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【フィンランド】日本の保育にもみられるフィンランドの保育の大切なこと―同じであることと異なることに着目して―

要旨:

フィンランドの保育・教育動向を概観し、その共通点や相違点を述べたうえで、今保育の中では何を大切に考えられているのかについて紹介をしていきます。また、保護者の就労のための保育という考え方から、子どもが生涯を通して自ら学ぶ存在であることを支える保育への転換を図ってきたことを確認します。

Keywords:フィンランド、ECEC、子どもの体験、保育・教育改革
English

日本の保育園で幼少期を過ごした一人のフィンランド人で、後に保育者となった方の思い出から始まりたいと思います。

私が家族と共に日本の地に降り立ったのは4歳の時でした。保育園の思い出はとても温かいものです。先生たちは、他の子どもたちと同様にとても親切に丁寧にかかわってくれていましたので、大きな安心感を抱いてそこにいました。保育園にいる子どもたちも思いやりにあふれていました。

遊び、探索、身体を使い表現することが日々の中にありました。小さなグループに分かれて色々な活動をしていたことも覚えています。

私が日本で受けた保育(ずいぶんと前になりますが...)と今のフィンランドの保育にさして大きな違いを感じることがないというのが率直な思いです。そこには、フィンランドの保育でも大切にされている子どもたちの参加や一人ひとりの思いが尊重されること(遊び、探索、身体を使った表現の中で...)が存在していたからです。

アルバムをめくると保育園での様々な記憶が思い起こされます。たくさんの楽器を使って演奏したことや、発表会での劇はとても楽しい思い出です(私はウサギでした)。運動会では、ワクワクしながら一生懸命に取り組みました。畑で玉ねぎやイチゴの収穫もしました。どんなにか心が弾んだことでしょう。自然の不思議さを享受し、新鮮なイチゴの甘い香りや味を楽しみました。プール遊びのあとは、体が乾くまで日向ぼっこをしました。泥遊びでは、泥の感触を味わいました。餅つきや豆まき、こどもの日のお祝いを通して日本の文化も知りました。大きな消防自動車にのった消防士さんが保育園にやってきたり、小学校を訪問して"一年生になったら"を一緒に歌ったことを今でも覚えています。

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私の記憶を改めて辿るなかで、何を保育の中で大切に思うかという部分がフィンランドの保育と共通しているように感じています。それは、子どもたちのウェルビーイングであり、子どもたち一人ひとりに応じた学びです。日本の保育園では、私自身が何か新しいことを知っていくことの喜びを体験として覚えていますし、そこには常に私たちの声を聴こうとしてくれる先生の姿がありました。もちろん、ここで語っていることはすべて私の記憶の中のお話です。しかしながら、私は保育園でのとても良い思い出がありますし感謝もしています。後に私がフィンランドで保育者となったのも、その思い出と保育に対する信頼があったからでしょう。異なる言語を学ぶということも含めて、子どもがどのように学んでいくのかということを私個人で体験したのです。3か月で私は日本語を習得しました。「ほし」ということばがフィンランド語のtähtiを意味するのだと分かった瞬間をいまでも覚えています。私は黒く塗った画用紙に銀の星を貼りつけていました。「『ほし』は『tähti』なんだ!」喜びが一瞬にして私の全身を駆け抜けました。

                               

(アンネ・バルパス著)

豊かな森と湖に囲まれた国と形容されるフィンランド。厳しい自然環境に抗うことなく生き抜いてきた人々の知恵が、子どもを育てる際にも生かされています。健やかで幸福に満ちた子どもが保育の目指すべき子ども像とされ、それは子どもの育ちを決して急かすのではなく、子ども一人ひとりがもっている育ちのペースを保証する保育の考えに表れています(Hujala et al. 2016)。

フィンランドの保育・教育動向と合わせながら保育の核になる考え方について紹介をしていきます。そして再び冒頭でご紹介した彼女の思い出に今一度立ち戻り、子どもが感じていることを中心に置きながら、私たちが海外の保育を知り、学ぶ意味について考えていきたいと思います。

保育・教育制度改革

フィンランドの保育制度は社会情勢(社会政策や家族政策そして近年では教育政策)と深く関連しており、福祉国家の枠組みの中で発展をしてきました (Hujala et al. 1998)。現在、幼児教育と保育は一体化しており、日本のような幼稚園、保育園の区別はありません。

社会保健省(Ministry of Social Welfare and Health)の管轄下で、0~6歳までが対象のパイヴァコティ(päiväkoti:保育と教育の両面の機能を併せもつ日本のこども園のような施設)は1973年の保育法(Act on Children's Daycare)施行と共に整備されてきました。2004年には保育のナショナルカリキュラムを策定。2007年から各自治体は、パイヴァコティを教育行政の中に組み入れるのか社会福祉の枠に置くのかの選択をしていくこととなりました。2013年より国家レベルで教育文化省(Ministry of Education and Culture)の管轄に移行し、2015年には、保育法から新しい幼児教育法(Act on Early Childhood Education and Care)として、改訂がなされました。そして現在保育の新しいナショナルカリキュラムが改訂中にあります。

保育に係る一連の法改正は、子どもの権利を改めて確認する機会となるとともに、さらに6歳児が一年間だけ通う就学前教育の義務化を可能にしました(フィンランドの就学年齢は満7歳)。また保育の中の教育の意味の捉え直しをもたらしたといわれています(Hujala et al. 1998)。2000年に制度化され、任意だった就学前教育は、2015年8月より義務化され、2014年に策定された新しいナショナルカリキュラム(The new National Core Curriculum for Pre-primary Education)が2016年より施行されました(Finnish National Board of Education 2016)。

新しいナショナルカリキュラム

さらに、2016年には就学前教育のみならず基礎教育(~15歳まで)においても改訂されたナショナルカリキュラムが施行され、現在改訂中の保育のナショナルカリキュラムの内容も合わせて、全てに共通の学びのねらいが明示されました。相互的につながりあったこの学びのねらいは6つの領域で構成され(図1, Halinen et al. 2015, Finnish National Board of Education 2014)、子どもたちが生涯を通した学びの過程にあることを確認しながら、民主社会を担う一員として社会を継続し維持していくことのできる人としての育ちを育むことやその領域ごとの力をさらに育むことが核とされています(Halinen, Harmanen & Mattila 2015)。

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人としてまた社会の一員としての育ち
Growth as a human being and member of Society

1.考えるちからと学びにつながる学び
2.多様な文化を理解するちから、人とかかわりあい表現していくこと
3.日々を生きること、自分も他者も大切にすること
4.マルチリテラシー
5.ICTスキル
6.社会への参加、働きかけ、持続可能な未来を作りつづけていくこと

図1 フィンランドのECECにおける学びのねらい6領域
出典:Halinen et al. 2015, Finnish National Board of Education 2014より筆者作成



以上のことは、これまでも実践の中で積み上げられてきたことではあるけれども、子どもは総合的に体験することによって学ぶ存在であること、子どもの声を聴きとめ、子どもの自主・自発性を大切にしようという点が改めて強調され確認されることとなりました。

フィンランドでは、care, education, teachingを含む"educare"モデルを核に保育が営まれてきました(National research and Development Center for Welfare and Health 2003)。その中では遊びがとくに重要であると捉えられています。また、発達段階に応じた健やかな育ちと子どもの幸せを促すこと、生涯にわたる学びの基礎を培うことを目指しています(National Core Curriculum for ECEC, draft, 2016)。知識(アカデミックスキル)を獲得することに力を入れるのではなく、一人ひとりの育ちに応じた学ぶ力に注目をしているのです。 達成すべき目標をつくりそこを目指すのではなく、子ども一人ひとり(年齢や発達)に応じた育ちを支え、健やかで幸福感をもった子どもを育み、急速に変化を遂げる社会の中でその後の人生を生きることを支えていきます(Finnish National Board of Education 2016)。さらに、子ども自身が自分(個性やよいところ、可能性)を認め、「私は私でいいのだ」と思える人に時間をかけながら育てていくことを大切にしています(Halinen, Harmanen & Mattila 2015)。こうした考え方は、社会スキルや自己概念の育ちに重きを置く他の北欧諸国の保育の考え方にも通じているものです(Einarsdottir, Puroila, Johansson, Broström & Emilson 2015)。

また、保育内容においては"何を"学ぶかではなく、学んだことを"どうやって"生かしていくことができるかを大切にします。子どもたちが何かをできるようになることが大切なのではなく、どのように学んだのか、また学んだことをどのような状況の中で使い、どのようにして生かしていくことができるかが重要なのです(OECD 2016)。それは、子どもたちが今とこれから先の未来にどのように社会に参加していくことができるかを考えることともつながっています(Turja 2016)。

これまでの保護者の就労のための子どもの保育という考え方から、社会の一員として主体的に学ぶ権利を有する子どもの視点にたった保育への転換を図ってきたのが現在のフィンランドが辿ってきた歩みであるといえます。さらに焦点を子どもに移し、乳幼児期は生涯にわたる学びのスタートであり人格形成の基礎となるという認識を共通のねらいとして各教育課程のナショナルカリキュラムに盛り込むことにより、確かなものにしていく動きをみることができます。こうした認識は社会全体の中では、いまだ途上であるという指摘もされてきましたが(Karila 2008)、そのような中で、子どもが自分自身を大切にできる育ちを保証する保育・教育改革は継続的に続いています。

同じであることと異なること

ここまでフィンランドの保育・教育動向を概観し、どのような考え方を大切にしてきているのかをみてきました。国が異なれば辿ってきた歴史や文化も違います。国家予算の12.6% *1-1を教育分野へ支出し、保育の実際のコストに対し保護者の支出はおおよそ14% *1-2である点(残りは税金より拠出)、設備投資の面、保育制度のありかたからは、フィンランドと日本とを比べると違いを感じざるを得ません。さらに、フィンランドの公立の保育サービスは92% *2の割合を占めます(National Institute for Health and Welfare [THL] 2011)。保育者と子どもの比率も(3~5歳児は大人一人に対して子ども8人)日本に比べ低く、1つのグループに対して保育室も1室ではなくいくつか用途に分かれた部屋が用意されています。さらに場所が区切られていたり、空間の色使いや音環境にも配慮がなされ、子どもたちがより集中して遊びこめるようにと工夫されています。みんなで活動を行う際にも敢えて7~8名の少ない人数に分けて行います。

これは、フィンランドが体現する子どもの声を聴きとめるための保育の在りようです。一人ひとりが大切にされるということが、人との関わりのみならず時空間への配慮とともになされています。そして日本の保育とは異なると感じる部分でもあると思います。

しかしながら冒頭に紹介したフィンランド人保育者の話の中では、実際に保育を受けたものとして、日本とフィンランドの保育に大きな違いを感じなかったという話があげられました。とても印象深いことばだと思います。保育園ではワクワクするような環境や素材がいつも用意されていて、仲のいい友達と少ない人数で遊んでいた、そして自分が困ったときにはいつも先生がそばにいてくれた、と日本での温かな思い出が彼女を包んでいます。またその思い出を先生方の手作りのアルバムが支えてくれているのです。

フィンランドの保育・教育改革に視点を移し内容を確認してきましたが、子どもを育てるものとして大切にしたい考え方には、日本のそれと共通性もみることができました。子どもが感じていることを丁寧に読み取り、子どもと共に生きる大人が大切にしたいことをしっかり見つめていくとき、異なる文化に生きる私たちがもてる共通のことばがたちあらわれるように感じます。


  • *1-1 日本の一般政府総支出に占める公財政教育支出の割合は9.1%です(OECD 2014)。日本は就学前教育に対する支出はOECD加盟国の中でも低いとされています(OECD 2012)。
  • *1-2 日本での保護者の保育費用負担については、実際の(保育所利用の)保育料は保護者の収入、及び子どもの年齢に応じて決定されますが、国が定める児童1人あたりの保育の実施に要する費用は、国・県・市・保護者の四者で負担する構造を持ち、国が定める水準を限度として、おおよそ保護者の負担割合は40%です。なお、幼稚園へ通わせる子どもをもつ保護者の負担割合はおおよそ50%となっています(内閣府 2016, OECD 2015)。
  • *2 日本における公立幼稚園の割合は約37%で、幼保連携型認定こども園約16%、公立保育所の割合約36%となっています。(学校基本調査 平成28年度(速報) http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2016/08/04/1375035_1.pdfおよび平成27年度社会福祉施設等調査http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/fukushi/15/dl/kekka-kihonhyou01.pdfより筆者算出)。

    • 引用資料
    • 内閣府 (2016) 子ども・子育て支援新制度について(平成28年4月). http://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/outline/pdf/setsumei.pdf
    • OECD (2012) 日本-カントリーノート-図表で見る教育2012年版:OECDインディケータ. http://www.oecd.org/edu/EAG2012%20-%20Country%20note%20-%20Japan%20(JPN).pdf
    • OECD (2014) 日本-カントリーノート-図表で見る教育2014年版:OECDインディケータ. http://www.oecd.org/edu/Japan-EAG2014-Country-Note-japanese.pdf
    • OECD (2015) Starting Strong IV: Monitoring Quality in Early Childhood Education and Care, OECD Publishing, Paris. http://dx.doi.org/10.1787/9789264233515-en.

      • 参考文献
      • Einarsdottir, J., Purola, A-M., Johansson, E.M., Broström, S. & Emilson, A. (2015). Democracy, caring and competence: values perspectives in ECEC curricula in the Nordic countries, International Journal of Early Years Education, 23:1, 97-114.
      • Finnish National Board of Education (2016). Early Childhood education and care. http://www.oph.fi/english/education_system/early_childhood_education
      • Finnish National Board of Education (2014). Perusopetuksen opetussuunnitelman perusteet. [National Core Curriculum for Basic Education]. http://www.oph.fi/download/165207_laajaalainen_osaaminen_juliste.pdf
      • Halinen, I., Harmanen, M. & Mattila, P. (2015). Making Sense of Complexity of the World Today: Why Finland is Introducing Multiliteracy in Teaching and Learning. In V. Bozsik (Ed.) Improving Literacy Skills across Learning. CIDREE Yearbook 2015. Budapest: HIERD, 136-153.
      • National Core Curriculum on Early Childhood Education and Care. (2016). Draft. The Finnish National Board of Education.
      • Hujala, E., K. Karila, V. Nivala, and A.-M. Puroila. (1998). Towards understanding leadership in early childhood context : cross-cultural perspectives, ed. E. Hujala and A.-M. Puroila. Acta Universitais Ouluensis. E35, 147-70. Oulu: Oulu University Press.
      • Hujala, E., A. Valpas, P. Roos, and J. Vlasov (2016). The Success Story of Finnish Early Childhood Education. Vertikal Oy.
      • Karila, K. (2008) A Finnish viewpoint on professionalism in early childhood education. European Early Childhood Education Research Journal, 16(2), 210-223.National Institute for Health and Welfare. (2011). Lasten päivähoito 2010. Statistical report [Child Care Services 2010].Helsinki, Finland: Author. http://www.thl.fi/tilastoliite/tilastoraportit/2011/Tr46_11.pdf
      • National Research and Development Center for Welfare and Health. (2003). National Curriculum guidelines on early childhood education and care in Finland.
      • OECD (2016). DeSe Co: Definistion and Selection of Competences. http://www.oecd.org/edu/skills-beyond-school/definitionandselectionofcompetenciesdeseco.htm
      • Turja, L. (2016). Lasten osallisuus varhaiskasvatuksessa.[Children's participation in early childhood education.] In E. Hujala & L. Turja (Eds.) Varhaiskasvatuksen käsikirja. [The Handbook of Early Childhood Education.] Jyväskylä: PS-kustannus, third updated edition, original in 2011, 41-54.
筆者プロフィール
アンネ・バルパス: 国内、海外の幼児教育分野において、リーダーシップタスクに合わせて保育者、プロジェクトコーディネータなどを20年以上務めてきた。日本で幼少期を過ごした経験があり、現在フィンランド国内の自治体の幼児教育課長を務める。フィンランド・タンペレ大学教育学修士の候補生。日々の中でいかに良い保育を生み出し、子どもたちの参加を促していくかに興味をもち、多文化及び国際環境における幼児教育の現職研修の効果について研究をしている。

井上知香: フィンランド・タンペレ大学へ交換留学を経て、現在は常葉大学短期大学部保育科にて講師を務め保育者養成に携わる。専門は保育・幼児教育学。日々の保育の中での保育者の柔軟な応答性に興味をもち、その在りようについて探究している。
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