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【オランダ】 オランダのパラドクス ~先進国で一番幸せな子どもが受ける就学準備型ECEC~(第5回ECEC研究会講演録③)

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就学準備型教育でありながら、子どもの幸福度が世界一

オランダは先進国の中で子どもが一番幸せな国であると、よく語られます。これは、ユニセフによる「先進国における子どもの幸福度」の直近2回の調査(2013年、2007年)で1位を獲得したことが根拠となっています。何をもって幸福とするかは難しいことですが、「自分は幸せだ」と感じられることは重要でしょう。その点で、オランダの子どもの主観的な幸福度がトップであることの意味は大きいと、私は考えています。

ところが、経済協力開発機構(OECD)の報告では、オランダのECECは、子どもの幸福度が相対的に低いアメリカなどと同じように、「就学準備型」であると指摘されています。就学準備型であるということは、就学前の期間は、学校教育の準備期間と位置づけられているということです。

近年はECECにおいて、就学前と初等教育以降の学校教育の地位の「対等な関係」や、両者の教員が共通理解を深め、共通の価値を追求する努力をするための「出会い」の場が世界的に重視されています。オランダのECECは、その流れから外れているにもかかわらず、なぜ子どもの幸福度が高いのでしょうか。それについて、「幼児教育と義務教育」「教育と保育」「園と家庭」という3つのつながりをもとに考えたいと思います。

社会背景や国民性は日本との類似点が多い

はじめに、日本とオランダの社会背景を簡単に比較します。

類似点は、さまざまです。例えば、国土が狭く、国の発展は人的資源に依存していること。オランダの国土面積は、日本の九州ほどです。また、周辺各国の動きや国際社会における立ち位置に敏感なことも、似ています。オランダは長い歴史の中でたびたび近隣諸国の進出を受け、自国をいかに守るかを考え続けてきました。さらに、意外に感じるかもしれませんが、隣人の行動を気にし、「出る杭は打たれる」といった国民性や、性別による役割観は、オランダにも根強くあります。

一方、大きな相違点としては、市民社会の成熟度が挙げられます。これは、1581年のネーデルランド連邦共和国成立(*)以来の伝統です。つまり、市民が国王や貴族とともに国家建設を担ってきた「下からの民主主義」、近隣諸国に対する「オープンマインド」への強い信念をもっています。
*1581年にスペインからの独立を宣言し、1648年のウエストファリア条約によって独立が承認された

4~12歳が通う基礎学校では幼小の一環教育を実施

オランダにおける現行の教育制度の概要をご説明しましょう。

ECECは、日本と同じように「教育」施設と「保育」施設とに分かれています。

「教育」施設には、2種類の形態があります。1つは、オランダで最も古くからあり、社会教育を重視する「プレイグループ(PSZ:Peuterspeelzalen)」。もう1つは、オランダ語を母語としない子どもなどを対象とする「就学前・早期教育(VVE:Voor Vroegchoolse Educatie)」です。

「保育」施設も2種類に大別されます。すなわち、「正規保育(Kinderopvang)」と「非正規保育(無認可保育施設全般、オーペア、親戚・友人によるケア)」です。

義務教育は5歳から始まるため、規定としては4歳までがECECの段階と位置づけられます。実は1985年に既存の幼稚園と小学校が統合され、12歳まで一貫教育を行う「基礎学校(Basisschool)」が設置されました。一般的な基礎学校では1・2年生を幼児クラスとし、4歳児と5歳児の混合で編成しています。つまり、実質的には4歳児から義務教育が始まると考えて差し支えない状態です。

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オランダにおける現行のECEC制度

文字の学習などに見られる就学準備型プログラム

オランダで一般的な基礎学校の幼児クラスの取り組み事例として、同国南部に位置する北ブラバンド州の中規模校、ヤシンタ基礎学校の事例をご紹介します。同校の幼児クラスは、土曜日と日曜日に加えて水曜日も休みの週4日制で、8時30分から昼休みを挟んで15時15分まで教育活動を行います。

私が視察した日、子どもはまず保育者に絵本を読み聞かせてもらい、次にクイズ形式で文字の学習をしていました。その後、自宅から持参したおやつを食べ、テーマ遊びに移りました。テーマ遊びはほとんどの基礎学校の幼児クラスに見られ、6~8週間をかけて1テーマに取り組みます。例えば、「サーカス」という大きなテーマのもと、出演する動物を描いたり、チケットを作ったりと、その時々のテーマにかかわる小さな活動をローテーションで進めていきます。テーマ遊びが終わると、子どもは保育者に見守られて屋外で体を動かし、昼休みに入りました。昼休みには、多くの子どもが昼食をとるために一度帰宅していましたが、外注業者による給食を学校で食べることもできます。

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私は幼児クラスでの活動を見ていて、子どもが主体的に取り組むよりも、保育者が子どもを指導する場面が多いという印象を受けました。特に、文字の学習には就学準備型の教育が見られると思います。また、幼児クラスの次の学年である基礎学校3年生の授業も見学したところ、幼児クラスとは教室内の装飾や授業スタイルは明らかに異なるものの、行われていた活動はこちらも同様に、子ども主体とはいえませんでした。ただ、一方で、コーナー遊びのように、日常生活から子ども自身が気づきを得られるような工夫も、ほとんどの基礎学校で行われています。つまり、オランダの現行のECECが就学準備型であることは確かながら、子どもの自主的な活動を尊重しようとする気風も感じられるのです。

このように相反する理念が混在するようになった要因は2つあると、私は考えています。1つは、基礎学校設立までの経緯です。オランダのECECは、子どもの創造性を伸ばすために力を尽くすという、F・フレーベルやM・モンテッソーリといった教育学者の理念を大切にしてきました。ところが、ECECと初等教育のギャップが大きく、小学1年生で留年するケースが多発したため、1970年代から幼小接続の試みが始まったのです。保育者や小学校教諭、子ども同士の交流がさかんに行われ、その延長として初等教育に包摂される形で基礎学校として統合された経緯があります。

もう1つの要因には、成果主義への移行が挙げられるでしょう。オランダは「教育の自由」を重視する立場から、学習指導要領や幼稚園教育要領、保育所保育指針にあたるものを設けていませんが、それらに代わるものとして、「達成努力目標」がありました。これが2010年に「達成基準」に変わると同時に、オランダ史上初めて義務教育段階に出口規制が設けられ、初等教育修了時(12歳時)に言語と算数の達成度テストが導入されたのです。同様に、テストこそありませんが、基礎学校の幼児クラスにもかなり細かい「達成基準」が設定され、それに基づいてECECのカリキュラムが計画されるようになりました。

同じ敷地に幼小の施設を設置し、義務教育との接続を強化

続いて、2つめの事例として、民間の施設であるブレードスクール(Brede School)をご紹介します。ブレードスクールとは、社会的役割の異なる機関が1か所に集まっている学校のことで、保育所や文化施設、スポーツクラブ、図書館などが同じ敷地内で連携しています。私が視察したブレードスクールは、プレイグループと基礎学校が併設されていました。プレイグループは午後からは学童保育(BSO)になり、併設校の子どもだけでなく近隣の基礎学校の子どもも受け入れていました。

このブレードスクールと同じ事業者が運営している別のプレイグループでは、オランダ語を母語としない子どもなどを対象とするVVE(就学前・早期教育)を取り入れて、週4日間、半日の早期教育を実施し、就学準備型教育プログラムを強化しています。前述した通り、プレイグループは元々社会教育を重視した施設ですが、近年こうした方針のプレイグループは増加しているようです。

この事業者はさらに、全日制の正規保育所も運営しています。こちらは家庭的な雰囲気で、五感を取り入れた「発見」を重視するほか、家庭との緊密な連携を重視している点にも特徴を感じました。こうした施設における「保育」と、プレイグループや基礎学校における「教育」の間には溝があると考えられます。

国の政策により3つのつながりの強化が進む

これまでお話しした内容を、「幼児教育と義務教育」「教育と保育」「園と家庭」という3つのつながりの視点から整理しましょう。

義務教育段階とのつながりに関しては、幼児クラスは基礎学校3年生以降との違いを保ちながらも、就学準備型教育プログラムが強化される方向にあります。ただ、子どもの学びの建設性や主体性に対する認識は、園・学校関係者の間で共有されていることもつけ加えておきます。

教育と保育のつながりについては事例で十分な説明ができませんでした。教育と保育の大きな溝の一つが質の違いでもあったのですが、プレイグループと保育所はいずれも地方自治体が質に関する査察を行うようになりました。査察の適切性は教育査察局(日本の文部科学省に相当する行政機関)がチェックします。こうした仕組みは2010年に整えられましたが、それ以前は教育と保育は別物と考えられていました。このような傾向は、教育と保育のつながりを考え直す移行期にあることを示しています。

園と家庭のつながりは、これまでも保護者への情報発信を義務づけることなどが法律に明記されていました。オランダは、憲法に「教育の自由」を掲げています。それを前提として、あらゆる宗教や主義の学校に公費を支出して対等の地位を与えており、もともと保護者の思いを汲んでいるわけです。しかし、昔と違って園と家庭のつながりは希薄になりつつあるため、保護者がより深くかかわれるように法的に規制しようとする動きが強まりつつあります。

以上、オランダのECECについて説明しました。こうした特徴が子どもの主観的な幸福とどのようにつながっているのか、日本の状況を合わせて考えることで、大きな示唆が得られるかもしれません。



※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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松浦 真理(まつうら まり)

京都華頂大学准教授。専門は、比較教育学、オランダ地域研究、幼児教育学。子どもの育ちの連続性を保証する就学前教育・保育についての研究を研究テーマとしている。主な著書に、『シードブック子どもの教育原理』(共著、建帛社)など。


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