に集う子どもたちにとって主な生活の場所となる保育室の環境に注目し、環境との関わりの中でどのように遊び心が生み出されているのかについて検討することを目的に参与観察を行った。

保育室は家庭から離れて多数の子どもたちと少数の保育者が園での生活を共にする場所である。この生活の場所は、多くの場合、組ごとに部屋が区切られ、独立した造りとなっている。保育室には、子ども用に設計されたロッカーや手洗い場、椅子や机といった共同生活をいとなむための物がある。また、つみきや線路、ごっこ遊び用の玩具などの数々の玩具が種類ごとに分けられ、収納されている。椅子や机、玩具といった持ち運び可能な物は、子どもたちの手によって移動が行われる。このような環境にある保育室は、時に自由に遊ぶ場所となり、時にみんなでご飯を食べる場所となり、時に絵本を読む場所となり、時に製作や体操といった活動をする場所となる。このように、我が国の保育室は、多機能性を特徴とし、活動ごとに場所としての特徴が大きく変わる。また同時に、椅子や玩具を子どもたちの手で出し入れすることから、子どもたちや保育者の手によって「片付け」といった形で、活動に合った保育室内の環境が形作られている。さらに、子どもたちは机を拭くといった当番活動によるお手伝いをしながら、保育室環境を整えることに参加している。

3. 子どもたちが自らの身体をもって生み出す遊び心をもった関わり

筆者は週に一度、幼稚園の5歳児クラスにおいて、子どもたちの登園から降園までの参与観察を行い、子どもたちの人的・物的環境への関わりを記録した。参与観察では、子どもたちに危険がある場合を除き、自分から子どもたちに積極的に関わりをもつことはしない「消極的な参加者」(箕浦,1999)の立場をとった。収集した事例のうち、子どもたちの遊び心をもった関わりについて、環境へのアプローチの変化という点から分析を行った結果、子どもたちは(1)状況の変化に応じて、保育者の予期しない物に主体的に関わり、また(2)物に込められた既存の意味に捉われない独自の関わりをしていたことが見出された。

以下では、遊び心をもった関わりについて、保育室の環境へのアプローチに注目して紹介したい。

ある日のお片付けの時間、子どもたちが各々保育室内の玩具を移動させる。1つの玩具を協力して運ぶ子どももいる。保育室内が徐々に片付いていく状況の中で、ある子どもが、壁掛けフックにかけてあったごっこ遊び用のフライパンとお玉とを手にとった。そして、周囲の子どもたちに向かって「太鼓にするよー!」と声をかけると、お玉でフライパンを力強くたたき始めた。それに気づいた他児2名も真似をする。「カンカンカンカン」という大きな音が保育室中に響き渡り、周囲で見ていた子どもたちも、またフライパンをたたいている本人も大笑いしていた。それに気づいた担任保育者は、「それかけといて」と子どもに伝えた。「太鼓」を楽しんでいた子どもたちは、フライパンとお玉をもとあった場所に戻した。

この子ども同士の関わりは一見、無意味なものにみえる。しかし、環境へいかにアプローチしているか、という点からみると、この遊び心をもった関わりの中に子どもの育ちが見えてくるのではないだろうか。保育環境としての、ごっこ遊び用のお玉やフライパン等は、普段はごっこ遊びにおいて料理を作る際に子どもたちが用いている道具である。また、お玉やフライパンは、子ども用とはいえ、料理作りの際に使うものであり、何かをすくったり、炒めたりするという用途があり、子どもたちも生活の中でこの用途に親しんでいるからこそ、ごっこ遊びの際に用いている。もちろん、用途としての物に込められた意味を知って扱うことも重要であるが、遊び心をもった子どもたちの関わりでは、普段使用しているお玉やフライパンは、もはや料理とは関係をもっていない。むしろ、音を響かせる楽器であるかのように用いられ、そこで面白さが共有されている。つまり、物に込められた既存の意味に捉われない独自の関わりが見られていると言える。

このように子どもたちは、実践の場所を変えずとも、保育室という場所で人や物といった環境への関わり方を即興的に変えている。そして、実用性の点からは外れた、即興的な関わりを共有すること自体を楽しんでいるのである。

文化人類学者のWenger(1990)は、いかなる実践が人々のあいだで生み出され、共有されているかという観点から、重層的に共同体を捉える「実践共同体」の概念を提示している。Wengerがフィールドワークを行ったある保険会社の保険請求処理係では、作業手順が示されたマニュアルの存在を知りつつも、実際の処理においてはマニュアルに記載された内容とは異なる独自の手順で作業を行うなど、様々に変化する状況に応じて、人々のあいだで非公式的な実践が新たに生み出されていたという。このように人々が新たな実践を生み出し、状況を変えていくという事象は、幼稚園の一斉保育場面においても見られることからも(山下,2019)、子どもたちが園生活の中で生み出す遊び心をもった関わりと共通する、興味深い視点が含まれていると考えられる。

4. まとめ

子どもたちのあいだでは、状況の変化に応じて、物の用途を知りつつも、その用途によらない遊び心をもった関わりが生み出されていた。これはすなわち、人や物との関係において、既存の意味に捉われない新たな気づきと柔軟な見方・扱い方を特徴とする関わりを子どもたちが即興的に創出していたと言える。

遊び心をもった関わりは、特に、かつて"子ども"であった大人にはふざけたふるまいとして捉えられがちである。しかし、子どもの育ちに関して、創造性という新たな観点が導かれると考えると、実用性の観点から離れ、子どもの関わりそのものに目を向け、子どもが何を共創しているかという視点をもつことは大切であることがわかる。


    引用参考文献:
  • 加用文男(2016) 子どもの「お馬鹿行動」研究序説.かもがわ出版.
  • 箕浦康子(1999)フィールドワークの基礎的スキル.箕浦康子(編).フィールドワークの技法と実際―マイクロ・エスノグラフィー入門―.ミネルヴァ書房.21-40.
  • Wenger, E. (1990) Toward a theory of cultural transparency: Elements of a social discourse of the visible and the invisible. Doctoral dissertation, Irvine: University of California.
  • 山下愛実(2019)幼稚園の一斉保育場面で子どもたちが創りだす「あいま」の意味―ウェンガーの「非公式の」実践共同体概念を手がかりとして―.質的心理学研究18, 26-40.


  • 付記
    本稿は、2018年11月10日~11日にかけて同志社女子大学にて行われた日本子ども学会第15回学術集会において、その一部を発表した。

筆者プロフィール
megumi_yamashita.jpg 山下 愛実(やました・めぐみ)

お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士前期課程修了。同大学大学院博士後期課程在籍中。専門は保育学(幼児理解)。幼稚園において、子どもたちの入園から卒園までの長期にわたる参与観察を行い、子どもの関わりとその意味について、「遊び」「身体」「即興」に注目して研究を行っている。
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