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子ども発達学会で感じたアメリカの子ども事情

酒井 厚(山梨大学教育人間科学部 准教授)

2011年8月19日掲載

要旨:

2011年の4月にカナダのモントリオールで開かれた子ども発達学会(SRCD: Society for Research in Child Development)のレポートである。今回は、この国際会議で学術的な貢献度によって表彰されたアメリカ人心理学者、サンドラ・グラハム博士の研究に光を当てた。多民族国家であるアメリカの民族性と多様性が、子どもたちの学校生活に与える影響についての興味深い研究結果を紹介しながら、わが国にも通じる、子どもたちが安心して学校生活を送るために必要な工夫について論じた。
1.子ども発達学会

今回の寄稿は、2011年3月31日から4月2日にかけて、カナダのモントリオールで開かれた子ども発達学会(SRCD: Society for Research in Child Development)のレポートである。学会とは、科学者や専門家、またその卵たちが1年もしくは何年かに1回集まる大きな会議である。私が専門とする分野の場合には、自らの研究や実践をもとに、子どもの発達に役立つ情報を提供して議論し合い、有効な実践について検討し合う。

SRCDは1933年から続く歴史ある学会であり、北米の都市で2年に一度開催されている。北米の学会といっても、50ヶ国以上から6,500人を超える参加者が集まる国際会議であり、子どもの心理社会的な発達に関する研究をリードし続けている。この学会で議論される内容は、子どもの言語や認知、パーソナリティ、愛着、社会性などのあらゆる側面の発達、親の養育や家族関係さらには保育の影響、仲間や教師との関係性や学校への適応など多岐にわたる。しかし、その時々によって注目される内容は異なり、例えば近年では、子どもの問題行動や精神障害の発達に関する発表が多い。

参加者は、学会会場に着くと、受付でネームカードと分厚いプログラムを渡され、自分が聞きたい内容のセッションを調べ、朝の8時から夕方6時までブースからブースへと渡り歩く。セッション内では、どんな発表に対しても必ず質問が複数挙がり、その返答に対してさらに質問が返され、発表者と聴衆の議論は大変活発なものとなる。質問が矢継ぎ早になされることで、発表者がたじたじとなっている場合も少なくない。それでも、その発表者がセッション終了後にコーヒーを飲みながら笑顔で議論を再開している姿を見ると、主張し合うという姿勢が身体に染みついているのだと恐れいってしまう。子どもの発達について研究し論文を書く仕事を生業とするものであれば、一度は掲載されたいChild Development という雑誌があるのだが、SRCDはその発刊母体であり、そこで発表する研究者はさすがに猛者たちなのである。


2.学会賞から感じたアメリカの問題意識

さて、こうした歴史と権威のあるアカデミックな学会であるから、学会賞を得ることは大変な名誉であり、それゆえ表彰式もなかなか盛り上がる。日本の学会の授与式では考えられないほどの盛況ぶりで、カリスマ性のある研究者が登壇した際には、若い研究者から小さな歓声が上がったほどである。今大会では9名の学会員が栄えある賞に輝き、学術的な貢献度で表彰されたのは2名であった。そのうち1名は、子どもの問題行動や精神障害の発達について検討する発達精神病理学の第一人者、ダンテ・チケッティ博士であり、さきほどの歓声を浴びたのはこの方である。また、もう一人のサンドラ・グラハム博士は、青年期の子どもの学業や仲間関係について、民族性(ethnicity)に焦点を当てて研究を重ねてきた女性研究者である。この二人の受賞は、当該分野における長年の貢献に対するものであるが、現代のアメリカが抱える子どもをめぐる問題の切実な状況を思わせるものでもある。とくに、グラハム博士の研究は、多民族国家であるがゆえに重要な問題であり、今回のSRCDでもマイノリティの子どもに焦点を当て、民族性による違いを検討した研究も数多く報告されていた。本稿では、グラハム博士による貴重な知見の中から、興味深いものを選び紹介してみたい。


3.民族性による違い

グラハム博士の研究は、1970年代から1980年代の研究を概観し、マイノリティの子どもたちを対象にした研究が少ない現状を訴えることから始まった。1992年にAmerican Psychologist 誌に発表した論文(Graham,1992)は、そのものずばり"Most of the subjects were White and middle class (研究対象者のほとんどは白人の中流階級)"という皮肉たっぷりのタイトルである。

グラハム博士は、民族性というフィルターを通して、子どもの学業達成や自己評価の違いを捉えようとする。例えば、子どもの勉強への意識が民族性によりどのように異なるかを検討するため、ロサンゼルス都市部に住む小学校6~8年生の約400名を対象に調査を行った(Graham et al.,1998)。この調査では、子どもたちにはクラスメイトの中で「自分がそういう風になりたい」と敬う同性の友人を3人挙げてもらい、担任教師には各人の成績を評価してもらっている。この2つの情報を合わせることで、尊敬する友人として選ばれた子どもがどの程度の成績かを知ることができる。研究の結果、ヨーロッパ系の男子と女子、アフリカ系とヒスパニック系の女子では、民族性が同じで成績の高い子どもを尊敬する人物として挙げていたが、アフリカ系とヒスパニック系の男子は民族性が同じで成績の低い子どもを挙げることが多いことがわかった。アメリカでは、マイノリティの子どもの成績が悪く学校に適応できないケースが少なくないが、その理由として、彼らにとっては勉強を頑張ることと将来の成功とが結びつかず、その価値を見いだせないからなのではないかと考えられてきた。グラハム博士の研究は、こうした教育現場での実感を実証的に検討し、マイノリティの中でも特に男子に学業の価値付けが低いことを示したのである。マイノリティの子どもに焦点をあて、マジョリティを含めた複数の民族と比較する博士の研究は、多民族国家であるアメリカにおいて、誰にどのような援助や介入を行うべきかの指針を示す大切な情報を提供してきているといえよう。


4.多様な民族性から見えること

グラハム博士は、学校でのいじめについても民族性の観点から興味深い研究を行っている。この研究(Graham,2006)では、ロサンゼルス都市部にある小学校(対象児は6年生2,000人)を対象に大規模な調査を実施し、99の教室におけるヨーロッパ系、アフリカ系、ヒスパニック系、アジア系といった民族の人数比率の違いが、いじめの発生率とどのように関連するかを検討した。その結果、いじめが少なく子どもが安心していられる教室とは、教室内の民族集団間の力関係が拮抗し、民族が多様に存在するタイプであった。いじめは、マジョリティからマイノリティへの民族集団間にも起こるが、同じ民族の子ども同士にも存在する。博士の研究によれば、いじめの被害にあっている子どもは、所属する民族集団の人数が多いほど、いじめられている理由を自分の特性に求め、自分を非難する傾向があることがわかっている。反対に、被害にあっている子どもが所属する集団の人数が少なければ、その集団は教室内での立場は弱くなるのだが、いじめられた理由を所属する集団の弱さに求めることができ、自分を非難する傾向は低くなる。つまり、教室内のいじめを抑止し、子どもが自分を非難し孤独を感じることなく過ごすためには、多様な民族が人数のバランスよく配置された教室を構成する必要があるのである。

グラハム博士によるこの多様性(diversity)の知見は、多民族国家ではないわが国においても、いじめの発生やそれによる子どもの自尊感情の低下を考える上で重要なヒントを与えてくれるだろう。教室内には複数の集団が形成され、その中にはマジョリティとマイノリティの集団が存在する場合が多い。集団の数が少なく、人数差が大きいほど、マイノリティ集団の子どもは肩身の狭い思いをし、マジョリティ集団の中でいじめられている子どもはいわれもなく自分を責めてしまう。子どもたちが仲間同士で切磋琢磨することは必要なことであるが、つらい経験や自分を非難する気持ちだけが残ってしまうと、その後の精神的健康や社会的適応に悪影響を及ぼしかねない。日本の学校においても、子どもたちが、多様な仲間が公平に集う教室で自分らしさを築いていけるように、グラハム博士のような新しい視点からの工夫が大切なのではないだろうか。


参考文献
Graham, S. 1992 "Most of the subjects were White and middle class": Trends in published research on African Americans in selected APA journals, 1970-1989. American Psychologist, 47, 629-639.
Graham, S., Taylor, A.Z., & Hudley, C. 1998 Exploring achievement values among ethnic minority early adolescents. Journal of Educational Psychology, 90, 606-620.
Graham, S. 2006 Peer victimization in school: Exploring the ethnic context. Current Directions in Psychological Science, 15, 317-321.
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