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ダイバーシティ教育の重要性(前編)

要旨:

ダイバーシティ(diversity)とは、和訳すると「多様性」の意味である。アメリカのような移民国家のみならず、画一性や同質を重んじる日本においても近年、社会や企業の発展を論じていく上でのキーワードとして導入されている。しかし、日本におけるダイバーシティの概念は未だ新しく、ダイバーシティ教育に関しては議論の余地が多いようである。 本稿では、筆者がアメリカの大学で実践したダイバーシティの授業の目的と概要を述べる。
国際化が進む中、日本の社会の中でもダイバーシティがキーワードとして取り上げられるようになった。しかし、日本の学校教育や保育現場の中では、ダイバーシティの概念は未だ新しく、外国籍をもつ子どもの受け入れや英語教育に論議がとどまっているように思う。日本におけるダイバーシティー教育のあり方を考える材料として、筆者が教育や保育、社会福祉などの職業を目指す学生たちを対象に、3年間アメリカの大学で担当してきた講座「現代家族におけるダイバーシティ」の目的と概要を紹介する。


1.ダイバーシティの定義と種類を理解する

ダイバーシティとは、人間の中にみられる様々な身体的、あるいは文化的な差異である。具体的には、人種、エスニシティ*1、性別、年齢、障害の有無、社会経済的ステータス、性的指向、宗教、階級、政治的信条などの面における違いである。これらの違いを受け入れ、互いの個性を認め活かしあおうとする考え方や姿勢ともいえる。LodenとRosener(1991)は、ダイバーシティを二つの層から次のように説明している(図1)。

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図1 ダイバーシティの種類

主次元ダイバーシティとは、その違いは生得的なものであるがゆえに、自分の力では変えていくことができないのが特徴である。幼少の頃よりその人の自己イメージと他者や社会に対する見方を形成する主要な役割を果たしている。種類としては、年齢、人種、エスニシティ、性別、身体的能力 (障害の有無)、性的指向*2が挙げられる。

副次元ダイバーシティとは、生涯を通して変えていくことが可能な後天的な違いである。種類としては、教育背景、地理的位置、収入、軍隊経験、結婚の有無、子どもの有無、宗教的信条、職業経験が挙げられる。主次元よりも副次元ダイバーシティの方が、個人のアイデンティティに強く結びついている場合もある(例 退役軍隊、役職、出身大学)。

学期の始めには、それぞれのダイバーシティの種類の中で、優位に立つグループとそうでないグループがあることを説明し(例 人種/エスニシティ:優位-白人、劣位-黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカン、アジア人など;性別:優位-男性、劣位-女性)、学生たちに自分のダイバーシティを分析してもらう。このことにより、ダイバーシティとは人種差別の問題だけでなく、身近な問題であることを気づかせる。さらに、その人がもつ属性ゆえに、差別されたり優遇される可能性を考え、各自の違いを尊重し、平等で認めあえる社会をつくっていく大切さに気づくことを目的としている。


2.自分の中にある差別、偏見、固定概念を吟味する

次は、自分の中に潜む差別、偏見、固定観念を吟味させることである。例を挙げるならば、「女性は数学や科学が苦手」「黒人はスポーツが得意」「若年者は経験がないので、信用にならない」「障害者はロマンチックな関係をもったり結婚することができない」「同性愛者の男性はフェミニンで、女性は男っぽい」というような先入感や判断である。保育の現場の中で例を挙げると、保育者が自分の既存の中にある「男(女)の子の遊び」という概念で、遊具を選んだり、子どもたちの興味や能力を無意識の内に制限している可能性はないだろうか。また保護者に対しても、その外見や年齢、家族構成(シングル家庭など)、職業などによって偏見を抱いたり、接し方が多少なりとも変わる場合が考えられる。最近の研究では、子どもたちの間でも3歳頃より既に偏見や差別心を持ち始めるといわれている。いうまでもなく、園や学校における仲間はずれやいじめは、「みんなと違うから」という差別がからんだ社会問題である。

学生たちが自分たちの中に潜むこのような意識や態度に気づく機会を与えるために、潜在的連合テスト(Implicit Association Test: IAT)を紹介している。これは、ワシントン州立大、ハーバード大、バージニア州立大の教授らのチームが全米科学財団(NSF)と国立精神衛生研究所(NIMH)の助成金を受け、開設したサイト(https://implicit.harvard.edu/implicit/) である。このテストでは、様々なカテゴリー(人種、宗教、年齢、ジェンダー、性的指向、肥満とやせに対する好みなど)において、評価対象とその対になる概念が組として用いられる。さらにそれぞれの概念は肯定的あるいは否定的な言葉とペアにされ、寸時に正解かどうかを判断する反応速度の差により、自分が相反するグループのどちらを好む傾向があるのか(アフリカ系アメリカ人対ヨーロッパ系アメリカ人など)に対する評定が下される。IATの信頼性と妥当性については、様々な研究論文の中で報告されているが、懐疑的な意見も少なくない。しかし学生はこのようなテストに参加することにより、自己の中にある潜在的態度や潜在的固定観念に気づき、それらを縮小化させるための積極的な努力の必要性を学ぶことができる。

また差別が及ぼす子どもたちへの影響を理解するために、ジェーン・エリオット氏の人種差別に対する教育実践のビデオを紹介している。エリオット氏は1960年代の終わりに、キング牧師の暗殺をきっかけに、自分のクラスの中である実験を試みる。クラスを青色の目と茶色の目のグループに分け、日を変えてそれぞれのグループに特権と差別を与えたり(水飲み場を使えないなど)、肯定的または否定的な学習のフィードバックを与えた。この結果、子どもたちの間に緊迫感、敵対感が生まれ、クラスが分裂していく様子が捉えられた。さらに特権が与えられ、優れていると評価された子どもたちは、テストでも好成績を修め、立場が逆になった時は最低の成績を修めたという結果も報告されている。このビデオは、学校や地域社会の中で差別を受けることがその子どもたちの将来にどのような悪影響を与えるかということに気づき、教師として差別のないクラスづくりの大切さを理解するのに有効である。


3.自己の文化背景について理解し、それが自分の世界観や自分とは異なる文化背景を持つ人たちへの見方にどのような影響を及ぼしているのかを分析する

本講座受講前には、自分はヨーロッパ系白人であるがゆえに、特別な文化を持っていないと思い込んでいる学生が多い*3。そのような学生たちのことを念頭に置きながら、この講座を通して学生が他文化や自文化に対する知識を深めることを目指している。まず、自分の祖先がどの国からアメリカに移民し、どのような経験をしてきたのか、また自分の幼少期のダイバーシティをめぐる体験について一人ずつ報告してもらう。特に、ブロンフェンブレンナーの生態学的アプローチを理論的枠組みとして、家庭、近所、学校の中におけるダイバーシティの体験(例 親のマイノリティーに対する態度や世界観、学校生活の中で自分とは異なる人種の友人がいたかどうか等)を振り返り、そのことがダイバーシティに関連した社会問題(例 アファーマティブアクション、不法移民の問題)に対する自分の見解にどのようにつながっているのかを分析考察する。最終的には、「社会文化的自伝」を書かせ、その中で自分の家族ダイバーシティを象徴する家紋(Family crest)を、「エスニシティ」「歴史」「価値観」「ユニークさ」の4つの観点よりデザインしてもらう。

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(Joan Ahlより許可を得て掲載)

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(Cynthia Kellerより許可を得て掲載)


4.アメリカにおける各種の人種・エスニックグループに関する知見を得る

一昔前までは「人種のるつぼ」(Melting Pot)、最近では「サラダボウル」(Salad Bowl)*4という言葉で象徴されるアメリカでは、様々な文化が共存している。本講座では、アメリカにおける各種の人種・エスニックグループ(ヨーロッパ系白人、アフリカ系黒人、ラテン/ヒスパニック、アジア・太平洋諸島人、中近東人)の背景や特徴を紹介している。まず、国勢調査による各人種・エスニックグループごとの貧困率、所得や資産、雇用、教育、家族構成、平均寿命、平均出生率、男女別や年齢別人口の統計的データとその動向を提示する。その違いを分析する際に「能力主義社会の神話」(Myth of Meritocracy*5)の概念を説明し、各グループにおける相違点が、社会構造や差別の影響を受けていることを示唆する。またそれぞれのグループのアメリカへの移民の歴史の概観を説明し、移民の理由や歴史的な流れとの関連において、移民に対する態度が変化してきたことを述べる。

さらにこの講座を受講する学生たちが、将来、保育や教育、社会福祉に携わることを念頭におき、家族関係、子育て、教育、障害、健康に対する異文化間の考え方の違いを具体的に説明する。たとえば「なぜ添い寝するのか」「断乳はいつなのか」「父親の育児への関わり」「赤ちゃん言葉で話すこと」「体罰の是非」らのテーマについて、それぞれの文化の価値観や社会化のプロセスに応じて異なってくることを述べる。その中で、自民族中心主義または自文化中心主義(ethnocentrism)の概念、すなわち自分の人種、エスニックの文化を基準として他の文化を否定的、あるいは低く評価する傾向や態度に注意しなければならないことを説明する。例を挙げると、子どもが満足するまで抱っこしてあげる日本の母親の子育ては、西洋人の母親からは「甘やかし」「躾ができていない」と見られるかもしれないが、これは自文化中心主義の考え方であり、日本の子育ての視点から述べれば「親への依存(dependence)を目的とした社会化」「スキンシップを大切にした子育て」と捉えることもできる。

授業方法としては、講義だけではなく、それぞれのマイノリティーの立場からの生の声を学生に聞いてもらうために、ゲストスピーカーをクラスに招待したり、インタビューや視聴覚教材(例 CNN Latino in America, PBS Muslims)を使用している。また自分と異なる文化を学び、実体験する手段として、学期を通して二種類の「異文化体験」を課している。これは、自分にとってあまり知識のない文化の行事(宗教儀式、冠婚葬祭、お祭り、年中行事)に参加する、洋画を字幕で見る、エスニック料理を作る、外国語や手話を習う、などの体験である。異文化体験を通し、外見や言葉が異なる、その文化のしきたりやコミュニケーションの特徴に不慣れであるということの意味を、学生たちに情緒的に理解してもらうことが目的である。


5.異文化間における効果的なコミュニケーションのあり方を学ぶ

文化の異なる人と効果的なコミュニケーションをはかるためには、まず自文化とは異なる他文化における価値や規範の違いに精通しておくことが大切である。この講座では、異文化を理解する枠組みとして、欧米と非欧米の基本的な価値観、コミュニケーションや行動様式の違いとして、(1)集団主義と個人主義、(2)相互依存的自己と独立的自己、(3)高文脈文化(High Context Culture)と低文脈文化(Low Context Culture)などの概念を紹介している。特にこの3点目のエドワード・ホール(Edward Hall)による高文脈文化と低文脈文化は、コミュニケーションと認識を文脈と言語のかかわりで説明している。大まかに分けると、ヨーロッパ系白人の文化は低文脈文化、日本を含めたそれ以外の文化は高文脈文化である。低文脈文化では、コミュニケーションは社会的文脈というより言葉に負うことが多く、直接的で明確な方法で伝達される。逆に高文脈文化では、社会的文脈に依存し、相手の出方や周りの様子を察しながらコミュニケーションが行われるため、間接的であいまいなものである。このような違いを説明しながら、文化圏が異なることによるコミュニケーションの摩擦や誤解について理解してもらう。

また、コミュニケーションにおける文化的差異に着目しつつ、実際にどのように効果的なコミュニケーションをはかっていくかについて、Kabagarama (1993)による「異文化理解の7つのステップ」を紹介している。そこでは、「相手に対して先入感を持たない」「相手に対して心から興味を持つ」「共通の話題を探す」などが具体的に提案されている。これらのことは、単に文化が異なっている人に対してのみならず、自分とは異なる人を受け入れ、尊重していくために必要な基本的なコミュニケーションである。


おわりに

今回は筆者がアメリカの大学で実践したダイバーシティの授業の目的と概要を述べた。この授業は、人種問題、宗教信条、政治的立場など個人のプライベートな部分に入り込むため、教える側としても神経を使う。しかし授業を受けた後には、「世界観が変わった」「異文化への興味や関心がわいた」「もっと異文化間能力を身につけたい」という好意的な評価を得ることが多い。そのような学生たちが、将来子どもやその家族たちと関わる際に、ダイバーシティの大切さをアピールした実践を行ってくれることを期待している。次回は、保育現場におけるダイバーシティを重んじたコミュニケーションのあり方について報告する。



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*1 エスニシティ(ethnicity)は民族と訳される場合が多いが、日本語の民族という言葉は、nationという意味も含むゆえに誤解を招くため、そのままエスニシティとカタカナ読みで使用する。
*2 個人の性的指向が先天的(遺伝、生物学的)あるいは後天的な要因(本人の選択)によるかについては、アメリカでは様々な議論が行われていることを付け加えておく。
*3 筆者の授業を受講する学生の約7-8割がヨーロッパ系白人である。
*4  「人種のるつぼ」は、いろいろな文化が共存していくうちに、互いの文化が交じり合って同化し、結果的にある種の共通文化を形成していく社会である。最近では多文化社会への新しい見識として、それぞれの文化が混ざることによって消失しまうのではなく、むしろそれぞれの独自性を大切にした社会、サラダボウルという新しい概念が紹介されている。
*5 社会での成功は、単に個人の能力や努力で得られるという単純なものではなく、生まれつきの特権(白人、裕福な家に生まれる等)の影響が大きいことを示唆したもの(McIntosh, 1988)。


参考文献

Coles, R. L. (2006) Race & family: A structural approach. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
Hall, E. T. (1984). Beyond culture. Garden City, NY: Anchor Books.
Kabagarama, D. (1993). Breaking the ice: A guide to understanding people from other cultures. Boston, MA: Allyn and Bacon.
Loden, M., & Rosener, J. B. (1991). Workforce America!: Managing employee diversity as a vital resource. Homewood, IL: Business One Irwin.
Lynch, E. W., & Hanson, M. J. (Eds.). (2011). Developing cross-cultural competence: A guide for working with children and their families. (4th ed.). Baltimore, MD: Brookes.
McIntosh, P. (1988). White privilege: Unpacking the invisible knapsack. Retrieved from http://www.nymbp.org/reference/WhitePrivilege.pdf
Peters, W. (Producer & Director). (1985). Frontline: A class divided [film]. Retrieved from http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/divided/
Project Implicit (n.d.). Retrieved from https://implicit.harvard.edu/implicit/demo/
Teaching Tolerance: A Project of the Southern Poverty Center (n.d.) Retrieved from http://www.tolerance.org/activity/test-yourself-hidden-bias
筆者プロフィール
report_porter_noriko.jpgポーター 倫子(Noriko Porter)

石川県金沢市出身。富山大学教育学部幼稚園教員養成課程、南イリノイ大学教育学部幼児教育修士課程、ミズリー州立大学人間発達家族研究学科博士課程を卒業。日本では1987年より11年間北陸学院短期大学で保育者養成に携わり、その間富山大学教育学部非常勤講師も勤める。現在はワシントン州立大学の人間発達学科のインストラクター。ダイバーシティ、親子関係、保育関係の講座を担当。保育の分野で幅広く研究を行ってきたが、最近では日米の育児比較研究が主な専門領域。自閉症児を抱える子どもの親としての体験をもとにして執筆した論文「高機能自閉症児のこだわりを生かす保育実践-プロジェクト・アプローチを手がかりに-」で、2011年日本保育学会倉橋賞・研究奨励賞(論文部門)受賞。
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