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【ドイツ】ミュンヘン市ガイドライン(指針)を通して見えてくる保育の方向性(後編)

3.1.3 参画

「参画」という言葉は、ドイツにおいて2000年頃からよく聞かれるようになった。国連の子どもの権利条約が採択されたのは、1989年だが、その中で子どもの自立を促すために自己決定権を保障する「意見表明権」が認められている(12条)。 この意見表明権の解釈を深め発展して出来たものが、ドイツの保育施設における参画する権利であると考える。

ガイドラインの中で、参画について定義されているので、紹介したい。

参画とは・・・
  • 前もってよく考えられて導かれた参加の仕方。子どもたちを日常生活や園生活に積極的に参加させ、グループの中や社会の中においてそれぞれの子どもが同等の仲間として迎えられる。そのための基本となるのが、気配りのある細やかなコミュニケーションである。
  • それぞれの子どもたちの発達段階に適した方法で、自分自身や、園での集団生活の決定事項に関して、子どもたちが自分で選択したり、問題を解決できるように励ますこと。子どもが何を選ぶことができるのかが、明白であることが前提とされる。
  • 自己決定すること、だれかと一緒に決めること、自分が何かに取り組むことができること、自由に発言する権利と必要とする情報を手に入れる権利があること。
(出典:公営乳幼児教育施設における運営指針(2017)21ページ左下段 筆者訳)

普段の生活の中で聞きなれない「参画」という言葉は、定義文を読んでもわかりづらいと思う。実践の中での具体例を挙げるとより身近に感じると思われるので、園生活での例を挙げてみる。

全員が大きな輪になって座る朝のお集まりでは、日付や天気、季節の歌や手遊びなどのあと、保育者がひとりずつ、取り出し保育の内容について紹介する。本の読み聞かせをする保育者、積み木の部屋に誘導する保育者、小さな工作を提案する保育者、お遊戯室で身体を動かしたい子どもを募る保育者など、さまざまである。

この活動の提案方法、つまり、保育者が準備した遊びをみんなでするのではなく、子ども自身がやりたい活動を自分で選ぶ方法こそが、参画である。ガイドラインの定義にあるように、子どもが何を選ぶことができるのか、選択の範囲はどこまでなのかが具体的にわかるように提案することを重視している。これは、範囲を明確にすることにより、子どもたちの自己決定能力の育成を後押しし、援助することになるからである。

たとえば、製作保育の場合、保育者が予め作った完成作品を提示したり、絵本の読み聞かせであれば、その絵本を実際に見せることで、視覚に訴える方法がとられる。そうすることで、子どもたちの、「やってみたい」とか、「おもしろそう」という動機づけにもなるし、自分が参加したいのかしたくないのかを自覚する助けとなる。

また、お祭りなど園のイベントのテーマを決める時には、全員の意見を尊重して多数決を採る。そこには、民主主義の実践に小さい時からなじむように、という意図がある。小さい子どもに無理なく民主主義を体験させるために、やはり五感に訴えかけてわかりやすい方法をとるように工夫されている。

たとえば、カーニバルのテーマについてみんなで決定する場合、ホワイトボード上に3つから5つの選択肢の絵を張り出す。この選択肢については、予め子どもからインタビューをして聞き出しておく。昨年は、「水中の世界」「メルヘン」「アナと雪の女王」「乗り物」の4つの中から、「メルヘン」が選ばれた。3歳から6歳までの50名全員が自分のお気に入りのテーマに丸いシールを貼っていき、そのシールの一番多いテーマが選ばれる。

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写真5 ガイドラインの「参画」にあたるシールでの多数決

このように自分で決める経験を積むことによって、自分の意見が尊重されていること、自分が身の回りに影響力を与えることができるのを確認することができる。それにより、自尊心を育むことができ子どもの健全な成長を後押しすることができる。

また、ガイドラインの中には、以下のような一文もある。

全ての子どもの平等な参画の機会を保障するということは、参加しないという権利も尊重することを意味している。
(出典:同21ぺージ右 筆者訳)

この部分は、特にドイツらしさが表れていると思うが、子どもがしたくないという活動は、無理強いは決してしない。したくないことを保育者が促すこと自体が、子どもの意見を尊重していないこととなる。

これに関して日本人として一番疑問となるのは、食事の場面であろう。園での食事は基本的に大皿から自分で取り分けるので、野菜嫌いの子どもはほとんど野菜を食べないことになる。その場合、日本では必ずするであろう「野菜も食べようね。」というような声掛けを保育者はあまりしない。

そのかわり、保育の内容の中で食育に触れられており、野菜や果物の大切さ、砂糖やお菓子をたくさん食べることは身体に悪いことなどが伝えられる。

大切なのは、健康な体づくりのために野菜が必要かつ重要だという認識を子ども自身がもっていることであり、その上で野菜を食べないのは子ども自身の選択だと保育者は捉えている。

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写真6 おやつの写真

3.1.4 子どもの遊びの意義
遊びを通して子どもは一生続いていく学ぶ姿勢の基礎を築いていく。遊ぶということは、五感すべてを使って学ぶということである。遊びには、場所と時間が必要なので、保育者は用意周到に整えられた、子どもに刺激を与える環境をつくるように配慮をする。遊びは評価されない。それは、自由遊びであり、その遊びが多様な方向に発展する可能性を秘めているのが子どもの遊びなのである。
(出典:同22ページ左上段 筆者訳)

日本の保育者が、ドイツの園を見学して驚くのが、自由遊びの時間の長さだ。朝のお集まりの時間、提案型設定保育の時間以外は、自由に園の中で遊ぶことができる。

ドイツで陶冶の目的として一番に挙げられるのが、子どもの自立とそれに伴う責任を担う力を養うことである。それに加えて、最近よく耳にするのが、困難に向き合い乗り越える力であるレジリエンスをつけることだ。レジリエンスが注目されているのは、社会の複雑化により、難民としての生活、親の離婚などネガティブな体験が、子どもたちの身近に増えてきたことが一因だろう。それらのネガティブな体験を自分自身の力で克服することができるように大人がサポートする必要性がでてきた。

子どもたちが幸せに生きていく上で必要なこれらの三つの力—自立、責任をとる能力、困難を乗り越える力—は、自由に遊ぶ中でこそ培うことができる。それは、子ども時代の学ぶという行為が、五感を使ったり、身体を動かしたり、何かを発見したり経験すること、つまり遊びを通して、それぞれの知識や感動が獲得され、定着するという経過をとるからである。

例えば砂場遊びを一つとっても、子どもの学びはたくさんある。砂場の表面の砂はさらさらしているけれど、下に掘っていくほど湿った土になっていく、山を高く作るには、湿った砂がたくさん必要だ、という科学的な学び。また、トンネルを完成させるには、慎重に進めないといけない。友達と一緒の作業は、お互いに知恵や指示を出したり、助け合うことが必要だろう。それでも、思い通りにいかないときには、他の方法を考えたり、自分の気持ちを切り替える経験もすることだろう。

更に自由遊びの長所は、時間が充分にあることである。途中で中断されることが少なくて済む。この「思うように作り上げることができた」「楽しかった」という達成感や満足感は、自己肯定感を支える感情であり、自分が何かを成し遂げることができたという感覚は子どもの自信となる。この自己肯定感と自信こそが、レジリエンスを育む土台となり、レジリエンスに欠かせないものである。

自由遊びを充分に幼児期に経験した子どもは、困難にぶつかっても、自分で考えて試行錯誤することができる。自由遊びを通じて、複眼的な見方ができるようになっているともいえるのではないだろうか。

それでは、自由遊びにおける保育者の役割はどう位置づけられるのだろうか。まず保育者は、子どもたちの学びを援助するために、その子どもたちと信頼関係を築くことが前提とされる。そうすることで、子どもたちは、安心で居心地の良い環境で、伸びていこうとすることができる。自由遊びの中で信頼する保育者から適度な働きかけと、支援を受け取ることで、子ども自身のなかにある可能性を発展させることができる。そして、やる気や自分の力に気づき、ポジティブな自己像を築きあげていく。保育者は、あくまで支援者であり、適切な場面においての働きかけが求められている。

保育者が子どもに働きかける場面を判断するためには、子どもを信じることと共に、遊びの力を信じることが必要である。

ドイツの保育者は、自由遊びの重要性に気づいているからこそ、子どもの自己決定力や、自己実現力、社会性を遊びの中で育てることができるように、配慮できるのかもしれない。

長年ミュンヘンの乳幼児研究所の所長だったフテナキス教授の有名な言葉がある。これは、ドイツの保育において「遊び」を重要視してきた象徴的な言葉だと思うので紹介したい。

「幼い子どもにとって遊びと学びは一つのメダルの裏表である。」
(Prof.Dr.Dr.Dr.Wassilos E.Fthenakis)

ドイツの保育者は、自由遊びの中でこそ、生きるために必要な力が身につくことを確信している。

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写真7 自由遊びの中自分たちで遊びを膨らます子どもたち。
学童の女児も含まれている。

3.1.5 オープンな運営
オープンな運営とは、単に部屋の使い方を変えたというわけではない。それは、考え方をオープンにするという意味がある。いつもと違うことに可能性を見つけ、新しい視点や考え方に対してオープンなのである。
(出典:同22ページ左下段 筆者訳)

ドイツでは、従来のクラス単位の保育システムから、オープンな保育へと変わりつつある。固定されたクラスという考え方を見直し、学び生活していく場所としてどのように環境を整えれば、子ども一人ひとりが生き生きと取り組める場となるのかについて常に模索している。オープンな保育が評価されているのは、フレキシブルな構造が、子どもたちに冒険やチャレンジの機会を与え、多種多様な学びの経験を自分で選ぶことができるからである。それにより、自己責任という概念や、自信を育んでいくことができる。

尚、別稿にてオープンな運営について述べているので、詳細は割愛する。(参照:とりはらわれるクラスの壁

3.1.6 イノベーション 実践の中からより良い実践へとつなげるため

乳幼児施設は、社会の動向や保護者の置かれた状況の変化に適切に対応するべきである。ガイドラインには、以下のような記述がある。

保育内容や保育方法については、常に改善されより良いものを目指すプロセスにある。また子どもや家族の要望も変化する。よって幼児施設の中での保育の内容もその要望にそって変わっていく。
(出典:同23ページ冒頭部)

 

公立園では、一年に一度の保護者アンケートが義務付けられており、施設のありかたや保育の質、内容についての満足度が調査される。このアンケートは教育スポーツ局で集計され、学年末に結果が保護者に公開される。

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写真8 園の入り口に公表されたアンケート結果

アンケートの結果を受けて、職員たちは改善にむけて話し合い、具体的な改善の取り組みを計画する。

たとえば5名以上の保護者が開園時間を延長してほしいと望めば、園は30分開園時間を延長しなければならない。2018年現在は、ほとんどの公立園の閉園時間は17時である。どの園においても17時以降の保育が必要とされていない現状が反映されている。しかし、共働き家庭やシングル家庭が増加傾向にあることから、いずれ保育時間の延長が現実になるのは、避けられないだろう。

さて、昨年度に私の園でもアンケートを行い、回収率は68%であった。

結果は「慣らし保育」についての保護者の評価が低かった。それを受けて、改善した項目は、5点ある。

  • 入園一か月ほど前に一度お試し保育日を設けること。
  • 保護者向けウェルカム冊子を手作りし、入園申し込みの際に、入園のしおりとともに手渡すこと。
  • 新入園児は一週間に一人~二人にとどめること。(ドイツの園は異年齢児クラス、かつ入園式がないので個別入園が可能である。)
  • 慣らし保育の担当保育者を決めておき、名前を保護者用掲示板にはりだすこと。
  • 慣らし保育が終わるタイミングで、担当保育者が保護者と面談し、個別の要望や子どもの様子について意見交換する。

これらの改善策により、保護者の安心感が高まり、われわれ保育者への信頼度も増すことを願っているが、実際の満足度については次回のアンケートで明らかとなる。

このように保護者アンケートに対応した改善を重ねることにより、それぞれの地域のニーズや、その時代の流れに合った園の在り方を追求することができる。

終わりに

冒頭の図で説明したように、市が作成したガイドラインは、バイエルン州の指針の元にあり、その指針はドイツ連邦の指針の元にある。国全体の保育の大枠よりも、市が作成したガイドラインはよりポイントが絞られたわかりやすいものといえるだろう。

だからこそ、このガイドラインの見出し、さらには小見出しから、市の目指す保育政策が具体的に把握でき、目指す乳幼児教育の在り方が読み取れるのではないだろうか。

また逆にいうと、ミュンヘン市はヨーロッパ共同体(EU)の大綱に則って保育政策を考案していることになる。それ故にミュンヘン市のガイドラインを精査することで、ヨーロッパ全体の子ども観、保育思想が浮き上がってくると思われる。実際に、昨今はEUの国際保育会議や、交流視察、更には国を超えてのプロジェクト保育研究などが増加している。

もちろんヨーロッパ諸国はそれぞれ様々な歴史や背景があるので、独自性を尊重しつつも、保育内容、保育方法などについて、均一性を追及しているところである。これは、ヨーロッパ全体においても、イノベーションを推進し、変化を恐れないプロセスを歩んでいるといえるのではないだろうか。

本稿にて現在のドイツの乳幼児教育施設が、どんな意図をもって、どんな方向性を打ち出しているのか、少しでもお伝えすることができたなら幸いである。


ミュンヘン市ガイドラインの原題

  • Trägerkonzeption der Kindertageseinrichtungen im Städtischen Träger(2017)

筆者プロフィール
yukiko_W_profile.jpg ベルガー有希子

お茶の水女子大学児童学科卒業。ドイツの育児支援センターにスタッフとして12年勤務。現在は幼稚園で先生を務める傍ら、ミュンヘン市教育スポーツ局保育視察担当者として受け入れ業務を兼任。お茶の水女子大学、福岡教育大学などで講師経験多数。
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