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【香港】 就学前教育完全実施を目指した香港の子育て支援(前編)

要旨:

本稿では、東京都全土の約半分ほどの広さしかない、小さな地域社会である香港の就学前教育を紹介する。香港には地域独自の教育制度とともに、英国植民地であった名残で英国の制度に沿った教育制度も確立されおり、更に国際学校や日本人学校を含む外国人学校全てが香港人に開かれている。この中で、英国の制度に沿った学校と国際学校や外国人学校群は全て国際学校として括られ、教育内容、入学者選抜や学費等において香港政府(香港特別行政区政府)からの規制を受けることはない。本稿では、前者の香港地域独自の教育体系にある就学前教育とその子育て支援を、前編と後編に分けて紹介する。なお、香港独自の教育体系の幼稚園と、国際学校群に括られる制度下の幼稚園は、名称だけから区別することは困難である。そのため、特別行政区政府が提示している学区別の就学前教育施設一覧では、地元教育課程の園と国際教育課程の園とを分けずに名称順に挙げていることを念頭に入れて、本稿を読み進めていただきたい。就学前施設は国際教育課程の園が1割近くあり、根強い人気を博している。
前編では、香港の社会背景及び、学校制度の全体像を捉え、香港における「幼保一元化」の実施までを紹介する。

Keywords;
合同園, 大和 洋子, 就学前準備, 幼保一元, 幼稚園, 教育, 香港
中文 English
背景

香港は2012年7月をもって、英国から中国に返還されて15年を迎えた。返還に際して、50年間は一国二制度の下、外交・国防事務を除き高度な自治権を中央政府から約束されている。教育制度に関しては、返還翌年の母語教育政策をはじめとして、就学前教育から高等教育に至るまで、教育のあらゆる分野における大幅な教育改革を、徐々にそして確実に推し進めている。返還とともに、地域言語であり教育言語でもある広東語の他に、標準中国語が就学前教育から導入され、急速に大陸化が進んでいるように感じられる。そのような中、香港の出生率は0.99*1と1を割り込むと予想され(国連2005~2010年推計値)、世界一出生率の低い国(地域)となった。その数字だけをみると、高齢化が急速に進んでいるように思えるが、実際には若年齢層は減ってはおらず、20代から60代までの労働人口は50代前半をピークにほぼ均衡状態にある。

2011年の国勢調査結果によると、0-4歳児の数は5-9歳児の数よりわずかながら増えている(Hong Kong Population Census 2011)。その背景として、中国人女性が香港で出産する子どもの数が、香港人女性の出産する子どもの数に迫る勢いで増加していることが挙げられる。香港が中国に返還されたと言っても、実はいまだ大陸と香港の間には国境線があり、中国人が自由に出入りできる訳ではない。しかし、例え違法に入国した大陸の女性であっても、香港で出産すれば生まれた子どもは香港の「永久居民証」が取得でき、香港で生活し教育を受ける権利を獲得できる。親が香港の居民権をもたない場合、そのまま香港で生活できる訳ではないが、香港で生まれた子どもを香港で生活させたいと願う大陸出身の母親の希望は9割を超える*2

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(クリックすると拡大します)

香港では返還までの150余年にわたる英国の植民地統治により、香港独特の教育システムが構築されてきた。植民地政府が現地香港人の教育に熱心ではなかったことから、義務教育期間に当たる小学校、中等教育学校前期(中学)のほとんどが民間立であり、国立に当たる官立校はほんの一握りに過ぎない。しかし、民間立の学校に運営費用の公費助成をすることで公立扱いにし、教育局の統制下に置いて香港の教育制度を構築してきた経緯がある。幼稚園や保育所などの就学前施設は、100%民間の手に委ねられているのが現状である。

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比較的新しい施設


幼保一元化(協調学前服務)

香港でも日本と同様、保育所と幼稚園は縦割り行政のもとに置かれていたが、2000年に発表された『香港教育制度改革建議(改革案)』において、幼保一元化(日本の幼保一元化への動きとは経緯が異なり、現地では「協調学前服務」という表現を使う)が奨励された*3。2004年には、保育所は0-3歳、幼稚園は3-6歳を対象とすると、年齢による役割分担が明確化された。翌2005年9月からは、保育所と幼稚園の機能を併せもつ、0-6歳までを対象とする合同園(幼稚園暨幼兒中心:Kindergarten-cum-Child Care Centre)が発足した。しかし実際は、0-6歳までを対象とする合同園はほとんどなく、多くが3年間の幼稚園課程の下に、2-3歳児クラスを増設した形態をとっている。

表1:香港の就学前教育施設
施設 対象児 開設クラス 所管、適用条例
幼稚園 3-6歳 K1, K2, K3 教育局、「教育条例」
幼稚園兼幼児センター(Kindergarten-cum-Child Care Centre ) 2-6歳 プレ‐K、K1, K2, K3 教育局所管の連合事務所。3歳以上は「教育条例」、それ以下は「幼児教育条例」
保育園兼託児所、幼児センター 0-3歳 社会福利署、「幼児教育条例」
臨時サービス提供施設 0-6歳 社会福利署
出典:一見真理子(2006)より一部抜粋

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Tシャツと半ズボンの園服がある幼稚園が多い

0-3歳児を預かる保育所は2012年現在27か所しかなく、政府の発行する就学前施設の一覧には、幼稚園と合同園が地域ごとに同列に一覧表示されており、詳細情報として2-3歳児クラスの開設の有無、及び2歳児以下の保育の有無が明記されているにすぎない。これは、幼稚園・合同園の区別よりも、後編で述べる「就学前教育バウチャー」が使える園か否かということの方が保護者にとって優先される情報であると理解できる。

乳幼児がいる共働き(あるいは共働きでなくても)家庭では、アーイと呼ばれる外国人住み込みメイドを雇うことが珍しくなく、施設での乳幼児の保育が必要な親は少数派である。保育所の数が27か所に対して、就学前教育施設の総数は951か所(2011年度)であり、うち86か所は国際学校系列の施設となる(表2:香港の学校数)。通常幼稚園は、午前クラス・午後クラスと分かれているが、午前・午後の両方に参加する全日保育も可能である。ただし人気の園は、午前・午後と完全入れ替え制で全日クラスは設置していない。

半日クラスの希望は圧倒的に午前クラスが多いが、人気の園は午前クラスだけでは希望者を収容しきれないため、入れ替え制で午後クラスを設けている。通常は、全日保育の子どもは午前・午後両方のクラスに入り、半日保育希望で午前クラスに入り切れない場合に、午後クラスに振り分けられている。午前・午後どちらのクラスになるかは優先順位があったり、全くのくじ引きであったりするようである。幼児のための学習教室や活動が盛んな香港では、残りの半日をお絵かき教室や水泳などのスポーツ教室、英語教室などの時間として活用している場合が多いので、そのような教室に通いやすい午前クラスに人気が集中する。

香港の女性は結婚してからも仕事を続ける人が多数派で、幼稚園や保育園に送迎に来るのは住み込みの外国人メイドであったり祖父母であったりすることが多く、母親が送り迎えをするのは少数派といえる。

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本稿は、2011年度白梅学園大学、第5回「子ども学講座」に置いて、2012年1月21日(土)に公演した 「中国返還後の香港における言語政策―幼児期の英語教育をめぐって―」の内容を基に新たに書き下ろしています。



脚注:
*1 出典により数字に多少ずれが見られる。この数字は国連『World Population Prospects: The 2010 Revision』2005~2010年推計値。昭文社「なるほど知図帳2012世界」より転載。
*2 香港政府統計処:『統計月刊2011年9月』http://www.censtatd.gov.hk 当局は毎月様々な統計をとっているが、この月の報告書に限り、香港で出産した中国人女性の詳細な追跡調査統計も出している。
*3 日本の幼保一元化への動きと香港の経緯が異なるのは、香港の場合、保育園と幼稚園の区別がつかなくなってきていたことからの動き(幼稚園も午前班と午後班に登録すれば実質一日保育になる)であり、待機児童問題からでてきた動きではないということです。一元化により利用者と運営者双方の利便性と公的資金援助の効率化を希求しています。



参考文献

香港教育局 http://www.edb.gov.hk

香港特別行政区政府:GovHK香港政府一站通 http://www.gov.hk/sc/residents(本港居民用サイト)

一見真理子(代表)(2006)「東アジア地域における『早期教育』の現状と課題に関する国際比較研究」最終報告書、科学研究費補助基盤研究(B)平成18年5月

西村史子(2012)「香港の就学前教育におけるバウチャー制の導入」『和光大学現代人間学部紀要』第5集(2012年3月)

有賀克明、水野恵子、山田美香「香港の子育て支援」(調査報告)『人間文化研究』第6号 名古屋市立大学大学院人間文化研究科 2006年

昭文社『なるほど知図帳 世界 2012』

Hong Kong Education Commission (2000年 9月) "Reform Proposal for the Education System in Hong Kong"中国語版は『香港教育制度改革建議』
筆者プロフィール
大和 洋子 (国立教育政策研究所 研究協力者、東洋英和女学院大学/青山学院大学・講師)

家族の転勤に伴い、子育てをしながらシンガポール、香港、上海等で海外生活を経験。シンガポールにて、東南アジア諸国連合教育大臣機構の研修所で応用言語学ディプロマ取得、香港大学にて修士課程修了(比較教育学専攻)、教育修士号取得。 主な著書:『世界の外国人学校』(共著)(東信堂、2005年)、『世界の幼児教育改革と学力』(共著)(明石書店、2008年)、『アジアの教員:変貌する役割と専門職への挑戦』(共著)(ジアース教育新社、2012年)など。
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