1.ECCEの意義
インドにおけるECCEは、今日以下の理由により注目されている。まず第1に、5歳未満で死亡する子どもの数が世界で最も多く(2008年時点で183万人)[Save the Children]、また3歳未満の子どもの約46%が低体重の状態にある [Kaul & Sankara, 2009]。 インドにおいて、ECCEプログラムが提供する保健・栄養サービスは、乳幼児の身体的発達を促進すると期待されている。第2に、ECCEは子どもの知的・社会的発達を促し、初等教育段階のドロップアウトの減少や質の向上にも貢献すると考えられている。そして第3に、乳幼児を預けられるECCEセンターの設置は、女性の労働参加のみならず、母親に代わり妹や弟の子守りをする貧困層の子ども(とりわけ女子)の教育参加をも促進する効果をもつと期待されている。

2.ECCEの提供主体とプログラム
ECCEに対する需要の多様化に応えるため、インドでは様々な主体によってECCEプログラムが提供されている。以下では、政府、NGO、民間の教育機関によって提供されるECCEプログラムについて概観する。
(1)政府
インドにおけるECCEの提供において主要な役割を担っているのは、女性子ども開発省(Ministry of Women and Child Development、以下MWCD)である。MWCDは1975年より、農村地域やインドの少数民族、スラムや低開発地域の子どもを対象に、アンガンワディ(Anganwadi、ヒンディー語で「中庭の施設」の意)と称する地域のECCEセンターで、保健・栄養・教育を含む子どもの統合的発達サービス(Integrated Child Development Services、以下ICDS)を無償で提供してきた。ICDSの教育プログラムの受益者は2011年現在では約3,800万人にものぼる。これに加えて、アンガンワディの保健・栄養プログラムの受益者は約7,800万人とされる[MWCD, 2011]。その規模はインドではもちろん、世界最大となっている。
ECCEが初等教育の普遍化に貢献するという実証的研究の成果*1をふまえ、政府は初等教育の普遍化プロジェクトの予算を利用して、アンガンワディを初等学校の近くに再配置したり、授業開始のタイミングを初等学校に合わせるなど、就学前教育と初等教育との連続性を意識した取り組みを実践している。またアンガンワディでは母親の健康状態や識字率の低さが乳幼児の発達に支障をきたすことがないよう、妊婦や授乳中の母親1,840万人を対象に、乳幼児保育や栄養補給に関する教育も行っている [MWCD, 2011]。
アンガンワディが提供するICDSは、健康・栄養状態が思わしくない乳幼児の発育を広範囲にわたって支援している点で評価される一方、その主たる対象が3~6歳の幼児となっており、より支援を必要とする3歳未満の乳幼児に十分なサービスが届いていないこと、また教育的要素が十分機能していないことが指摘されている [The World Bank, 2004]。
(2)NGO
今日インドでは、個人や宗教組織、民間企業などがNGOを設置・運営しており、これらのNGOは、社会的弱者に対する支援活動の一環としてECCEプログラムを提供している。政府は約300万~2,000万人の子どもがNGOのECCEプログラムに参加していると推計している [Kaul & Sankara, 2009]。NGOの中には政府のサービスが行き届かない地域にECCEプログラムを展開するなどして政府を補完する役割を担うものもある一方、起業家精神をもち、政府が提供するECCEの質の向上に取り組むNGOなどもみられる。インド12州で9万人の子どもを対象に初等学校進学のための準備教育を提供するPrathamというNGOは、ECCEに関する研究・調査を実施するほか、アンガンワディの教員訓練を支援しており、ECCEに関する専門家集団として活躍している。
(3)民間の教育機関

保護者の間では、英語を教授言語とする私立学校(イングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクールと称される)の方が、インドの土着の言語を教授言語とする学校よりも質の高い教育を提供しているという認識が浸透しており、貧困層でも一定の授業料を支払える層の子どもの中には、ECCE段階からイングリッシュ・ミディアム・パブリック・スクールに通学する者がいることが確認されている。
ECCEは初中等教育とは異なり、プログラムを統制する規則や基準が存在しておらず、提供主体によってカリキュラム、教員の保有資格、教育の質が大きく異なる。民間の教育組織が提供するECCEプログラムは、その多くが政府の統制・指導を受けていない非正規のプログラムとなっているが、ECCEに対する保護者の関心の高まりを背景に増加傾向にある。
後編では、ECCEの教員養成、法的整備、そして今後の展望について考察する。
→ 後編へ続く
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注
*1 インドのECCEに関する先行研究では、就学前教育を受けた子どもの方が、受けていない子どもよりも初等教育段階で教育を継続する確率が高いこと[NCERT, 1993]、また進学準備状況を判断する際の基準となる書く力や音の認識、対象の組合せ、分類などをおこなう力が優れていることが指摘されている [NIPCCD, 2006]。
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参考・引用文献
Government of India, Ministry of Law and Justice, Legislative Department (2009) The Right of Children to Free and Compulsory Education Act, 2009. http://eoc.du.ac.in/RTE%20-%20notified.pdf
Kaul, V. and Sankara, D. (2009) Education for All, Mid Decade Assessment, Early Childhood Care and Education in India, National University of Educational Planning and Administration. http://www.educationforallinindia.com/early-childhood-care-and-education-in-india-1.pdf
Ministry of Women and Child Development (MWCD) (2006) Early Childhood Education in the Eleventh Five Year Plan (2007-2012) http://wcd.nic.in/wgearlychild.pdf
MWCD (2011) Report of the Working Group on Child Rights for the 12th Five Year Plan http://planningcommission.nic.in/aboutus/committee/wrkgrp12/wcd/wgrep_child.pdf
MWCD (2012a) Early Childhood Education Curriculum Framework (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/curriclum_draft_5[1]%20(1)%20(9).pdf
MWCD (2012b) Draft National Early Childhood Car and Education (ECCE) Policy http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/National%20ECCE%20Policy%20draft%20(1).pdf
MWCD (2012c) Quality Standards for ECCE (Draft) http://wcd.nic.in/schemes/ECCE/Quality_Standards_for_ECCE3%20(7).pdf
National Council of Educational Research and Training (NCERT) (1993) Impact of ECE on Retention in Primary Grades - A Longitudinal Study, New Delhi: NCERT.
National Institute of Public Cooperation and Child Development (NIPCCD) (2006) Select Issues Concerning ECCE India, Background Paper Prepared for the Education for All Global Monitoring Report 2007 Strong Foundations: Early Childhood Care and Education, http://unesdoc.unesco.org/images/0014/001474/147474e.pdf
Save the Children, Child Mortality in India http://www.savethechildren.in/87-news-releases/130-child-mortality-in-india.html
The World Bank (2004) Reaching out to the Child, An Integrated Approach to Child Development, New Delhi: Oxford University Press.