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【香港】 就学前教育完全実施を目指した香港の子育て支援(後編)

大和 洋子 (国立教育政策研究所 研究協力者、東洋英和女学院大学/青山学院大学・講師)

2012年8月24日掲載

要旨:

本稿は、就学前教育完全実施を目指した香港の子育て支援(前編)に続く後半部分である。前編では、香港の特殊な社会・教育環境と近年の動向を解説した。後編では、その背景の中で2007年より導入された幼稚園バウチャー制度及び、現在実施されている貧困家庭への子育て支援を紹介し、100%民間に頼っている就学前教育段階に対する政府の姿勢と方針を概観する。

Keywords;
バウチャー制度, 大和 洋子, 子育て支援, 就学前準備, 幼稚園, 貧困家庭, 香港
中文 English
幼稚園バウチャー制度導入

香港の就学前教育は、100%民間に委ねられている。完全な市場経済の競争下にあり、学費も施設により大きく異なる。例えば1932年に一私人により創立された歴史をもつ耀中国際学校の幼稚園は、午前クラスか、全日クラスかの選択しかないが、午前のみの場合には、年間HK$35,574(≒366,000円)(11か月分)、全日クラスの場合はこの倍額となる。一方1965年創立の香港島セントラルに位置する、聖安多尼英文小学校に付属する幼稚園(St. Anthony's Anglo-Chinese pre-school & kindergarten)の学費は、午前クラスはHK$15,048(≒154,800円)(12か月分)、 午後クラスはHK$13,920(≒143,200円)であり、1日保育でもHK$31,920(≒326,390円)となる。つまり、前者は一日保育の場合は日本円で年間72万円(学期間は11カ月)で、後者はその半分以下である。前者は「国際」がついているものの、後者と同様、香港人のための学校であり、どちらも香港の由緒ある学校の幼稚園部である。

先に述べたように、小さい子どもがいる家庭では、外国人メイドを雇うことが決して珍しいことではない(外国人メイドを雇い入れる経費と施設に入れる経費にあまり差はない)ため、小さいうちは家庭で保育する率が高いが、就学の1、2年前になると、幼稚園に預ける率は9割を超えていた。それでも100%ではないため、小学校入学段階で、子どもに差がつかないようにと、小学校入学予定者全員の就学前教育を目指した収入審査なしの幼稚園バウチャー制度が2007年から導入された。連動するように、翌2008年からは、9年間の義務教育期間に加えて更に、その上の公教育機関における3年間(後期中等教育)を無償とした。世界的な動きである、持続可能な教育(sustainable education)、始まりこそ力強く(starting strong)に追随した政策である。

ここで注目すべきは、(1)バウチャーは収入審査がない代わりに取得申請をする必要があり、少額ながら申請費用が発生すること、(2)バウチャー申請ができるのは、香港人(香港永久居民証所有者)だけでなく、合法的に香港に滞在する該当年齢の子どもをもつ全ての親権者であること、(3)バウチャー制度が適用される園は、香港の教育課程に準じた幼稚園であること、(4)バウチャー制度に参加する園には学費の設定に上限があるなどの条件があることである。

(2)に関しては、香港に在住する外国人も全て含むことから、募集要項及び申請用紙は多言語で用意されている。(3)の条件からは、先に挙げた耀中国際学校は、教育課程が現地のものではないことから、バウチャー制度に参加できないことが分かる。また、(4)により、授業料の高い園は自動的にバウチャー制度外になることが分かる。園によっては現地の教育課程を用いていても、教育局からの規制を避ける(後述の「香港の教育と政府による統制」を参照)ために自主的に参加しないところもある。この点に置いて、香港は必要なところには必要な補助が行き渡るようにするとともに、自由選択権は施設側にも親権者にもしっかり残していると言えよう。

バウチャー制度に参加している園の割合は、地域によりばらつきがあり、学校の激戦区である九龍塘界隈を有する九龍城区では、参加園と不参加園の割合がほぼ半々、他の学区域では、参加園の割合は、大よそ2/3から3/4くらいである。バウチャーの額面は2010年度よりHK$16,000(≒164,600円)であり、K1からK3までの最長3年間適用される。保護者はこのバウチャーをバウチャー制度参加園に提出し、学費からバウチャー分を差し引いた分が、学費として園から保護者に請求される仕組みとなっている。上記に挙げた英文小学校付属幼稚園の午前クラスに登録した場合、バウチャーの額面より学費の方が低額であるため、子どもは無償で幼稚園の半日クラスに3年間通えることになる。なお、学区域は小学校以上の公立学校に関係し、幼稚園は学区域に関係なく、親が自由に選択することが出来る。

lab_01_40_1.jpg 独立家屋にある幼稚園や保育園は、周りにぐるりと高い外壁をめぐらせてあることが多い。園児募集時期になると、園の壁に園児募集の垂れ幕がかかる。しかし、多くの施設は商業ビルや住居ビルの一角を間借りしており、園庭を持たないか、あってもビルの屋上であったりする。

貧困家庭への子育て支援

バウチャー制度とは別に、かなり厳格な収入審査有りの教育費の支援制度がある。幼稚園及び保育所費用減免計画(Kindergarten and Child Care Centre Fee Remission Scheme; 以下KCFRS)と呼ばれるものである。こちらは幼稚園バウチャーを使っても更に学費が発生した場合に、必要に応じて申請できる学費減免措置である。バウチャーによる学費補助はHK$16,000(≒164,600円)である(次年度2012/13はHK$16,800(≒172,800円)に上方修正)。KCFRSは半日保育、一日保育のどちらを利用しているかで計算が異なるが、2012年度は、半日クラス参加の場合は上限額HK$19,500(≒200,580円)、全日クラスの上限額はHK$31,500(≒324,000円)である。給食費補助もHK$420/月(≒4,320円/月)支給される。香港の学費支援は園に支給され、差額が親に請求されるので、子どもをもつ親に現金が渡ることはない。

lab_01_40_2.gif KCFRSの援助を受けるためには、家計を同一にする者全て、兄弟姉妹の収入や祖父母の年金をも含む収入を加算した額の申告が必要となり、収入審査を受けなければならない。

香港の教育と政府による統制

繰り返しになるが、香港の就学前施設は100%民間に委ねられている。返還前最後の総督であったパッテン卿時代(1992-1997)に、ようやく就学前教育機関従事者に資格を求める教育改革が着手された。非営利で運営されている園への財政援助をはじめ、就学前施設教員養成に政府の予算が初めて付けられた。それまでは前期中等教育課程を終えただけで就学前施設に従事することができたのである。返還後は、さらに園への財政援助、従事者への在職研修の機会提供という形で就学前教育のレベルアップを図ってきた。現在全ての園で、従事者が最低限の資格をもつことを目指している。

バウチャー制導入に従い、幼稚園の情報公開が進んでいる。各施設において学費や設定しているクラスの数や教育課程、教育方針はもちろんのこと、職員の資格の種類と有資格者の割合、園長及び職員の給与の幅や在職年数までもが公開情報の対象となっている。バウチャー制度に参加する園には職員研修の財政援助があることから、100%民間に委ねられている就学前施設を政府が何とか統制しようとしている姿が浮かび上がる。バウチャー参加園も、園の運営基準が規定より低下したと判断されると、翌年はバウチャー園として参加できなくなるため、質の保持・向上を目指すことが期待される。一方親にとってはバウチャーが使える園は、基準以上の質が保証されていることを意味する。一方、もともと高い教育を自負している学費の高い園や国際学校の幼稚園等は、あえて政府の情報公開に資料を提出していないところも少なくない。バウチャー制度には関与しないからであろう。

特別行政区政府は質の高い香港の教育制度の構築を目指しつつ、香港人の多種多様なニーズにも合うよう、現地香港人の国際学校などの現地の教育制度外の学校への就学も認可している。公教育を受けるのであれば無償に、個人の選択で現地の教育制度外の教育を求めるのであれば、自己負担と自己責任で、という自由選択の方針を貫いている。質の高い公教育の確立には、政府の言うところのスタートラインで一斉に並ぶことが望ましく、香港の小学校教育は広東語が教育言語であり、標準中国語と英語が教科として導入されるという事情を鑑みると、遊びの中に学びを見つけるだけではなく、座学も含んだ就学前教育は不可欠なのかもしれない。必要なところに必要なだけの支援が、支援の目的に合った形で必ず届くか否かという指標で香港の就学前教育支援を概観すると、日本が学べるところは多々あるように思える。



本稿は、2011年度白梅学園大学、第5回「子ども学講座」に置いて、2012年1月21日(土)に公演した 「中国返還後の香港における言語政策―幼児期の英語教育をめぐって―」の内容を基に新たに書き下ろしています。



参考文献

香港教育局 http://www.edb.gov.hk

香港特別行政区政府:GovHK香港政府一站通 http://www.gov.hk/sc/residents(本港居民用サイト)

一見真理子(代表)(2006)「東アジア地域における『早期教育』の現状と課題に関する国際比較研究」最終報告書、科学研究費補助基盤研究(B)平成18年5月

西村史子(2012)「香港の就学前教育におけるバウチャー制の導入」『和光大学現代人間学部紀要』第5集(2012年3月)

有賀克明、水野恵子、山田美香「香港の子育て支援」(調査報告)『人間文化研究』第6号 名古屋市立大学大学院人間文化研究科 2006年

昭文社『なるほど知図帳 世界 2012』

Hong Kong Education Commission (2000年 9月) "Reform Proposal for the Education System in Hong Kong"中国語版は『香港教育制度改革建議』
筆者プロフィール
大和 洋子 (国立教育政策研究所 研究協力者、東洋英和女学院大学/青山学院大学・講師)

家族の転勤に伴い、子育てをしながらシンガポール、香港、上海等で海外生活を経験。シンガポールにて、東南アジア諸国連合教育大臣機構の研修所で応用言語学ディプロマ取得、香港大学にて修士課程修了(比較教育学専攻)、教育修士号取得。 主な著書:『世界の外国人学校』(共著)(東信堂、2005年)、『世界の幼児教育改革と学力』(共著)(明石書店、2008年)、『アジアの教員:変貌する役割と専門職への挑戦』(共著)(ジアース教育新社、2012年)など。
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