ニュージーランドの幼児教育のカリキュラムであるテファリキは、もともと1996年に策定された。当時、様々な特色がある中で、カリキュラムに対しても、子どもの将来に対しても、特に二文化主義、インクルーシブで、ホリスティックなアプローチをとっていることで、先駆的だと評価されていた。
「有能で自信をもてる学習者、コミュニケーターとして育ち、心身、精神ともに健康で、所属感による安心感をもち、社会に価値ある貢献をしていると認識できる」(Ministry of Education, 1996, p. 9)。
施行から20年の間に、テファリキカリキュラムの導入に成功している幼児教育施設もある一方で、先の記述にあるような、カリキュラムによる深みのある幅広い経験を提供できない施設もあることが、ますます明らかになってきていた(Educational Review Office, 2016)。カリキュラム見直しの必要性を唱える声が多方面から挙がり、中でも2014年にニュージーランド政府により設立された幼児教育諮問委員会は、教育委員会にテファリキの見直しをするよう進言した(Advisory Group on Early Learning, 2015, p. 15)。このアドバイスを採用するとともに、2016年8月にテファリキの見直しが始まった。
研究者と経験豊富な幼児教育の実践者、計7名により著者グループが編成された。このグループがまずカリキュラムの修正草案を作成し、2016年後半に入り、広く意見を求めた。そこで寄せられた修正案も取り入れ、2017年4月、最終版がリリースされた。
テファリキ2017の主要な修正点
テファリキ2017において、4つの包括的な原則であるエンパワメント、家族とコミュニティ、ホリスティックな発達、関係性、そして5つの要素とその先に設定されている目標はそのまま保持され、大きく変わった点は、学びの成果として設定されていた118項目を20項目に減らしたことである。これらの学びの成果は、本カリキュラムが価値ある学びを生むことを明らかにしており、幼児教育プログラムに参加することで、全ての子どもがサポートを受けながら、達成すべきものである。表1では、要素、目標、および学びの成果の関係性を示している。
要素 | 目標 | 学びの成果 |
---|---|---|
子どもに以下のような環境で幼児教育を受けさせる: | 月日の経過、指導と励ましにより、子どもは以下のようなことがどんどんできるようになる: | |
ウェルビーイング | 健康が促進される | 健康を維持し、自分を大切にする |
情緒的ウェルビーイングが育成される | 自分のことができるようになり、自分の気持ちや要望を表現できる | |
危険から守られる | 自分や他者を危険から守る | |
所属 | 家族とのつながりを大切にし、外の世界を認め、広げられる | 子どもの世界において、人、場所やモノとのつながりを作る |
居場所があることを知る | 今の環境を大切にすることに加わる | |
日々の決まった活動、習慣や定期的な行事に抵抗がなくなる | その環境下での決まりを理解し、変化に適応する | |
許容される態度の限度、限界を知っている | 習慣(kaupapa)や規則、他者の権利を尊重する | |
貢献 | 学び、性差、能力、年齢、民族などのバックグラウンドにかかわらず平等な機会が与えられる | 他者を公平に扱い、遊びに入れてあげられる |
個人として認められる | 自分の学ぶ能力に気づき、受け入れる | |
他者と協力し、肩を並べて学ぶようにすすめられる | 他者と遊び、学ぶのに、色々な方法やスキルを使う | |
コミュニケーション | 様々な目的のために、非言語的コミュニケーション・スキルを身につける | 自分を表現するために身振り手振りや体の動きを使う |
様々な目的のために、言語的コミュニケーション・スキルを身につける | 口頭言語 *1を理解し、様々な目的のために使う | |
自分、あるいは他者の文化の物語や象徴するものを体験する | 物語を聞き *2、伝え、創作することが楽しめる | |
文字や記号を認識し、楽しみながら、意味や意図をもって使うことができる | ||
数字や数の概念を認識し、楽しみながら、意味や意図をもって使うことができる | ||
創造性をもち表現をする方法を発見する | 様々な素材や方法を使い、自分の気持ちや思いを表現する | |
探究 | 遊びは、意味のある学びであると捉え、即興性のある遊びの重要性に気づく | 遊び、想像、発明や実験をする |
身体に自信をもち、コントロールがきくようになる | 自信をもって行動し、物理的に自分に課題を課す | |
積極的な探求、思考、推論のための方法を学ぶ | 推論や問題解決のために様々な方法を用いる | |
自然界、社会、物理的あるいは物質的な世界を理解する上で、つじつまの合う理論を考える | つじつまの合う理論を作り、練り上げ、この世界を理解する | |
学びの成果の項目を減らしたことに加え、テファリキ2017では、カリキュラムにより子どもに提供される経験の中でも欠かすことのできない内容として、教員(kaiako *3)が子どもの言語、文化、アイデンティティを意識し、対応をすることに、より重点的に焦点を合わせている。 つまり、教員は、子どもとのやり取りにマオリ語(te reo maori)を使ったり、プログラムにマオリ文化の価値観や知識を取り入れることが求められている。補足すると、多くの幼児教育サービスがサステナビリティやマオリの文化的慣習を活動に取り入れようと、畑で育てた果物や野菜を園児の家族に分けたり、プログラム内で子どもと料理をする際に使ったりしている。こうした活動は、「他者への思いやり(manaakitanga)」や「監督責任、環境への責任と保護(kaitiakitanga)」といった考え方を反映している(Ritchie, Duhn, Rau and Craw, 2010, p. 2)。
ワイタンギ条約に基づき二文化主義を採るニュージーランドでは、ますます多文化社会の色合いが強まっている。現在、通園する子どもが話す言語は80カ国語を超えており、地域社会が大切にする学びにフォーカスするということはつまり、カイアコと呼ばれる教員が通園する全ての子どもの母語や文化、アイデンティティに対応するということを意味する。テファリキ2017に追加された新たな項目では、教員の指導法や園長に対するガイダンスの内容が、以前のカリキュラムに比べてかなり増えた。このガイダンスの補強は、幼児教育プログラムの質にとって指導力が重要な役割を果たしているという認識を強くしたことの現れである。さらに、教員の「幅広い能力」をもってすれば、「熟慮が重ねられ、意識的な指導法のもと、(彼らは)子どもの学びや成長を促す」ことができる、とされている (Ministry of Education, 2017, p. 59)。以下を含む、注目すべき15の能力が示されている:
- 遊びを中心とするカリキュラムや指導法の知識があり、やる気の出る、楽しく、誰にでもできるカリキュラムを思い描き、計画、実行することができる
- 領域の知識(例えば科学や芸術的知識)をカリキュラムに取り込むことができる
- 活動を実施する際にエビデンスや批判的考察、問題解決能力を使い、自分の活動に対し深く考え、内省することができる(p.59)
これらの能力を明示するだけでなく、テファリキ2017を通して、教員に対して求められることに焦点をあてている記述がみられる。例えば、「全ての子どものためのカリキュラム」と題された項目では、「子どもの健康とウェルビーイングを守り、促進し、学びの機会を平等に与え、言語、文化、アイデンティティを認識し、何より子どもに主体性をもたせる」(Ministry of Education, 2017, p. 12)と、子どもの権利について明確に言及している。
テファリキ2017における課題
馴染みのある改定前のテファリキは、テファリキ2017に組み込まれた大きな課題を、ある程度包み隠してしまうことができていた。前述のとおり、幼児教育の現場においてどれだけ改定前のテファリキのカリキュラムを取り入れていたか、国の教育機関評価局が全国調査したところ、子どもに提供される、カリキュラムに基づく経験の幅や深さには、大きなばらつきがあることが示された。このばらつきを解消するには、教員はカリキュラムに基づく経験をどう計画し提供するか、さらに意識的に取り組まなければならず、その経験から全ての子どもがサポートと指導のもと、5つのカリキュラム要素に基づく学びの成果を得られなければならない。教員にとっての主な課題は「子どもの遊びにいつかかわるか、いつ誘導をするかだけでなく、学びをサポートできるよう、子どもが一人で探求したり、友達と探求する際に、いつ子どもとかかわらないようにするべきか意識的に判断」することである (McLaughlin & Cherrington, 印刷中, p.7)。
教員が二文化主義的な指導をし、子どものアイデンティティの形成、言語や文化的な成長を効果的にサポートしなければならない、という点は、テファリキ2017になってから提示されている新たな課題である。ニュージーランドにおける幼児教育の多様性についての調査では、実践者のほとんどが欧州系ニュージーランド人(Pākeha)であり、多くの職場において多様な人種の職員を抱えていても、「同じマイノリティーの民族的バックグラウンドをもつ」教員は「他に一人もいないことが多い」(Cherrington & Shuker, 2012, p. 82)。教員が子どもと話す際に使う言語について調べたところ、回答者の97%が英語と答え、56.1%がマオリ語、10.1%がサモア語と答えた。子どもと話す言語として回答者が示した、その他の7言語については、ニュージーランド国内の施設の10%以下でしか使われていなかった (Cherrington & Shuker, 2012)。幼児教育サービスにおいて、子どもが使っている80の言語(Education Counts, 2017)は、子どもの学びをサポートするために、施設の教職員も使っているとは考えにくい。
最後の課題は、教員に対し、テファリキ2017をきちんと取り入れるべく、実践活動や知識を強化できるよう継続的な教員研修を提供することである。改定後のカリキュラムが発表された当初に提供された職員研修は、主に教員に対し「文書を広げて」カリキュラムのどこが変わったのか認識させるものであった。しかしながら、テファリキを取り込んだ持続可能な教員養成を目的とする、幼児教育諮問委員会の進言に従うならば、徹底した教員研修が必要である。本稿の執筆時においては、そのような教員研修が幼児教育セクターで行われている様子はまだない。
- *1 本稿における「口頭言語」とは、子どもが第一言語として使用する全てのコミュニケーション手法を指し、ニュージーランド手話、また非言語系の子どもが使う補助代替コミュニケーション(AAC)も含む。
- *2 耳が聴こえない、あるいは難聴の子どもについては、「聞く」ことには「見る」ことも含まれる。
- *3 「kaiako(カイアコ)」とは、マオリ語で先生を意味し、学ぶことと教えることの両方の意味を含む。資格をもつ教員ともたない幼児教育実践者の双方を包括的に指す用語として、テファリキ2017を通して使われている。
参考文献
- Advisory Group on Early Learning. (2015). Report of the Advisory Group on Early Learning. Wellington: Ministry of Education.
- Cherrington, S. & Shuker, M.J. (2012). Diversity amongst New Zealand early childhood educators. New Zealand Journal of Teachers' Work, 9(2), 76-94
- Education Counts. (2017). Language use in ECE. Wellington: Ministry of Education. Downloaded 6 April 2018 from https://www.educationcounts.govt.nz/statistics/early-childhood-education/language-use-in-ece
- Education Review Office. (2016). Early childhood curriculum: What's important and what works. Wellington: New Zealand Government, 31 March 2018, Retrieved from http://www.ero.govt.nz/assets/Uploads/ERO-Early-Learning-Curriculum-WEB.pdf
- McLaughlin, T. & Cherrington, S. (印刷中). Creating a rich curriculum through intentional teaching. Early Childhood Folio.
- Ministry of Education. (2017). Te Whāriki. He whāriki mātauranga mō ngā mokopuna o Aotearoa Early childhood curriculum. Wellington: Ministry of Education.
- Ministry of Education. (1996). Te Whāriki. He whāriki mātauranga mō ngā mokopuna o Aotearoa Early childhood curriculum. Wellington: Learning Media.
- Ritchie, J., Duhn, I., Rau, C., & Craw, J. (2010). Titiro Whakamuri, Hoki Whakamua. We are the future, the present and the past: Caring for self, others and the environment in early years' teaching and learning. Wellington, NZ: Teaching and Learning Research Initiative.