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研究室

【アメリカ】 米国における保育の質研究-保育者の離職について

ポーター 倫子 (Washington State University, Department of Human Development, Instructor)

2012年6月29日掲載

要旨:

本稿では、米国における保育者の離職率に関する先行研究を概観する。米国でこれまで行われた保育の質研究に関する一連の研究の中では、保育の質を図る一つの尺度としての保育者の離職に注目した検討が行われている。最近の全米の調査によると、保育者の平均離職率は年間30%以上に及ぶことが報告されており、その主な要因として、保育者の低賃金や、健康保険などの福利厚生費が支給されないことが挙げられている。しかしこのような金銭的な理由だけではなく、管理者や同僚からのサポートの欠如、本人の動機づけなどの要因が、保育者の離職に関係していることが示唆された。

Keywords;
アメリカ, ポーター 倫子, 保育の質, 保育労働市場, 保育者, 幼児教育, 給与, 離職
English
1.保育の質がなぜ問題になるのか

米国では、保育の質が子どもの発達にどのような影響を及ぼすかについて大掛かりな研究が行われてきている。その中では、質の高いケアと教育が、子どもたちの発達や学習にプラスに貢献するというのが、ほぼ共通した見解である(e.g., Dunn, 1993)。たとえば、幼児教育の成果に関する縦断的研究やメタ分析によると、保育の質の高さは、子どもたちの認知能力や社会性の発達に結びついており、将来キンダーガーテン*1(小学校に併設された就学1年前の子どもを対象とした義務教育)や小学校に入る準備としての役割を果たすことが示されている(Public Policy Forum, 2007)。

特に保育の質の代表的な縦断的研究として知られているハイ・スコープ教育研究財団のPerry Preschool Program やノースキャロライナのAbecedarian Programの報告の中では、質の高い保育が、落第や特殊教育への参加を減少させ、高校の卒業率や大学に通う学生の増加につながるという長期的な効果が発表されている (Barnett & Masse, 2007; Reynolds, Temple, Robertson, & Mann, 2002)。このような知見は、コスト・ベネフィットの面で米国の就学前教育の政策に大きな影響を及ぼしている。


2.保育者の離職率が及ぼす影響

米国では、保育の質の指標として保育者の離職に着目した研究が盛んに行われている(Cassidy, Lower, Kintner-Duffy, Hegde, & Shim, 2011; Mims, Scott-little, Lower, Cassidy, & Hestenes, 2008)。たとえばRaikes (1993)は、頻繁に保育者が変わることは、保育者と幼児の間にアタッチメントが成立することを困難にすると考察している。また保育者の高い離職率は、子どもの言語、社会的、感情面での発達にマイナスに働くとも報告されている (Korjenevitch & Dunifon, 2010)。さらには、保育者の離職は、保育者―子どもの関係だけでなく、保育者―保護者の関係を悪化させることも示唆されている(Cassidy et al., 2011)。

米国の保育者の離職率は、非常に高い。National Association for the Education of Young Childrenの2004年の報告によれば、平均離職率は年間30%以上ともいわれている。この割合は、National Association of Child Care Resource & Referral Agencies(n.d.)の報告書における離職率25-40%ともほぼ一致しており、このような高い離職率が幼児の健やかな成長に及ぼす影響を慎重に検討していくべきである。


3.保育者の高い離職率の理由

A. 低報酬と福利厚生の欠如
米国においては、保育者の高い離職率の原因を明らかにするために、数多くの研究が行われている。その中の代表的な研究は、保育者の賃金が離職率にどのような影響を与えているかの検討である。

保育者は、米国の中で最も薄給の職業の一つであるといわれている。米国労働省(2011) の統計によると、保育士や幼稚園教師の平均時間給は7.90ドル‐9.53ドルである。この給与は、駐車場係やレジ係などよりも低く、キンダーガーテンや小学校の先生よりもはるかに低いことが報告されている(Barnett, 2003;米国労働省、2011)。保育者は、キンダーガーテンや小学校の先生と学歴においてはあまり差はないにも関わらず、彼らの三分の一よりやや多いくらいの給与しか支払われていないことが指摘されている (Cassidy et al., 2011)。

このような米国の保育者の賃金が、離職するかどうかを決定する重要な要因であることがこれまでの研究の中で報告されている(e.g., Hale-Jinks, Knopf, & Kemple, 2006; Stremmel, 1991)。たとえば、テキサス州のチャイルドケアセンターで働いている保育者78人を対象としたパイロットスタディの中では、今の賃金が正当であるかどうかという認識が、仕事をやめようかどうかという思いと深く結びついていることが伺われた(Russell, Williams, & Gleason-Gomez, 2010)。さらにこの傾向は、特に高い資格を持っている保育者ほど、そうではない保育者よりも強いことが報告されている(Whitebook & Sakai, 2003)。また給料が離職に影響するのは、保育者だけでなく、所長や園長らにおいても同様である(Whitebook & Sakai)。

低賃金だけでなく、職場の福利厚生制度がないということも、保育職の離職の大きな原因である (Holochwost, DeMott, Buell, Yannetta, & Amsden, 2009)。具体的には、健康保険、退職年金、研修や教育の資金的援助などが挙げられる(Hale-Jinks et al., 2006)。これまでの米国の研究の中では、保育者や管理職者のうち、健康保険が支給されているのは約三分の一にしか満たないということが報告されている(Whitebook & Sakai, 2003)。Holochwost(2009年)らは、健康や障害保険(Disability Insurerance)、年金などが支給されていないのは、低賃金分野で働いている人にとっては給料以上に深刻な問題であることを指摘する。医療費が高額で、かつ国民皆保険制度のないアメリカにとっては、健康保険が支給されないのは大きな痛手である。

B . 職場環境と個人の特性
しかし一方、給与や福利厚生が必ずしも保育者の離職に結びついているとは限らない(Torquati, Raikes, & Huddleston-Casas, 2007)。離職に影響を及ぼす別の要因としては、職場環境と個人的な特性が挙げられているので、以下紹介する。

職場環境
管理職(所長、園長など)による不十分なサポートが、保育者の離職につながっていることが指摘されている(Russell et al., 2010; Whitebook & Sakai, 2003)。たとえばRussellらの研究の中では、管理者が支援的でなくその能力に欠けていると認識した場合(たとえば、信頼性や一貫性がない、計画を立てたり規則を遂行する能力がない)、職場を離れようという意志をより持ちやすいということが報告された。また同僚に対する満足度(「私の同僚は私のことを気にかけてくれる」など)、自分の仕事に価値を見出せるかどうか(「私の仕事は子どもたちの生活に大きな違いをもたらす重要なものである」など)、賃上げや昇格の機会(「自分を向上させる機会が多い」など)も仕事を続けるかどうかの重要な職場環境の要因であることが示唆されている(Gable & Hunting, 2001, p. 279)。

個人的な特性
個人的な特性の中では、保育者の年齢、既婚か未婚かということが離職に関わっていることが報告されている(Holochwost et al., 2009; Whitebook & Sakai, 2003)。具体的には、年齢が高く既婚の保育者ほど、若く未婚の保育者よりも仕事を離れる傾向が少ないことが分かった。また家庭の状態、たとえば夫の転勤や子どもの世話で保育者職をやめる場合が多いことも知られている(Stremmel, 1991)。米国では、保育に携わる人の殆どが女性であることが(Saluja, Early, & Clifford, 2002)、その傾向をさらに強めていると考えられる。

保育者の経験年数も、離職と深く関連している結果が得られている。経験が長い保育者ほど、そうでない保育者に比べ、仕事をやめる確率が低いと言われている(Holochwost et al., 2009; Whitebook & Sakai, 2003)。さらに、離職は保育の仕事に対する動機付けと大きく関わっていることが報告されている。自分のキャリア、専門職、使命として捉えているかどうかということが離職に大きく左右しているようである(Torquati et al., 2007)。たとえば、Murray(2000)の保育者を対象とした質的研究の中では、保育専門職が社会的に低い地位にあるにもかかわらず、自分の仕事に価値を見出しているがゆえに、仕事を続ける意志がある保育者の存在が浮き彫りにされている。


結論

本研究では、保育者の離職に関する米国の調査文献を概観した。高い離職率は、低賃金の産業で一般的にみられる傾向であるが、将来を担う子どもたちの健やかな成長を考えると重要な社会問題である。高い離職率の主な原因として、低賃金や不十分な福利厚生が挙げられているが、それだけでなく管理者や同僚からの不十分なサポート、動機の欠如など、環境や個人的な特性とも関連していることを見落としてはならない。

このような問題に対処するために、Teacher Education and Compensation Helps (T. E. A. C. H.) のようなプログラムが全米各地で実施されている。これは、保育者が短大や大学で勉強するための奨学金を援助し、所定の単位や学業を終了した場合には、報酬(賃上げや一時支給)が支給されるが、その見返りとして現在の職場をある一定期間離職してはいけないという契約になっている。しかし、このようなプログラムの有効性はまだまだ議論の余地があるようである。たとえばMillerと Bogatova (2009)の縦断的調査によると、T.E.A.C.H.プログラムは保育者の離職に歯止めをかける効果はあったものの、5年後プログラムを継続しているのは全体の15%にしか満たないことが分かった。これは、仕事と学業の両立の困難さ、基礎学力が欠けていることなどが、原因として指摘されている。今後の課題である。

日本の中では、保育者の離職に関する研究はまだ少数である(廣川、2008)。しかし最近行われた調査の中では、家庭との両立の難しさ、人間関係におけるつまずき、給与の低さなどが、日本の保育者の離職の原因として挙げられている(厚生労働省、2012)。保育者の離職は、社会の中で保育職の専門職性が低いことと深く関連しており、国を超えて共通する課題である。今後、保育の質、保育者養成や現職教育の在り方が論じられる折には、保育者の離職問題も並行して取り上げられていくべきであろう。


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*1 アメリカの場合、一般的に就学前教育とは5歳以下でkindergartenに入る前の子どもを対象とする。就学前の保育の種類としては、preschool (又は nursery school)(日本の幼稚園に相当), child care center(日本の保育所に相当), head start(ヘッドスタート), family child care(家庭内保育所)などがある。

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参考文献

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Cassidy, D. J., Lower, J. K., Kintner-Duffy, V. L., Hegde, A. V., & Shim, J. (2011). The day-to-day reality of teacher turnover in preschool classrooms: An analysis of classroom context and teacher, director, and parent perspectives. Journal of Research in Childhood Education, 25(1), 1-23. doi:10.1080/02568543.2011.533118

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筆者プロフィール

report_porter_noriko.jpgポーター 倫子(Noriko Porter)

石川県金沢市出身。富山大学教育学部幼稚園教員養成課程、南イリノイ大学教育学部幼児教育修士課程、ミズリー州立大学人間発達家族研究学科博士課程を卒業。日本では1987年より11年間北陸学院短期大学で保育者養成に携わり、その間富山大学教育学部非常勤講師も勤める。現在はワシントン州立大学の人間発達学科のインストラクター。ダイバーシティ、親子関係、保育関係の講座を担当。保育の分野で幅広く研究を行ってきたが、最近では日米の育児比較研究が主な専門領域。自閉症児を抱える子どもの親としての体験をもとにして執筆した論文「高機能自閉症児のこだわりを生かす保育実践-プロジェクト・アプローチを手がかりに-」で、2011年日本保育学会倉橋賞・研究奨励賞(論文部門)受賞。
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