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【ドイツ】ミュンヘン市ガイドライン(指針)を通して見えてくる保育の方向性(前編)

ドイツのほとんどの都市や農村部における少子化とは逆行して、ミュンヘンでは出生率の上昇に伴い乳幼児施設の建設ラッシュが続いている。

必然的に保育者の需要も増し、保育者養成課程を終えた学生にとっては、乳幼児施設への就職に関して今までにない売り手市場である。

そんな中、保育者不足、研修不足をはじめとする要因で保育の質の低下がおきないように、さまざまな対策がなされている。バイエルン州は、乳幼児教育の重要性を鑑み、保育の質を一定の水準に保つため、乳幼児施設を運営するすべての運営母体に対して独自の指針作成を促した。

そして2017年3月にできあがったのが、ミュンヘン市独自の公立幼児施設のガイドライン(指針)である。

そもそも、ミュンヘン市公立幼稚園、保育園は、各々が園の特徴や保育指針を明記した園ガイドラインという名の冊子をすでに持っている。この園ガイドラインを参考にして、保護者は自分の子どもにあった園を選ぶことができ、また保育者は、自分の理想とする保育を実践する勤務園を探すことができる。

今回新しくできたミュンヘン市のガイドラインは、この各園が作成した園ガイドラインの上位に位置づけられる枠組みである。

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図1:法的規準や、保育規準の中においての運営者ガイドラインの位置づけ
(出典:公営乳幼児教育施設における運営指針(2017)9ページ 筆者訳)


新しくできた大きな枠組みに照らし合わせて、2018年現在、各公立園において園独自の既刊園ガイドラインの内容の確認や見直しが行われている。本稿では、この内容を精査することにより、ミュンヘン市が大切にしている理念や保育の現状を浮彫にすることができればと思う。

ミュンヘン市のガイドラインは5章に分かれており、1章は前書きで、ガイドラインの目的、大切にしたい運営理念、更に運営母体が法律上準拠すべき点が書かれている。

2章は運営組織構成、3章は保育実践のキーワードと保育活動の基本的要素、4章は人事関連事項、5章は保護者や家庭、保護者委員会との協力関係について述べられている。

このガイドラインに即して、それぞれの園が園運営の基準、保育理念、保育内容や保育方法などを再確認するのであり、これは保育の質を保証するために必須であるといえる。

全34ページの冊子なので、全ての項目に触れることは難しいが、本稿では1章の理念的内容と、3章の保育実践のキーワードの一部に絞って紹介したい。

ガイドライン第1章 運営理念

ここでは公立園運営者が法律上準拠すべき事項が、21点挙げられている。そのうち要だと思われるいくつかを翻訳してみた。
                                        

ミュンヘン市は公立園運営者として、
・5,000人の職員が働く400の公立保育施設におけるホリスティックな陶冶 *1、保育、養育についての責任を負う。法的には社会法典、バイエルン子ども陶冶養育法、施行令に準じる。
・教育的あるいは組織的な課題の遂行が保育施設において滞りなくなされるように公立園で働く人々を支援する。
・独自の「保育の質の保障・発展システム(QSE)」を使って、全ての公立園における教育的働きかけの質を常に発展させ、保証するよう配慮する。
・子どもと家族の欲求や、生活状況に寄り添った提案をするように配慮する。
・陶冶や保育のパートナーとして家族との協力関係、建設的な結びつきを育成する。
・すべての子どもと家族に対して平等な対応を実現する。
・さまざまな立場、場面において責任をともなう参画を園児、職員、保護者などに推奨する。
・教育の機会均等と陶冶の公正さを高めるために、より早い時期からの陶冶の機会を与える。
・保護者の仕事と育児の両立を支援する。
(出典:同10ページ 筆者訳)

以上のように、公立園の役割や立ち位置を明確に記している。ここで新しく出てきたキーワードとしては「保育の質の保障」と「参画」そして「教育の機会均等、陶冶の公正さ」が挙げられる。これらのキーワードは2000年以前の保育に関する公的刊行物ではあまり目立たないワードだった。これらについては3章以降に触れられているのでそこで詳しく述べたい。

さらに特筆すべきなのが、政治色が前面に出され、ミュンヘン市が大切にすることとして平和教育が理念として唱えられていることである。

「乳幼児施設は、それぞれの出身や国籍、文化や宗教の異なる子どもや大人が出会う場所であることは、自明の理であり、そこはお互いに豊かな経験ができる環境である。すべての人が平等であることはわれわれにとって基本であり、義務である。・・・・中略・・・ミュンヘンが平和で世界に開けた都市として発展するために、われわれは重要な役割を果たす。」
(出典:同9ページ 執筆者訳)

ドイツは、第2次世界大戦の敗戦国という歴史的背景により、民族主義を警戒する姿勢が、教育や保育の中にも色濃く反映されている。また、その歴史からというのではなく、ここ数年のシリアからの難民受け入れの窓口がドイツ、特にミュンヘンを経由しているという現実がある。

ガイドラインに上記のような文章が盛り込まれていることで、現在の公立園がいかに多民族が通う施設であるかが推察できるであろう。

ミュンヘン市では1990年後半から、異文化に造詣の深い「異文化理解教育者・保育者」の育成に取り組んでいる。園の幼児の70%以上が外国籍あるいは移民の背景をもつ場合、ドイツ語支援のために「異文化理解教育者・保育者」が加配された。初期に任命されたこの教育者・保育者は、両親が外国人であるケースが多く、自分自身がドイツ文化を母国と違った異文化として受け入れた経歴をもつことから、移民の立場が良く理解できると評価された。具体的な活動としては、ドイツ語の苦手な子どもたちを、少人数で取り出し保育することにより、子どもたちがしり込みすることなく、ドイツ文化やドイツの環境に順応できるように手助けする。また、子どもに対する活動だけにとどまらず、その子どもの家庭全体が、ドイツ社会に馴染めるように、園内で「ファミリー茶話会」を設けたり、通訳を引き受けたり、その役割は家庭支援にまで広がる。

しかし現在は大多数の園において、移民の子どもが半分以上を占めているため、加配が追い付かない状態になっている。

この多国籍の子どもたちを抱えた園運営については、3章の後半で保育活動の基本的要素の一つとして「慣らし保育」「発達支援」などと並んで述べられている。

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写真2 多国籍の子どもたち

ガイドライン第3章 教育的働きかけ(保育実践のキーワード *2
 

3章は3.1として「教育的基本姿勢」、3.2として 「保育活動の基本的要素」に分かれている。

教育的基本姿勢つまり教育理念が確立されていると、保育者の望ましい働きかけが可能である。ミュンヘン市の教育理念の柱として、こども観、インクルージョンや参画の姿勢、そしてイノベーションや変化を恐れないことが原則となっている。これらの原則は、現在ミュンヘン市において最重視されているものである。ここでそれぞれの観点についてさらに詳しく見ていきたい。

3.1.1 子ども観、保育者と子どもとの関係

ドイツでは近年、脳科学の発達や、心理学研究の成果により、子どもの捉え方が徐々に変化してきた。最近では、子どもとは、無力で、手伝ってあげなければ何もできない存在ではないことが強調されることが多い。ガイドラインにも、子どもとは、生まれたときから成長しようという意欲のある、それぞれの能力を備えた好奇心をもった存在であることが明記されている。そして、自分自身の発達に、自分がアクティブにかかわっていくのだと示されている。この自分自身が自分の自己形成にかかわっていく、という子ども観が、自分のことは自分で決めることが望ましい「参画」の概念につながっていく。

そして、その発達は一人ひとりが違った経過をたどり、単純なものではなく、オンリーワンで複雑なものと理解されている。

保育者のかかわりについては、下に一部訳文を紹介する。

保育者は興味と尊敬と受容そして尊重の心をもって子どもに出会う。細やかな気配りのできるまなざしと行動を通して、子どものサインをキャッチし、発達段階や欲求に即したかかわりをする。保育者は子どもの自主性を受け入れ、その時に応じて近くでかかわったり、遠くから見守ったりする。そうすることで子どもが自分で学ぶことのできる情緒的に良い環境を作り出すことができる。社会性は、他の子どもとのかかわりの中で身につけることができる。
(出典:同20ページ3.1.1 執筆者訳)

この文章で、わたしが注目するのは、保育者は、子どもの自主性を受け入れ、寄り添うばかりではなく、寄り添ってほしくない場合に、遠くで見守る姿勢、である。

具体的な例として、わたしが思い浮かべるよくある保育の1シーンがある。4歳の二人の子どもがおもちゃの取り合いをして、けんかがはじまった。取られた子どもは悔しくて泣いている。保育者は、泣いている子どものところに行ってこう聞くのだ。「なだめてほしいの?それともひとりで泣いていたい?」すると、驚くことに、「ほっといてほしい。」という子どもが大半なのだ。特に感情的に興奮しているときほど、保育者に近くにいてほしくないようである。

これも、子どもの自主性を重んじる保育者のかかわり方である。

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写真3 一人になりたいときに過ごすコーナー


3.1.2インクルージョン
子どもたちは、その出身地や、身体的、精神的発達の度合い、文化的背景、言語、そしてその性別によって何ら区別されることのないように、同等な陶冶、保育そして養育がなされることが基本とされる。
(出典:同20ページ3.1.2 執筆者訳)

この文章にあるように、子どもたちそれぞれの個性を尊重して一人ひとりに平等にかかわっていくことが大切とされている。それは、障がいのある、なしに関わらないことが前提であり、ドイツのインクルーシブ保育の基本姿勢である。

ここで、ドイツでいうところの平等について説明したいと思う。わたしは、日本人とドイツ人では、平等のとらえ方が異なっていると考える。ドイツにおける平等の概念の一例としてお昼寝の様子を挙げたい。写真を見てわかるように、それぞれ違った形のベッドには、ウサギや人形やおしゃぶりなどが並べられている。子どもたちそれぞれの癖によって、ぬいぐるみであったり、タオルであったり自分なりの安心グッズを持ち込んでよい。これが、ドイツでの平等の概念であり、みんなに同じ人形を与えることが平等なのではない。子どもたちそれぞれの心が安定する方法がみんな違うということを受け入れる姿勢こそが「平等に対応する」ということなのである。

日本では、概してすべての人に同じ物を与え同じ状況を作ることが「平等である」と思われていないだろうか。ドイツでは、それぞれの子どもたちが同じように安心できる状況をもてること、同じように満足できるように配慮することが平等だと考える。その意味で、おしゃぶりの使用についても寛大であり、不安な状態が続くよりも、おしゃぶりがあれば安心な子どもには、おしゃぶりを渡す。

障がいのある子どもたちに対しても、何が何でも他の子どもたちと同じような活動をさせてあげる、ということでもなく、特別に多く支援するということでもない。その子どもが満足できるように、その子どもの発達を後押しするために必要な補助を適所で与えることが、平等な対応なのである。その環境の中でこそ、子どもの更なる可能性や能力を伸ばすことができると考えられている。

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写真4 お昼寝の部屋

後編につづく)

  • *1 陶冶とは、ドイツ語でBildung。Bildungは教育とも訳されるが、人格形成を含んだものと捉えられる。文中では、子どもは生まれた時から学ぶための自分自身の青写真をもっているという意味。
  • *2 訳者によりわかりやすく意訳 

参考文献

  • *Trägerkonzeption der Kindertageseinrichtungen im Städtischen Träger(2017)

筆者プロフィール
yukiko_W_profile.jpg ベルガー有希子

お茶の水女子大学児童学科卒業。ドイツの育児支援センターにスタッフとして12年勤務。現在は幼稚園で先生を務める傍ら、ミュンヘン市教育スポーツ局保育視察担当者として受け入れ業務を兼任。お茶の水女子大学、福岡教育大学などで講師経験多数。
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